日本ペインクリニック学会誌
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原著
前方アプローチの斜角筋間腕神経叢ブロックでの横隔神経麻痺の発生頻度―胸部X線での評価―
佐野 禎一横山 順一郎
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2024 年 31 巻 2 号 p. 37-41

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Abstract

【目的】前方アプローチによる斜角筋間腕神経叢ブロック(ISB)における横隔神経麻痺の発生頻度を術後の胸部X線で評価した.本研究は後ろ向き研究である.【方法】超音波ガイド下で前方アプローチISB単独で肩関節鏡手術を行った症例のうち,局所麻酔薬として1%メピバカイン10 mlと0.75%ロピバカイン10 mlを用いた125例を対象とした.C5,C6神経根を中心に前方アプローチで神経ブロックを行った.術後に最大呼気と最大吸気で胸部X線を撮影し,術側の横隔膜高位の違いが1椎体未満であるものを横隔神経麻痺と定義して横隔神経麻痺の発生頻度を調査した.横隔神経麻痺無し群と横隔神経麻痺有り群の2群に分け,手術時年齢,BMI,麻酔導入に要した時間,手術時間,神経ブロックの有効度と成功率を比較した.【結果】術後の横隔神経麻痺は125例中42例に発生しており,発生頻度は33.6%であった.手術時年齢は横隔神経麻痺有り群で有意に高かったが,その他の項目には群間の差はなかった.【結論】前方アプローチの腕神経叢ブロックでの横隔神経麻痺の発生頻度を術後の胸部X線で評価したところ,33.6%に横隔神経麻痺が発生していた.

Translated Abstract

The purpose of this study was to evaluate the rate of phrenic nerve palsy after interscalene brachial plexus block with anterior approach for arthroscopic shoulder surgery. A hundred twenty-five patients were enrolled in this study. We used 10 ml of 1% mepivacaine and 10 ml of 0.75% ropivacaine for all cases. Postoperative chest X-ray was taken at maximal expiration and maximal inspiration. Phrenic nerve palsy was defined as expiratory and inspiratory diaphragm height less than one vertebral body. The patients were divided into two groups, positive phrenic nerve palsy positive (PNP) group and negative phrenic nerve palsy (nPNP) group. The rate of phrenic nerve palsy was 33.6% postoperatively. No patient complained of dyspnea during and after the operation. Median age was significantly high in PNP group. Body mass index, induction time for anesthesia, operation time, effectiveness and success rate of nerve block were not significantly difference in both groups.

I はじめに

斜角筋間腕神経叢ブロック(interscalene brachial plexus block:ISB)は肩関節周囲の手術における主たる麻酔の一つとなっており,当院においては2022年度の肩関節周囲の手術の55.1%(187例中103例)がISB単独下で行われていた.近年,ISBは超音波ガイド下に行われることが多いが,過去の報告の多くは後方アプローチで行われており,その理由として後方アプローチでは前方アプローチと比較して穿刺部位が横隔神経から離れていることや,前斜角筋筋膜に沿って薬液が広がりにくい1)ことから,横隔神経麻痺の発生が少ない可能性があるからである.一方でISBを後方アプローチで行う際には,患者を仰臥位のまま施行する場合はブロック針を後方から前方に“打ち上げるように”刺入するか,もしくは患者を側臥位にして枕を高くして頭部を安定させる必要があり,いずれの方法にも手技のやりにくさを感じていた.そこでわれわれはISBを超音波ガイド下に前方アプローチで行うようにした.ISBに伴う主たる合併症の一つに横隔神経麻痺があり,その横隔神経麻痺を回避するため従来のISBは後方アプローチで行われていたことを考えると,前方アプローチに伴う横隔神経麻痺の発生についても調査する必要があると考え,本研究で検討した.前方アプローチの方が後方アプローチに比べ横隔神経麻痺の発生頻度が高くなる可能性があるが,前方アプローチでの発生頻度は明らかになっていない.本研究の目的は前方アプローチのISBでの横隔神経麻痺の発生頻度について,術後の胸部X線で評価することである.本研究は後ろ向き研究である.

