日本ペインクリニック学会誌
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症例
ベンゾジアゼピン受容体作動薬の中止により全身の慢性痛や諸症状が改善した1症例
伊藤 恭史春原 啓一
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2025 年 32 巻 7 号 p. 179-182

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Abstract

ベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下,BZ受容体作動薬)の調整により,全身の痛みおよび関連症状が改善した症例を報告する.63歳の男性.初診6年前より全身の痛みを訴え複数施設で治療を受けるも改善せず,当科に紹介された.不眠症のため,睡眠薬として15年以上BZ受容体作動薬を常用していた.症状は毎日午後から出現する全身の痛み,手指振戦,胸部苦悶感などで,これらは睡眠薬(ブロチゾラム,ゾピクロン)の内服で軽快し,睡眠もとれ,翌日午前中までは症状はなかった.これらのことから,諸症状は睡眠薬の血中濃度の低下に伴う症状と仮定し,クロナゼパム0.6 mg/日へ置換したところ,諸症状が軽快した.その後,クロナゼパムも漸減し,40日後に中止した.長期のBZ受容体作動薬使用は,耐性のため全身の慢性痛を引き起こす可能性がある.慢性痛の背景に耐性や依存が関与している場合には,関与する薬物の中止が有効である.そのためには,患者の理解と医療者のサポートが重要である.不定で強い痛みを訴える患者の中には,薬物の耐性や依存が背景にある場合もあり,留意が必要である.

Translated Abstract

A 63-year-old man complained of numbness and pain all over his body since 6 years ago. He was referred to our department after receiving treatment at multiple facilities without any improvement. He had been taking benzodiazepine receptor agonists for 15 years as a sleeping pill. The pain worsened in the afternoon and was relieved by taking sleeping pills. Therefore, we thought that the symptoms were due to withdrawal symptoms from the sleeping pills, and replaced the sleeping pill with clonazepam 0.6 mg twice a day, which relieved various symptoms such as pain all over the body. The clonazepam was then gradually reduced in dosage and completely discontinued after 40 days. Long-term use of BZ receptor agonists may cause chronic pain and numbness throughout the body due to tolerance. Some patients who complain of indefinite and strong pain may have a drug dependency as an underlying cause, so it is important to keep this in mind.

I はじめに

ベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下,BZ受容体作動薬)は,しばしば依存を形成する.依存症状には個人差があり,服用を続けていれば離脱症状の出ない常用量依存にとどまる例もあれば,定期的に常用量を服用していても服薬と服薬の間に離脱症状が出現することもある.離脱症状に見られる一般的な痛みとしては,頭痛や筋肉痛が挙げられる.痛み以外には筋緊張,振戦などのほか,動悸などの自律神経症状があり,これらの症状はBZ受容体作動薬の使用によって改善するという特徴がある.

このような場合,BZ受容体作動薬の中止が検討されるものの,実際には容易ではない.今回の症例では,常用薬を作用時間の長いクロナゼパムに置換した結果,常用薬の中止に成功し,諸症状の改善が見られたため,報告する.

なお,ゾピクロンは化学構造式上ベンゾジアゼピン骨格を持たないためベンゾジアゼピン系薬には含まれない.しかし,ベンゾジアゼピン受容体に結合して効果を発揮するため,本論文ではベンゾジアゼピン受容体作動薬として取り扱う1)

本症例については,患者から書面による承諾を得ている.

II 症例

患 者:63歳,男性.

既往歴:リウマチ性多発筋痛症,多血症,気管支喘息,花粉症,胆石症.

職 業:心理カウンセラー.

主 訴:慢性的な全身のしびれ,痛み,手指振戦,胸部苦悶感.

現病歴:初診20年前ごろより不眠のため,睡眠薬(BZ受容体作動薬)を処方されていた.処方は上限量で,用法・用量は自己判断で使用していた.しかし,不眠に対し強い不安を抱えており,毎日眠前に必ず服用していた.初診6年前に全身の筋肉のこわばり,倦怠感が出現し,リウマチ性多発筋痛症と診断された.ステロイドを投与開始し,翌日には症状は一時的に改善するも,その12日後より四肢の痛み,しびれ,胸部苦悶などが出現し,徐々に増悪した.日常生活も困難な状態となり,5年以上にわたり複数の病院・診療科に通院するが症状は改善することなく,当科紹介となった.

