日本ペインクリニック学会誌
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短報
ペインクリニック専門医不在の病院で発生した周術期発症の神経障害性疼痛に対し,ペインクリニック専門医への紹介で慢性疼痛への進行を防ぎえたと考えられた1例
佐藤 威仁浅野 市子西脇 公俊
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キーワード: 神経障害性疼痛
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2022 年 29 巻 7 号 p. 173-175

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I 緒言

周術期にはさまざまな要因で神経障害が発生し,時に難治性となり患者の術後quality of life(QOL)を著しく低下させる可能性がある.神経障害性疼痛に関してはペインクリニック専門医による治療介入が望ましいが,常勤医不在により発症初期に専門医による対応が困難であることも多い.婦人科開腹術後に発生した薬物治療に抵抗性であった神経障害性疼痛に対し,ペインクリニック専門医が介入し慢性疼痛への進行を防ぎえた1例を経験したため報告する.

本症例発表に関し,患者ご本人に文書で承諾を得た.

II 症例

29歳女性.身長170 cm,体重50.4 kg(BMI:17.4).職業は鞄製造業で立ち仕事が主であった.喫煙歴があり15本/日を9年間術前まで継続.術前の血液検査,レントゲン写真に特記すべき異常所見はなかった.前医(ペインクリニック専門医が不在の病院)にて右卵巣腫瘍と診断され,開腹卵巣腫瘍摘出術の予定となった.麻酔は全身麻酔と硬膜外麻酔(Th11/12レベルより傍正中法でカテーテルを5 cm挿入)の併用で行われた.硬膜外カテーテル挿入時に明らかな神経障害を示唆する所見はなく,1%キシロカイン3 mlでテストドーズを行ったが,明らかなくも膜下麻酔の所見も認められなかった.術中体位は仰臥位で行い,術野展開のため開創器を用いた.静脈血栓予防のため両下肢にフットポンプを装着した.

手術時間は1時間46分で終了し,特に問題なく麻酔から覚醒し抜管され病棟帰室となった.麻酔時間は2時間40分であった.

帰室後3時間後から右下肢のしびれの訴えがあり硬膜外持続投与終了としたが,翌日になっても症状の改善がないため前医麻酔科医から神経内科医へ紹介となった.神経学的所見では右L4からS1領域に一致する異常感覚(じんじんととしびれるような感覚)および母趾足腹側部の疼痛を認めた.明らかな脱力や麻痺は認めず,自立歩行も可能で右脛骨筋および腓骨筋の徒手筋力テストも正常範囲内であった.硬膜外麻酔に関連する神経障害性疼痛の可能性も疑われたためプレガバリン150 mg/日内服にて加療され術後7日目に退院となった.

しかし,退院後も右下肢の症状は悪化傾向となり術後21日目に再度神経内科受診となった.その際施行された脊椎MRIでは異常は認めず,プレガバリン300 mg/日に増量されたが奏功せず,術後28日目には母趾を中心とする足底部痛が増悪し歩行困難となった.この時点でペインクリニック専門医の診察が必要と判断されたが,前医では専門医が不在で対応困難であり当院へ紹介となった.

当院初診時,右下肢S1領域における母趾底部を中心とした「針で刺したような」異常感覚および痛覚,知覚過敏症状が認められた.NRS 7程度の自発痛,立位による疼痛誘発を認めたがアロディニアは認めなかった.神経学的診察では,明らかな筋力低下は認めず,straight leg raising testは右側で陽性であった.当院で脊椎MRIを再検したが,明らかな硬膜外血種や脊髄損傷の所見は認められず,硬膜外麻酔による影響は否定的であった.術前の骨盤部MRIを再度確認したところ,手術で摘出された右卵巣腫瘍の位置は右仙骨神経叢に近接して存在している所見を認めた.

以上の所見より,神経支配領域におおむね一致した部位の自発的な疼痛および刺激によって誘発される疼痛を認めたことから,周術期発症の神経障害性疼痛と診断した.近位の坐骨神経障害あるいは内側足底神経障害が疑われ,その障害部位として右仙骨神経叢より遠位における末梢神経のいずれかの部位である可能性が疑われた.原因としては卵巣腫瘍摘出時の仙骨神経叢の損傷,術中の体位による影響,フットポンプや術中使用した器具(開創器)の物理的な圧迫などが考えられたが原因の特定は困難であり,診断的治療として仙骨硬膜外ブロック施行の方針となった.

