日本官能評価学会誌
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研究報文
寒天-ゼラチン混合ゲルの嚥下特性と力学特性の関係
井上 悠季佐川 敦子森髙 初惠
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2011 年 15 巻 2-2 号 p. 107-119

詳細

1.緒言

ジェランガムゲルおよび寒天ゲルは,脆く,離水が多く口腔内での食塊形成能が低いが(船見ら,2006),ゼラチンゲルは融解温度が低いことから取り扱いが難しい(金谷,2005).これらのゲル化剤を混合することで,単独ゲルの有する欠点を補った,嗜好的にも,取扱い的にも優れた混合ゼリーの開発の可能性が示唆されている(栗本ら,1997).

前報(井上ら,2009)の結果から,寒天ゲルでは摂取量が多く,咀嚼回数の少ない場合には硬いゾル状の食塊が形成され,ゼラチンゲルでは摂取量が少なく咀嚼回数の多い場合には,水溶液状の食塊が形成されることが判明した.これら寒天ゲルとゼラチンゲルの食塊形成の違いにより,寒天ゲルでは咀嚼によって咽頭部の食塊の最大移動速度を制御できるが,口腔内で多くの咀嚼回数を必要とし,ゼラチンゲルでは口腔内で融解するために,咀嚼しすぎると咽頭部での食塊の最大移動速度が速くなるなどの問題があることが判明した.食べやすい咀嚼・嚥下困難者用食品を調製するために,寒天ゲルとゼラチンゲルの利点を活かし,欠点を補ったゲルの検討が必要と考えられる.

そこで,寒天とゼラチンの混合ゲルを調製し,咀嚼・嚥下困難者用食品としての改善点を検討した.

2.実験方法

1)試料調製

三栄源エフ・エフ・アイ社製の寒天とゼラチンをゲル化剤として用い,寒天は1.0%(寒天100%ゲル),ゼラチンは3.0%(ゼラチン100%ゲル)とし,脱イオン水に所定量を分散し,室温で30分間膨潤した.寒天では90~95℃で,ゼラチンでは60~65℃で各々30分間,還流冷却管をつけて加熱溶解した.加熱溶解後の寒天とゼラチンゾルを63°±2℃で混合攪拌し,混合したゾルを入れた容器に蓋をして室温まで温度を下げた後,10℃の恒温器で24時間放置して試料とした.混合ゲルは,寒天ゾルとゼラチンゾルを重量比3:1で混合した試料を25%ゼラチン混合ゲル,1:1混合試料を50%ゼラチン混合ゲル,1:3混合試料を75%ゼラチン混合ゲルとした.

2)試料摂取条件

5試料ともに,立方体の試料を3,6,9,12g摂取し,咀嚼回数は5,10,30,50回とした.なお,テクスチャー測定においては,各摂取量および咀嚼回数で咀嚼した後に,嚥下せず食塊を吐き出して試料とした.

3)熱特性

超高感度示差走査熱量計(Micro-DSC,SETRAM社製)により,800mgの試料を0.3℃/min で105℃から5℃まで降温して5分間保持した後,0.3℃/minで105℃まで昇温して降昇温DSC曲線を得た.レファレンスには試料と同量の超純水を用いた.

4)テクスチャー測定

被験者は顎口腔系の形態および機能に異常のない正常咬合である20歳代の女子学生1名とした.試料は,寒天100%ゲル,25,50,75%ゼラチン混合ゲルとゼラチン100%ゲルの5種類とした.各試料の1回の摂取量は3,6,9,12gとし,5,10,30,50回咀嚼後の食塊を吐き出して測定に用いた.各摂取量,各咀嚼回数別に咀嚼した食塊を測定用のステンレスシャーレ(直径40mm×高さ15mm)の容量を満たすまで咀嚼を繰り返し行って入れ,測定用試料の容量は18,840mm3とした.クリープメータ(RE-33005S 山電社製)により,直径20mmのアクリル樹脂性の円柱状プランジャーを用いて,試料の厚さ66.7%まで10mm/secで2回定速圧縮して,硬さと付着性を求めた.硬さは力-歪曲線の第1ピークの力の値をプランジャーの底面積で除して応力として求めた.付着性は第1ピークと第2ピーク間のベースラインとベースラインより下方の力-歪曲線に囲まれた面積より求めた.同一試料について20回繰り返し測定した.

