日本官能評価学会誌
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技術報告
聴講者応答システムを利用した食の安全講義の効果測定
増田 知尋村越 琢磨内海 建木村 敦日野 明寛和田 有史
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2016 年 20 巻 1 号 p. 22-29

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1. 緒言

近年,食品への残留農薬の問題に加え,大規模な食中毒被害を発端とする飲食店での牛・豚の肝臓などの生食用の提供禁止や,福島の原子力発電所事故に端を発する食品に含まれる放射性物質の問題などを背景に,食の安全に対する消費者の関心が以前にも増して高まっている.食の安全に関する情報は,マスコミによる報道やインターネットなど各種メディアを通じて消費者に提供されているが,それらの情報においては専門家や生産者の意図が消費者に適切に理解されていないこと,ステークホルダーごとに認識が異なることも多々ある(朴ら,2014; Honda et al., 2015a; Honda et al., 2015b).

社会を取り巻くリスクに関する情報を行政,専門家,企業,市民などの関係者間で共有し,相互に意思疎通を図ることをリスク・コミュニケーションといい,このような背景から,カードゲームを用いるなど,行政もリスク・コミュニケーションの普及および促進に関する試みを行っている(例えば,吉川ら,2009).しかしながら,その効果を測定する方法は確立されていない.ここでいう効果とは,リスクの適切な知識と姿勢,ステークホルダー間のコミュニケーションの促進であるが,より適切なリスク・コミュニケーションのためには,消費者にもリスクに関する情報やリスク低減のための政策・対処行動を獲得し理解する能力(リスク・リテラシー)が必要である(楠見と上市,2009福田,2012).このようなリスク・リテラシーを育成するための手段の一つに講習会などによる教育がある(楠見,2013).講習会などの講義をより意義のあるものにするためには,聴講者の理解度を把握し,それに対応させた説明を加えた講義を展開する必要がある.講義内容の理解度を把握するための簡便な方法として,ペーパー配布によるアンケートや挙手により応答を収集する方法もあるが,ペーパーアンケートは収集・集計に時間がかかるため即時性に乏しく,また挙手による回答は少数意見の場合に挙手しにくいことや周囲の多数派による影響,あるいは匿名性がないため自分の知識・意見を周囲の聴講者に知られることに抵抗がある場合には回答に正確性を欠く可能性がある.

これらの問題点をクリアする,すなわち聴講者の理解の程度を周囲に知られないようリアルタイムに測定する方法の一つに,聴講者応答システム(Audience Response System; ARS)の使用が挙げられる.ARSはパーソナルレスポンスシステム(Personal Response System)とも呼ばれる,講義者と聴講者の双方向コミュニケーションを可能にするツールである.一般的なシステムは,講義者の質問に対して聴講者が個別に渡されたリモコン(クリッカー)で応答をし,受信機を接続したパーソナルコンピュータ(PC)でその応答を集計するものである.ARSは個別のクリッカーで回答を行うため,回答がほかの講義者に知られることはなく,またPCを用いた集計のためリアルタイムで集計結果をフィードバックすることができるなど,即時性も高い.

実際,講義中にARSを用いた内容理解の効果測定に対するリアルタイムフィードバックの有用性が示されている.例えば,兼田と新田(2009)は,物理学の授業中に生徒同士の議論を行わせることの効果について,議論前後の質問への回答をARSによって集計し,議論後に正答率が向上することを示した.ほかにも,ARSは工学,数学,化学,哲学,生物学,物理学医学や獣医学,歯学教育,経済学,心理学など多くの領域の教育で用いられている(Caldwell, 2007).

ARSによる講義は,背景の知識や先入観による誤解を明確にし,解消することもできる(Beatty, 2004).食の安全に関する知識は,その情報を見ながらであっても適切に理解することは難しいこともあり,加えて提示方法の違いや,評価者の認知傾向などの要因によっても理解度が変化する(Honda et al., 2015a; Honda et al., 2015b).また,知識がある程度あっても,不適切な判断をしてしまうことも多々ある.これに関連する最近の話題として,平成24年7月に食中毒のリスクが高いことから牛の肝臓を生食用として販売・提供することが禁止された直後,豚のレバーを代用として提供する飲食店が増加したことが挙げられる.その後,平成27年6月にE型肝炎ウィルスの感染リスクや食中毒のリスクにより,豚肉や豚の内臓を生食用として販売・提供することが禁止された.しかし,豚の肉や内臓の生食リスクが高く,避けるべきであることは,以前からの常識であった.牛レバーの生食が禁止されたことにより,公衆衛生学などの講習を受けた食品衛生責任者でさえ,“禁止されていない豚の生レバーは合法”,“すなわち提供しても問題がない”,というヒューリスティックスによって,豚の生レバーを提供する判断を下してしまったのであろう.客側にも“飲食店で提供されるものは食べられる”というヒューリスティックスがあり,両者において,常識を破る行動に至らしめている.

