日本官能評価学会誌
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移調刺激までの距離が相対的な見かけの大きさに与える影響
梶谷 哲也
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2008 年 12 巻 2-2 号 p. 107-110

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1. はじめに

立体(三次元)を体系的に二次元平面上に描画(再現)する試みは, レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci, 1452年-1519年)をはじめとして, 古くからなされてきた. 近年では, 自然な状態で対象を観察したときの見かけの大きさを平面上に描画する試みが, 1975年にRegginiによってなされた. この手法は, 当時, 一般にも利用が可能となってきたコンピュータを利用した画像再生法の先駆的な試みであった(Reggini, 1975).

一方, 伝統的な心理物理学の測定では, 提示刺激(測定対象)に何も変更を加えることなく, 主観的な量を測定する方法として, “移調法”が大山によって提案された. この手法を用いることによって刺激の相対的な比(例えば相対的な見かけの大きさ)を, それまでの心理測定法よりも, より正確に測定できることが明らかにされた(Katori and Suzukawa, 1963;大山, 1971;Oyama, 1974). しかし, 移調法に従がった測定結果が, 移調刺激までの距離に影響されるかどうかはまだ検討されていない. この移調法を使って提示刺激の相対的な見かけの大きさを測定したとき, もし被験者から移調刺激までの距離によって測定結果が異なるならば, 測定結果に対する適切な補正方法(関数)が必要となる. そこで本報告は, 異なる観察距離(または視距離:50cm, 100cm)に提示された同一のComputer Graphic画像(CG画像)を移調刺激として用いて, 様々な位置におかれた2つの球の相対的な見かけの大きさを定量化し, その影響を検討する.

2. 実験

目的:

移調刺激から被験者までの距離が, 測定される見かけの大きさに与える影響を明らかにするために, 異なる観察距離にある同一の移調刺激を用いて実空間上の2つの球の相対的な大きさを定量化し, その測定結果が異なるか同じかを調べる.

被験者:正常な視力(または矯正視力)を持つ20歳から32歳までの男女5人.

方法:

提示刺激:参照球およびターゲット球は, いずれも直径56mmの無彩色の球で, 机から球の中心位置までの高さ22cmの位置に提示した(図1). 参照球の上部の輝度は26.0(cd/m2), 中央部, 下部でそれぞれ17.0, 5.3(cd/m2). 一方, ターゲット球の輝度は, 上, 中, 下部それぞれで, 25.0, 17.0, 5.0(cd/m2)であり, ターゲット球の提示位置によって変化はなかった. 参照球の提示位置は, 被験者の前方100cmに固定した. ターゲット球の提示位置は, 参照球を基準にして図2に示した6つの位置のいずれか一つ.

図1

実験環境

図2

相対的な見かけの大きさの測定点(合計6点)

移調刺激:移調刺激を表示する液晶ディスプレイは被験者の左90°の方向に提示され, その提示距離(観察距離)は, 被験者から50cmと100cmの2条件であった. そのディスプレイの表示画面の大きさは, 高さ18.5cm, 幅 24.5cmであり, 画面の解像度は1024×768(pixel), 色数は232色. なお, 液晶ディスプレイ上の表示されている移調刺激(図3)の平均輝度は周辺部分で28(cd/m2), 円内部では61(cd/m2). なお, 提示距離が異なっても, それらの輝度に差はなかった.

図3

移調刺激(CG)

手続き:被験者は, 参照球とターゲット球の相対的な見かけの大きさを移調法に従って測定した. この時, 3名の被験者は移調刺激までの観察距離50cm条件を最初に行い, 試行ごとにランダムに選択される6点全ての測定を4回繰り返した. 次に, 移調刺激までの観察距離100cm条件で同様の測定を行った. 残り2名の被験者は観察距離100cm条件から測定を行った.

具体的には, 以下のような手順で球の見かけの大きさを定量化した. まず, 被験者は実空間内の2つの球の大きさを観察し, それらの大きさの関係を記憶する. 次に, 図3のような移調刺激であるCG上, 向かって左(ターゲット球の大きさに相当)にある円の大きさを, 被験者自らが2つの球を観察して記憶した大きさと同等な関係になるまで十分な時間をかけて連続的に調整する. 最後に, 被験者によって調整された左側の円の大きさを見かけの大きさの測定結果とした. なお, 最初に提示される左の円の大きさは, ランダムに右の円の大きさの1.5倍または0.5倍の大きさとした.

結果:

異なる2つの観察距離に提示された移調刺激によって測定された相対的な見かけの大きさは図4のようになった. 繰り返しのある二要因(要因1:移調刺激の観察距離, 要因2:ターゲット球の提示位置)の分散分析を行ったところ, 移調刺激の観察距離の主効果は有意ではなかった(F(1,228)=0.72, p>0.05). このことから, 移調刺激の観察距離は, 測定値に影響を及ぼさないことが分かった. 一方, ターゲット球の提示位置の主効果は, 1%水準で有意になった(F(5,228)=7.59, p<0.01). このことから, ターゲット球の提示位置により測定される相対的な見かけの大きさは有意に異なることが明らかとなった. しかし, 移調刺激の観察距離とターゲット球の提示位置の交互作用は有意ではなかった(F(5,228)=0.31, p>0.05)ことから, ターゲット球の提示位置による見かけの大きさの違いは, 移調刺激の観察距離とは独立である, といえる.

