2025 年 32 巻 5 号 p. 115-118
難治性のがん性疼痛に対するくも膜下鎮痛法は有用な治療法であるが,頸椎で施行する場合は全脊麻や呼吸抑制などの重篤な副作用に留意する必要があり本邦での報告は少ない.今回,乳がん術後の腋窩リンパ節再発による上肢痛に対して頸椎のくも膜下鎮痛法を施行した症例を経験したので報告する.50歳代女性.左乳がん術後に腋窩リンパ節再発をきたし,左上肢全体の腫脹と疼痛を訴えた.オキシコドン,メサドンによる疼痛コントロールは不良であったため,くも膜下鎮痛法を施行した.カテーテルはL4/5より挿入して先端はC7下縁に留置,ポートは左上腹部に作成した.薬液はモルヒネ0.3 mg/日,0.1%等比重ブピバカイン2.4 mg/日で開始し,術後13日目にモルヒネ6 mg/日,ブピバカイン12 mg/日まで増量したところでNRS 9/10から2に改善した.経過中に重篤な副作用は生じなかった.約2週間かけて慎重に薬液調整をすることで重篤な副作用なく管理することができた.
Intrathecal analgesia is a useful treatment for cancer pain. However, there are few reports of its use at the cervical spinal cord level, and we need to be careful about the risk of total spinal paresis and respiratory depression. 50-year-old woman complained of swelling and pain in the left upper extremity due to axillary lymph node recurrence after left breast cancer surgery. Since pain control with opioids was poor, we decided to perform intrathecal analgesia. A catheter was placed at the level of the inferior margin of C7, and a port was created in the left upper abdomen. Morphine and bupivacaine were started at 0.3 mg/day and 2.4 mg/day, respectively. On the 13th postoperative day, the dosage was increased to 6 mg/day and 12 mg/day, and the NRS improved from 9 to 2. No serious side effects occurred during the procedure. Because serious side effects can occur with intrathecal analgesia at the cervical level, the dosage regimen should be carefully adjusted.
難治性のがん性疼痛に対するくも膜下鎮痛法は有用な治療法である.一方で薬液調節に関して研究データが限られるため,カテーテル先端を頸椎に留置して施行する場合は,副作用の中でも重篤な全脊麻や呼吸抑制の発生に留意する必要があり,本邦での報告は少ない.今回乳がん術後の腋窩リンパ節再発による上肢痛に対して頸椎のくも膜下鎮痛法を施行した症例を経験したので報告する.
なお,本報告を行うことについて患者本人から同意を取得した.
50歳代女性.身長165 cm,体重60 kg.左乳がんに対し左全乳房切除と腋窩リンパ節郭清術を施行されたが14年後に左腋窩・鎖骨上リンパ節に再発した.19年後には腋窩部の表皮や皮下組織まで腫瘍が浸潤し左上肢全体の腫脹と疼痛を自覚するようになった.オピオイドが開始されたが悪心により調整困難となり,くも膜下鎮痛法の施行目的に当科紹介となった.
初診時所見:全身状態は良好,予後予測は6カ月以上であった.左上肢全体に著明な腫脹があり(図1),腋窩部には皮膚潰瘍を認めた.疼痛は左上肢全体にnumerical rating scale(NRS)9/10の持続痛であった.鎮痛薬はアセトアミノフェン2,400 mg/日,ミロガバリン30 mg/日,メサドン10 mg/日の内服とオキシコドン264 mg/日を持続静注していた.QT延長傾向,悪心のため増量は困難な状況であった.
左上肢の著明な腫脹
くも膜下鎮痛法の導入:左上肢痛により体位変換が困難であり全身麻酔下で施行した.ポータカットII硬膜外トレーTM(Smiths Medical社)を使用し,カテーテルはL4/5椎弓間より挿入した.先端はC7椎体下縁とし(図2),皮下ポートは左上腹部に作成した.
カテーテル先端位置
C7下縁に留置.
薬液調整:術後当日よりモルヒネを濃度0.125%,流速0.1 ml/時で開始し,オキシコドン持続静注は264 mg,メサドンは10 mgのまま継続とした.翌日より0.1%等比重ブピバカインも流速0.1 ml/時(2.4 mg/日)で開始した.レスキューはオキシコドン16.5 mg/回の静脈投与で対応した.以降,1日ごとにモルヒネもしくはブピバカインを0.1 ml/時ずつ増量していき,オキシコドンは漸減させた.メサドンは術後7日目から終了とし,術後8日目にはモルヒネ0.4 ml/時(4.8 mg/日),ブピバカイン0.4 ml/時(9.6 mg/日)まで増量したところでオキシコドン持続静注も終了とした.退薬症状は認めなかった.以降はモルヒネとブピバカインを混合液として作成(モルヒネ濃度0.25%,ブピバカイン濃度0.5%)し,レスキューは混合液0.8 ml/回で対応した.術後13日目に流速1.0 ml/時(モルヒネ6 mg/日,ブピバカイン12 mg/日)まで増量したところでNRS 2/10となり,重篤な副作用も認めなかったため前医へ転院となった(図3).術後5カ月に前医でポート破損が発生したため交換術が施行され,その際にカテーテル先端移動(Th10まで)も発生し疼痛コントロール不良となり当科再紹介となった.全身麻酔下にカテーテルとポートの交換術を施行した.カテーテル先端は前回同様C7椎体下縁とした.術後はモルヒネとブピバカインを初回と同様の量に調整したところで疼痛コントロール良好となり再度前医へ転院となった.術後7カ月にがん性胸膜炎で死亡した.