ARSを用いることで,食の安全に関する知識や情報のように,知っていても適切な意思決定がなされていない可能性があっても,簡便かつ正確に聴講者の理解の状況を確認することができれば,適切な解説を付加し,より効果的な講義を展開することが可能となる.一方で,このような情報の受け取り手の感じ方が判断に関係する講義について,理解度や講義の効果をARSによって測定した事例は見当たらない.そこで,本実験では,食の安全に関する講義において,聴講者の回答を収集・集計・提示できるARSを用いて,知識の有無が正解・不正解と直結している問題ではなく,情報の捉え方・感じ方が判断に関係すると考えられる問題について,理解度の測定を簡便に行うことを試みた.

2. 実験1

食の安全に関する講義において,ARSを用いて講義の効果が測定可能かどうかを検討した.

2-1.実験方法

1) 実験参加者

実験参加者は国内の国立大学に在籍する農学専攻の大学生および大学院生の計105人であった.本研究の実施については,ヘルシンキ宣言に準拠し,(独)農研機構食品総合研究所の人間を対象とする生物医学的研究に関する倫理委員会の審査の承認を得た.

2) 材料

計6問の問題を講義中に出題した.実験で用いた質問をTable 1に示した.質問は教科書的な知識だけではなく,日常的な食行動における意思決定にかかわる判断を促すように作成した.それぞれの質問は,食品のリスク(Q1),BSE(Q2),残留農薬(Q3),合成保存料(Q4),遺伝子組換え(Q5),肉の生食(Q6)に関する内容であった.すべての質問は「はい」か「いいえ」いずれかの2肢強制選択により回答した.

Table 1 Six questions about food safety used in Experiment 1
質問番号領域(トピック)質問項目
Q1食品のリスクリスク0(ゼロ)の食品以外は食べるべきではない.
Q2BSE若い牛についても全頭検査すれば,BSEのリスクは低減する?
Q3残留農薬国内で流通している野菜は,健康被害を与えるほどの残留農薬を含むものが多い.
Q4合成保存料合成保存料や合成着色料が使われている加工食品を食べていると,健康被害にあうリスクが高まる.
Q5遺伝子組換え遺伝子組換えは古来の生態系の破壊やヒトの健康被害を生じさせる技術である.
Q6肉の生食ちゃんとした店でだされる生の牛肉ならば,食べても食中毒にはならない.

3) 手続き

実験は二つの大学で2010年8月と10月のそれぞれ1日の講義中に行った.講義前にクリッカー(Interwrite Learning社Interwrite Cricket)を各実験参加者に配布し,その使用方法を説明した.講義はMicrosoft PowerPointを用いて行い,クリッカーにより回答するための質問は講義中のスライドに挿入されていた.各質問は講義中でのそれぞれの関連トピックの前に呈示され,クリッカーを用いてYes/Noで回答をするよう求められた.全員の回答を確認後,各回答の割合を棒グラフで呈示した.このことにより,本講義に参加している実験参加者全体の回答割合のフィードバックを行った.また,講義による理解度の変化を検討するため,講義終了後に同様の方法で講義中に行った計6問の質問にARSを用いて回答した(Figure 1).各質問間の講義は10~20分程度であった.

Figure 1 Flowchart for the entire experimental procedure

なお,講義中にはそれぞれの質問の正答は伝えず,講義後にもう一度同様の質問を出題することも伝えなかった.

4) 解析方法

1)個人内の正答率の変化として,講義中および講義後それぞれで全6問中での正答率を個人ごとに算出し,正答率の変化についてt検定を行った.2)質問項目ごとの正答者数の変化として,各質問項目で講義中および講義後それぞれの正答者数をカウントし,質問項目ごとにMcNemarの検定を行った.

2-2.実験結果

講義前後での正答率について,全実験参加者の平均値をFigure 2に示した.正答率を従属変数とした講義前後でのt検定の結果,有意差が認められた(t(104)=11.13, p<0.001).

Figure 2 The mean ratings of correct answers in pre- and post-lecture

(Error bars indicate standard errors; N=105)

質問項目ごとに講義前後での正答者数を算出し(Figure 3),連続性の補正を行ったMcNemar検定の結果,Q2, Q3, Q4, Q6で講義前後の正答者数にそれぞれ有意差が認められた(χ2(1)=52.02, p<0.001; χ2(1)=4.00, p =0.046; χ2(1)=32.65, p<0.001; χ2(1)=9.33, p=0.002).

Figure 3 Total number of people who answered correctly in each question in the pre- and post-lectures

これらの結果から,ARSによる各トピックに関連する質問への回答に関して,講義後の正答率は講義前に比べて高く,またBSE(Q2),残留農薬(Q3),合成保存料(Q4),肉の生食(Q6)に関する質問では講義後に正答者数が増加することが示された.

