日本官能評価学会誌
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熊本県伝統酒の赤酒を用いた豚肉の品質特性
西念 幸江岩下 光中村 拓郎石川 清香峯木 真知子
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2011 年 15 巻 1-2 号 p. 21-26

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I.緒言

熊本特産の赤酒は,うるち米を原料とした淡黄赤色の調味料であり,製造過程において木灰を加えることにより微アルカリ性を示す1).赤酒の糖度およびアルコール度は本みりんとほぼ同等であり,日本料理屋では本みりんと同様に調味料として使用されている.職人の間では,赤酒は本みりんより素材を締めず,軟らかく仕上げ,風味がよいと言われている.本みりんの調理特性については,肉の可溶性成分の溶出抑制効果2),小豆蜜豆の煮崩れ防止効果3)などが報告されており,赤酒については鯨肉を用いた報告4)はあるが,少ない.肉を軟化させる食材としては,ワイン,キウイフルーツ,生姜などが報告されている5-7).高倉らは,肉の可溶性成分の溶出抑制効果に寄与する成分は糖およびエタノールであり,それぞれ単独での効果は低いが,本みりんのように両成分を含有する調味料では糖とエタノールの相乗効果により肉の可溶性成分の溶出抑制効果が高まることを報告している2).そこで,本みりんとほぼ同等の糖度およびアルコール度である赤酒が,同様の調理効果,特に肉に対する軟化効果を示すのかを,検討した.

本研究では,豚肉を赤酒などの各調味料に浸漬し加熱して,その製品の重量,色,pH,糖度,塩分,テクスチャー,遊離アミノ酸量を測定し,組織構造を観察し,官能評価を行った.

II.実験方法

1.試料

国産豚ロース肉を市販肉専門店より購入し,芯部のみ8)にして1試料を40.0±0.0g,厚さ8.8±0.7mmに調製して用いた.

浸漬液は,料理用赤酒(瑞鷹株式会社:アルコール度11.5~12.5度未満),本みりん(宝酒造株式会社:アルコール度12.5~13.5度),日本酒(黄桜株式会社:アルコール度16度),脱イオン水を浸漬液として用いた.日本酒は脱イオン水で希釈し,赤酒と同等のアルコール度に調製した.

2.調製方法

肉試料各1個と浸漬液各16gを真空調理用フィルム(三菱樹脂株式会社ダイアミロンM)に入れ,真空包装機(東静電気株式会社TOSUPACK V-280型)で真空包装(真空度99.8%)し,室温で30分間浸漬した.その後,スチームコンベクションオーブン(以下,スチコン(フジマック株式会社S0410E017))で試料中心温度が75℃に達してから1分間加熱した9).スチコンの設定は,庫内温度85℃,スチーム量100%,バリオスチーミングモードとした.試料の中心温度の測定は,真空保持テ-プを貼った真空包装用フィルムの上から,試料中心部に熱電対温度計(Eタイプ)を挿し,データコレクター(安立計器株式会社AM-8000E)でモニタリングした.1回の加熱でスチコンに投入する試料は4個とし,中段を用いた.

3.測定方法

(1)豚肉試料の歩留まりおよび浸漬液の重量

加熱した豚肉試料は,試料表面の浸漬液をキッチンペーパーで拭き取った後,重量を測定した.その重量を用いて,歩留まり(%)を加熱後試料重量(g)/加熱前試料重量(g)×100の式より求めた.また,真空調理用フィルムに残った浸漬液の重量も計った.

(2)浸漬液のpH,糖度,塩分

加熱前後の浸漬液のpHは,pメーター(新電元工業株式会社ISFFT pH Meter KS701)で,糖度は糖度計(株式会社アタゴAPAM-1)で,塩分は塩分計(株式会社アタゴPAL-ES1)で測定した.

(3)遊離アミノ酸分析

生および加熱後の肉試料を3g精秤し,70%エタノールで還流抽出を3回繰り返し,抽出液を集めてジエチルエーテルで脱脂後,pH 2.2 クエン酸リチウム緩衝液に溶解し試料液とした.その試料溶液を日立高速アミノ酸分析計L-8500Aで測定した.なお,遊離アミノ酸分析については女子栄養大学栄養科学研究所に依頼した.

