今日のマルティメディアが発達した時代においても, 書かれた文字を読むことにより人は多くの知識を得る. 書かれた文字を読む際に, 文字の様々な物理的特性が読みの遂行に影響する. たとえば, 文字の大きさとコントラストは, 読みの速度に大きく影響する(Legge, 2007)が, 読みの速度以外にも, 疲労, 集中の程度, 不快感, 快適感, 理解など様々な心理学的側面が読みの遂行を反映する. その中でも, 「読みやすさ」という主観的感覚は, 読みの遂行と文字の特性を考える上で重要な要因であろう. 本研究は, 書かれた文字の読みやすさという主観的評価を検討した.
毎日目にする印刷物の主観的読みやすさと読みにくさは, 文字の大きさと線の太さによって異なる. 印刷物の文字の大きさと線の太さは, 多くの場合慣例に従って決められている. 科学的な方法としては, JIS規格高齢者・障害者配慮設計指針―視覚表示物―日本語文字の最小可読文字サイズ推定方法というものがある(JIS S 0032). 印刷物に使う文字の大きさは, 読みやすさを考慮して決められているが, その読みやすさに関する実証的データは多くはない. 英語圏で行われているLeggeたちを中心とした文字の物理的特性と読みの速さに関する研究(読みの心理物理学的研究, たとえばLegge, 2007)と比べると, 研究結果の蓄積は乏しい. 本研究は, 文字の大きさが主観的読みやすさに及ぼす影響について, 実証的な知見を得る目的で, 印刷された文章の読みやすさを評価的方法を使って検討した.
【材料】小説2編(安部, 1962;夏目, 1917)と説明文3編(伏木, 2005;飯島, 2002;門倉, 2006)から連続する200~300文字の文章を使用した. 旧表記は現代表記に修正した. 以下読みの材料と呼ぶ.
4つの読みの材料を, 4種類の文字の大きさに印刷したテキストを作成した. 大きさは, フォントサイズ4, 6, 8, 10.5とした. なお, 本論文を通して, フォントサイズの単位にはポイント(point)を使用する. フォントタイプはマイクロソフト明朝体, 文字の太さは普通の太さとした. 行間隔は, どの文字の大きさでもほぼ同じ比率に設定し(文字1つ分の行間隔), 文字の間隔はデフォルトの設定で文章を縦に印刷した. 印刷にはブラザー社製のレーザープリンター(Brother HL-2040)を使用した.
説明文1編を固定文字サイズ(フォントサイズ10.5)の共通課題とし, 残りの小説2編と説明文2編を可変文字サイズ(フォントサイズ4, 6, 8, 10.5)課題とした. 課題の順序は文字が徐々に小さくなるように, 1. 共通課題, 2. フォントサイズ10.5, 3. フォントサイズ8, 4. フォントサイズ6, 5. フォントサイズ 4の順とした. 共通課題を除くと, 課題文と文字サイズの組み合わせは16通りあるが, 被験者群を4群に分けて, ラテン方角の要因配置にした. すなわち, 組み合わせAはフォントサイズ10.5-小説1, フォントサイズ8-説明文1, フォントサイズ6-小説2, フォントサイズ4-説明文2;組み合わせBはフォントサイズ10.5-説明文1, フォントサイズ8-小説2, フォントサイズ6-説明文2, フォントサイズ4-小説1;以下組み合わせCと組み合わせDも同様に作成した. このようにして, フォントサイズの要因が課題文の要因と交絡しないように準備した.
読みの材料は紙に印刷された. 質問紙は別のセットとし, 質問紙の後に文章の内容理解を確認するため3肢選択法によるチェック質問1問を配した. 共通課題に対応する質問紙には, 近見視力(読書視力)を推定するために, 異なるひらがな文字をフォントサイズ14から2まで12段階に変化させた簡易視力測定表を付け加え, 読める文字には○, 読めない文字には×をつけてもらった. ○がついた文字のうち一番小さいフォントサイズを最小判読文字と定義した.
