2024 年 31 巻 6 号 p. 120-121
足関節骨折手術の麻酔において,超音波ガイド下に膝窩部坐骨神経と大腿部伏在神経ブロックを行ったにもかかわらず,術後に創部の激痛を訴える症例を経験した.通常のブロックが無効であった原因を追究するために文献を渉猟したところ,後大腿皮神経(posterior femoral cutaneous nerve:PFCN)がこれまでの解剖学書の記載よりもさらに末梢まで神経線維を伸ばしている個体があることが報告されていた1).これを基に本症例におけるブロックの効果不良の原因とその対策を考察した.
なお,公表については患者本人から口頭で,著者自身に行った試験的神経ブロックについては当院倫理委員会で承認を得た(承認番号5–15).
34歳,女性,身長174 cm,体重95 kg(BMI 31.5).外傷による足関節骨折に対し腓骨のプレート固定術が行われた.全身麻酔導入後,超音波ガイド下にデキサメタゾン6.6 mg添加0.5%ロピバカイン25 mlを用いて膝窩部坐骨神経と大腿部伏在神経に末梢神経ブロックを行った.術中に循環変動が見られたが,大腿部でのターニケットペインと考え,レミフェンタニルを増量して対処した.麻酔終了後,患者は覚醒直後から創部に激痛を訴え,術後もフェンタニルの持続静注を必要とするほどであった.翌朝診察時にも腓骨外果部に痛みが持続していたが,足部の冷覚テストで足背と足底で冷覚低下が確認され,術中にも膝窩部坐骨神経ブロックは効いていたと思われた.
著者は,これまでの解剖学書2)や神経ブロックの教科書3)に記載されているように,下腿外果周囲の皮膚支配神経は腓腹神経,腓骨の支配神経は脛骨神経と考え,足関節部の手術では前述のブロックを併用してきた.しかし本症例では,膝窩部において坐骨神経がブロックされているにもかかわらず術中に血圧の変動が見られ,術後も外果の創部に激痛を訴えた.これまで15年間の経験では,この方法で術後に激痛を訴えられることはなかったため,ブロックの効果が不良であった原因を追究した.症例が肥満体型であったため超音波画像上でブロック針の描出が難しく,膝窩部での坐骨神経への薬液浸潤が不十分であった可能性は否定できないが,ブロック施行後の超音波画像では坐骨神経周囲を取り囲む薬液像を確認していたため,激痛を生じる可能性は低いと考えられた.そこで,ブロックした2つの神経以外に膝窩部より中枢から別の神経支配があることを疑った.文献を渉猟したところ,FeiglらによりPFCNが下腿内外果や踵部まで神経線維を伸ばしている個体があることが報告されていた1).
Feiglらは本症例と同様の経験からPFCNに着目し,Thiel法により処理されたcadaverを用いて,83体の下肢で殿部からPFCNを肉眼的に解剖し末梢まで追跡した.これまでの解剖学書に記載されている教科書的な神経支配レベル,すなわちPFCNが膝窩部までで停止した個体は55.4%で,残りの44.6%はさらに末梢まで伸延し,うち19.2%は足関節周囲まで神経線維が追跡された.足関節周囲では,アキレス腱部での停止が13.2%と頻度が高かった.本症例の術野に相当する外果部では83体中1例(1.2%)で低頻度であった.さらにまれな例として,外果や踵の骨膜までの走行が確認された個体も各1例ずつあった.考察では,従来の解剖学書においてPFCNが下腿末梢まで神経線維を伸ばしている例があることについて言及している書籍は2編あるが,解剖学的に実証し報告したのは今回が初めてであるとも述べている.本症例においても,坐骨神経や大腿神経からの他の枝に対するブロックが不完全であった可能性は否定できないが,通常より末梢へ伸びたPFCNの術野への関与により通常のブロックの効果が不十分となった可能性が考えられた.
下腿後面から足関節部に至る領域での手術における今回のような末梢神経ブロックの効果不良への対策として,通常の膝窩部坐骨神経ブロックに後大腿皮神経ブロック(PFCNB)を追加することが必要となることも考えられた.また,ペインクリニック診療においては,殿下部でのPFCNの圧迫が下腿後面痛や足部痛などとして表現される可能性もあり,末梢性の坐骨神経痛と思われるような症状でのPFCNの関与を考慮に入れておく必要があると考えられた.
本報告では,90%のPFCNが下腿末梢で小伏在静脈と伴行していることも記載されている.このことから,膝窩部で同静脈を指標にPFCNBが可能ではないかと考えられた.著者自身で左下肢後面での超音波画像を見たところ,膝窩部で膝窩静脈から小伏在静脈が分岐する部位でPFCNが描出され,その末梢で同静脈と伴行していた.さらに末梢へ追跡すると外果近くの皮下まで追跡することができ,同部位近傍で腓腹神経も描出された.PFCNが腓腹神経に合流する場合があることは,Feiglらの報告1)やGrey's Anatomy4)にも記載されている.著者はPFCNの実際の感覚支配領域を確認することを目的に,膝窩部の小伏在静脈伴走部において1%メピバカイン2 mlを用いて超音波ガイド下に自身の神経ブロックを試みた.ブロック後15分で外果を取り囲むように直径5 cm大の痛覚低下領域が出現したが,その他の下腿後面には感覚低下は感じられなかった.また,同部位は完全な痛覚脱失とはならず,ピンプリックテストで3/10程度の痛覚低下にとどまっていた.超音波画像で下腿外側に腓腹神経が描出されたことと上記の報告を参考にすると,同領域で腓腹神経とPFCNとの二重支配があることが推測された.すなわち,Feiglらの解剖所見と実際の神経支配の領域や程度は一致せず,PFCNBの効果にはばらつきがでることが予想された.今後は,PFCNの臨床的意義を確立するために,生体でのPFCNBの経験を積み重ねることによりデルマトームを検証していくことが必要であると考えられた.
後大腿皮神経の分布領域は,これまでの解剖学書に記載されているよりも末梢側まであり,手術での鎮痛やペインクリニックでの下肢痛の診療において,その病態への関与とブロックを考慮に入れる必要があると考えられた.さらに,解剖所見と実際の感覚神経支配領域が一致するかについて今後の検証が必要と思われた.
この報告の要旨は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.