2006 年 10 巻 2 号 p. 105-108
食品や化粧品など身のまわりの製品には, 香りを使用した製品が多く存在している。ところが, 製品によっては, 使われている香りが必ずしも製品内容とは合致しないと感じることがある。これは, 製品と接したときに香り以外の品質構成と香りとの間で, 違和感が意識されているということである。このような違和感がないように香りを特定するための手法を提案することが, 本研究の目的である。
通常は, 香り以外の品質構成が決まった時点で, この内容に見合った香りを選定することになる。この選定は試行錯誤的に行われ, 選定者たちの特性が影響する可能性が多々ある。この点を解決するための手がかりとして, 香りの共感覚的表現に着目した。
共感覚(synaesthesia)とは, 1種類の刺激によって, その感覚様相とは異なる感覚経験をも意識してしまう現象である。共感覚の代表的な例としては, 「色聴」がある。これは音を聞いて色が見える現象であり, 通常は低音には暗い色, 高音には明るい色が現れる。また, 特定の音に対して赤色のような特定の色が対応する例もある。他にも味から形を感じるなどという例もある(丸山, 1994)
共感覚を持っている人は非常に少ないが, 日常的には, 「明るい香り」や「甘い香り」などのように, 香りによる嗅覚刺激を嗅覚以外の4つの感覚に関係する言葉で表現することが多々ある。これが, 共感覚的表現である。香りの共感覚的表現についての研究には, 一連の神宮の研究がある(櫻井・神宮, 1997;岩田・神宮, 1997;神宮, 1999)。
香り以外の品質は, 当然, 嗅覚以外の感覚に関係した内容で構成されている。したがって, ある香りがどの感覚との関係が強いか, つまり香りの共感覚性が分れば, これに見合った品質構成が可能となる。本研究では, 特定の香りが持つ共感覚性を, 共感覚的表現を媒介として, 明らかにする手法を提案する。
共感覚的表現用語(32語)
共感覚的表現用語と感覚との関係
本実験は, 嗅覚刺激に対する共感覚的表現と, 各感覚との関係性を明らかにすることを目的とする。
選択比率(複数選択)
共感覚的表現が, どの程度各感覚に関係しているのかを, 評定法を用いて数量化することを試みた。各感覚は温覚, 冷覚, 嗅覚, 味覚, 痛覚, 触覚, 平衡感覚, 運動感覚, 視覚, 聴覚の10の感覚とした(行場ら, 2005)。
10代から50代までの男女あわせて40名のパネルで調査を実施した。平均は23.0歳で, SDは8.84歳であった。
嗅覚以外の4感に関する共感覚的表現用語として32語を使用した(表1)。これらは, 嗅覚以外の視覚・聴覚・触覚・味覚に関する形容詞や形容動詞を国語辞典と形容動詞辞典より選出したものである。これらの用語に対して, 上記の10感覚各々にどの程度関係していると思うかを, 一種の採点法で点数化してもらった。なお, 用語ごとで合計10点となるように, 感じた関係の強さに応じて配分してもらった。なお, 合計が10点とならないデータは削除した。
2つの実験結果の正規化後の行列演算
各用語で平均値を求めた(表2)。視覚語と味覚語については, どちらも当該感覚に強い関係があり, 他の感覚とはあまり関係がなく, 共感覚的表現に適した用語ではないという結果であった。
聴覚語についてはばらつきがあり, 「高い」「低い」は温度にも, 「こもっている」は匂いにも, 「ゆるやかな」は傾斜・強弱にも, 「はげしい」は痛み・運動にもなど, 多様な感覚に関係していた。