現 症:痛みは手のひらから始まり全身に広がるじんじんビリビリとした痛みで,手指振戦や胸部苦悶感,下肢の筋肉のこわばり,構音障害,倦怠感,腰痛,視覚異常,味覚異常,耳鳴,めまいを伴い,座位の保持も困難であった.これらの症状は,午前中はほとんどなく14時ごろから出現,時間経過とともに増悪し睡眠薬を内服するまで続いた.睡眠薬内服後には諸症状は軽快し睡眠はとれるとのことであった.初診時,デュロキセチン20 mg錠を1錠(朝食後),プレガバリン75 mg錠を2錠(朝・夕食後),アセトアミノフェン200 mg錠を2錠(朝・夕食後),ブロチゾラム0.25 mg錠を1錠(眠前),ゾピクロン7.5 mg錠を1錠(眠前)内服していた.

経 過:諸症状はブロチゾラムとゾピクロンの血中濃度が日中午後から低下することによる離脱症状と仮定し,「睡眠薬を調整し中止できれば諸症状は改善する可能性がある」と患者に説明し理解を得た上で,手指振戦の治療も兼ねてクロナゼパム1回0.3 mgを朝夕食後に処方,徐々にブロチゾラムとゾピクロンを減らしていく方針とした.治療開始当日,夕食後にクロナゼパム0.3 mgを内服したのち,1時間後には午後からの諸症状は軽快したため,眠前のゾピクロンを自己判断で3.75 mgに減量したところ,通常より入眠までの時間が延長し,中途覚醒が3度あった.治療開始翌日朝クロナゼパム0.3 mgを内服,午後になり胸部の違和感が出現するも,それ以上症状の悪化はなく,しばらくして胸部の違和感も消失した.そのため定期内服していたプレガバリン,アセトアミノフェンも,自己判断で中止した.患者自身が,諸症状はブロチゾラム,ゾピクロンが関与していた可能性が高いとの思いを強くし,自己判断でその日の睡眠薬内服を中止した.入眠困難,中途覚醒はあるものの,昼間の症状改善の満足度が高く,ブロチゾラム,ゾピクロン中止を継続することとした.そして治療開始4日後の再受診時より,1週間おきにクロナゼパムを0.1 mgずつ減量していくこととした.具体的には,治療開始5日後より,クロナゼパムを朝食後0.2 mg夕食後0.3 mg,12日後朝食後0.1 mg夕食後0.3 mg,19日後夕食後のみ0.3 mg,26日後夕食後0.2 mg,33日後夕食後0.1 mg,そして40日後に中止した.途中,クロナゼパムを0.3 mg/日まで減量後,夜間に下腹部がムズムズしてじっとしていられなくなり,起き上がって体を動かさなくてはいられない,さらに起き上がってしまうと眠れずイライラする,といった症状が出現し,減量のたびに悪化した.クロナゼパム中止後も,夜中にムズムズで呻き苦しみ歩き回る日が続いたものの,中止3日後より徐々に症状が改善.中止後2カ月ほどで症状は消失した.

III 考察

本症例では,ブロチゾラム,ゾピクロン,クロナゼパム中止後も,諸症状が改善しており,BZ受容体作動薬の中止が治療に効果的であったと考えられた.結果として,常用していたブロチゾラム,ゾピクロンの血中濃度の低下が諸症状の出現に関与しているという仮定が正当であった可能性が示唆された.ブロチゾラム,ゾピクロン,それぞれの血漿中濃度消失半減期は約7時間と約4~5時間である.BZ受容体作動薬には耐性形成の問題があり,本症例のように常用量を継続していても,服薬と服薬の間に離脱症状のような症状が出現することがあるという報告もある2).また,クロナゼパムにはそれ自体にも,抗不安作用,筋弛緩作用,鎮痛補助薬としての作用があるため,症状の緩和に有効であったと考えられる3)

