日本官能評価学会誌
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研究報文
異なる型の運動を含む両義的仮現運動の知覚
千田 明市原 茂
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2009 年 13 巻 2-2 号 p. 90-95

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1. はじめに

仮現運動とは, 2つの刺激が異なる時点で異なる位置に提示されたときに2つの刺激の間になめらかな運動が知覚される現象である. 仮現運動において, 最初の時点のどの対象が次の時点のどの対象と対応するか(同一であるか)という問題は対応問題(correspondence problem)とよばれる(Ullman, 1979).

対応問題が存在する刺激として両義的仮現運動(bistable apparent motion)がある. これは, 各時点で提示される対象(要素)が複数かつ同数であるために複数の対応可能性が存在する刺激である. 両義的仮現運動の対応問題を解き一義的な知覚を実現するための制約条件の一つとして, ある時点の一つの要素は次の時点の唯一つの要素と対応づけられるという1対1対応が仮定されている(Ullman, 1978;1979;Dawson, 1991).

Fig. 1はTernus刺激(Ternus, 1938)とよばれる両義的仮現運動刺激である. Ternus刺激ではグループモーションとエレメントモーションのいずれかが知覚される. グループモーションはすべての要素が一体となって移動する(Fig. 1(b)). エレメントモーションは同一位置に提示される要素(中央要素)は静止し, 端の要素のみが逆の端に移動する(Fig. 1(c)). 一般に, 短いISI(inter stimulus interval)ではエレメントモーションが, 長いISIではグループモーションが知覚される(Pantle & Picciano, 1976;Petersik, 1989).

Dawson(1991)は1対1対応を含む3つの制約条件に基づいた対応問題解決モデルを提唱している. しかし, Dawson(1991)のモデルや従来の両義的仮現運動の多くは, どの対応づけがなされても知覚される運動は並進運動のみであった. そのため形態や方位の変化のような位置が変化しない運動が対応問題にどのような影響を与えるかは明らかではない. そこで本研究では, Ternus刺激が異なる型の運動間の競合を含んでいても1対1対応が成立するかを検討する.

Ternus刺激において中央要素間に方位変化(回転)があっても(Fig. 2), 1対1対応に従えば, グループモーションが知覚される場合は中央要素間は対応づけられず回転は知覚されない. 反対にエレメントモーションが知覚される場合には中央要素同士が対応づけられ回転が知覚されるはずである. しかし, グループモーションが知覚され, かつ中央要素の方位変化も知覚される場合, それは1対1対応と矛盾していることになる.

Fig. 1

(a) Illustration of Ternus display. Elements of 1b and 2a are ‘central elements’. These are presented at same location across frames. Correspondence of elements for group motion (b) and element motion (c).

2. 実験 1

2-1. 方法

実験参加者:正常な視力または矯正視力を有する大学院生5名が実験に参加した.

装置:刺激の提示および反応の記録には, パーソナル・コンピュータ(GATEWAY 2000)と視覚実験用のビデオカードであるVSG2/3(Cambridge Research Systems)を使用し, 刺激画像はCRTモニター(SONY Multiscan 17se II)に提示した. モニターのリフレッシュレートは100Hzに設定した.

刺激:刺激に含まれる要素は正立した正方形とそれを30°回転させた図形である(Fig. 2). 図形は黒色(輝度2cd/m2)で大きさが視角1.43°×1.43°, 背景は白色(輝度90cd/m2), 観察距離は70cmであった. 同一フレームの要素間の距離は視角2.87°であり, 第一フレームの正立図形と第二フレームの回転図形は中心が同じ位置に提示された.

手続き:図形条件として, 回転図形を含む刺激を回転条件, 正立図形のみの刺激をノーマル条件とした. Fig. 2に示すように注視点は500ms, 刺激画像は250ms提示された. 回転条件, ノーマル条件ともにISI 7条件(0, 10, 20, 40, 60, 80, 100ms)を設定した. なお, 刺激提示中に注視点は消失するが, その位置を注視し続けるように実験参加者に教示した.

