日本ペインクリニック学会誌
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短報
25年来の慢性骨盤痛に対して当帰芍薬散が奏効した1症例
杉村 翔木村 哲朗御室 総一郎中島 芳樹
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2025 年 32 巻 3 号 p. 61-62

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I はじめに

女性の慢性骨盤痛症候群(chronic pelvic pain syndrome:CPPS)は,日常生活に支障をきたす程度の痛みが骨盤領域に6カ月以上続き,それが月経周期,妊娠,外傷,骨盤内手術に関連しないものと定義される1).今回,長年の治療にもかかわらず改善しなかったCPPSに対して東洋医学的診察を行い,処方した当帰芍薬散が著効した1症例を経験した.

本報告を行うにあたり,患者本人,家族より書面にて同意を得た.

II 症例

78歳女性,身長153 cm,体重45 kg.家族歴,既往歴に特記事項なし.50歳台半ばごろから下腹部・会陰部痛を自覚した.以降,長年にわたり複数の医療機関を受診し,内服や神経ブロック,運動療法などの治療を受けたが症状は変わらず原因も不明であった.痛みが徐々に増強し,76歳ごろから臥床で過ごす時間が増え,食事摂取量も減少するなど日常生活への支障が強くなった.本人が婦人科疾患の可能性を訴え,当院婦人科を紹介受診した.診察では子宮および付属器に器質的な異常を認めなかったが,骨盤部MRIで仙骨硬膜外嚢胞が指摘され,整形外科に紹介となった.仙骨硬膜外嚢胞が痛みに関与している可能性があると判断され,全身麻酔下に嚢胞くも膜下腔シャント術が施行された.術直後は,下腹部・会陰部痛は術前の半分程度に軽減したが,数日で痛みが再燃した.術後1カ月時のMRIで嚢胞は縮小しており,シャントは有効に機能していることが確認された.プレガバリンとデュロキセチンが処方されたが,症状は不変だった.痛み治療に難渋し,当科に紹介された.

III 当科治療経過

当科初診時,下腹部から会陰にかけての持続的な鈍痛(numerical rating scale:NRS 3/10),1日に数回の子宮から腟をえぐられるような突出痛(NRS 10/10)を訴えた.知覚,筋力の異常は認めず,明らかな症状の寛解・増悪因子はなかった.整形外科で紹介された脊髄刺激療法の希望があったが,より低侵襲な治療から開始する方針とした.L3/4椎間で硬膜外ブロック(0.5%リドカイン6 ml注入)を行ったが,無効だった.前医より処方されていたプレガバリン(50 mg/day分2),デュロキセチン(20 mg/day分1)を継続したが症状に変化はなく,眠気の副作用のために増量もためらわれた.過去に漢方治療を行っておらず,提案したところ希望された.

東洋医学的所見を以下に示す.痩せ身で色白.動作は緩慢で活気に乏しい.舌は全体に淡白色で浮腫状,舌辺縁に著明な歯痕あり.舌下動脈怒張あり.腹力は軟.臍上悸,胸脇苦満,著明な両側臍傍圧痛と下腹部圧痛あり.二便(大小便)は正常.以上の所見から,虚証患者に瘀血・血虚,水毒が伴っている状態と考え,当帰芍薬散エキス(7.5 g/day分3食前)を処方した.

当帰芍薬散内服を開始し,数日後には下腹部・会陰部痛の軽減を自覚した.痛みは徐々に軽減し,3週間後の再診時には持続痛,突出痛ともに消失し,軽度の違和感程度にまで改善していた.舌の歯痕,舌下動脈の怒張,臍傍圧痛と下腹部圧痛の所見も改善した.当帰芍薬散の処方は継続し,プレガバリンとデュロキセチンは漸減中止したが,症状の再燃なく経過した.さらに当帰芍薬散を継続したところ,痛みの軽減に加えて,食欲が増進し半年後には体重が5 kg増え,外出できるまでに活動量も増加した.本人・家族ともに症状改善の満足度は高かった.当帰芍薬散の内服のみ継続していたが,徐々に飲み忘れも増え,投与開始後2年で中止した.その後,症状再燃がないことを確認し終診,長期内服に伴うと考えられる有害事象も経過中認めなかった.

IV 考察

25年来のCPPSに対し,東洋医学的アプローチに基づき処方した当帰芍薬散が著効した症例を経験した.

CPPSの誘因は骨盤内臓器,筋骨格系,神経や精神科系疾患に関連するものなど多岐にわたる.文献や疾患定義によりさまざまだが,5.6~26%が罹患しているとする報告があり2),器質的異常を指摘できない場合しばし治療に難渋するとされる.本症例で用いた当帰芍薬散は,補血・活血作用をもつ芍薬,川芎,当帰と利水作用をもつ蒼朮,沢瀉,茯苓によって構成される.「当芍美人」と表現される華奢(虚証)で色白(血虚)な女性の婦人科系愁訴に処方されることが多い.内服開始後に,痛みが消失しただけでなく,舌診・腹診の東洋医学的所見が改善し,食欲増進,活動量が増加したことから「証」に適合した処方だったと考えている.

われわれが文献を渉猟する限り,CPPSに対する漢方有効例の報告はないが,CPPSに包括される骨盤内うっ血症候群に対し漢方方剤が奏効したとする複数の報告がある3).骨盤内うっ血症候群は解剖学的な要因,静脈弁の損傷などによって骨盤内の静脈がうっ滞し,骨盤痛を生じるとされるが,しばしば診断がつかずに原因不明のCPPSとして扱われる4).骨盤内うっ血症候群に漢方が有効だった報告3)は,通導散,桂枝茯苓丸,桃核承気湯などいずれも駆瘀血・補血作用をもち,当帰芍薬散と比較してより実証向けの方剤であった.一般的に虚証患者に実証向けの方剤を用いることは避けるべきとされる.本症例では明らかな虚証患者で,瘀血・血虚に加え水毒を伴うとの判断から当帰芍薬散を選択し,有効だった.骨盤内うっ血症候群やCPPSの一部には,駆瘀血・補血作用を有する漢方薬が有効な症例が含まれる可能性があるが,患者ごとに適した方剤を選択すべきだと考える.

前述のようにCPPSの誘因は多岐にわたり,複数の要因が関連するとされる.一部の慢性骨盤痛患者では,線維筋痛症などの特発性慢性疼痛疾患が併存することが知られ,痛みの中枢性感作が症状に関連している可能性が指摘されている5).難治性のCPPSに対する確立された治療法は存在せず,一般的には薬物療法,手術,認知行動療法,理学療法などを組み合わせて集学的に治療される.本症例のように,一部のCPPSには漢方薬が有効である可能性があり,治療選択肢として検討してもよいと考える.

V 結語

25年来のCPPSに対し,東洋医学的アプローチに基づいて処方した当帰芍薬散が奏効した症例を経験した.西洋医学的治療に難渋するCPPSにおいて,漢方薬を治療選択肢として考慮してもよいと考えられる.

本稿の内容は,日本ペインクリニック学会第57回大会(2023年7月,佐賀)において発表した.

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