【測定尺度】質問事項は, 読みやすさと見やすさに関する表現(「楽に読めた」「読み取りにくい」などからなる13項目)であり, 項, 目内容は, 読みやすさに関する項目5項目, 読みにくさに関する項目8項目(逆転項目)とした(Table 1). 回答は3つの反応カテゴリーから1つを選ぶ3件法とし, 反応カテゴリーは「よくあてはまる」「ややあてはまる」「あてはまらない」を使用した. 質, 問紙は, 13の項目をランダムな順に並べて作成した(しかし, 被験者間では項目の順序は一定であった). 尺度構成は項目反応理論を適用して行った(豊田, 2002a, b).
【実験参加者】2008年8月に岩手大学構内で開かれた岩手県教職員講習受講者51名のうちフォントサイズ6以上の課題文の全ての質問項目に回答し, かつ最小判読文字がフォントサイズ 5以下の49名を参加者とした. この2つの基準に適合せずに2名が除外された. 最小判読文字の分布は, フォントサイズ2が1名, フォントサイズ3が30名, フォントサイズ4が15名, フォントサイズ5が3名であった(平均3.4, 標準偏差0.64).
参加者 49名の年齢は平均34.8歳, 標準偏差8.26歳であった. 男性が8名, 女性が41名参加した. 課題文組み合わせA, B, C, Dに対する参加者の配分は, Aが11人, Bが13人, Cが11人, Dが14人とほぼ等しい配分割合であった.
【手続き】授業中に全員に読みの材料と質問紙を配布して, 課題の性質と回答方法を説明した. 同時に, 読書の視距離を統制するために, 2つの結び目間の長さが40cmの細紐を配布し, 各課題文を読む前にこの紐を使用し40cmの観察距離を確認してから課題文を読むように教示した. 参加者は自分のペースで課題文を黙読し, 課題文1つを読むごとに質問紙1つに答えた.
Questionnaire Items and Factor loadings
実験Iでは, 課題文の要因は, もしその効果があっても実験参加者間で相殺されるように計画された. しかし, フォントサイズの順序は全ての被験者で大きいフォントから小さいフォントに移行する順で実験が行われた. 実験IIでは, フォントのサイズを小さいフォントから大きいフォントに移行する順で実験を行い, 順序の要因を検討することを目的とした.
【実験参加者】2008年8月に岩手大学構内で開かれた岩手県教職員講習受講者のうち実験Iに参加していない14名が実験に参加した. 参加者は, 男性3名, 女性11名であった. 実験参加者の平均年齢は35.4歳, 標準偏差は7.35であった. 実験参加者の最小判読文字の範囲は2から4であった(平均3.1, 標準偏差0.8). 最小判読文字の平均は, 実験Iの実験参加者群(49名)の平均と違いがなかった (t(61)=1.62, p>0.1).
【材料】以下の2つの点を除いて, 実験Iと同一であった. まず, フォントサイズ4は除外した. 次に, 読みの材料の呈示順序を実験Iと逆にした. すなわち, フォントサイズ6の課題文から始まり, フォントサイズ10.5の共通課題文で終わった. 課題用紙Aの逆の順序を課題用紙E, Bの逆をF, Cの逆をG, Dの逆をHとした. 各課題用紙の実験参加者数は, E-3人, F-4人, G-2人, H-5人であった.
【測定尺度】読みやすさを調べる13の質問項目の配列順序は実験Iと異なった. そのほかの手続きは実験Iと同じであった.
実験Iの結果
【分析データの選定】共通課題文(フォントサイズ10.5)は, 分析対象から除外した. 残りの4つの課題文(フォントサイズ4, 6, 8, 10.5)を分析対象としたが, 49人の参加者中3人がフォントサイズ4の課題文を読むことが出来なかったと回答した. さらに6名がフォントサイズ4の課題文の内容確認の質問に無回答もしくは誤答であった. これら9名の参加者のフォントサイズ4の課題文に対する評定結果は分析から除外した. 従って, 40人の被験者が4つの課題文(フォントサイズ4, 6, 8, 10.5), 9人の被験者が3つの課題文(フォントサイズ6, 8, 10.5)について評価した結果を分析対象とした. 1人の被験者が1つのフォントサイズの課題文を評価したものを1セットとすると, 全体で187の評価セットがあった. 各評価セットには質問事項1から13に対応して13項目の評価値(1, 2, 3という回答)があった. この187の評価セットを分析の対象とした.