また, 第1フレームで1つの正立図形を提示し, 第2フレームで同じ位置に1つの回転図形を提示する単一要素提示を, ISI 3条件(0, 40, 100ms)について実施した. 17条件をランダム順に提示し, それを20回繰り返した. なお, 各条件20回の繰り返しのうち10回は左方向への運動, 10回は右方向への運動であり, 回転図形の回転方向は並進運動と逆方向であった.

Fig. 2を1サイクルとし, 1試行につき3サイクル提示した. 実験参加者は刺激を観察後に, まずグループモーションとエレメントモーションのどちらが知覚されたかを回答し, 次に中央要素の回転が知覚されたかどうかを回答した. 単一要素提示では回転が知覚されたかどうかのみを回答した.

Fig. 2

Sequence of events and stimulus array of experiment 1. Upstanding square in frame1 and rotation square in frame2 are central elements. ISI (inter stimulus interval) is inserted between frames.

2-2. 結果

各ISI条件および各図形条件においてグループモーションが知覚された割合を算出した(Fig. 3(a)). 2要因分散分析を行ったところ, 図形条件, ISI条件ともに主効果が有意であった{図形[F(1, 4)=26.661, p<.01], ISI[F(6, 24)=17.136, p<.01]}. 両者の交互作用は認められなかった[F(6, 24)=3.403, n. s.].

本研究で重要なのは, 回転条件においてグループモーションが知覚された試行のうち中央要素の回転が知覚された試行の割合である. この結果をみると(Fig. 3(b)), ISI 0msにおいてのみ高い割合で中央要素の回転が知覚され(90%), その他のISI条件ではほとんど中央要素の回転は知覚されていない(12%以下). これは, ISI 0msでは1対1対応と矛盾する知覚が生じ, ISIが10ms以上挿入された場合には1対1対応に従った知覚が生じていることを示している.

なお, ノーマル条件で回転運動が知覚された試行はなく, 単一要素提示ではすべての試行で回転運動が知覚された.

Fig. 3

Results of experiment 1. (a) Percent of group motion for each ISI. Open circles are rotation condition, and filled circles are normal condition. (b) Percent of rotation when group motion was perceived in rotation condition. Error bars indicate the standard error of means.

2-3. 考察

回転条件において高い割合でグループモーションが知覚されたのは, 図形の方位が対応づけの手がかりとなったためであろう(Green, 1986;Schechter et al., 1988). しかし, このようなグループモーションへのバイアスが生じる条件下において, 中央要素の回転が知覚されている. 1対1対応に従えば, 中央要素の回転が知覚された場合にそれは位置を変えずその場で回転しているはずである. しかし, 同時にグループモーションが知覚されていることから, 中央要素は横に並進運動しているはずである. また, 第2フレームの中央要素は, グループモーションでは隣り合う要素が並進運動したものに対応する. したがって, グループモーションによる対応と, 回転による対応は矛盾していることになる.

この矛盾する知覚はISIが0msの条件でのみ多く観察され, ISIが10ms以上になれば回転は知覚されずにグループモーションのみが知覚されている. これは並進運動と回転の性質の違いによると考えられる. 提示される要素が各フレームで1つずつ(単一要素提示)ならば, 対応が競合する要素がないためISIが100msであっても回転が知覚できる. しかし, 並進運動と回転が競合する刺激事態ではそれぞれの対応の強さによって知覚が決定される.

ISIが10msでも挿入された場合, すべての要素が一旦その場から消失する. 位置の変化を伴わない回転の場合, その要素は連続してその場に存在した方がより対応が強いと思われる. それに対し並進運動はISIや移動距離に関して許容範囲が比較的広い. そのためISIが10ms以上では, 同じ位置での回転を伴う対応づけよりも並進運動を伴う対応づけが強くなり回転が知覚されなくなったと考えられる.