II 対象と方法

対象は2017年11月から2022年12月までに超音波ガイド下の前方アプローチによるISB単独で肩関節鏡手術を行った症例のうち,症例数の最も多かった関節鏡下肩腱板断裂手術125例とした.ISBは局所麻酔薬として1%メピバカイン10 mlおよび0.75%ロピバカイン10 mlを混合して全量使用し,術直後に胸部X線を撮影した.男性72例,女性53例,手術時平均年齢65.8歳(35~89歳)であった.ISBのアプローチ,局所麻酔薬の種類や量,術者が異なっていた症例,術後に胸部X線を撮影しなかった症例は除外した.本研究は静岡県立総合病院の倫理委員会の承認を得ている(SGHIRB#2022070).

1. ISB

ISBは超音波ガイド下に行った.患者を仰臥位にして頚部を軽度伸展かつ顔を健側へ向け,術者の右手にブロック針,左手に超音波プローブを把持し,超音波,患者,術者が直線状に並ぶように配置した.神経ブロックには22Gカテラン針を用い,神経刺激装置は使用しなかった.高周波リニアプローブを用いてC5,C6神経根を短軸像で捉え,カテラン針を平行法で前内側から刺入させ(図1),薬液をC5,C6神経根周囲に半量ずつ投与して両神経根を中心に神経ブロックを行った(図2).横隔神経がブロックされないようにする工夫として,前斜角筋筋膜の穿刺回数を少なくした方が穿刺部位を通じて前斜角筋の前方に薬液が広がらなくなり,結果として横隔神経麻痺の発生が少なくなるのではないかと考え,穿刺回数が1~2回になるように留意した.ブロックの効果は肩腱板筋力および肘屈曲筋力,肩~上腕のcold testで確認した.cold testは保冷剤を直接皮膚に当てて評価した.

図1

前方アプローチ

術者の右手にカテラン針,左手に超音波プローブを把持し,平行法でカテラン針を前内側から刺入している.

図2

超音波画像

前方アプローチでカテラン針を刺入している.

麻酔効果を確認してからビーチチェア位として手術を行った.術中はSpO2モニターを健側手指に装着して血中酸素飽和度を常時計測し,血圧計を健側下腿部に装着して手術開始から終了まで5分ごとに測定した.術後に手術室から病棟へ戻る前にレントゲン撮影室で術側肩関節X線を撮影した.その際,立位で最大呼気と最大吸気での胸部X線も追加で撮影した.

2. 評価項目

横隔神経麻痺の発生頻度,麻酔開始から麻酔導入完了までの時間(麻酔導入時間),神経ブロックの有効度と成功率,合併症について評価した.

横隔神経麻痺は術直後の胸部X線で評価した.術側の横隔膜高位を椎体の位置で判断し,最大呼気と最大吸気で1椎体以上の差があれば横隔神経麻痺無し(negative phrenic nerve palsy group:nPNP群),1椎体未満であれば横隔神経麻痺有り(phrenic nerve palsy group:PNP群)と定義した.

麻酔開始は局所麻酔薬の投与開始時点と定義した.また麻酔導入完了は肩腱板筋力および肘屈曲筋力が徒手筋力テストで0~1程度,cold testで肩周囲および上腕外側の冷覚が消失した時点と定義し,麻酔開始から5分ごとに評価した.

神経ブロックの有効度はわれわれの過去の報告2)に準じて次のようにGrade分類した.Grade 1:手術中に全く痛みを感じなかったもの,Grade 2:多少の痛みがあったが追加の麻酔は不要であり,手術・処置に支障がなかったもの,Grade 3:局所麻酔など鎮痛剤の局所投与が必要であったもの,Grade 4:オピオイド系鎮痛剤や静注用非ステロイド性鎮痛剤など鎮痛剤の全身投与が必要であったもの,Grade 5:麻酔が不十分であり他の麻酔(全身麻酔や腰椎麻酔など)へ変更が必要であったものとした.本研究ではGrade 1~3を神経ブロック成功と定義した.