【読みやすさの尺度作成】
まず, 評価の選択番号(1~3)を直接使って探索的因子分析を行い, 項目番号6~13を逆転項目とする1因子構造が適合することを次の手順で確認した. 1因子では固有値が9.13, 寄与率が70.2%であったが, 直交2因子解と直交3因子解では, 1つの因子に負荷量が多く他の因子に負荷量が小さい項目は少なく適合しなかった. 斜交解(promax回転を使用)では, 2因子が適合した(固有値は5.554と2.880, 累積寄与率は42.7%と64.9%). 項目番号1~5が2番目の因子, 項目番号6~13が1番目の因子であった. 結局, 項目番号6~13を逆転項目とした1因子の解釈と実質的に違いはなく, 単純さの利点を考慮して1因子を採用した. これ以降, 項目番号6~13を逆転項目として扱い, これらの項目については3件法の回答番号(1, 2, 3)の方向を逆に(3, 2, 1)とした. この後, 各質問項目について, 回答の分布を調べたところ, 特定の回答に大きく偏る質問項目は見つからず, ほとんどの項目で, 3つの回答に均一な分布が見られた.
187の評価セットから, 13項目間の相関係数を計算した. 評定尺度が間隔尺度であるという仮定を避け, ピアソンの積率相関の替わりにポリコリック相関*を使用した. 相関係数は平均0.828, 標準偏差0.063, 最大値0.946, 最小値0.674であった. この結果からわかるように, 使用した13の質問項目は全て, きわめて類似した特性を評定していた. 「読みやすさ」という心理的特性と解釈した. 質問紙がもつこのような性質(全ての項目がきわめて類似した特性を評定すること)は, 本研究の目的からは好ましい. 心理物理学では, 同じ物理的特性をもつ刺激を同一人に複数回(あるいは百回以上)呈示して同じ種類の反応(たとえば, コンピュータディスプレイ上に何かのパターンが見える・見えない)を多数集める手続きがよく使われるが, 質問項目による評定尺度では, 同一人に同じ対象について同じ質問項目を複数回使用することは, ほとんど意味がない. しかし, わずかに異なった表現の質問項目がわずかに異なる回答を引き起こすならば, これら異なる複数の質問項目に対する回答を利用して, 心理物理学のように同一人から多くの反応を集めることが可能となる.
まず, ポリコリック相関行列を使って因子分析を実施し, 1因子解を採用した. 寄与率は82.8%と高かった. 13項目全てで因子負荷量が高かったので(>0.85), 13項目全てを尺度作成に使用した. 13の質問項目と因子負荷量をTable 1に示す.
*ポリコリック相関とは, 変数が順序尺度の水準にあると仮定されるときに, 2つの変数間の相関を求める方法である. 本研究では, Rにあるpolycor packageを用いてポリコリック相関を計算した.
次に, 項目反応理論を適用して, 187の評価セット各々に対する尺度値を求めた. (ここで 187の評価セットは, [個人Xフォントサイズ]であるが, あたかも通常の質問紙検査のケース(個人)のようにあつかう. )質問項目に対する回答を3件法で収集したので, Samejimaの段階反応モデルを使った(Samejima, 1969). これらの分析には, 統計ソフトRのltmパッケージを利用した(CRAN;Rozopoulos, 2006). 読みやすさの尺度値は, 標準化得点のz値である. 平均0, 標準偏差1, 平均以下は-, 平均以上は+の符号がつき, 程度の大きさは絶対値によって示される. テスト情報量にもとづいて尺度値の標準誤差を推定したところ, -1.5から0.5の間の尺度値(z得点)は測定誤差が小さく(<0.6), 信頼できることが分かった(テスト情報量と測定誤差については, 豊田2002aを参照). それに対し, 尺度値が-1.5以下と 0.5以上の場合は, 測定誤差が大きいため解釈する際に注意する必要がある(Figure 1). この尺度構成によって得られる最小値は-1.99, 最大値は1.23である.
Measurement errors are shown as a function of legibility. Note the small standard errors for legibility between-1.5 and 0.5.