5)官能評価

被験者は顎口腔系の形態および機能に異常のない正常咬合である20歳代の女子学生11名とした.試料は,寒天100%ゲル,25,50,75%ゼラチン混合ゲルとゼラチン100%ゲルの5種類とした.立方体の各試料の供試量は1回の摂取量を3,6,9,12gとし,5,10,30,50回咀嚼後に嚥下して評価した.評価は5点尺度法により行い,異なる日に各試料につき計5回実施した.無作為に横一列に並べた試料を,視覚的な影響を避けるために,評価する試料を除いた他の試料を覆って実施した.

評価項目は,「一噛み目の硬さ」(+2:硬い,-2:軟らかい),「二噛み目以降の咀嚼時の力の強さ」(+2:強い,-2:弱い),「咀嚼の程度」(+2:十分,-2:不十分),「まとまりやすさ」(+2:まとまりやすい,-2:まとまりにくい),「飲み込みやすさ」(+2:飲み込みやすい,-2:飲み込みにくい),「嚥下時の力の強さ」(+2:強い,-2:弱い)の6項目とした.

以後,咀嚼時の「力」とは,試料を各条件で噛みしめる時に感じる主観的な力の大きさを示している.「二噛み目以降の咀嚼時の力の強さ」は,咀嚼条件内の回数で噛み砕く際の力の大きさを示す.また,嚥下時の「力」は,飲み込む際にどれくらいの力を入れて飲み込んでいるか主観的に評価したものである.

6)超音波パルスドップラ法による食塊の流速

東芝メディカル社製の超音波画像診断装置(NEMIO SSA-550A),スキャンプローブはPLM-703ATを用い,井上ら(2009),中沢ら(2001,2005,2008)や森髙ら(2009,2010)の方法と同様の方法により,ドップラ周波数を6.0MHz,パルスの周波を10.4kHzで測定し,食塊の咽頭部通過時の最大速度(以下は,最大速度と略す)ならびに通過時間を求めた.被験者の咽頭部を流れる食塊に対して,照射される超音波の角度は30°となるようにし,咽頭部正面中央部にプローブの先端をあて,プローブの角度が上方に向かって60°となるように固定して行った.被験者は健常な顎口腔系および嚥下機能に異常のない正常な20歳代の女子学生3名とし,測定用椅子に背筋を伸ばして深く腰掛けて測定し,測定は日にちを変えて各試料30回ずつ行った.なお,本実験はヘルシンキ宣言に基づき,昭和女子大学の倫理委員会の承認を得て行った.

7)筋活動量測定

筋電位計(日本光電社製)と表面電極を用いて,咀嚼筋として左右の咬筋の筋活動量を測定した.測定部位の皮膚の皮脂と角質の処理を行い,電極はAgCl,直径12mm円型を使用し,既報を参考に(神山ら,2000,2006,神山と早川,2007),一対の電極間隔を24mmとして,筋走行部に沿って貼り付けた(FrankH. Netter, 2007).また,ノイズを小さくするため,腕にアース電極を貼りつけた.測定はVital Recorder2(KISSEI COMTEC Ver 1.0.5.702)で行い,解析はBIMUTAS II(KISSEI COMTEC Ver R1.4.0.709)で行い,測定結果の咀嚼時の咬筋の区間面積について検討した.被験者は,20~23歳の健常な女子大学生11名とした.

8)統計処理

SPSS16.0J を用いて,三元配置分散分析を行い,各試料間の検定にはTukey 法を用いた.

主成分分析にはJUSE-StatWorks/4.0を用い,機器測定より求めた硬さ,付着性,官能評価の咀嚼の程度,飲み込みやすさ,超音波測定から求めた最大速度,筋活動量測定から求めた咀嚼筋区間面積を変数とした.なお,有意差の検定はすべてのデータについて,有意水準5%未満をもって有意と判定した.データは平均値±標準偏差で表した.

3.結果および考察

1)熱特性

降温DSC曲線をFigure 1に示した.寒天100%ゲルでは33.3℃にシャープな発熱ピークが観察され,ゼラチン100%ゲルでは16.4℃にブロードな発熱ピークが観察された.25%ゼラチン混合ゲルでは33.4℃と12.4℃に,50%ゼラチン混合ゲルでは31.5℃と13.2℃に,75%ゼラチン混合ゲルでは33.2℃と14.0℃に各々2つの発熱ピークが観察された.昇温DSC曲線において(Figure 2),寒天100%ゲルでは78.8℃に吸熱ピークが,ゼラチン100%ゲルでは25.3℃に吸熱ピークが観察された.25%ゼラチン混合ゲルでは,22.9℃と78.7℃に,50%ゼラチン混合ゲルでは22.3℃と79.1℃に,75%ゼラチン混合ゲルでは23.4℃と77.9℃に2つの吸熱ピークが観察された.