3. 実験2

実験1の結果から, 1対1対応に従わない知覚は運動の型の違いによることが示唆された. 実験2ではグループモーションと中央要素に同じ型の運動(並進運動)を用いる. 同じ型の運動でも1対1対応と矛盾する知覚が生じれば, 実験1の結果は運動の型の違いによるものではなく, 連続して同じ, または隣接した位置に提示される要素間に対する強制的な運動知覚のためと考えられる. なお, 一般のTernus刺激では中央要素の位置変化がないため, 実験2の刺激はTernus刺激ではないが, 実験1との比較のためグループモーション, エレメントモーションという呼称を使用する.

3-1. 方法

実験参加者:正常な視力および矯正視力を有する大学院生5名が実験に参加した. そのうち2名は実験1にも参加した.

装置:実験1と同様の装置を用いた.

刺激Fig. 4に示すように, 実験2では並進運動のみを問題とするため, 正方形の辺のような直線的手がかりにより運動方向が決定されるのを防ぐため要素を円形とした. 中央要素はフレーム間で垂直方向の位置が異なる. 要素や背景の輝度, および要素間の水平方向距離は実験1と同様であった. 要素の大きさは1.6°×1.6°で, これは実験1で用いられた正方形とほぼ等しい面積である.

手続き:ISI 7条件(0, 10, 20, 40, 60, 80, 100ms)×垂直距離4条件(視角0.2°, 0.4°, 0.8°, 1.6°)の計28条件を設定した. ここで, 垂直距離は中央要素の中心間距離である. したがって, この値が大きいほど中央要素の垂直運動距離も大きくなる. 28条件をランダム順に提示し, それを14回繰り返した. なお, 各条件14回の繰り返しのうち7回は左方向への運動, 7回は右方向への運動であった. 刺激提示時間およびサイクル数は実験1と同様であった.

実験参加者は刺激を観察後に, まずグループモーションとエレメントモーションのいずれが知覚されたかを回答し, 次に中央要素の垂直運動が知覚されたかを回答した.

Fig. 4

Stimulus array of experiment 2. The fixation point (dashed line) disappears when elements are presented. Elements are black circles in actual stimulus. Central elements differ in positions of vertical direction across frames.

3-2. 結果

各ISI条件および各垂直距離条件においてグループモーションが知覚された割合を算出した(Fig. 5(a)). 2要因分散分析を行ったところ, ISIの主効果が有意であったが垂直距離の主効果は有意傾向であった{ISI:F(6, 24)=11.143, p<.05, 垂直距離:F(3, 12)=4.665, p<.1}. 両者の交互作用が有意であった(F(18, 72)=4.744, p<.05)ため, 各ISI条件における垂直距離の単純主効果の検定を行ったところ, ISI 0ms条件でのみ有意であった. 各垂直距離条件におけるISIの単純主効果は, 0.2°, 0.4°条件で有意であった.

ISIが0msではエレメントモーションが知覚されやすいが, 垂直距離が大きくなるほどグループモーションが知覚されている. しかし, この垂直距離の効果はISIが10ms以上では見られなかった. これは, 通常のTernus刺激ではISIが大きいほどグループモーションが知覚されやすくなることから, ISIが10ms以上では全体的にグループモーションへのバイアスが生じ, 垂直距離の効果が表れにくいと考えられる. また, 小さい垂直距離条件(0.2°, 0.4°)ではISIの単純主効果がみられたが, ISIが10ms以上ではグループモーションの生起率がほぼ一定であることから, これはISI 0msでの垂直距離の効果を反映していると考えられる.

実験2において最も重要なのは, グループモーションが知覚された試行のうち中央要素の垂直運動が知覚された割合である(Fig. 5(b)). 結果はすべてのISI条件および垂直距離条件でグループモーションと垂直運動が同時に知覚された割合は11%以下となった. ISI 0msでの垂直距離0.2°条件ではグループモーションの生起率自体が小さいが, それが49%の0.4°条件であっても垂直距離が同時に知覚されたのは11%であった.