【文字サイズの影響】
課題文の文字サイズに伴って読みやすさが変わる様子をみると, 評価に使われた4~10.5のフォントサイズの範囲で, 文字サイズが大きくなるほど読みやすさがほぼ直線的に増加した(Figure 2). 便宜的に, 読みやすさの値が-の場合は読みにくく, プラスの場合は読みやすいと考える. Figure 2に示されるように, フォントサイズが4と6の課題文は読みにくく, フォントサイズが8の文は, 読みやすくも読みにくくもないと評価され, フォントサイズが10.5の文は読みやすいと評価された. 1元配置の分散分析によると, 文字サイズの効果は統計的に有意であり(F(3, 183)=79.31, p<0.001), TukeyのHSD法を使って調べたところ, 4つの文字サイズ間で読みやすさは異なった(p<0.05).
フォントサイズの効果を推定するために, フォントサイズと読みやすさの関係に回帰直線を当てはめると, その傾きは0.33であり, フォントサイズが1大きくなると, 読みやすさが 0.33上昇したことがわかった. なお, 読みやすさの分散に対するフォントサイズの説明率は55%であった.
Estimates of legibility are plotted as a function of the font size. The Error bars in the plot denote±95% Confidence Intervals. Note that estimates of legibility increased approximately in linear with the font size.
【最小判読文字との関連】
簡易視力測定表から得られた最小判読文字は, 参加者間で異なった. そこで, 参加者の視力が, 課題文の評価に影響したかどうかを調べるために, 個人の最小判読文字とフォントサイズを要因とする2要因分散分析を行った. 最小判読文字は統計的に有意な要因であった(F(3, 171)=4.86, p<0.01)が, 最小判読文字とフォントサイズの交互作用はなかった(F(9, 171)=0.33, p>0.9). 最小判読文字とフォントサイズは独立に読みやすさに影響を与えたと思われる. Figure 3に最小判読文字によって参加者をグループ分けして, フォントサイズと読みやすさの関係を示した. サイズ2は1名のデータ, サイズ3は26~30名のデータの平均, サイズ4は12~15名のデータの平均, サイズ5は1~3名のデータの平均である. 最小判読文字が読みやすさに影響することから予期される結果のパターンは, 最小判読文字別にフォントサイズが大きくなるに従って読みやすさが上昇する曲線がいくつかあり, それらの曲線は縦軸に沿って平行移動した関係を示す. その曲線の順序は, 最小判読文字5が一番下で, 最小判読文字が大きくなるに従い縦軸に沿って上に向い, 最小判読文字2が一番上にある, というものである. しかし, 実際に得られた結果のパターンは, この予想とは一致せず, 同じフォントサイズの文章に対して, 最小判読文字が小さいほど, 読みやすさが高くなるという明瞭な効果は見られなかった.
さらに, 重回帰分析によりフォントサイズと最小判読文字が文章の読みやすさに影響する大きさを推定したところ, 最小判読文字はフォントサイズの約半分の影響しかなかった(Table 2). (Table 2では, フォントサイズの要因をFontSize, 最小判読文字の要因をMinLegiblSizeと記す. )1単位大きくなることにより, フォントサイズは読みやすさを0.33変化させたが, 最小判読文字はその半分の-0.168変化させただけであった.
Results of multiple regression analysis
Estimates of legibility are plotted as a function of the font size for four groups of the minimum size of legible letter. There are parallel relationships between the plots of the minimum size of legible letters (sizes 3, 4, and 5), but the order does not agree with the prediction. See text for the prediction.
実験IIの結果
読みやすさの平均と標準偏差をフォントサイズ別に, フォントサイズ(平均, 標準偏差)と表すと, 実験IIの結果はフォントサイズ6(-1.07, 0.89), フォントサイズ8(-0.19, 0.92), フォントサイズ10.5(0.71, 0.79)であり, 各フォントサイズに対する読みやすさは実験Iの結果に近かった. 実験Iと実験IIの読みやすさの結果を, 実験とフォントサイズの 2要因の分散分析を実施して調べたところ, 実験の主効果(F(1, 183)=1.424, p>0.2)と, 実験とフォントサイズの交互作用(F(2, 182)=0.826, p>0.4)ともに統計的に有意ではなかった. したがって, 課題文の呈示順序は読みやすさの評定結果に影響せず, 実験Iのフォントサイズの効果は, 課題文の呈示順序の効果ではないと考えられる.