これらの結果から,寒天とゼラチンの混合ゲルでは,アガロース分子あるいはアガロペクチン分子とゼラチン分子が相互に絡まり合ったり,あるいは両種類の分子間で分子間結合をして混合ゲルが形成されるのではなく,アガロース分子あるいはアガロペクチン分子とゼラチン分子が各々単独でゲルを形成すると考えられる.したがって,寒天ゾルとゼラチンゾルを混合すると,まず寒天が高温側の発熱ピークの温度帯でランダムコイルからへリックスコイルへと構造転移を起こし,ヘリックスコイルが凝集して三次元網目構造を形成し,次いでゼラチン分子が低温度側の発熱ピークの温度帯で凝集繊維を形成して三次元網目構造体を形成すると考えられる.このことから,先行研究における報告(Moritaka, H. et al., 1980, 2000,栗本ら,1997)と同様に,寒天とゼラチンの混合ゲルは層分離型のゲルであると推定される.

Figure 1

DSC cooling curve for agar-gelatin mixed gel

Figure 2

DSC heating curve for agar-gelatin mixed gel

2)テクスチャー

咀嚼前の硬さ,付着性をFigure 3に示した.混合割合が同一の場合,ゲルの量が増加すると硬さは有意に大きくなり(Figure 3a)),5種類の試料の中では寒天100%ゲルの硬さが有意に大きかった.25%ゼラチン混合ゲルの硬さは著しく低下したことから,ゼラチンの混合によりゲルの骨格構造の強度は脆弱化すると考えられる.

付着性においては,3gのゲルを除き,混合ゲルは寒天やゼラチン100%ゲルよりも高い値を示した(Figure 3b)).ゲルの量により付着性に有意差が見られたものは,75%ゼラチン混合ゲルのみであり,3gおよび6gは,9gおよび12gよりも有意に高い付着性を示した.

咀嚼後の食塊の硬さをFigure 4a)~d)に示した.三元配置分散分析の結果,試料の種類,摂取量ならびに咀嚼回数の各主効果ならびに試料の種類,摂取量と咀嚼回数の交互作用も有意となった.

3gの5回および10回咀嚼において,3種類の混合ゲルの硬さ間に有意差は認められなかった(Figure 4a)).30回咀嚼時の食塊の硬さを異なる試料間で比較すると,寒天100%ゲルは他の4種類のゲルよりも,25%あるいは50%ゼラチン混合ゲルはゼラチン100%ゲルよりも,また25%は75%ゼラチン混合ゲルよりも有意に高い値を示した.50回咀嚼では,ゼラチン100%ゲルの硬さは他の4種類のゲルよりも有意に小さく,ゼラチンを混合することにより硬さは減少した.前報(井上ら,2009)においては,ゼラチンゲルの3g,50回咀嚼では食塊が液状化したが,ゼラチンに25%以上の寒天を混合することにより食塊の液状化は緩和されることが認められた.また,30回と50回咀嚼において,5種類の試料ともに同一試料の各3gでは有意差が認められなかった.

6gの5回咀嚼において(Figure 4b)),寒天100%ゲルと75%ゼラチン混合ゲル,ゼラチン100%ゲル間では有意差が認められた.6gの10回および50回咀嚼においては,混合ゲル3試料間では有意差が認められず,50回咀嚼においては,3種類の混合ゲルは寒天100%ゲルとゼラチン100%ゲルの中間の硬さを示した.6gの30回咀嚼,9gおよび12gの5回咀嚼においては(Figure 4b)~d)),寒天100%ゲルと50%あるいは75%ゼラチン混合ゲルあるいはゼラチン100%ゲル間で各々有意差が認められ,ゼラチンの混合割合が増加すると咀嚼後の硬さは減少した.前報(井上ら,2009)において,12gの5回咀嚼では寒天ゲルの硬さが大きく,飲み込みにくく,咽頭部における食塊の最大移動速度が速くなり,改善の必要がある結果となった.しかし,本実験では寒天に50%以上のゼラチンを混合することで硬さは有意に減少し,混合することで改善効果が認められた.9gの30回および50回咀嚼(Figure 4c)),12gの10回および30回咀嚼(Figure 4d))においては3種類の混合ゲルの硬さは寒天100%ゲルとゼラチン100%ゲルの間であった.

