2024 年 31 巻 6 号 p. 122-123
仙髄領域の帯状疱疹の重篤な合併症に神経障害による膀胱直腸障害が原因の尿路感染に伴う敗血症の報告がある1).今回は膀胱直腸障害がみられなかったにもかかわらず,痛みにより会陰部の清浄が保てなかったことが原因で腎盂腎炎を発症し,敗血症状態に至った症例を経験したので報告する.
今回の報告に関して,本人より書面での同意を得た.
73歳女性,身長147.0 cm,体重50.4 kg.
既存症にシェーグレン症候群と甲状腺機能低下症があり,レボチロキシンナトリウムとプレドニゾロン2 mg/日を内服中であった.
臨床経過:臀部の皮疹出現3日後,次第に増強する疼痛のため前医皮膚科を受診し,帯状疱疹と診断され加療のため入院となった.アシクロビル点滴静注とプレドニゾロン22 mg/日を投与され,1週間後退院となった.退院後に疼痛増強(visual analog scale:VAS 100 mm)したため鎮痛薬内服(ミロガバリン5 mg/日・ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液16単位/日・アセトアミノフェン1,500 mg/日)が開始された.持続する疼痛のため,当科紹介となった.
初診時(Day 0),右臀部(S1~S2領域)に痂皮化した皮疹がみられ(図1),臀部から会陰部に電撃痛を伴い,VASは80 mmで,痛みで座位がとれない状態であった.トラマドール25 mg/日の内服追加と,仙骨硬膜外ブロック(0.5%メピバカイン10 ml)を施行した.前医皮膚科では皮疹は改善傾向にあり再診不要となった.初診7日後,2回目の仙骨硬膜外ブロックを施行し,ミロガバリンとトラマドールを増量した.初診12日後,臀部の電撃痛は消失し,外来問診時のVASは24 mmまで改善し,3回目の仙骨硬膜外ブロックを施行した.初診15日後にめまいとふらつきがあり自宅で3回転倒したと電話連絡があり,初診16日後,当科緊急受診となった.
臀部の皮疹
緊急受診時は自立歩行が困難な状態であった.発熱はなく(36.4℃),血圧・酸素飽和度は正常で,神経学的所見に異常はみられなかった.採血結果で炎症反応高値(WBC 17,000/µl,CRP 32.47 mg/dl)であった.硬膜外ブロックによる感染の疑念も生じたが,CTにて硬膜外膿瘍は否定された.尿定性:白血球3+,尿沈渣:白血球100以上/HPF,腹部CTで左腎周囲脂肪織濃度上昇,左肋骨脊柱角叩打痛があり,腎盂腎炎の確定診断で当院救急科に緊急入院となった.入院後39℃台の発熱がみられ,後日,血液培養・尿培養ではどちらも大腸菌(Escherichia coli)が同定され,逆行性の尿路感染症であると考えられた.
全身状態改善後に改めて本人に問診したところ,当科外来通院中に臀部の痛みはかなり改善されていたが,会陰部に関しては,安静時痛はないものの触れるとかなり痛い状態が続いており,入浴時や排泄時の痛みで清浄が保てていなかったことが分かった.入院中は,再発予防のため当院の褥瘡チームが会陰部のケアに関わり,痛みがあっても清浄が保てるように努めた.補液・抗菌薬投与(セフメタゾール3 g/日×4日間,セフォチアム4 g/日×10日間)を行い,約1週間でリハビリを開始できるまで全身状態が改善した.
腰仙髄領域の帯状疱疹は全体の7%と頻度は少なく,さらに膀胱直腸障害を合併する頻度は0.63~4%である1).頻度は少ないが膀胱直腸障害が起こると尿閉のために自己導尿や尿道カテーテル挿入が必要となり,それによる尿路感染症で敗血症に至った症例が報告されている1).
女性は尿道が短く,さらに膀胱まで直線的であることから,男性よりも尿路感染症に罹患しやすい.尿路感染症は外尿道口から上行性に細菌が侵入することで感染を引き起こし,その発症部位により腎盂腎炎と膀胱炎に分けられる2).本症例では,単純な会陰部の痛みがあることで,尿道口周囲の清浄が保てず,逆行性の尿路感染をきたしたと考えられた.
本症例では感染が疑われる所見があり,硬膜外膿瘍を鑑別に挙げた.硬膜外膿瘍の頻度は,硬膜外カテーテル留置症例で0.04~0.052%で,硬膜外腔にカテーテルを留置しない単回投与硬膜外ブロックの際はさらにまれである3).しかし,基礎疾患のない単回投与の硬膜外ブロック治療経過中の硬膜外膿瘍の発症報告もあり4),本症例ではステロイドの内服をしていることから,外来処置による感染の可能性を意識したが,CTで硬膜外膿瘍は否定された.
今回反省すべき点は,外来受診時問診事項のVASが改善傾向であったことで,患者の会陰部の痛みや清浄に関することに着目していなかったことである.痛みで日常生活にさまざまな困難が生じるが,泌尿生殖器系に関することは周囲に相談し難い.本症例においても腎盂腎炎発症前の外来診察時に患者側から排尿後の清浄困難に関する訴えはなかった.普段の外来受診時の容姿は綺麗好きな様子であったため,会陰部の清浄を保てないほどの痛みであったことが伝わってきた.女性の仙髄領域の帯状疱疹においては,膀胱直腸障害がなくても会陰部の痛みや衛生状態の確認を行い,感染兆候がみられた際は陰部汚染による逆行性の尿路感染を鑑別することが重要であると考えられた.
この報告の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.