(4)加熱肉試料の破断試験

加熱後の肉試料は室温にもどし,中央部より縦2.0cm×横2.0cmに切り出したものを試料とした.測定はクリープメーター(株式会社山電RHEONER II RE2-33005)を用い,ロードセル200N,測定速度1mm/秒,歪率100%とし,プランジャーは剪断用ナイフカッターとした.

(5)豚肉試料の色

加熱前後の肉試料の色は,測色色差計(日本電色工業株式会社ZE2000)で色(L値,a値,b値)をハンター白度で測定した.また,赤酒試料と他の試料間の色差(⊿E)を求めた.

(6)組織観察

加熱後の肉試料の中央部より5mm角に切り出した各試料を,2.5%グルタルアルデヒド溶液・0.1Nリン酸緩衝液(TAAB社製)に5℃,2時間の前固定を行い,洗浄後,1%オスミウム酸溶液(TAAB社製)で5℃,2時間の後固定を行った.エチルアルコール系で脱水後,試料台に取り付け,イオンコーティングして,加速電圧10kV,日立S-4000型走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した.

(7)官能評価

赤酒および本みりん浸漬液で調製し,加熱した肉試料2種について,A大学の職員および学生(20~30歳代男女)31名をパネルとし,7段階評点法による官能評価を行った.試料は室温にもどし,1人分を肉試料1個の1/4(約8g)とした.評価項目は,分析型評価項目の「硬さの強さ」,嗜好型評価項目の「好ましい香り」,「好ましい硬さ」,「好ましい甘み」,「おいしさ」とした.評点は,分析型評価項目において,1:大変弱い,2:かなり弱い,3:やや弱い,4:ふつう,5:やや強い,6:かなり強い,7:大変強いとした.また,嗜好型評価項目において,1:大変好ましくない,2:かなり好ましくない,3:やや好ましくない,4:ふつう,5:やや好ましい,6:かなり好ましい,7:大変好ましいとした.性別,年齢,家庭で使用している甘味調味料,酒の好みについての項目も設けた.

これらの実験は東京医療保健大学倫理委員会の承認を得た.また,官能評価を行う際には,パネルに実験の目的を説明し,インフォームドコンセンサスを得て実施した.

(8)統計処理

統計処理にはJMP8.0を用い,有意差の検定にはTukey のHSD検定を用いた.

III.実験結果

1.加熱条件

加熱中の試料の中心温度をモニタリングしたデータを図1に示した.肉の中心温度が75℃に到達するのに要した時間は約5.2分であった.また,各試料の温度推移に違いはみられなかった.

Figure 1

豚肉の加熱時の中心温度履歴

2.肉試料の歩留まり

加熱後の肉試料の歩留まりは,脱イオン水に浸漬した試料(水試料)69.7%,赤酒に浸漬した試料(赤酒試料)73.1%,本みりん試料(みりん試料)73.6%,酒試料(酒試料)68.8%であった(図2).赤酒試料の歩留まりは,本みりん試料同様に酒試料より有意に高い値を示した.

Figure 2

加熱した豚肉の歩留まり

1)n=3

2)異符号に有意差あり(p<0.05)

3.加熱後の浸漬液の重量および加熱前後のpH,糖度,塩分

加熱後の浸漬液の重量および加熱前後のpH,糖度,塩分を表1に示した.

加熱後の浸漬液の重量は,水試料24.8g,赤酒試料22.5g,みりん試料22.1g,酒試料25.1gで,赤酒およびみりん試料の浸漬液の重量が少なかった.

浸漬液のpHは,脱イオン水がpH 6.4,赤酒がpH6.9,本みりんがpH 6.1,日本酒はpH 4.2で,日本酒で低かった.加熱後では,どの試料の浸漬液も加熱前のpHに関わらずpH 5.9付近を示した.

浸漬液の糖度は,赤酒42.9%,本みりん43.7%,日本酒7.6%で,本みりんが赤酒よりやや高く,日本酒は低かった.加熱後の浸漬液の糖度では,赤酒試料25.7%,みりん試料25.3%,酒試料6.8%でいずれも加熱前より低くなった.水試料では,3.4%で加熱前より高かった.加熱前後の糖分の差異をみると,みりん試料18.4%,赤酒試料17.1%で多かったが,酒試料4.2%,水試料3.4%は少なかった.