以上の結果より,すべての摂取量および咀嚼回数は,ゼラチンの混合割合が増加し,摂取量が減少し,咀嚼回数が増加するにつれて,食塊の硬さは低下した.また,寒天の混合割合が増すと食塊の液状化は抑制される傾向にあった.

Figure 5の咀嚼後の食塊の付着性において,三元配置分散分析を行った結果,試料,摂取量ならびに咀嚼回数の各主効果は有意となり,試料,摂取量と咀嚼回数の交互作用も有意となった.

12gの5回,10回咀嚼(Figure 5d))の付着性を除いて,寒天100%ゲルの3g,6g,9g,12gのすべての付着性(Figure 5b)~d))は,他の4試料よりも有意に高い値を示した.3gと6gの5回および10回咀嚼と,30回および50回咀嚼では類似した傾向を示した.これは,摂取量が少ないために咀嚼の影響を強く受け,特に30回と50回咀嚼では口腔内で融解するゼラチンゲルの性質が強く表れたと考えられる.

6gの5回と10回咀嚼の混合ゼラチンゲル(Figure 5b))の付着性は,寒天およびゼラチン100%ゲルより有意に低かった.これは,摂取量が中程度で,咀嚼回数が少なく,各単独ゲルで発現する付着性が相殺されて減少したためではないかと考えられる.6gの30回,50回咀嚼では,寒天ゾルの混合割合の高い試料で高い付着性を示した.

9gの5回,10回咀嚼(Figure 5c))において,寒天100%ゲルおよびゼラチン100%ゲルは,25%,75%ゼラチン混合ゲルよりも有意に高くなった.3種類の混合ゲル間では,50%ゼラチン混合ゲルのみが有意に高かった.30回と50回咀嚼では,混合ゲルの付着性は両単独ゲルの中間の値を示した.

12gの5回と10回咀嚼(Figure 5d))において,寒天100%ゲルは50%や75%ゼラチン混合ゲルよりも有意に高い付着性を示し,ゼラチン100%ゲルは25%,75%ゼラチン混合ゲルよりも有意に低い付着性を示した.30回と50回咀嚼においては,混合ゲル間で有意差が見られるものは少なかった.

以上の結果から,摂取量に対して咀嚼が十分である場合には,融解現象が生じてゼラチンゲルの性質が強く反映されるが,摂取量に対して咀嚼が不十分な場合には寒天ゲルとゼラチンゲルの中間の性質を示した.また,摂取量が中程度で咀嚼がやや少ない場合には,一方の性質が他方の性質を相殺し,両単独ゲルより付着性が低い混合ゲル独自の特性を示すものと考えられる.

しかし,これらの結果は咀嚼前の機器測定の結果とは全く逆の傾向であった.ゲルは咀嚼することで破砕され,唾液と混合され,さらにゼラチンゲルでは融解されるために,咀嚼前では強い付着性を示すゼラチンゲルが,咀嚼後では寒天ゲルよりも弱い付着性を示すようになる.本実験の混合ゲルの咀嚼前と咀嚼後の付着性の相違は,これら両ゲルの性質が混合割合や咀嚼回数によって複雑に影響され合った結果であろうと考えられる.

Figure 3

Texture properties of 5 kinds of gel before mastication

a)Hardness b)Adhesiveness

Amount of gel ◇:3g □:6g ▲:9g ●:12g

Figure 4

Hardness of 5 kinds of gel after mastication

a)3g b)6g c)9g d)12g

Amount of mastication ◇:5 times □:10 times ▲:30 times ●:50 times

Figure 5

Adhesiveness of 5 kinds of gel after mastication

a)3g b)6g c)9g d)12g

Amount of mastication ◇:5 times □:10 times ▲:30 times ●:50 times

3)官能評価

各質問項目について,三元配置分散分析を行った結果,試料の種類,摂取量ならびに咀嚼回数の各主効果は有意であった.試料の種類と摂取量の交互作用においては,「まとまりやすさ」のみ有意となった.試料と咀嚼回数の交互作用においては,「咀嚼の程度」,「まとまりやすさ」,「飲み込みやすさ」および「嚥下時の力の強さ」で有意であった.摂取量と咀嚼回数の交互作用においては,「咀嚼の程度」,「飲み込みやすさ」および「嚥下時の力の強さ」で有意であった.試料の種類,摂取量と咀嚼回数の交互作用においては,全項目で有意ではなかった.Figure 6に官能評価の結果を示した.