薬液調整の経過
□:0.1%等比重ブピバカイン,■:モルヒネ,折れ線:NRS.
術後当日よりモルヒネ0.3 mg/日で開始.術後1日目よりブピバカイン2.4 mg/日で開始.以降,モルヒネ1.2 mg/日もしくはブピバカイン2.4 mg/日ずつ増量.メサドンは術後6日目,静注オキシコドンは7日目に終了.術後13日目にモルヒネ6 mg/日,ブピバカイン12 mg/日まで増量し,NRS 9→2と疼痛コントロール良好となった.
くも膜下鎮痛法は,オピオイドでも十分な鎮痛が得られない場合や副作用により調整困難といった難治性のがん性疼痛に対して有効な手段とされており,インターベンショナル痛みの治療ガイドラインでは推奨度2(弱い推奨),エビデンスレベルBと記載されている1).体外カテーテル法と体内植え込み法があり後者が選択されることが多い.禁忌は一般的な神経ブロックに該当するものと脳圧亢進を認める場合である.胸腰椎での施行が多く頸椎では少ない.これは重篤な合併症である全脊麻や呼吸抑制の発生リスクが胸腰椎よりは予想されることが一因である.本症例においては先の禁忌に該当しない難治性のがん性疼痛であり頸椎レベルでの鎮痛が必要であったが,慎重に薬液調整した結果,安全かつ有効に鎮痛することができた.
合併症として問題となるのはカテーテルの先端移動,屈曲,閉塞,損傷などであり,全て含めると発生率は22%ともいわれている2).本症例では前医にて術後5カ月にカテーテルの先端移動が発生した.屈曲や閉塞といった場合では機器の閉塞アラームなどで早期に発見できることが多いが,先端移動や損傷では発見が遅れがちとなるため鎮痛効果の減弱や麻酔範囲の狭小化が急に出現した際は常に注意しておく必要がある3).本症例においても鎮痛効果の急な減弱から先端移動を疑い発見することができた.
重篤な合併症である全脊麻に関しては発生頻度不明であり,局所麻酔が機序的に頭蓋内へ到達しやすい頸椎ではリスクが高いことが予想されるため,薬液調整は慎重に行う必要がある.使用オピオイドはモルヒネとフェンタニルが一般的であり,水溶性の特性から微量で強力な鎮痛作用と長時間作用が得られるモルヒネが選択されることが多い.ただし遅発性の呼吸抑制やくも膜下内での肉芽腫形成の報告があるため2),疼痛範囲が限局している場合や長期間使用する場合にはフェンタニルも検討される.本症例においては使用に慣れている点からモルヒネを選択したが,呼吸抑制のリスクを考慮するとフェンタニルを選択しても良かったと考えられる.結果的にはモルヒネによる呼吸抑制や肉芽腫形成(カテーテル交換時に確認)は認めなかった.局所麻酔薬はアミド型でくも膜下投与に保険適応のあるブピバカインが一般的である.本症例においては慎重な薬液調整の結果,全脊麻の発生なく管理できた.
薬液調整について,本症例ではモルヒネの持続投与は0.3 mg/日で開始し,20倍の6 mg/日まで増量,ブピバカインの持続投与は2.4 mg/日で開始し,5倍の12 mg/日まで増量した.推奨量として,モルヒネは0.1~0.5 mg/日で開始し,最大量は15 mg/日まで,単回投与は1日量の5~20%とし1日4回までの報告がある2).ブピバカインは等比重で,12~24 mg/日(濃度0.05~0.2%,流速0.5~1.0 ml/時)の開始が推奨されているが4),最大量の明確な基準はない.単回投与は容量で0.2~1.0 mlとされている.推奨量と比較して本症例ではモルヒネの投与量は基準内であったが,ブピバカインは少量であった.しかし,くも膜下鎮痛法は胸腰椎での施行が大半であり先の推奨量も胸腰椎で施行する場合での基準となるため,頸椎の場合は慎重に判断する必要がある.頸椎に限局した報告として,Lisaら5)はC5~7でくも膜下鎮痛法を施行した6症例を報告しており,モルヒネの最終投与量は平均12.5 mg/日(最大25 mg,最小4.8 mg),ブピバカインの最終投与量は平均46 mg/日(最大75 mg,最小20 mg)であったが重篤な副作用はなかったと報告している.Appelgrenら6)はC1レベルで13症例,Lundborgら7)はC1,2レベルで40症例にくも膜下鎮痛法を施行したと報告している.ブピバカインの最終投与量は最大120 mg/日となった症例もあったが全脊麻の発生はなかったと報告している.全脊麻の発生例として,Fujiiら8)はC5レベルにおいて,モルヒネ2.1 mgとブピバカイン8 mgを含む混合液1.8 mlを誤ってボーラス投与した際に発生したと報告している.マスクによる人工呼吸管理で対応し,40分ほどで回復した.よって頸椎レベルであっても持続投与の範囲では全脊麻の発生報告は見当たらなかった.過去の報告例と比較しても本症例でのブピバカイン投与量は少量であった.約2週間の経過で緩徐に増量していき,大きな副作用なく管理できた点は良かった.開始量に関しては推奨量や過去の報告を参考に1/2程度から開始しても良かったと考えられる.
乳がん術後の腋窩リンパ節再発による上肢痛に対して頸椎のくも膜下鎮痛法を施行し,重篤な副作用なく管理できた症例を経験した.頸椎で施行する場合は重篤な合併症に留意し薬液調整を慎重に行う必要がある.
この論文の要旨は,第29回日本緩和医療学会学術大会(2024年6月,神戸)において発表した.