本研究は, 印刷された文章の読みやすさを調べるために, 印刷文字の大きさを数段階に変化させて, 質問紙を使い読みやすさの評定値を得た. 本研究で得られた読みやすさの値は, フォントサイズが6から10.5の間で, 印刷された文字が大きくなるに従いほぼ直線的に上昇した. 以下にこの結果を文字の大きさと最小判読文字との関連で考察し, 最後に読みの速さに触れる.
【文字の大きさ】
読みやすさの尺度値が0に近いフォントサイズは8である. 40cmの読書距離では, フォントサイズが8以上の印刷物は読みにくさを感じさせないといえる. フォントサイズを8より大きくすると, 読みやすさは増大するが, フォントサイズが10.5以上では漸近的に上限値に近づくかもしれない. なぜなら, フォントサイズ10.5の課題文について被験者の質問項目全てに対する回答をみると, 3件法で3(読みやすさを表す表現に「よくあてはまる」と答え, 読みにくさを表す表現に「あてはまらない」と回答する)を選んだ頻度は全体の約82%と高いからである. 10.5の文字サイズ(読みやすさの値は0.63)は読みやすさの上限に近いとはいえ, 全ての回答で3を選んだ場合, 読みやすさの値は1.23であるから, フォントサイズが12や14の印刷物が, より読みやすいと評価される可能性はある.
一方で, フォントサイズを10.5より小さくした場合, 読みやすさはフォントサイズの広い範囲に渡って低下し続ける. 被験者全員が読めたフォントサイズ6の課題文に対する読みやすさの評価(読みやすさ-0.79)が, フォントサイズ8の課題文に対する読みやすさ(読みやすさ0.08)の評価より1単位近く低下していることに注目すべきである. 単位はz値であるから, 読みやすさが1標準偏差近く低下している. 使用した尺度における読みやすさの理論的最小値が-1.99であるから, フォントサイズを8から6に2ポイント小さくしただけで, 読みやすさが半減したとみることができる. しかし, フォントサイズ6の文字は十分に読める大きさである. 日常よく経験されるように, 読めるけれども読みにくい. 最小判読文字の平均は3.4であるから, なんとか読める平仮名の2倍弱の大きさですでに読みやすさが大きく低下している. 読みやすさの値が0に近いフォントサイズは8であるという結果と合わせると, 印刷物を快適に読むためには, その文字の大きさは平仮名で測定した最小判読文字の2倍以上の大きさが必要であろう.
Figure 2のグラフを見ると, 直線的増加もしくはpsychometric functionに類似した累積正規分布型の増加曲線がうかがえる. フォントサイズをさらに小さくすると(たとえば3か2)それ以上読みやすさが低下しない限界値に行きつくであろうし, 逆にフォントサイズを大きくすると(たとえば14とか16)それ以上読みやすさが増加しない極限値に行きつくであろう. 読みにくさの下限は, 最小判読文字サイズの近傍にあるかもしれないが, 読みやすさの上限が正確にどのあたりにあるかは今後検討すべき問題である.
JIS (Japan Industrial Standard)はVDT作業(Visual Display Terminalを用いた作業)における推奨サイズを最小で視角25分に定義している(JIS Z 8513). 実際に高精細液晶ディスプレイ(15インチ, 1600x1200画素)に呈示される文字の読みやすさを調べた研究では, 文章を構成する文字の大きさが, 仮想的縦横の長さにおいて, 視角12.5分から27.5分にかけて, 読みやすさが上昇した(井戸・林・宮木・原田, 2002). 読みやすさは, 1項目(読みやすさ:「非常に読みにくい」から「非常に読みやすい」までの7段階)で測定された. 視角 20分で, 7件法の読みやすさの尺度の中間(どちらでもない)付近に達し, 視角27.5分では「やや読みやすい」に至り, そののち最大サイズの視角37.5分までほぼ同じ評価であった. この結果は, JISのガイドラインに一致する.