「一噛み目の硬さ」では,寒天100%ゲルは他の試料より有意に硬いと評価され(Figure 6-1),この結果は咀嚼前ゲルの機器測定の硬さ(Figure 3)と一致していた.3gと12gにおいて,寒天100%ゲルでは全咀嚼回数で,また,50%ゼラチン混合ゲルの5回と10回咀嚼で,12gの方が有意に硬いと評価された.摂取量の少ない3gあるいは6gと摂取量の多い12g間において,25%ゼラチン混合ゲルでは5回,10回と30回咀嚼で,12gの方が有意に硬いと評価された.ゼラチンの混合割合の少ないものほど,摂取量の多い試料が硬いと評価されており,一噛み目の硬さはゼラチンゲルよりも寒天ゲルの性質が関与していると考えられる.しかし,この結果は,Figure 3に示した咀嚼前ゲルの硬さとは完全には一致しなかった.機器測定の硬さは歪66.7%で得られた値であり,一方,官能評価による硬さは,最初の一噛みで破砕されるまで圧縮歪が加えられた硬さの評価であったことから,両測定結果の相違は,歪の大きさが一因であると考えられる.咀嚼回数については,5回が,30回および50回咀嚼よりも有意に硬いと評価され,また,10回が50回咀嚼よりも有意に硬いと評価された.これは,咀嚼回数があらかじめ決まっている場合,少ない咀嚼回数であると,一噛み目は硬いと感じられる傾向があると考えられる.

「二噛み目以降の咀嚼時の力の強さ」(Figure 6-2)では,3g,6g,9gの5回咀嚼,3g,6gの10回咀嚼において,50%ゼラチン混合ゲルは,寒天100%ゲルよりも,有意に二噛み目以降の咀嚼時の力の強さは弱いと評価された.これは,降温DSC 曲線の結果(Figure 1)から,50%ゼラチン混合ゲルでは,寒天とゼラチンの混合割合が同じであるため,ゲル形成時にアガロース分子あるいはアガロペクチン分子とゼラチン分子が互いに三次元網目構造の形成を阻害するために,脆く,崩れやすい性質のゲルとなるためと考えられる.12gでは,50回咀嚼以外の試料に有意差は認められなかった.また,5回,10回の咀嚼では,12gは他の摂取量と比較し,二噛み目以降の力の強さはやや強くなる傾向にあった.これは,指示された咀嚼回数が少ない場合には,二噛み目以降にも力を入れて噛んでいることが原因として考えられる.

「咀嚼の程度」(Figure 6-3)では,全摂取量の5回咀嚼および摂取量12gの10回咀嚼において,全試料間に有意差が認められず,咀嚼の程度は不十分であると評価された.反対に,摂取量3g,6gの50回咀嚼では咀嚼回数は多すぎると評価された.12gの30回咀嚼において,50%ゼラチン混合ゲルは,寒天100%ゲルと25%ゼラチン混合ゲルよりも有意に十分な咀嚼であると評価された.このことから,摂取量12gであっても,30回咀嚼した場合には,咀嚼の程度が,ゼラチンゾルの混合により,不十分から適度まで評価が上がることが示された.しかし,12gの50回咀嚼は,全試料で評価は高くなり,咀嚼の程度は十分であると評価された.

「まとまりやすさ」(Figure 6-4)では,寒天100%ゲルでは,摂取量に関わらず5回および10回咀嚼において,まとまりにくいと有意に評価され,次いで25%ゼラチン混合ゲルが5回,10回咀嚼においてまとまりにくいと有意に評価された.寒天ゲルは口腔内で融解を伴わず,咀嚼によって破壊のみが生じる特徴を有するため,寒天の混合割合が多いほどまとまりは悪いと考えられる.一方,50%ゼラチン混合ゲル,75%ゼラチン混合ゲル,ゼラチン100%ゲルでは,摂取量3gにおいて,5回および10回咀嚼の方が,30回および50回咀嚼よりもまとまりやすいと評価された.その傾向は摂取量が増加すると逆転し,摂取量12gは,5回咀嚼のまとまりの評価は低く,反対に咀嚼回数の多い方がまとまりやすいと評価された.ゼラチンの混合割合が高い試料においては,摂取量の少ない場合には,咀嚼回数が多すぎると,口腔内でゾル化してしまうため,まとまりにくくなったと考えられる.50%および75%ゼラチン混合ゲルでは,9g,12gにおいて,各咀嚼回数間で有意差が認められたものはなく,特に,50%ゼラチン混合ゲルでは,摂取量の多い場合にも,まとまりにくいと評価されることはなかった.以上の結果から,50%や75%ゼラチン混合ゲルでは,ゼラチンゲルの融解しやすい性質(Figure 2)と,寒天ゲルの咀嚼により融解しない性質の両性質が活かされ,摂取量と咀嚼回数に大きく影響されることなく,まとまりやすいと評価されたと考えられる.ただし,ゼラチンを多く含む試料においても,6gは3gと比べると,5回咀嚼よりも10回咀嚼の方がまとまりやすいとされていることから,摂取量に対してある程度の咀嚼回数は必要であると考えられる.