超音波ガイド下に1%カルボカイン10 mlとデキサメサゾン3.3 mgを仙骨硬膜外腔に投与したところ,疼痛はNRS 7から1程度にただちに改善し症状の緩和をみた.その後同じ薬剤を用いて,1週間おきに同じ仙骨硬膜外ブロックを計4回施行した.内服薬として前医からのプレガバリン150 mg/日に加え,トラマドール75 mg/日,アセトアミノフェン650 mg/日,メコバラミン1,500 µg/日内服を併用しその結果母趾足底部のしびれが軽度残存したが,疼痛に関しては安静時NRS 1程度と著明に改善し,立ち仕事やバレーボールを行える程度まで改善したためブロックは終了とし内服のみの治療となった.当科受診半年後にはほぼ症状も消失したことから内服終了可能となり当科終診となった.

III 考察

周術期にはさまざまな要因で神経障害が発生しうる1).周術期発症の末梢神経障害に関しては手術中の体位の影響による神経の圧迫や伸展,虚血による機序が一因とされる1,2).リスク因子としては糖尿病の既往,アルコール中毒,悪性腫瘍,低体重,喫煙者,高血圧,術中の低血圧,低体温などがあげられる2).発症頻度は0.03%から0.15%程度と比較的まれ3)であるが,ひとたび発症し慢性疼痛へ移行した場合は患者のQOLを著しく低下させてしまう.

本症例では術中発症の近位および遠位坐骨神経障害が疑われ,リスクファクターとして喫煙者であることや,やせ型の女性である点が該当した.原因として卵巣腫瘍摘出時の仙骨神経叢の損傷,術中体位やフットポンプによる神経損傷等の可能性が考えられたが,はっきりとした原因は特定できなかった.

本症例の治療として仙骨硬膜外ブロックを施行した.ブロック施行による疼痛改善効果に加え,交感神経ブロックにより神経障害部位の抗炎症作用と血管拡張による血流改善作用ならびに局所血流改善効果をもたらしたことで疼痛改善をきたし症状の改善をみた可能性があると考えられた4,5).本症例は前医での薬物治療において症状が改善せず,疼痛は悪化傾向にあったため仙骨硬膜外ブロックなどの他の介入治療を行わなかった場合は慢性疼痛へ移行してしまっていた可能性が高いと思われた.毎週仙骨硬膜外ブロックを間欠的に施行することで,侵害受容器からの活動電位をブロックし,脊髄での痛覚伝導の増大作用の抑制,すなわち中枢性感作を抑制することで痛みの悪循環を断ち切ることが可能であったため結果として慢性疼痛への移行を防止できたと推測した24)

一般的に神経障害性疼痛の診察はペインクリニック医をはじめ,整形外科や神経内科医師が担当することが一般的である.周術期に発症した神経障害性疼痛に関して,俯瞰的な観点から神経障害の原因検索を行いうる点や,神経ブロックをはじめとした疼痛治療の介入に長けていることもあり,麻酔科医であるペインクリニック専門医が積極的に診療に関わることは有用であると思われた.これまでに周術期発症の神経障害性疼痛に関し,麻酔科医であるペインクリニック専門医が腕神経叢ブロックを施行することで慢性疼痛への移行を防止できた報告がある2)

本症例ではペインクリニック専門医が不在の病院で手術を受けられたため当院への紹介を要したが,これが功を奏した結果となった.ペインクリニック専門医の常勤医の分布は地域格差があると報告されて久しく,特に東海地方におけるペインクリニック医は全国平均より数が少ないとされる5).専門医不在の場合,本例のごとく他院への紹介が必要となるが,周術期発症の神経障害性疼痛に関し治療に難渋する患者に対しては,慢性疼痛へ移行することを防ぐためペインクリニック専門外来への紹介受診が重要であると思われた.

本症例の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.

文献
 
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