本報告で使用したフォントサイズを観察距離40cmにおける視角に換算すると, フォントサイズ4が8.5分, 6が13.5分, 8が18分, 10.5が22.5分となる. 実験IとIIで得られた結果は, 視角18分(サイズ8)で「どちらでもない」, 視角22.5分(サイズ10.5)で「やや読みやすい」という評価と解釈できる. JISのガイドラインや液晶画面を用いた井戸他(2002)の結果よりやや小さいフォントサイズで読みやすさが得られた. 本研究が, 液晶ディスプレイよりも解像度が高い紙面印刷媒体を使ったことが読みやすいフォントサイズの値が異なる一因であろう. 類似した不一致がすでに報告されている(坂口・中野・樋口・杉山・山本, 1999).
もう一つの要因は, 書体の太さであろう. 文字は大きさを同じにして書体の太さを変えることができる. 文字の太さは, 文字の見やすさに影響する. 井戸他(2002)はマイクロソフト・ゴシックを修正して使ったが, 本研究は, 通常の太さの文字(マイクロソフト明朝)を使った. 小さな文字を近い距離で読むときは, やや細い字体のほうが見やすいことが報告されている(宮下・椎名, 2007).
実際の印刷物は, 限られたスペースにより多くの内容を盛り込むためには小さな文字がよいが(スペースの有効活用), 同時に読みやすくないと人に読んでもらえないので, 大きく読みやすい文字を使いたい(読みやすさ), という2つの条件を満たすように選ばれているのであろう. もっとも通常読みやすさをどう定義しどう測定しているかは不明である. 本研究の結果から, フォントサイズが8から10.5の間が印刷物に用いられる文字サイズの要求に適うと考えられる. 実際の印刷物のフォントサイズは, 新聞が10.5, 文庫本が9, 新書版も9から 10.5くらいの大きさである. これらの文字の大きさは, 読みやすさの尺度値からみると+(読みやすい)の領域にあり, スペースの有効活用と読みやすさを実現する大きさである.
【最小判読文字】
簡易視力測定表を使った最小判読文字の大きさは, 参加者間で異なった. この参加者の視力は, 課題文の評価に影響し, 印刷された文章の読みやすさを決めるのに統計的に有意な要因であった. たとえば, 最小判読文字がフォントサイズ3の人は, 同じフォントサイズ6の課題文を読む場合でも, 最小判読文字がフォントサイズ5の人より読みやすいと感じることはありそうである. しかし, Figure 3にみるように最小判読文字の影響は明瞭ではなかった. 加えて, 重回帰分析の結果は(Table 2参照)最小判読文字の要因がフォントサイズ要因の約半分の影響しかないことを示唆した. 個人の視力は, 印刷された文字の大きさほど読みやすさの評価に影響しないようである. 今後, 最小判読文字サイズをより正確に測定して, 読みやすさとの関連を検討する必要がある.
【読みの速さ】
読みの速さを, 小さな文字から大きさを徐々に大きくして調べると, ある一定の文字サイズまでは文字の大きさが変化するとともに読みの速さが増大し, その境を越えると読みの速さはほぼ一定になるという2肢関数(two-limb function)が一般に観察される(Legge, 2007).
本研究で得られた読みやすさの値は, フォントサイズ4から10.5までほぼ直線的な上昇を示した. 読みやすさとスムースに読めることが同じであるならば, 読みやすさの関数も2肢関数を示すはずであるが, そのような結果は得られなかった. 読みの速さとの関連でみたとき, 本研究で使用した文字の大きさが, 読みの速さが増大する範囲にあったのだろうか. それとも, 読みやすさとスムースに読めることは, 別なことであり, 文字の大きさを徐々に変えたとき, 読みやすさの主観的評価は, 読みの速さとは異なる変化をたどるのであろうか. 同じような課題文を使って, 読みの速さを調べることにより, この問題に答えることが出来る. フォントサイズの大きさの関数として読みの速さをグラフに表して, それがFigure 2の読みやすさのグラフに重なれば, 読みやすさの主観的評価は, 読みの速さと同様に変化し, 重ならなければ異なる変化をするといえる. 今後検討すべき問題である.
謝辞 読みの材料と質問紙は, 岩手大学学生近藤雄希君に協力していただいて作成した. 感謝します.