Fig. 5

Results of experiment 2. (a) Percent of group motion for each ISI. Open circles are 0.2°, filled circles are 0.4°, open triangles are 0.8° and filled inverse triangles are 1.6° condition. (b) Percent of vertical motion when group motion was perceived. Error bars indicate the standard error of means.

3-3. 考察

一般に仮現運動の対応づけでは, 全運動量が最小になるように知覚される(Ullman, 1978;1979). 要素の移動距離の総和を全運動量とすると, 実験2の刺激でエレメントモーションが知覚される場合, 中央要素の垂直距離が大きいほど全運動量は大きい. 反対にグループモーションが知覚される場合, 要素は横への移動のみであり, 全運動量は一定である. そのため, 垂直距離が大きいほどグループモーションの生起率が大きくなったと考えられる.

実験1ではグループモーションへのバイアスがかかった条件下でも中央要素の回転が知覚された. しかし実験2では, グループモーションと垂直運動が同時に知覚される割合はどの条件でも低かった. また, エレメントモーションが知覚された試行のうち68%は垂直運動が知覚された. これは, 1対1対応に従った知覚であり実験1とは異なる結果である. したがって, 実験1での1対1対応と矛盾する知覚は運動の型の違いによると考えられる.

4. 総合考察

本研究では, 並進運動と回転という異なる型の運動が競合する両義的仮現運動の対応問題を検討した. その結果, 両者が競合する刺激では1対1対応に従わない知覚が生じたが, 同じ型の運動では整合的な知覚が生じたことから, 1対1対応と矛盾する知覚は運動の型の違いによることが示唆された.

実験1における余分な回転の知覚は, 正方形の角のような特徴点を考えれば対応問題における全運動量最小の原則にも反する. しかし, 図形全体の並進運動のみを考えれば回転が知覚されるかに関わらず全運動量は同じである. また, 実験1の実験参加者の言語報告によれば, グループモーションと回転が知覚された場合には端の要素が中央要素の位置まで移動した後に回転が知覚されている. つまり, 1対1対応を仮定した客観的な同一性とは矛盾するが, 個々の要素の現象的同一性は維持されていることになる. したがって, 同一性を維持するという意味での対応づけでは並進運動とその運動量のみが問題となり, 最終的な知覚内容において回転の情報が並進運動での要素の同一性と矛盾しない形で付与されるという可能性が考えられる.

その場合, 両者がどのような知覚過程に媒介されているのかが問題となる. それには二つの可能性が考えられる. 一つは知覚的処理水準の違いである. Scott-Samuel & Hess(2001)は, Ternus刺激の知覚は高次の特徴追跡的処理にのみ媒介されるとしている. また, Dawson(1991)のモデルは運動検出そのものではなく同一性維持のための高次モデルである. これらの研究で扱われている運動は並進運動のみであることから, 位置変化を伴う対応づけは高次過程, 位置変化を伴わない回転などの知覚は低次過程に主に媒介されている可能性が考えられる.

もう一つは過渡型 /持続型チャンネルという性質の異なる視覚処理経路である. 過渡型チャンネルは刺激のon/offに反応し, 主に運動知覚に関わるとされ, 持続型チャンネルは主に形の知覚に関わると考えられている. 実験1においてISIが10ms以上の場合は, 中央要素の位置にもon/offが生じ過渡型チャンネルが反応することで中央要素の位置変化を検出し回転が知覚されにくくなる. ISIが0msの場合は, 中央要素の位置にon/offが生じないため回転が知覚されやすくなるということが考えられる. 仮に回転の知覚が持続型チャンネルに媒介されているとすれば, 過渡型チャンネルとは異なる処理過程であるため実験1のISI 0msでは回転の知覚が抑制されず, 実験2や実験1のISI 10ms以上では全ての要素が過渡型チャンネルに媒介されるため回転が抑制されやすいと考えられる. しかし, 持続型チャンネルが方位の変化から回転を検出しているかどうかは明らかではない. また, これらの異なる処理過程がどのレベルでどのように統合され, 最終的な知覚内容として現れるのかも今後の研究課題である.

引用文献
 
© 2009 日本官能評価学会
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