日本ペインクリニック学会誌
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短報
神経障害性疼痛に対し脊髄刺激療法が有効であった乳がんの腕神経叢転移例
渡邊 愛沙藤井 知美藤岡 志帆西原 佑
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2024 年 31 巻 10 号 p. 229-230

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I はじめに

脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)は硬膜外腔に刺激電極を挿入し,脊髄の後索に微弱な電流を流すことにより,痛みの緩和が期待できる治療法である.今回,乳がんの腕神経叢転移による神経障害疼痛に対し,SCSで良好な鎮痛を得られた症例を経験したので報告する.

なお,論文報告に際しては,患者本人の承諾を得ている.

II 症例

60代,女性.身長148 cm,体重48 kg.17年前に右乳がんと診断され,手術後放射線治療,化学療法を受け寛解していた.5年前に右第1,2指の運動障害,右第4,5指のしびれが出現し,近位側に広がった.肘部管症候群の診断で手術を受けたが改善しなかった.4年前に右尺骨神経領域のしびれと痛み,筋萎縮,筋力低下を自覚し,PET-CTで右腕神経叢への乳がん転移を指摘された.他院でホルモン療法と化学療法が行われ,2年後に転移巣は消失した.痛みについては他院で内服治療を受け,右手の症状に変化はなかった.1年前に右腕神経叢に再発した.プレガバリン300 mg/日,アミトリプチリン50 mg/日,オキシコドン徐放製剤10 mg/日,アセトアミノフェン2,400 mg/日内服でも痛みが増強し内服でのコントロールが難しくなってきたため,当科へ紹介となった.他院で化学療法中のため時間的余裕がないこと,また本人の希望がありSCSトライアルを行うこととなった.

診察時所見:右前腕尺骨神経領域と右手全体にNRS 8/10のじんじん,ピリピリとしたしびれるような痛みがあった.右第1~3指は感覚低下,右第4,5指は感覚消失,右母指球筋の萎縮,右前腕から右手にかけての浮腫があった.右肘関節屈曲は徒手筋力テスト4/5で伸展は3/5,右手関節は屈曲不可能,右尺骨神経領域中手骨指節骨間関節も屈曲不可能であった.痛みのため睡眠障害があった.またTh2椎体に転移を指摘されていた.肝機能や腎機能,止血凝固能に異常を認めなかった.

入院後経過:骨転移を認めたTh2を避けるためC7/Th1右側より穿刺し,リード1本をC3レベルまで刺入してSCSトライアルを行った.80 Hzでtonic刺激を行い,右前腕より末梢のパレステジアとNRS 9/10から5/10への痛みの改善があり,夜眠れるようになった.

電極抜去により痛みが増悪し,痛みの再現を確認したため1カ月後に脊髄刺激装置植え込み術を施行した.植え込みはリード2本でトライアルの時と同様Th2の骨転移を避け,C7/Th1とC6/7より穿刺し,先端をC3レベルまで挿入し(図1),tonic刺激(刺激条件:40 Hz,振幅210 µs)を行った.電池は充電式(MRI撮影可能)で右臀部の皮下ポケット内に留置した.

図1

SCS植え込み後

植え込み後,トライアルの時と同様に痛みはNRS 9/10から5/10へと改善した.睡眠障害は改善し,痛みのためそれまで難しかった右上肢の伸展が可能となった.プレガバリンを150 mg/日に減量し,掃除機をかけるなど可能な家事が増えたり外出したりするなどADLの改善も認め,紹介元の病院でトラスツズマブによる化学療法を継続した.植え込みから2年10カ月後,右上肢は拘縮しており,痛みはプレガバリン150 mg/日,オキシコドン除放製剤60 mg/日,疼痛時オキシコドン速放製剤10 mg/回内服でコントロールできていた.痩せてしまったことによる電池周辺の違和感のため,脊髄刺激装置の抜去希望があり手術を予定したが,肝機能悪化のため中止した.その2カ月後(植え込みから3年後)に頸髄転移のため永眠された.

III 考察

がんの痛みを持つ患者の中で,神経障害性のメカニズムを持つ割合は約20%である1).SCSは,気管支がん由来の終末期がん患者に対し1967年にShealyらによって導入された2).神経障害疼痛に対する効果があり,がんに伴う神経障害性疼痛への有効性について報告がみられている3,4).また化学療法による末梢神経障害性疼痛に対してもSCSの有効性が報告されている5)

従来は,MRIが撮影できないことが,がん患者のSCS導入の妨げとなっていたが,2014年にMRI対応の脊髄刺激装置が発売されたことにより,撮影が可能となった.

注意点としては,免疫能が低下しているため感染症の危険性が高まること,放射線療法による電池への影響がありうること(メーカーでは推奨されていない),化学療法のスケジュール調整が必要となること,全身状態の悪化に伴い抜去が難しくなる可能性があることなどが挙げられる.

SCSの対象患者として,日本ペインクリニック学会のがん性痛に対するインターベンショナル治療ガイドラインでは,半年以上の予後予測が見込める患者に施行するのが良いと考えていると書かれている5)

本症例においては全身状態が良好で,免疫機能の低下はなかったこと,年単位での予後が見込めたこと,主治医との密な連携により化学療法のスケジュールの調整が可能だったことからSCSトライアルを行い,効果を認めたため植え込み術を行った.結果としてquality of lifeの改善,睡眠障害の改善,右上肢の運動の改善,NRSの改善を得られ,可能な家事の範囲や外出が増えたなどADLの改善につながった.

SCSは治療費が高額であり,トライアルのための入院や植え込みの手術が必要となる.しかし近年化学療法が進歩し予後が改善したことで,今後がんによる神経障害性疼痛に対し,SCSの適応症例が増えることが予想される.

文献
 
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