「飲み込みやすさ」(Figure 6-5)では,摂取量に関わらず,咀嚼回数が少ない試料が飲み込みにくいと評価された.全摂取量の30回,50回咀嚼においては,5試料間で有意差は認められなかった.これは,30回,50回咀嚼では,試料や摂取量に関わらず十分に咀嚼されるために飲み込みやすくなると考えられる.摂取量9g,12gは,3g,6gよりは評価が低下した.6g,9g,12gの5回咀嚼と,全摂取量の10回咀嚼においては,寒天100%ゲルよりも,ゼラチンを混合した試料の方が飲み込みやすさの評価は有意に高かったことから,咀嚼回数が少ない場合でも,ゼラチンを混合することで飲み込みやすさは改善されると考えられた.

「嚥下時の力の強さ」(Figure 6-6)では,同一摂取条件において,6gの5回咀嚼の寒天100%ゲルが他の4試料よりも有意に嚥下時の力が強く,9gの5回咀嚼の寒天100%ゲルが,50%ゼラチン混合ゲルおよびゼラチン100%ゲルよりも有意に嚥下時の力が強く,12gの10回咀嚼の寒天100%ゲルがゼラチン100%ゲルよりも有意に嚥下時の力が強い結果となった.その他の摂取条件においては,試料間による有意差が見られなかった.有意差が見られた摂取条件では,寒天100%ゲルのみが,他の試料より嚥下時の力が強くなる傾向であったが,混合ゲル間で有意差が認められたものはなかった.摂取量3gの全咀嚼回数や,12gの5回咀嚼などは試料間での有意差が認められなかった.これには,摂取量が少なく,咀嚼後の食塊が飲み込みやすい状態になっているために,試料間で有意差が見られなかった場合と,摂取量が多くても咀嚼回数が少なく,飲み込み時の力の強さがどれも高かったために,試料間で差が見られなかった場合の2通りがあった.

Figure 6

Sensory evaluation

1)hardness of first mastication

2)power of mastication after second times

3)sufficient mastication

4)cohesion after mastication

5)ease of swallowing

6)power of swallowing

a)3g b)6g c)9g d)12g

Amount of mastication ◇:5 times □:10 times ▲:30 times ●:50 times

3)食塊の移動特性

Figure 7に食塊が咽頭部を通過する際の3gの50回咀嚼と12gの5回咀嚼の速度―時間スペクトルを示した.Figure 8には,咽頭部を通過する食塊の最大速度を示した.

三元配置分散分析を行った結果,試料,摂取量ならびに咀嚼回数の各主効果は有意となり,試料,摂取量と咀嚼回数の交互作用も有意となった.ゼラチン100%ゲルが同一咀嚼条件で,他の4試料よりも有意に最大速度が高い傾向を示した摂取条件は,3gの5回および50回咀嚼,6gの5回,30回および50回咀嚼,9gの30回および50回咀嚼,12gの10回,30回および50回咀嚼においてであった.3種類の混合ゲルにおいては,ゼラチン100%ゲルほど最大速度が過度に上昇する摂取条件は認められなかった.

各混合ゲルでは,同一摂取量において,咀嚼回数により最大速度に有意差が認められたものは,3gの75%ゼラチン混合ゲルの50回咀嚼,6gの50%ゼラチン混合ゲルの30回咀嚼のみであった.また,咀嚼回数により有意差が見られたものは,摂取量3gおよび6gであった.これは,摂取量よりも咀嚼回数により物性の変化が顕著であったためと考えられる.咀嚼回数の多いものほど最大速度が上昇した点については,ゼラチンゲルの性質が発現していると考えられる.全摂取条件を通して,前報(井上ら,2009)で報告したような寒天ゲルの咀嚼回数不足による最大速度の上昇もなく,ゼラチンゲルの融解による最大速度の上昇も認められなかったことから,混合ゲルでは寒天とゼラチンを混合することにより,咽頭部における食塊の移動速度に対して改善があったと判断される.