加熱後の塩分は,脱イオン水0.46%,赤酒0.23%,みりん0.21%,日本酒0.40%であった.

Table 1

浸漬液の重量,pH,糖度,塩分

4.加熱肉試料の遊離アミノ酸含有率

加熱後の肉試料中の遊離アミノ酸量を加熱前の生肉に対する含有率で算出し,図3に示した.各遊離アミノ酸の含有率をみると,みりん試料と赤酒試料は類似の傾向を示した.酒試料はみりん試料や赤酒試料に比べ全体的に低い傾向にあった.遊離アミノ酸の全体量をみると,みりん試料は47.3%,赤酒試料は41.8%,酒試料は27.9%で,みりん試料と赤酒試料は酒試料より高かった(p<0.05).みりん試料と赤酒試料の間には有意差はなかった.Gluの含有率では,赤酒試料が86.3%でみりん試料と酒試料より高い傾向にあった.

Figure 3

加熱した豚肉の遊離アミノ酸の保持率

含有率(%)=加熱した豚肉中遊離アミノ酸/生肉中遊離アミノ酸×100

5.加熱後の肉試料の破断応力

加熱後の肉試料の破断応力は,水試料11.93±1.74×104Pa,赤酒試料11.06±0.89×104Pa,みりん試料12.94±2.19×104Pa,日本酒試料13.93±1.62×104Paで,試料間に有意差は認められなかったが,赤酒試料が低い傾向であった(図4).

Figure 4

加熱した豚肉の破断応力

1)n=3

2)異符号に有意差あり(p<0.05)

3)クリープメーター((株)山電RHEONER II RE2-33005)を用い,ロードセル200N,測定速度1mm/sec,歪率100%,プランジャーは剪断用ナイフカッターの条件で測定

6.加熱前後の肉の色

加熱前後の肉試料の色を表2に示した.加熱後のL値は,赤酒試料が61.91で最も低く,水試料が68.19で最も高かった.赤みを示すa値は,赤酒試料が4.01で最も高く,逆に,みりん試料は2.92で低かった.b値は,赤酒試料が15.33で最も高く,水試料,みりん試料,酒試料の順で低かった.

加熱後の赤酒試料と他の試料との色差(⊿E)では,赤酒試料と水試料間8.49でmuch(大いに)の判定で,赤酒試料とみりん試料間4.99でappreciable(めだつほどに)の判定,赤酒試料と酒試料間5.91でappreciable(めだつほどに)の判定であった.赤酒試料では赤酒の色が肉に移行して,肉眼的にも区別できた.

Table 2

加熱した豚肉の色

7.加熱後の肉試料の組織構造

加熱後の肉試料については,低倍の観察ではほとんど違いがみられなかった.筋細線維の高倍のSEM像を示した(図5).水試料(図5A)では,筋細線維がほぐれているのが観察された.その他の試料では,筋細線維が密に並んでいた.また,水試料の一部および酒試料(図5D)の筋細線維は細く収縮しているように観察され,筋細線維の間隙が空いて,形状が明瞭にみえた.

Figure 5

加熱した豚肉のSEM像

A:脱イオン水浸漬,B:赤酒浸漬,C:本みりん浸漬,D:日本酒浸漬2.5%グルタルアルデヒド・1%オスミウム酸二重固定,日立S-4000型走査型電子顕微鏡で加速電圧10kVで観察.スケールバー:10μm

8.官能評価

赤酒および本みりんで調製した肉試料の官能評価を行った結果(図6),「硬さの強さ」では,赤酒試料5.0±1.4,本みりん試料4.4±1.6で,赤酒試料の方が硬いと評価される傾向にあった.「好ましい香り」では,赤酒試料5.1±1.3,本みりん試料4.2±1.2で,赤酒試料が有意に好まれた(p<0.05).「好ましい硬さ」では,赤酒試料4.9±1.5,本みりん試料4.1±1.6,「好ましい甘み」では,赤酒試料4.9±1.4,本みりん試料4.5±1.2で,ともに赤酒試料が好まれる傾向にあった.「おいしさ」では,赤酒試料5.2±1.1,本みりん試料4.2±1.4で,赤酒試料が有意に好まれた(p<0.05).

