日本ペインクリニック学会誌
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症例
肩甲間部にトリガーポイントがある慢性痛に対する超音波ガイド肩甲背神経パルス高周波法の効果の検討
米本 紀子神移 佳小林 俊司森本 正昭鶴野 広大
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電子付録

2022 年 29 巻 9 号 p. 193-197

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Abstract

【背景】上背部脊椎と肩甲骨の間である肩甲間部に分布する肩甲背神経を超音波ガイドでブロックするには,近位側の頚部腕神経叢背側で中斜角筋周囲に神経刺激で神経を同定する方法と,遠位側の上背部肩甲骨内側で肩甲挙筋または菱形筋の深層の筋膜間に注入する方法がある.【目的】遠位側の肩甲背神経ブロックが一時的に有効な肩甲間部にトリガーポイントのある慢性痛に対し,近位側の肩甲背神経パルス高周波法(PRF)が有効か後方視的に検討した.【対象】遠位側の肩甲背神経ブロックが一時的に有効だが4週間後に再処置を希望し,ブロックではなく近位側の肩甲背神経PRFを施行した患者16人.【方法】腕神経叢斜角筋間後方アプローチの超音波画像を描出し23G 6 cmの電極付ポール針を背側から穿刺した.2 Hz刺激で菱形筋収縮を確認し近位側の肩甲背神経を同定し,3分間PRFを行った.【結果】施行4週間後のNRSは平均7.6から1.9に低下し,12人は50%以上NRSが低下した.16人中3人が4週間後に再PRFを希望した.有害事象はなかった.近位側の肩甲背神経PRFは肩甲間部慢性痛を軽減する治療選択肢の一つになると考えられた.

Translated Abstract

Dorsal scapular nerve (DSN) is considered a spinal nerve that affects interscapular pain. Sixteen patients received the DSN block under ultrasound guidance at the posterior scapular regions. All patients had experienced acceptable pain reduction for a few weeks, but all of them required the following block at four weeks after the block. They received the ultrasound-guided pulsed radiofrequency (PRF) to DSN instead of the block. A linear transducer was placed on their neck similar to the posterior approach to the brachial plexus. DSN was located within or around the middle scalene muscle. PRF treatment at 2 Hz with 20-ms burst was administered at 42℃ for 120s using a PRF generator. All participating patients experienced significant pain relief after PRF. Four weeks after PRF, the average numerical rating scale declined from 7.6 to 1.9. At four weeks, 12 patients experienced >50% pain reduction. PRF to DSN might inhibit excitatory nociceptive afferent fibers of DSN and prevent the chronification of the pain.

I はじめに

上背部脊椎と肩甲骨の間である肩甲間部(図1a)にトリガーポイントがある慢性痛に対し,超音波ガイドで僧帽筋と肩甲挙筋または菱形筋の筋膜間1),その深層の菱形筋と上後鋸筋の筋膜間に局所麻酔薬を注入すると2),筋膜間にある神経をブロックするためトリガーポイント注射より有効だと報告されている.さらに,トリガーポイントの部位により僧帽筋と肩甲挙筋,菱形筋の筋膜間でパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を行うと,同筋膜間の局所麻酔薬注入より長期間の鎮痛を得たと報告されている1)

図1

症例

a:肩甲間部のトリガーポイント(左背)と肩甲背神経の走行.文献4より抜粋.

b:腕神経叢斜角筋間後方アプローチでの肩甲背神経の位置.赤△は針,赤▲は肩甲背神経,黄色矢印は上神経幹と中神経幹.

c:対象患者のPRF施行前と施行4週間後のNRSの変化.

d:菱形筋萎縮(→)と,右肩屈曲での翼状肩甲骨(〇).

肩甲間部の筋に分布する神経について,僧帽筋深層の筋膜間には副神経が下行し,肩甲挙筋・菱形筋と,その深層である上後鋸筋との筋膜間には肩甲背神経(図1a)や脊髄神経後枝が分布する24).肩甲間部痛は第5頚椎~上部胸椎の椎間関節関連痛として脊髄神経後枝の関与が知られるが5),肩甲背神経障害が関与するという報告もある4,6)

超音波ガイド肩甲背神経ブロックには,近位側の頚部腕神経叢背側で中斜角筋周囲に神経刺激で神経を同定する方法4,7)と,遠位側の上背部肩甲骨内側で肩甲挙筋または菱形筋の深層の筋膜間に局所麻酔薬を注入する方法がある24)

われわれは,トリガーポイントの深部で,遠位側の肩甲背神経ブロックが一時的に有効な肩甲間部慢性痛患者に対し,近位側の肩甲背神経PRFが有効かを後方視的に調べた.本研究に関し,りんくう総合医療センター倫理審査委員会の承認を得た(承認番号2019–046).