Figure 9に食塊が咽頭部を通過する際の通過時間を示した.三元配置分散分析の結果,試料の種類と摂取量の主効果は有意となった.寒天およびゼラチン100%ゲルでは,摂取量が増加するに従い通過時間が長くなる傾向が認められ,寒天100%ゲルでは,3g,9g,12gにおいて,ゼラチン100%ゲルでは,全摂取量において各咀嚼回数間で有意差があった,しかし,混合ゲルにおいては,12gの25%ゼラチン混合ゲルと75%ゼラチン混合ゲルにおいてのみ咀嚼回数間の一部に有意差が認められた.これらのことから,混合によって食塊の性状が変化しても,食塊の通過時間は顕著な影響を受けないと考えられる.

Figure 7

Spectra of bolus in pharynx measured by Ultrasonic pulse Doppler method 3g 50 times

 a)Agar 100% gel, b)Mixed gelatin 25% gel, c)Mixed gelatin 50% gel,

 d)Mixed gelatin 75% gel, e)Gelatin 100% gel 12g 5 times

 f)Agar 100% gel, g)Mixed gelatin 25% gel, h)Mixed gelatin 50% gel,

 i)Mixed gelatin 75% gel, j)Gelatin 100% gel

Figure 8

Maximum velocity of bolus in pharynx measured by Ultrasonic pulse Doppler method

a)3g b)6g c)9g d)12g

Amount of mastication ◇:5 times □:10 times ▲:30 times ●:50 times

Figure 9

Passage times of bolus in pharynx measured by Ultrasonic pulse Doppler method

a)3g b)6g c)9g d)12g

Amount of mastication ◇:5 times □:10 times ▲:30 times ●:50 times

4)筋活動特性

咀嚼時における咀嚼回数分の左右咬筋の筋波形の区間面積平均値の和を咀嚼回数で除した平均値を筋活動量としてFigure 10に示した.

三元配置分散分析を行った結果,試料の種類,摂取量ならびに咀嚼回数の各主効果は有意となり,試料の種類,摂取量と咀嚼回数の交互作用も有意となった.寒天とゼラチン100%ゲルでは,同一摂取量において,咀嚼回数により有意差がみられたものが混合系試料よりも多かった.

3gの5回咀嚼の寒天100%ゲルおよび50%ゼラチン混合ゲルが75%ゼラチン混合ゲルよりも有意に高かった.ゼラチン100%ゲルは,12gの5回咀嚼において,他の4試料よりも有意に低く,他の摂取条件よりも咬筋の一噛みあたりの区間面積が小さい値を示した.これは,硬さが5試料の中で最も柔らかいため(Figure 3)であると考えられる.12gの10回咀嚼においては,寒天100%ゲルよりも有意に低かった.

同一摂取量間において,咀嚼回数が増加するにつれて一噛みあたりの区間面積は低下する傾向が見られた.しかし,混合ゼラチンゲルでは有意差の認められるものは少なかった.人が摂取する食物は,口腔内で量や性状に応じて咀嚼の進行とともに変化し,食物に応じた適切な咀嚼力で噛み砕かれ,この作業は,食物が,嚥下に適する大きさや性状をもった食塊となるまで繰り返される(山田ら,2007).しかし,今回の実験においては,与えられた試料に対して咀嚼回数が決められており,それが,摂取量に対し,指定された咀嚼回数が少ない場合には,咀嚼の力で調整していることが示唆された.反対に,摂取量に対し,咀嚼回数が多すぎる場合は,一噛みあたりにそれほど力を入れて咀嚼していない結果が得られた.

Figure 10

Muscle activity of masseter muscle

a)3g b)6g c)9g d)12g

Amount of mastication ◇:5 times □:10 times ▲:30 times ●:50 times

5)主成分分析

寒天100%ゲル,25%,50%,75%ゼラチン混合ゲル,ゼラチン100%ゲルの5試料について,機器測定より求めた硬さ,付着性,官能評価の咀嚼の程度,飲み込みやすさ,超音波測定から求めた最大速度,筋電位計から求めた咀嚼筋の筋活動量を変数とし,主成分分析を行なった結果,第2主成分までで累積寄与率は64.8%であり,第3主成分までで累積寄与率は81.1%であった.第1主成分は硬さであり,第2,3主成分ともに最大速度と得られた.第2主成分の変数の固有ベクトルが高い値を示したものは,最大速度に次いで,付着性(0.001の均差)となったため,第2主成分を示すものは,最大速度に次いで付着性の寄与もあると判断した.