Figure 6

加熱した豚肉の官能評価

パネル31名 *有意差あり(p<0.05)

IV.考察

1.豚肉の歩留まりと浸漬液への影響

赤酒で調製した肉試料の歩留まりは73.1%で,みりん試料と同程度であり,酒試料より有意に高かった.また,赤酒試料の加熱後の浸漬液量はみりん試料と同程度であり,水試料および日本酒試料より有意に少なかった.浸漬液の糖分をみると,糖分を多く含むみりん試料の加熱後の差異が赤酒よりやや大きかったが,赤酒試料と有意差はなかった.高倉ら2)は,本みりんに含まれるエタノールと糖による肉の可溶性成分の溶出抑制効果を報告している.赤酒は本みりんとほぼ同等の糖度およびアルコール度であることから,みりんと同等に可溶性成分の溶出抑制効果を有していると考える.また,日本酒も糖およびエタノールの両成分を含有しているが,その効果が低い傾向にあった.このことから,糖の含有量がある程度の糖濃度がなければ,肉の可溶性成分の溶出抑制効果に寄与しないことを示唆すると考える.

2.加熱肉試料のグルタミン酸量含有量,やわらかさおよび肉の色

遊離アミノ酸の含有率では,みりん試料と赤酒試料が酒試料より高い傾向にあった.これは,加熱による歩留りが高くドリップ量が少ないことが影響している.含有率の高さからも,赤酒はみりんと同様に肉の可溶性成分の溶出抑制効果を有すると考える.

赤酒に浸漬した肉の破断応力は,最も低い値を示したが,有意差はみとめられなかったことから,赤酒を用いるとやわらかいという結果は得られなかった.このことより軟化効果の可能性はあると考えるが,さらに浸漬時間の延長などを検討する必要があると考える.赤酒を用いた肉は,赤酒の褐色の色が肉に移行して,L値が低く,a,b値が高い値を示した.しかし,調理する際には,醤油と組み合わせて使用され,予備実験からも肉の色には影響しなかったことから,実際に用いる場合の肉の色に対する影響は少ないと考える.

3.加熱肉試料の組織構造

水試料の一部や酒試料は筋線維の収縮がみられ,筋線維間の空隙も多いことから,筋線維の収縮により可溶性成分が筋線維間に流出し,その後,浸漬液に溶出した4)と考えられる.一方,赤酒試料およびみりん試料は,筋線維の収縮が顕著ではなかったため,可溶性成分の溶出が抑制されたのではないかと考えられる.

4.官能評価

官能評価では,「おいしさ」と「好ましい香り」の項目において,みりん試料より赤酒で調製した試料が有意に高い成績であった.おいしさについては,赤酒の香りが好まれたこと,豚肉中のプロリン,グルタミン酸の含有率が赤酒で高かったことも嗜好性を高めた要因と考えられる.また,本実験では,密閉された状態で加熱され香気成分が揮発せず臭いがこもりやすい真空調理10)を用いている.その条件下において,赤酒試料がみりん試料よりも好ましい香りであると評価された事から,赤酒も本みりんの調理特性である好ましい香りの付与効果11)を有しており,その効果は本みりんよりも高いと考えられる.

5.赤酒の今後の展望

赤酒は本みりんと同様に可溶性成分の溶出抑制効果が考えられた.また,赤酒は料理を香り良く仕上げる事が出来ることが,官能評価結果より推察される.

これらの調理特性を有する赤酒を病院や特別養護老人施設の給食に使用し,風味豊かなおいしい食事を提供することでできると考える.実際に熊本県の伝統酒である赤酒の知名度は,本みりんと比較すると低く,取り扱っている店舗が少ない.今後,研究を継続することによって赤酒の新たな可能性を見出し,身近に購入することが出来る調味料となることを期待したい.

V.謝辞

試料を提供戴いた瑞鷹株式会社吉竹様をはじめ,官能評価のパネルとして実験に協力して頂いた方々,本研究を支えて下さった全ての方々に厚く御礼申し上げます.

VII.引用文献
 
© 2011 日本官能評価学会
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