本研究の主要評価項目を横隔神経麻痺の発生頻度とし,副次評価項目として手術時年齢,body mass index(BMI),麻酔導入時間,手術時間,神経ブロックの有効度と成功率をnPNP群とPNP群で比較した.群間の差について,男女比はχ二乗検定で,それ以外の項目はMann-Whitney U検定を用いて統計学的検討を行い,危険率0.05未満を有意差ありとした.統計ソフトはSPSS for Windows version 11.5J(SPSS Japan Inc., 東京)を使用した.

III 結果

胸部X線で評価した術後の横隔神経麻痺は125例中42例に発生しており,発生頻度は33.6%であった.この42例以外で健側に横隔神経麻痺を認めた症例が1例あった.術中・術後を通して,呼吸苦を訴えた症例はなかった.両群の症例数,男女数,手術時年齢,BMI,麻酔導入時間,手術時間の中央値,第1四分位数,第3四分位数は表1のとおりであり,手術時年齢はPNP群で有意に高かったが,その他の項目は群間に差はなかった.神経ブロックの各有効度の症例数と成功率を表2に示した.nPNP群における神経ブロック有効度はGrade 1が70例(84.3%),Grade 2が11例(13.3%),Grade 3とGrade 4が1例(1.2%)ずつであり,Grade 5の症例はなく,神経ブロック成功率は98.8%であった.PNP群における神経ブロック有効度はGrade 1が36例(85.7%),Grade 2が5例(11.9%),Grade 4が1例(2.4%)であり,Grade 3およびGrade 5の症例はなく,神経ブロック成功率は97.6%であり,両群間に差はなかった.局所麻酔薬中毒,嗄声,神経障害などの合併症は両群ともに認めなかった.

表1患者背景

  nPNP群 PNP群 P値
症例数 83 42  
男性/女性 53/30 19/23 0.089
手術時年齢** 66[57.5/70.5] 70[65.3/72.8] 0.000
BMI** 23.1[21.4/24.7] 23.3[21.4/25.8] 0.614
麻酔導入時間(分)** 12[11/15] 13[10/16] 0.609
手術時間(分)** 74[66/90] 77[67/91] 0.786

両群間で男女比,BMI,麻酔導入時間,手術時間に有意な差はなかった.手術時年齢はPNP群で有意に高かった.

男性/女性は症例数.**手術時年齢,BMI,麻酔導入時間,手術時間は中央値[第1四分位数/第3四分位数].

表2神経ブロックの有効度と成功率

神経ブロック nPNP群 PNP群 P値
Grade 1 70(84.3%) 36(85.7%)  
Grade 2 11(13.3%) 5(11.9%)  
Grade 3 1(1.2%) 0  
Grade 4 1(1.2%) 1(2.4%)  
Grade 5 0 0  
成功率 98.8% 97.6% 0.847

値は症例数を示す.

IV 考察

成書3)では横隔神経麻痺は「胸部X線で麻痺側の横隔膜挙上を認め,呼吸による横隔膜運動が消失しているもの」と記載されている.本研究では胸部X線を見慣れていない整形外科医が横隔神経麻痺の評価を下さなければならなかったため,整形外科医でも判断できるように椎体の高さで横隔神経麻痺の有無を定義した.

Renesら4)は後方アプローチによるISBでの横隔神経麻痺の発生について超音波と肺活量で検討しており,麻酔後2時間では呼吸機能の低下はないが,24時間ではすべての症例で横隔神経麻痺が発生していたと報告している.またBergmannら1)は84例の肩関節手術に対して1%メピバカイン15 mlを用いて前方アプローチと後方アプローチでISBを行い,麻酔前後で呼吸機能を比較している.それによると,麻酔前と比較して麻酔後30分で両アプローチとも呼吸機能が有意に低下していたが差はなかったと報告している.本研究では33.6%の症例で横隔神経麻痺が発生しており,過去の報告1,4)に比べると発生率は低い傾向がある.評価のタイミングや方法が異なっているため単純な比較は難しいが,われわれの発生率が過去の報告と比較して低いとすれば,超音波で捉えている解剖構造の理解によって,より狭い範囲に局所麻酔を投与することができていたためではないかと推測している.

