2024 年 31 巻 12 号 p. 257-258
硬膜外腔などの神経周囲に局所麻酔薬を投与すると鎮痛効果を生じるが,生理食塩水では,局所麻酔作用はないため鎮痛効果はないと考えられてきた.しかし,生理食塩水により癒着を解離・洗浄することにより鎮痛効果を示すハイドロダイセクション法が注目されている1).
臨床報告としては,筋膜を対象とした筋膜リリース2),腰部脊柱管狭窄症を対象とした硬膜外腔神経根癒着剥離術(percutaneous epidural lysis of adhesions and neuroplasty:PEA)3)などがある.
今回,保存的治療に抵抗する頸椎症に対して,生理食塩水によるPEAとパルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロック併用法の治療効果を検討した.
本研究は,前向き研究として企画し,倫理委員会の審査を受け,患者の同意は文書にて取得した(承認番号R2–5号).
2021年1月より2023年12月の期間に,保存的治療が不十分でNRS(10段階)評価で8以上の症例10名を対象とした.
PEA穿刺は腹臥位で,1%キシロカイン1 mlを皮下浸潤させた後,18G Epimed RX硬膜外針(東京医研,東京)を硬膜外腔まで進めた.1%キシロカインを1 ml注入してくも膜下投与となっていないことを確認した後,21G Epimedスプリングガイドカテーテル(東京医研,東京)を脊柱管狭窄部位近傍(C3/4レベル付近)までX線透視下で進め,造影剤1 mlを注入して硬膜外腔癒着の程度を確認した.生理食塩水8 mlを注入して再度造影剤を1 ml投与して硬膜外腔癒着の改善を確認し,生理食塩水を2 ml注入後抜去した.
PEA施行前と施行24時間後に,しびれと頸部・上肢痛についてNRS値で比較検討した.また,NRS値で50%以上改善した症例の頻度を調べた.
PEA施行24時間後の時点で,頸部・上肢痛がNRS値3以上残存し,対応する神経根部の圧痛が認められた症例に対して,PEA施行48時間以上経過後にパルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロックを行った.
統計学的処理は,PEAのNRS値の変化は対応あるWilcoxon順位和検定で行った.NRS値で50%以上改善した症例についてχ二乗検定で行った.統計学的処理は危険水準5%以下を有意とした.数値については,平均値±標準偏差(最小値−最大値)で示した.
対象は,男性2名,女性8名で,平均年齢60.1±15.8歳(41−85歳),平均身長157.6±8.8 cm(148−178.5 cm),平均体重59.2±13.5 kg(47−87.9 kg),平均BMI 25.5±3.5(17.9−29.1)であった.10名のうち2名は頸椎手術後の症例であった.
しびれ,頸部・上肢痛がPEA前後で有意に減少していた(P<0.01,図1).NRS値が50%以上改善した有効例は,しびれなどの異常知覚は10名中7名,頸部・上肢痛は10名中4名で,その改善率には有意差はなかった.
PEA前後のしびれと頸部・上肢痛の比較
PEA前後のしびれと頸部・上肢痛のNRSを比較するとPEA後には有意にNRSが減少していた(P<0.01).
全症例に対してパルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロックを行った.
PEA原法と比べ,生理食塩水によるPEAでは造影剤2 ml,局所麻酔薬2 ml,生理食塩水10 mlと少量である.この量では,癒着剥離の目的では不十分と考えられる.
Heavnerらの報告で4),対照群として生理食塩水を用いた10%食塩水の鎮痛効果をみる研究では,生理食塩水を使用しても両群ともに鎮痛効果が認められることが報告されている.この当時は,生理食塩水は麻酔作用がないため鎮痛効果がないと強く信じられていたため対照群とされ,その鎮痛効果は無視されていた.
硬膜外腔癒着のない場合,通常の神経根ブロックでは,1~2 mlの造影剤でも造影剤の拡散が良好で,硬膜外から神経根部の広がりを容易に確認できる.また,通常の硬膜外カテーテルで容易に挿入できるため,通常の硬膜外カテーテルでの代用が可能ではないかという意見もある.しかし,硬膜外腔の癒着が高度な症例では,スプリングガイドカテーテルでも挿入に苦労する症例がある.
このような症例では造影剤の拡散も不良である.PEAの鎮痛効果を証明するには,NRS値による鎮痛効果だけでなく,硬膜外造影所見の画像からも癒着解除を証明する必要があるが,明示できなかった.
生理食塩水によるPEAの効果判定については,パルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロックを行う前の状態で評価するため,PEA施行前と施行24時間後のNRS値で評価した.
癒着剥離効果が強力なエピドラスコピーでも,神経根型の痛みが残存することがあり,その痛みにはパルス高周波による神経根ブロックあるいは脊髄後枝内側枝ブロックの併用が必要といわれる5).PEA後に残存した痛みに対して,パルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロックを行ったところ,痛みが軽減した.神経根周辺の硬膜外腔の癒着に伴う神経根性疼痛へのパルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロックは,PEA治療とは完全に独立した治療で,PEAの鎮痛効果には影響しないと考えている.PEA鎮痛効果は,硬膜外腔の再癒着までと考えている.硬膜外腔再癒着についてはPEAでの報告はないが,エピドラスコピーでは硬膜外腔再癒着が術後3週間で約3割にみられる5).
保存的治療で対処できない頸椎症患者に対して,生理食塩水を用いたPEAとパルス高周波による脊髄後枝内側枝ブロック併用法により,しびれと頸部・上肢痛が軽減した.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第58回大会(2024年7月,宇都宮)において発表した.