II 症例

1. 対象と方法

2019年2月1日~3月31日の期間に,遠位側の肩甲背神経ブロックを施行し一時的に痛みが軽減したが,4週間後には再ブロックを希望し,インフォームドコンセントの後,ブロックではなく近位側の肩甲背神経PRFを施行した患者16人を対象とした.

肩甲背神経ブロックとPRFは,超音波装置(GE healthcare® Vivid S5)のリニアプローベを用い外来処置室で施行した.

遠位側の肩甲背神経ブロックは,坐位で圧痛点を触診した部位に矢状断面像が描出できるようにプローベを当て,僧帽筋,肩甲挙筋または菱形筋,上後鋸筋,肋骨を確認した2,3).27G 38 mm針(TERUMO®)を穿刺し深層の筋膜間に0.2%レボブピバカイン1~2 mlを注入した.

近位側の肩甲背神経PRFは,患側上の側臥位で対極板は患側上腕外側に貼付し,腕神経叢ブロック斜角筋間後方アプローチの画面を描出し,TOPリージョンジェネレーターTLG-10®を用い,23G 6 cm TOPポール針RF電極付SC-K®(active tip 5 mm)を背側から穿刺した.インピーダンスを確認後,2 Hz 0.3~0.5 V刺激で菱形筋収縮を確認し,中斜角筋内または周辺に肩甲背神経を同定した(動画)(図1b4,7).パルス幅20 ms,2 Hz,42℃の機器の設定のとおりPRFを3分間施行し抜針した.

施行後,患者は15分間安静後に帰宅した.痛みの評価にはnumerical rating scale(NRS)を用いた.

2. 結果

4週間後のNRSは平均7.6から1.9に低下し,12人は50%以上NRSが低下した.肩甲背神経PRFの施行前と4週間後のNRSの変化について,対象患者16人を現病歴から頚椎後方椎体間固定術後4人,第5頚(C5)神経根症状治療後5人,上記の既往歴のない7人に分類し,図1cに示した.頚椎術後4人のうち2人,C5神経根症後の5人のうち1人の計3人のみ4週間後に再PRFを希望した.

対象患者の中に,背部視診での菱形筋萎縮と,肩関節を屈曲する時に肩甲骨下角が胸郭を上方に移動するのではなく胸郭から離れ突出する翼状肩甲骨があり,肩甲背神経障害の所見がある患者が1人いた(図1d).

また,肩甲背神経PRF後に自宅で脈拍・血圧の低下と肩甲間部痛の増悪が連動することを自覚するようになった頚椎術後患者が1人いた.心臓関連痛を疑い循環器内科に紹介したところ,洞不全症候群,発作性心房細動を指摘され治療を開始した.有害事象はなかった.

III 考察

遠位側の肩甲背神経ブロックの4週間後には再ブロックを希望した16人が,近位側の肩甲背神経PRFの4週間後には3人のみが再処置を希望した.今回の対象患者の肩甲間部慢性痛の求心路に肩甲背神経が関与し,PRFにより長期的な鎮痛が得られたと考えられる.

肩甲背神経は主に第5頚神経根または腕神経叢上神経幹から分岐し,中斜角筋,僧帽筋,肩甲挙筋,菱形筋を貫通し,肩甲挙筋や菱形筋に分布しながら肩甲骨内側,菱形筋の深層を第7胸椎高まで尾側へ向かう4,6,8).第5~7胸椎外側から肩甲骨までの皮膚知覚も有している8)

筋の痛みは,筋の侵害受容器である自由終末が活性化し,非ミエリンまたは薄ミエリン線維が侵害受容求心性線維となり末梢神経内を経て脊髄へ伝達する9).肩甲背神経の分布する筋の痛みは肩甲背神経内に侵害受容求心性線維が含まれる.末梢神経へのPRFは非ミエリンや薄ミエリン線維などの侵害受容求心性線維に優先的に作用し神経調整を行うため10),肩甲背神経が分布する筋の痛みの求心路にPRFが作用し鎮痛を得たと考えられる.

