2022 年 29 巻 2 号 p. 15-18
帯状疱疹ではまれに運動神経麻痺を合併することがある.その多くは自然回復するが,一部の症例では永久麻痺に至ることもある.麻痺の回復に対しては確立された治療法はなく,リハビリテーションを中心に行われることが多いと考えられる.今回,リハビリテーションなどを行っても回復しなかった帯状疱疹による三角筋麻痺が脊髄刺激療法により改善した可能性が考えられる症例を経験した.
帯状疱疹による運動神経麻痺,特に四肢での発症はまれではある.その予後は比較的良好であるが,一部症例では永久麻痺となることもありえる1,2).
今回,帯状疱疹に伴う運動神経麻痺の改善が脊髄刺激療法(以下,SCS)によってもたらされた可能性が考えられる症例を経験したので報告する.
74歳男性,基礎疾患に房室ブロックに伴うペースメーカの埋込みと糖尿病があった.当科受診の2週間前に右上肢の帯状疱疹を発症,発症数日後から右上肢の挙上困難を伴うようになった.帯状疱疹の治療として,発症当日から抗ウイルス薬が投与されたが,痛みと麻痺の改善が認められないため治療目的で当科紹介となった.
当科初診時の所見は,皮疹痕の部位から右第5~6頚髄神経領域(以下,C5~6)の帯状疱疹と診断した.同部位にnumerical rating scale(NRS)10の自発痛と電撃痛,右肩から上腕外側で完全な知覚脱失を認め,徒手筋力テスト(以下,MMT)で右三角筋2,上腕二頭筋3の運動神経麻痺を伴っていた.その結果,右肩関節の関節可動域は,屈曲・外転ともに5度程度であった.
頚椎病変の除外診断として頚椎MRIを行ったが,C5~6神経根の明らかな圧排や頚髄の輝度変化などの異常所見は認めなかった(図1).
頚椎MRI所見
左:MRI T2強調像,矢状断.軽度の脊柱管狭窄は認めるが脊髄の圧迫や変性所見は認めなかった.
右:MRI T2強調像(上:C4/5レベル軸位断,下:C5/6レベル軸位断).軽度の脊髄圧排は認められるが,右第5~6頚椎神経根の圧排や椎間孔狭窄,頚髄の輝度変化は認めなかった.
外来で,C5~6をターゲットとした超音波ガイド下腕神経叢ブロックとプレガバリン200 mg/日などの薬物治療を開始したが痛みは改善せず,発症1カ月で持続硬膜外注入とリハビリテーションを開始した.その結果,痛みは半減し,上腕二頭筋の麻痺も改善したが,3カ月間のリハビリテーションを経ても三角筋麻痺は改善せず,リハビリテーション科からは永久麻痺の可能性を示唆された.
発症4カ月半後に残存する痛み(NRS 4)に対してtemporary SCSの説明を行ったところ実施希望があり施行した.
SCSはMedtronic社製8極リード1本を用い,リード先端を第3頚椎下端に配置し(図2),疼痛部位にparesthesiaが誘発されることを確認,刺激が疼痛範囲をおおむねカバーし,なおかつ刺激に伴う不快感がないように1.6 mA 500 Hz 400 µsの設定で計10日間実施した.
脊髄刺激電極留置後の頚椎XP所見
左:正面像,右:側面像.
SCSの開始翌日から痛みはNRS 4→3と軽減傾向を認め,数日後より三角筋麻痺の改善も認め始めた.三角筋MMTはSCS前に2であったが,実施10日で3,10日間のSCS治療後12週間で5と完全回復し,肩関節可動域も正常となった(図3).
経過
SCS留置後のタイミングで麻痺の回復を認めた.
その後,痛みもNRS 1とより軽減したことから内服薬の減量・中止を行い終診となった.
帯状疱疹は,水痘・帯状疱疹ウイルスの再活性化により痛みを伴う皮疹を主症状とする疾患であり,帯状疱疹後神経痛をはじめとするさまざまな合併症をきたすこともある.
帯状疱疹による運動神経麻痺は1866年Broadbentら3)によりはじめて報告された.その後の報告からは発症の多くはハント症候群のように脳神経領域であり,体幹や四肢での発症は1~5%程度である4,5).予後は比較的良好であり,数カ月以内に80%以上の症例では自然回復するが,11~25%の症例では永久麻痺に至ることがある1,2).
運動神経麻痺の発症機序は,帯状疱疹による後根神経節の炎症が脊髄後角を介して前角に波及すること,近接する前根に直接波及することなどが考えられているが6),本症例においては頚椎MRIにおいて明らかな輝度変化は認めなかった.
治療法として,ステロイドの全身投与やリハビリテーション,神経ブロックなどが報告されている7)が確立されたものはなく,前根および脊髄運動ニューロンへの炎症の波及を食い止めるためにも発症早期における抗ウイルス薬投与が重要であるとされている1).
本症例では,頚椎MRIなどから頚椎・頚髄疾患に伴う運動神経麻痺の可能性はきわめて低く,帯状疱疹に伴う発症と考えられた.帯状疱疹の発症当日から抗ウイルス薬が投与されたこともあり上腕二頭筋麻痺は早期に回復した.三角筋麻痺は継続したリハビリテーションでも回復の兆しを認めなかったが,temporary SCS実施後から明らかな改善を示した.
前述のように運動神経麻痺は80%の症例において数カ月以内に自然回復するといわれている.本症例も自然回復の可能性は十分に考えられるが,数カ月間のリハビリテーションでは変化を認めず,SCS実施数日後のタイミングで回復したことから,SCSが麻痺回復の一つの要因となった可能性は十分に考えられる.
これまでに脊髄損傷後の運動神経麻痺に対するSCSの有効性に関してはいくつかの報告がある.その機序としては,①介在ニューロンを介した運動ニューロン刺激により神経機能が活動閾値に至る,②運動神経系の軸索の発芽・成長を促進する,などが考えられており8),麻痺に対するSCSの有効性は明らかではないが潜在的な可能性を有することは考えられる9).本症例においても,①直接的または介在ニューロンを介した間接的な前根や皮質脊髄路への刺激波及,②交感神経系への刺激伝導による血流改善作用や運動神経系の活性化作用,などが機序として考えられる.しかし,これまで帯状疱疹による運動神経麻痺に対してSCSが有効であったとされる報告はないため,今後の研究・報告が待たれる.
当科では帯状疱疹発症後の難治性疼痛に対しては,発症2~6カ月程度経過時点で神経ブロックなどに対する治療反応性に乏しい症例には積極的にtemporary SCSを実施している.SCSが仮に運動神経麻痺にも有効であるのならば,麻痺症例においては帯状疱疹急性期を過ぎたより早期からの実施を検討しても良いのかもしれない.
帯状疱疹に伴う右三角筋麻痺の改善にtemporary SCSが有効であった可能性が考えられる症例を経験した.これまで脊髄損傷後の運動神経麻痺に対するSCSの有効性報告は散見されており,発症機序は異なるが帯状疱疹に伴う麻痺にも有効である可能性は考えられる.
従来,SCSは慢性難治性疼痛に対する治療方法である.しかし,帯状疱疹においては痛みに対する治療目的としてだけでなく,運動神経麻痺に対して実施を検討しても良いのかもしれない.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第55回大会(2021年7月,富山)において発表した.