触覚語については, 「なめらかな」「ざらざらした」「さらりとした」「ねばっこい」は, 手の触覚(手ざわり)に対する表現の他に, 舌の触覚(舌ざわり)に対する表現にも関連があるといえる。よって, 舌の感覚(舌ざわり)を味覚と混同してとらえているため, 触覚語は, 触覚と味覚に関係性が高かったものと考えられる。また, 「重い」「軽い」は運動感覚にも関係性が見られた。人が「重い」「軽い」と感じるときは, 物を運ぶ運動をしているときである。本来なら「重い」「軽い」という表現は物を持っているときの触覚に対する表現であるが, 物を運ぶ運動をしているため, 運動感覚ととらえたものと考えられる。
聴覚語と触覚語は各感覚にばらつきがあり, 共感覚的表現用語として汎用性があると考えられる。
実際に香りを嗅いで, 実験1で使用した32語で香りの表現をしてもらい, 香りが持つ共感覚性を明らかにすることが目的である。
3-1 方法香りとしてレモン・チョコ・梅酒・バニラ・ムヒ・ソースの6種類を使用した。これらは, 一般的な市販製品の香りである。
プラスチックのボトルに, 各々を脱脂綿に染み込ませたものを入れ, 中が見えないようにテープで容器を覆った。20代の大学生45名に, それぞれを嗅いでもらった。平均は21.0歳で, SDは0.82歳であった。パネルには6種類すべての香りを嗅いでもらった。各パネルでは, 香りの順序はランダムとし, 個別に実験を行った。
評価用語は実験1と同様の32語を共感覚的表現用語として使用した。評価の方法は, 評価用紙を香り1つにつき1枚配り, 香りを表現するのに適切だと思う評価用語に丸印をつけてもらった(複数選択可)。
香りと感覚との関係
各項目において, 香りを表現するのに適切だと思い丸印をつけたものを「1点」, つけなかったものを「0点」として分析を行った。各香りで選択比率を求めた(表3)。
レモン・チョコ・梅酒・バニラ・ソースは味覚語に高い値が得られた。これは実際の食品を「イメージしたためと考えられる。また, ムヒについては視覚語と触覚語に高い値が得られた。香りから製品のイメージがもたらされ, 薬の色や肌に触れる使用状況が反映されたものと考えられる。
また, 全ての香りに対して, 視覚語と味覚語に高い値が得られたのは, 対象が明確にイメージできていたためと考えられる。
実験1では, 共感覚的表現用語と感覚の関係を, 実験2では, 実際の香りと共感覚的表現用語についての関係を調べた. この2つの実験から, 共感覚表現用語を仲立ちとして, 各香りがどの感覚と関係性が強いのかを明らかにすることができる。
実験1の結果の32語と10感覚での行列と, 実験2の結果の32語と6つの香りでの行列を, それぞれ正規化し掛け算した。正規化には32語の合計値で割る方法をとった(図1)。この結果を表4に示す。
香りを嗅いでそれが何の香りかが分かれば, そのものの形や色を頭に思い浮かべるため, 視覚イメージに頼り, 視覚に値が高くなるはずである。しかし, 表4では, 味覚や痛覚のように, 人が香りから受けた感覚イメージによって, 高くなる値が異なっていた。形や色だけではなく, さわやかさ, なめらかさ, 冷たさを感じており, 各感覚の重み付けが異なることが分った。
今回の結果を製品の品質構成に活かす場合には, 例えばバニラアイスの品質構成としては, 見た目や味の問題よりも, 触覚としての舌触りに着目する必要のあることが, 表4から示唆される。
食品の製品開発を考えた場合, 同じ食品での香りであっても, 香りの内容によって, 関係する感覚様相が異なっている。食品だからといって, 単に味覚や嗅覚など, 常識的な感覚様相を念願に置いた品質構成では, 製品として失敗する可能性のあることが明らかとなった。対象とする香りが, どの感覚様相と関係が強いかを知ることで, より適切な品質構成を得られることができるとともに, 新たな製品コンセプトの特定が可能となる。
本研究で提案した手法を, 香り以外の味などに応用することで, 新たな製品開発の可能性が広がることが期待できる。