日本官能評価学会誌
Online ISSN : 2187-2546
Print ISSN : 1342-906X
ISSN-L : 1342-906X
ノート
比較刺激の左右の位置の違いが見かけの大きさにおよぼす影響
-対称的な位置にあるターゲット球に対するひずみ率-
梶谷 哲也
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2009 年 13 巻 1-2 号 p. 37-41

詳細

1. はじめに

同じ大きさの対象を異なる距離から観察する時, その対象が観察者の眼の網膜に投影される大きさは異なるが, その見かけの大きさは, ほぼ同じである. これを大きさの恒常性という. 一方, 写真像や透視図では, 幾何光学的な大きさを基準とした透視図法に基づいた像が写し出されているので, そこに写っている対象の大きさに違和感を持つこともある.

そこで, 本研究では, コンピュータ画面やテレビ画面などの二次元画面上に奥行きの異なる対象を提示する際に, そのような違和感が生じることを避けるため, 従来の透視図法ではなく, 対象の見かけの大きさに考慮した新たな画像再生法を構築することを目指す. そして, そのための基礎資料を提供することにする.

見かけの大きさを考慮した画像再生システムを構築する場合, 工学的に実現可能性が高い方法で, 再生画像上の対象の大きさを一定の精度で決定できなければならない. そこでこれまでに, 梶谷らは, 観察者ごとに球の物理的な位置に対する見かけの大きさをそれぞれ測定し, その位置における球の幾何学的大きさと見かけの大きさから求められるひずみ率(1式)に従って, 再生する画像上の対象の大きさを決定する画像再生法を提案してきた(梶谷, 渡部, 2001;梶谷, 渡部, 2005;Kajitani, 2003;梶谷, 大田, 2005). なお, ひずみ率は見かけの大きさの測定結果から幾何光学的な大きさを引いた値の, 幾何光学的な大きさに対する比(1式)と定義する. ここで仮に, ターゲット球の見かけの大きさが, 幾何光学的な大きさと同一であればひずみ率は常に0となる.

Sr=(SR)/R (1)

なお, Sr:Skew ratioはひずみ率, Sは見かけの大きさ, Rは幾何光学的な大きさである.

ところが上述の提案方式では, ひずみ率が基準となる基準球の左右で同じである, と仮定している. しかし, これまでに, この仮定を支持する実証的なデータは報告されていない. また, 観察距離が100m以上の空間では, 大きさの恒常性を考慮した画像再生法の提案は数多くなされているものの(Reggini, 1975;黒田, 1996;Indow, 2004), 観察距離が5m以内の近距離の対象については, Koh & Charman(1999)を除くとほとんど提案されていない.

そこで本報告は, 観察距離が近距離の場合に, 比較刺激となる球(ターゲット球)が基準となる球(基準球)の右に提示されるか左に提示されるかによって, ひずみ率が異なるかどうかを明らかにすることを目的とする. そのために, 基準球の右または左にターゲット球を提示して, 見かけの大きさを測定し, それぞれのひずみ率を求めた.

2. 位置関係の異なる球の見かけの大きさの測定

目的:

観察者から60cmの観察距離にある, 基準となる基準球に対して, その近傍の同じ大きさの比較刺激となるターゲット球が, 基準球の左にある場合と右にある場合でひずみ率に差があるかないかを検討する. また, 仮に差が生じていた場合, 左右それぞれで測定されたひずみ率相互の補正方法を明らかにする.

観察者:18歳から23歳までの女性7人が参加した.

方法:

図1にある実験環境で, 移調法(大山, 1971)を用いて基準球とターゲット球の2つの球の見かけの大きさを定量化した.

基準球及びターゲット球は無彩色で, その大きさはいずれも直径56mmであった. 基準球は観察者の正面60cmの距離に固定された. ターゲット球は, 図2に示したように観察者の右側18か所, 左側18か所, あわせて36か所のいずれかの位置に呈示された. その位置は観察者の右側と左側で対称になるように配置された. 基準球及びターゲット球は, 細い無彩色の支柱で支えられ, 床面からそれぞれの球の中心までの高さは22cmであった.

観察者は, 基準球とターゲット球の見かけの大きさを比較し, その観察結果を観察者から左45°前方60cmの距離に置かれたコンピュータディスプレイ上に呈示された移調刺激(CG画像)上に移調した. 観察者は, ディスプレイに呈示された移調刺激(図3)の左右の円の大きさが, 基準球とターゲット球の見かけの大きさの関係と等しくなるように調整した. 調整の仕方は, コンピュータのキーを連続的に押すことにより, ターゲット刺激に対応する移調刺激の円(図3の場合は, 左の円)の大きさを連続的に変化させた. なお, その際の初期値は, 基準球に対応する円の大きさの1.5倍, もしくは, 0.5倍とし, これは, 試行ごとにランダムにした.

観察者のうち3名は, はじめに左側の18点のターゲット刺激の見かけの大きさの測定を行い, 次に右側の18点の測定を行った. 18点のターゲット球の試行順は, ランダムとした. 残りの4名は, はじめに右側の18点, 次に左側の18点の測定を行った. 測定は, 各条件1回であった.

図1

実験環境(平面図)

図2

ターゲット球の提示位置(右と左)

図3

見かけの大きさを測定(移調)するためにコンピュータディスプレイ上に提示されるCG

結果:

ターゲット球について観察距離ごとに測定された見かけの大きさから求めたひずみ率は図4のようになった. 測定結果から求めたひずみ率を, 対応のある二元配置の分散分析(要因1:ターゲット球の左右の位置の差(2水準), 要因2:ターゲット球の提示位置(18水準))した結果, ターゲット球の位置の左右差の主効果は有意ではなかった(F(1,216)=0.71, P>0.05). このことから, ターゲット球の左右の位置の違いは, ひずみ率に影響をおよぼさないことが分かった. 一方, ターゲット球の(奥行き距離と水平距離からなる)提示位置の主効果は1%水準で有意になった(F(17,216)=2.35, P<0.01). このことから, ターゲット球の左右の位置の差にかかわらず, 各提示位置でのひずみ率は異なることが明らかとなった. また, ターゲット球の左右の位置の差とターゲット球の提示位置でのひずみ率の交互作用は有意ではなかった(F(17,216)=0.48, P>0.05).