3種類の25%,50%,75%ゼラチン混合ゲルでは,寒天100%ゲルとゼラチン100%ゲルの間に分布し,摂取量や咀嚼回数による付着性の変化が小さかった.25%ゼラチン混合ゲルは,6g,9g,12gにおいては,3試料の中で寒天100%ゲルに最も近い傾向を示したが,寒天100%ゲルよりは軟らかく,最大速度は遅い領域に属した.50%ゼラチン混合ゲルにおいては,摂取量,咀嚼回数の変化による最大速度の著しい上昇は認められなかった.75%ゼラチン混合ゲルは,3種類の混合ゲル中で最大速度は速い領域に属した.

宮岡ら(2001)は,嚥下する食塊量を増減して嚥下動作の困難度について官能評価を行い,食塊量が極端に多いあるいは少ない場合には嚥下が困難となると報告している.このことから,寒天100%ゲルの12g,5回咀嚼のように,一口量が多すぎるとまとまりにくくなり,飲み込む際に力が必要になると考えられる.

この分布から,摂取条件により最大速度や硬さが極端な値を示す単独ゲルを除いた.さらに75%ゼラチン混合ゲルは最大速度が速い領域に属し,一方12gは一口の摂取量としては危険が多く伴うため除いた(Figure 11).その結果,25%および50%ゼラチン混合ゲルは,原点付近に分布し,硬さや最大速度が極端に変化することはなかった.これらは安全に食するための特別な摂取方法を必要とせず安定していたことから,混合による効果があると考えられる.

これらのゲルの食塊は,4つのグループに分類された.

摂取量3gでは最大速度は速くなり,反対に6g,9gでは遅くなり,5回と10回咀嚼では硬い領域に属し,30回,50回咀嚼ではやわらかい領域に属した.その結果,摂取量が最大速度に影響し,咀嚼回数が硬さに影響していた.

これらの結果から,硬過ぎず,最大速度が速くなり過ぎることのないゼラチンの混合割合が25~50%程度,摂取量3~9gが,妥当であると考えられた.この混合割合のゲルでは寒天ゲルとゼラチンゲルの欠点は補われ,利点が活かされ,摂取量や咀嚼回数が変化しても,硬さの変化が少なく,最大速度も抑制されると考えられる.

Figure 11

Principal component analysis

Mixed gelatin 25% gel, ◇:3g □:6g △:9g,

Mixed gelatin 50% gel, ◆:3g ■:6g ▲:9g

The numbers beside each mark express the amount of mastication.

4.要約

寒天とゼラチンを0,25,50,75,100%と混合した5種類の試料について,摂取量を3,6,9,12gとし,咀嚼回数を5,10,30,50回とした食塊を用いて,咽頭部の移動特性とテクスチャー特性を測定し,官能評価を行って,食塊の力学特性と咽頭部における食塊の最大速度に及ぼす寒天とゼラチンの混合割合の影響について検討した.

主成分分析の結果,混合系試料である,25%ゼラチン混合ゲル,50%ゼラチン混合ゲル,75%ゼラチン混合ゲルは,寒天100%ゲルとゼラチン100%ゲルが示す分布の間に位置した.寒天100%ゲルは咀嚼回数の増加につれて,咽頭部における食塊の最大速度の低下がみられたが,ゼラチン100%ゲルにおいては,全体的に最大速度が高い領域に属し,咀嚼回数増加による最大速度の低下は見られなかった.混合系試料は,硬さ,最大速度ともに寒天ゲルとゼラチンゲルの間の性質を示し,25%ゼラチン混合ゲルおよび50%ゼラチン混合ゲルの6gの10回,30回,50回咀嚼および9gの30回,50回咀嚼において,硬さと最大速度の低下が見られた.

これらのことから,飲み込みやすい試料は,摂取量や咀嚼回数が変化しても,硬さの変化が狭い範囲であり,最大速度の上昇も抑えられるゼラチンの混合割合,25%~50%程度が妥当であると考えられる.これらの混合ゲルでは,寒天ゲルとゼラチンゲルの欠点を補い,利点が活かされていると考えられる.

引用文献
 
© 2011 日本官能評価学会
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