近年,BZ受容体作動薬の依存性が問題視されており,医薬品医療機器総合機構からも注意喚起が行われている.BZ受容体作動薬は,承認された用量の範囲内であっても,長期間の服用により身体依存が形成されやすく,減量や中止時にさまざまな離脱症状が現れるという特徴がある.本症例は,ブロチゾラムとゾピクロンを長期にわたり内服していた.これらの薬剤は睡眠薬として広く使用されているが,その反面,長期服用により身体依存や精神依存が生じやすいことが知られている.また,BZ受容体作動薬の依存の特徴として,常用量依存が挙げられる.常用量依存とは「本来の症状は寛解状態にあり,使用量の著しい増加は認められないが,服用を中止すると反跳現象や離脱症状が生じるため,断薬に踏み切れない状態」を指す.つまり,離脱症状のために中止が困難となるが,渇望や耐性形成はそれほど目立たないというものである.また,服薬と服薬の間のタイミング(薬の切れ目)に離脱症状が出現することがあるのも,常用量依存の特徴的な症状とされる4).本症例においても,実際に試してはいないが,諸症状が出現する午後に睡眠薬を内服させれば,これらの症状は改善したと考えられる.そのことは,服薬中止による離脱症状の出現を予見するものと思われる.

ベンゾジアゼピン系薬剤の離脱症状には,精神症状として,不安の増強,易刺激性,睡眠障害,内的不穏,いらだち,精神病症状,せん妄,離人症,混乱が含まれる.自律神経症状としては,振戦,発汗,嘔気,嘔吐,呼吸困難,頻脈,血圧上昇,頭痛,筋緊張,筋肉痛が挙げられ,神経学的および身体的合併症としては,けいれんリスクの増大,認知機能障害,記憶障害,知覚障害,聴覚過敏,羞明,過眠,ミオクローヌスなどが報告されている5).本症例では,午後から抱えていた症状のほとんどが,上記に該当することが確認された.BZ受容体作動薬の依存患者12例に対して内服中止を行い,離脱症状の種類や強さ,それに対する治療と薬物の血中濃度を経時的に評価した症例報告6)では,内服中止前(減量せずに常用量内服を継続している状態)から,すでに多くの患者で離脱症状が出現しており,この離脱症状には「四肢・背部・頸部・歯・顎」の痛みが含まれており,本症例の症状に酷似していた.このことから,一般的ではないものの,離脱症状で本症例のような痛みが出現する可能性があることも留意する必要があるものと思われた.

BZ受容体作動薬の減量方法については多くの報告があり,二つのメタアナリシスも行われている7,8).離脱症状を防ぎつつ減量する方法としては,①漸減法,②認知行動療法,③補助薬物療法,④心理的サポートが挙げられる9).漸減法とは,薬剤を段階的に減量する方法である.標準的な方法としては,1~2週間ごとに服用量を25%ずつ減量し,4~8週間をかけて中止する.置換法やブリッジング法も有効な手法である.置換法は,短期作用型BZ受容体作動薬を長期作用型BZ受容体作動薬に置き換える方法であり,ブリッジング法は一時的に短期作用型BZ受容体作動薬と長期作用型BZ受容体作動薬を併用し,その後,長期作用型BZ受容体作動薬のみに置き換える方法である.これらの方法は,短期作用型BZ受容体作動薬に比べ,長期作用型BZ受容体作動薬の方が離脱症状が出にくいという特性を利用している.置換が完了した後は,漸減法や隔日法を組み合わせて長期作用型BZ受容体作動薬の減量・中止を行う必要があるが,この際にも離脱症状が出現する可能性がある.本症例では,結果的に置換法を用いてブロチゾラムとゾピクロンをクロナゼパムに置き換え,その後,クロナゼパムを漸減法で減量・中止した.

身体依存においてもBZ受容体作動薬の減量中止の際には,患者に対する心理的サポートも重要である.減薬を提案する際に,医学的な論理を一方的に押しつけても,患者が納得しなければ,減薬の実践は期待できない10).本症例では,患者が依存症のカウンセリングの仕事もしており,薬物依存に関する知識が豊富であったことが,クロナゼパムの離脱症状に打ち勝ち,減量中止を可能にした要因の一つであると思われた.患者が強い中止の意思を持ち,病態の理解を医療者と共有できたことが治療の成功に寄与したと考えられる.

IV 結語

BZ受容体作動薬は,減量せずに常用量内服を継続している状態でも,1日の中で血中濃度が低下する時間帯に離脱症状が出現する可能性がある.離脱症状の中には,一般的ではないが本症例のように全身の強い痛みを訴える症例もあるため,患者の痛みの訴えが不定で複雑である場合は,BZ受容体作動薬が関与している可能性を考慮する必要があると思われる.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第58回大会(2024年7月,宇都宮)において発表した.

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