図4

観察距離に対するひずみ率

図中のシンボルは, それぞれ測定点で7人の観察者に提示されたターゲット球に対するひずみ率の平均値である. さらに, それらの標準誤差(SE)の平均値を図の右隅にエラーバーとして示した. この図から, ひずみ率の大きさは観察距離(奥行き距離と水平距離)の関数として増加する傾向があることが読み取れる.

考察:

比較刺激であるターゲット球の左右の提示位置の違いに対して, ひずみ率は独立であることが明らかになった. この結果は, 観察者ごとに球の物理的な位置に対する見かけの大きさをそれぞれ測定し, その位置における幾何学的大きさと見かけの大きさから求められるひずみ率に従って再生する対象の大きさを決定する画像再生法において, ひずみ率が基準となる球の左右で同じである, との仮定を支持する.

ターゲット球の(奥行き距離と水平距離からなる)提示位置の主効果が1%水準で有意になったことから, ターゲット球までの観察距離を奥行き距離と水平距離の二つの要素に分けて, それぞれの見かけの大きさに対する効果を明らかにするために, 目的変量をひずみ率(Sr), 説明変量を奥行き距離(D)と水平距離(H)として重回帰分析を行った結果, 以下のような重回帰式が求められた.

Sr=0.0088D-0.0024H+0.105  (2)

ここで, Srはひずみ率, Dは奥行き距離, Hは水平距離. なお, この回帰式の決定係数R2=0.72**(p<0.01)であった. また, いずれの偏回帰係数も1%水準で有意であった. 奥行き距離(D)の偏回帰係数が正の値を取ったことから, 奥行き距離が大きくなるほど, ひずみ率が大きな値を取る傾向があることがわかった. 一方, 水平距離(H)の偏回帰係数が負の値を取ったことから, 水平距離が小さいほど, ひずみ率が大きな値をとる傾向があることがわかった.

まず, 奥行き距離がより大きな測定点では, ターゲット球の大きさを観察したとき, 基準球との奥行き距離が増加しても, 大きさの恒常性が働くために, その見かけの大きさは減少しない一方で, 幾何光学的な大きさだけが減少する結果, ひずみ率(1式)が増加するものと考えられる.

次に, 同じ奥行き距離にあるターゲット球でも, 2つの球の見え方に関係している水平距離が小さい時(二つの球が重なって見えるとき, あるいは非常に近接しているとき)に, より強く大きさの恒常性が働き, ひずみ率が大きくなることを示している. この結果は, 先行研究(kajitan, 2003;梶谷, 太田, 2005)における参照球の左側に提示されたターゲット球から得られた結果を支持する.

以上の結果から, 今後は, 観察者固有の視覚特性(ひずみ率の分布)を調べる場合, 基準球の右または左のどちらか一方のみを詳しく調査し, その結果を基準球に対する左右両側の特性として利用できると考えられる.

3. まとめ

本報告では, 観察距離が近距離の場合に, 比較刺激である球(ターゲット球)が基準となる球(基準球)の右に提示されるか, 左に提示されるかによって, その幾何学的大きさと見かけの大きさから求められるひずみ率が異なるかどうかを明らかにすることを目的とした. そのために, 左右の対称的な位置における見かけの大きさを測定し, それぞれのひずみ率を求めた. その結果, 2つの球の相対的な位置関係のうちで, 左右の対称的な位置の違いに起因するひずみ率の差はないことが明らかになった.

引用文献
  • Indow, T. (2004), The global structure of visual space-advanced series on mathematical psychology Vol.1, World Scientific.
  • 梶谷哲也,渡部 和 (2001),高度心象画像生成のための視覚歪み空間論の提案:主観的透視投影法に関する研究,映像情報メディア学会技術報告, 25 (64),pp.29-34.
  • Kajitani, T. (2003), 2-D Representation of 3-D Image Space Based on The Theory of Visual Space Distortion-Studies on Subjective Perspective Transformation-, International Ergonomics Association (IEA2003) Symposium ; S028, XVth Triennial Congress of The International Ergonomics Association, 2003 (Korea).
  • 梶谷哲也,太田 理 (2005),見えの大きさに従った画像再生法:近接した二つの球の画像,電子情報通信学会技術研究報告:HIP,ヒューマン情報処理 105 (479), pp.21-26.
  • 梶谷哲也,渡部 和 (2005),様々な視距離にある対象の見えの大きさに基づくコンピューターグラフィックスの生成,日本官能評価学会誌 9 (1), pp.23-31.
  • 黒田正巳 (1996),空間を描く遠近法 第4章遠近法の幾何学,および第5章遠近法の視覚,彰国社.
  • Liang-Hwee KoH and W. Neil Charman (1999), Size constancy and angular size matching in size perception of near objects, Optometry and vision science, Vo.76, No.4, PP.241-246.
  • 大山正 (1971) 知覚測定法としての移調法の適用と意義 高木貞二 (編) 現代心理学と数量化,東京大学出版会,pp.133-153.
  • Reggini, H. C. (1975), Perspective Using Curved Projection Rays and Its Computer Application, Leonardo 8 307-312.
 
© 2009 日本官能評価学会
feedback
Top