筋の侵害受容器の活性化は脊髄神経の圧迫でも起こる9).筋の侵害刺激が持続し感作により慢性化すると,押すと痛い,動かすと痛いという筋の痛みの特徴が現れ,筋緊張も亢進する.筋緊張の亢進により筋が短縮すると,筋を貫通する神経が絞扼され,その絞扼された神経がさらに筋の侵害受容器を活性化させる悪循環が生じる9)

複数の筋を貫通する肩甲背神経に二次的に絞扼性神経障害が出現し,多くの患者の痛みに潜在的に関与していることを示唆した報告がある4,6).片側肩甲間部慢性痛患者55人のうち29人(53%)が電気生理学的検査で肩甲背神経絞扼性障害を指摘され,その29人のうちの20人は翼状肩甲骨の所見がなかったと報告されている6).今回の対象患者のうち1人に翼状肩甲骨の所見があり,他の患者ではなかったが,長期間トリガーポイントがあり,二次的な肩甲背神経の絞扼性神経障害が潜在的に痛みに関与していたと推察する.絞扼性神経障害に対し末梢神経PRFは鎮痛に有効だと報告されている11).今回の対象患者の近位側の肩甲背神経PRFは,潜在する二次的な肩甲背神経絞扼性障害に有効だった可能性も考えられる.

頚椎後方固定術後の患者は,傍脊柱筋の切開,スクリューなどの固定具による脊髄神経後枝や傍脊柱筋への障害,固定による頚椎可動域制限などにより筋の萎縮や痛みが持続し12),二次的な肩甲背神経絞扼性障害が難治な可能性がある.近位側の肩甲背神経PRFは,固定具のアーチファクトの影響を受けず,インピーダンスも問題なく施行できた.頚椎後方固定術後の患者4人のうち2人は4週間後の再PRFを希望したが,近位側の肩甲背神経PRFは安全に鎮痛できる治療選択肢の一つになりうると考える.

今回の遠位側の肩甲背神経ブロックは,肋骨より外側の筋膜間注入を超音波画像で視認する低侵襲で安全な手技2,3)だと思われる.遠位側の肩甲背神経ブロックは脊髄神経後枝外側枝もブロックするため2),肩甲間部慢性痛の求心路の診断的ブロックには近位側の方が適しているかもしれない.だが,近位側の肩甲背神経ブロックは神経刺激で数分間通電しながら神経を同定するため4,7)遠位側のブロックより侵襲度が高くなり,当科では施行していない.近位側の肩甲背神経ブロックとPRFの有効性の差異についての検討は今後の課題になると思われる.

筋・骨格系からの侵害刺激は,皮膚や内臓ではなく深部筋周囲組織に関連痛として知覚され9,13),椎間関節など脊椎周囲に分布する脊髄神経後枝内側枝の侵害刺激は,脊髄神経後枝外側枝が分布する脊柱起立筋で関連痛となる.近位側の肩甲背神経PRFで痛みの軽減が得られない場合は,脊髄神経後枝症状を疑うなど他の治療計画が必要であろう.

PRF後に脈拍血圧の低下と肩甲間部痛の増悪が連動することを自覚した件に関して,心臓関連痛による痛みであったのか,筋周囲血流低下に伴う一時的な急性痛であったのかは不明である.局在の不明瞭な痛みである内臓痛の関連痛は皮膚と深部組織で知覚する9,13).近位側の肩甲背神経PRFは頚椎術後の二次的な肩甲背神経絞扼性障害に有効であったが,心臓関連痛または筋周囲血流低下に伴う急性痛は軽減しなかったと考える.

PRFは2022年度の診療報酬改定でL101に明記された.脊髄神経前枝神経PRFが340点で,電極付ディスポーザブル針が3,400円で再診頻度が減ると,個の病院として大きな収益を期待できないデメリットがある.だが,社会全体の視座では,重大な合併症のリスクが少なく患者の痛みが軽減し,介護や支援の負担の低減も期待できるメリットがあると思われる.

肩甲間部慢性痛患者に近位側の肩甲背神経PRFを施行し,痛みの軽減を得た.PRFは肩甲背神経が分布する筋の痛みの求心路に作用した,また,潜在する二次的な肩甲背神経絞扼性障害に作用したことにより,鎮痛効果を得たと考えられた.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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