本研究では手術時年齢はPNP群で有意に高く,年齢がリスク因子となる可能性が示唆された.Xuら5)は持続ISBに伴って発生する呼吸器合併症のリスク因子として,喘息,うっ血性心不全,肥満,術前のSpO2,年齢などを指摘している.本研究では年齢以外の項目について群間に差はなかったが,今後は症例数を増やしてさらなる検討を行いたい.

前方アプローチによる横隔神経麻痺の発生を極力少なくするために,超音波で横隔神経を捉えられるかどうかも考慮すべき点と思われるが,過去の報告では横隔神経については93.5~100%で描出可能との報告がある4,6).横隔神経の走行について,Kesslerら6)は横隔神経とC5 rootとの直線距離は尾側に行くほど広がっていき,輪状軟骨レベルで1.8 mm,輪状軟骨から3 cm尾側では10.8 mmであったとしている.従って,ブロックするターゲットができるだけ横隔神経から離れるようにするために,前方アプローチでも後方アプローチでもISBを行う際には可能な限り尾側から行うのがよいのではないかと思われる.しかし,Renesら4)は横隔神経麻痺を回避するためC7 rootだけに局所麻酔を投与したところ,C5領域は80%,C6領域は100%の症例で麻酔効果が得られており,さらに100%の症例で横隔神経麻痺が発生していたと報告している.彼らの研究では麻酔効果が不十分であれば適宜麻酔薬を追加していること,術後2時間経過してから持続ISBを全例で追加していることが,単回投与の研究とは異なっている点であるが,横隔神経麻痺が高率に発生しているのは横隔神経にまで麻酔薬が拡散していたことが要因と思われる.解剖学的観点からはISBは横隔神経から極力離れるように可能な限り尾側からの投与が望ましいと考えられるが,投与方法,麻酔薬の量によっては高率に横隔神経麻痺を発生しうるため注意が必要である.

局所麻酔薬の量については,Sinhaら7)は0.5%ロピバカイン20 mlと10 mlでISBを行った後の呼吸機能について評価しており,両群ともに麻酔の効果は変わらないが麻酔後15分で呼吸機能が有意に低下し,93%の症例で横隔神経麻痺が発生していたが両群に差はなかったと報告している.Riaziら8)はさらに容量を少なくして0.5%ロピバカイン20 mlと5 mlでISBを行った後の呼吸機能について比較しており,麻酔の質は変わらなかったが,5 mlの方で呼吸機能が保たれていたと報告している.これらの報告を考慮すると,局所麻酔薬量は極力少なくした方が呼吸機能に関して有利と思われる.横隔神経麻痺のことを考慮すると,今後は局所麻酔薬の量を段階的に少なくしていく必要があると考えている.

本研究ではいくつかの限界点がある.一つ目は横隔神経麻痺と呼吸機能との関連について調査できていないことである.本研究では横隔神経麻痺について術後の胸部X線で評価しているが,胸部X線を見慣れない整形外科医が判断しなければならなかったため,椎体高を参考とした.1椎体未満を横隔神経麻痺と定義したが,実際の呼吸機能の低下とどれほどの相関があるのかは評価できていない.従って,呼吸機能低下をきたす横隔膜の運動がどの程度であるかを評価できていないことになるため,本研究で設定した横隔神経麻痺の定義の妥当性については今後の検証が必要である.二つ目は後方アプローチと比較していないことである.三つ目は術前からの横隔神経麻痺の有無について調査していないことである.術前の状態が分からないため,術前から麻痺が発生している可能性は否定できない.本研究でも健側に横隔神経麻痺が発生している症例があったため,できれば術前に横隔神経麻痺について確認しておいた方が望ましいと思われた.

V 結語

前方アプローチによるISBにおける横隔神経麻痺の発生頻度を術後の胸部X線で評価した.胸部X線で評価した術後の横隔神経麻痺は125例中42例に発生しており,発生頻度は33.6%であった.横隔神経麻痺無し群と横隔神経麻痺有り群の比較では,手術時年齢が横隔神経麻痺有り群で有意に高かったが,男女数,BMI,麻酔導入時間,手術時間には差はなかった.

本稿の要旨は,日本ペインクリニック学会第56回大会(2022年7月,東京)において発表した.

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