図4

提示距離50,100cmに提示された移調刺激により測定された相対的な大きさ(なお相対的な大きさは, 参照球の大きさを1.0としたときのターゲット球との大きさの比, それぞれのグラフに付随したバーは, 1σを示す)

考察:

移調刺激(画像)までの観察距離が50cmと100cmで異なっても, 測定された相対的な見かけの大きさには有意な差はなかった. また, 交互作用もなかった. なお, 異なる観察距離で被験者に提示される移調刺激は同一であったために, 移調刺激そのものは観察距離が2倍になると視角にして半分の大きさになっていた. このように, 移調刺激の観察距離が2倍になると, それぞれのターゲットの提示位置での相対的な見かけの大きさを測定する精度が半減すると予想できる. 言いかえれば, 移調刺激の観察距離が異なると, 異なる測定結果となることが想像されるが, 今回はそのような結果にならなかった. その原因の一つとして, 従来の移調カードのように有限で不連続な大きさの移調刺激ではなく, 被験者自らが連続的に調整できるCGを用いたことが考えられる. 今後, 相対的な見かけの大きさの測定では, 連続的に調整できる移調刺激であれば, それを提示する画像提示装置までの観察距離を厳密に管理する必要はないと思われる.

一般に, 移調刺激の分解能が十分でない場合, それぞれの位置関係にある2つの球の相対的な見かけの大きさを十分な精度で定量化できない可能性がある. 極端な例としては, ターゲット球の提示位置6点全てで同じ大きさとなる可能性もある. ところが, 移調刺激を視角にして半分の大きさにしても, 測定点ごとに測定された相対的な見かけの大きさは統計的に有意な差を持つ値であった. 従って, 移調法は, これらの違いを検出できるだけの十分な精度を持つ方法といえる.

以上から, 2つの球の相対的な見かけの大きさを測定する移調刺激に関して, 観察距離(50cmおよび100cm)が測定される相対的な見かけの大きさに与える影響はないと考えられる. また, 今回のように, 連続的に調整できるタイプの移調刺激を用いる場合には, 様々な観察距離に提示された移調刺激で測定された相対的な見かけの大きさについて, 相互に補正を行う必要はないと思われる.

3. まとめ

これまで, 移調法に従って対象の相対的な大きさを測定するとき, 移調刺激(移調カード)までの観察距離は, 測定結果に影響はないと仮定されてきた. ところが, この移調刺激までの観察距離の差が, 相対的な見かけの大きさの測定結果に及ぼす影響に関する具体的な検討はなされてこなかった. そこで本報告では, 異なる観察距離に提示された同一のCG画像を用いて, 様々な位置におかれた2つの球の相対的な見かけの大きさを移調法により定量化した結果, 異なる観察距離に提示された移調刺激を用いた測定結果には有意な差がないことがわかった.

これにより, これまで様々な観察距離に提示された移調刺激で測定された相対的な見かけの大きさは, それぞれの測定結果を補正することなく, 直接比較検討できる可能性を見出した.

4. 今後の課題

今後, 測定対象と移調刺激とのなす角度が測定される相対的な見かけの大きさに対して及ぼす影響を検討しなくてはならないと思われる.

現在は, 測定対象に対して90度または45度に移調刺激を提示して測定を行っているが, 測定対象と移調刺激が視点に対して近接している場合には測定結果が異なってくる可能性があると思われる. ただし, Richardの報告(Richard, 1970)によれば, 測定対象と移調刺激が視点に対して近接しても測定結果には影響はないとされている.

引用文献
  • 1)  Reggini, H. C. (1975), Perspective Using Curved Projection Rays and Its Computer Application, Leonardo, Vol.8, pp.307-312.
  • 2)  大山 正 (1971) 知覚測定法としての移調法の適用と意義 高木貞二 (編) 現代心理学と数量化 東京大学出版会 pp.133-153.
  • 3)  Oyama, T. (1974), Perceived size and perceived distance in stereoscopic vision and an analysis of their causal relations, Perception and Psychophysics, 17, pp.175-181.
  • 4)  Katori H. and Suzukawa K. (1963), The estimation of apparent size and depth in stereoscopic vision, Japanese psychological research, Vol.5, No.2, pp.72-85.
  • 5)  Richard W. (Sep.1970), The Effect of Separation between Test and Comparison Objects on Size Constancy at Various Age-Levels, Richard W. Brislin, H. W. Leibowitz, The American Journal of Psychology, Vol. 83, No.3, pp.372-376.
 
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