2-3.考察

講義後の質問への正答率が講義前より高くなった.このことは,食の安全に関する問題のように,知識として知っているだけでは適切に回答をすることが難しいと考えられる事例において,講義中の理解の変化をリアルタイムに測定することができたことを示している.

また,各質問での正答者数の変化に関して,食のリスクに関する質問(Q1)に関しては講義前後の正答者数に有意な差はなかったが,講義前の正答者数が多かったことによる天井効果であると考えられる.一方で,遺伝子組換えに関する質問(Q5)において,講義前の正答者数がQ1ほど多くなかったにもかかわらず,正答者数の有意な増加が見られなかったことについては,適切な理解を促すために講義内容あるいは教材を修正する必要があると考えられる.

ARSを用いて理解度を講義中に把握することができれば,Q1やQ5と関連する講義において,鈴木ら(2008)がリアルタイムフィードバックの利点としている,講義中の口頭での補足や説明の程度を講義者が調整することが可能になると考えられる.ペーパーによるアンケートやテストであっても,講義前後の成績を比較することは可能であるが,ARSを用いることで大人数が参加している講義であっても即座に集計ができ,講義中にフィードバックを行うことができることから,講義の効果測定,あるいはより適切な講義展開のためにARSを用いることは有用であると考えられる.

3. 実験2

2011年3月の震災以降,暫定規制値や2012年4月からの新たな基準値の設定をはじめとして食と放射性物質に関する報道が多く行われた.そこで実験2では,実験1の講義内容に食と放射性物質に関する講義を追加し,実験1と同様にARSを用いた講義の効果測定を行った.

3-1.実験方法

1) 実験参加者

実験参加者は,国内の農学系の大学に在籍する大学生と大学院生の計101人であった.実験1に参加した学生は含まれていない.

本研究の実施については,ヘルシンキ宣言に準拠し,(独)農研機構食品総合研究所の人間を対象とする生物医学的研究に関する倫理委員会の審査の承認を得た.

2) 材料

実験1と同様に,計6問の質問を講義中に出題した.実験で用いた質問をTable 2に示した.それぞれの質問は,食品のリスク(Q1),残留農薬(Q2),放射線(Q3),合成保存料(Q4),遺伝子組換え(Q5),肉の生食(Q6)に関する内容であった.Q1およびQ4~6は実験1と同様の質問を用いた.また,Q2は実験1におけるQ3(残留農薬)の質問を用い,Q3には放射線に関する質問項目を加えた.また,Q4およびQ6は質問の意図を明確にするために表現に小変更を加えた.

Table 2 Six questions about food safety used in Experiment 2
質問番号領域(トピック)質問項目
Q1食品のリスクリスク0(ゼロ)の食品以外は食べるべきではない.
Q2残留農薬国内で流通している野菜は,健康被害を与えるほどの残留農薬を含むものが多い.
Q3放射線現在の「放射線についての暫定規制値」を超えた食品を食べると,将来ガンになる可能性が高くなることがわかっている?
Q4合成保存料保存料や合成着色料が使われている加工食品を食べていると,健康被害にあうリスクが高まる.
Q5遺伝子組換え遺伝子組換えは古来の生態系の破壊やヒトの健康被害を生じさせる技術である.
Q6肉の生食レストランでだされる肉ならば,生やたたきで食べても食中毒にはならない.

すべての質問は実験1と同様に「はい」か「いいえ」いずれかの2肢強制選択により回答した.

3) 手続き

実験は2大学で2012年7月と8月のそれぞれ1日の講義中に行った.方法は実験1と同様で,それぞれの関連トピックの前に質問を行い,講義終了後に同様の計6問の質問を行った.

4) 解析方法

実験1と同様であった.

3-2.実験結果

実験1と同様に,講義中および講義後での正答率について,全実験参加者の平均値をFigure 4に示した.正答率を従属変数としたt検定の結果,講義前後の正答率に有意差が認められた(t(100)=9.61, p<0.001).

Figure 4 The Mean ratings of correct answers in pre- and post-lecture

(Error bars indicate standard errors; N=101)

質問ごとに講義中および講義後に行った問題の正答者数を算出し(Figure 5),連続性の補正を行ったMcNemar検定の結果,Q1, Q3, Q4, Q5で正答者数にそれぞれ有意差が認められた(χ2(1)=4.90, p=0.027; χ2(1)=12.96, p<0.001; χ2(1)=29.64, p<0.001; χ2(1)=14.45, p<0.001).

Figure 5 Total number of people who answered correctly in each question in the pre- and post-lectures

これらの結果から,ARSによる質問への回答に関して,講義後の正答率は講義中の関連トピック前のそれよりも高く,また食品のリスク(Q1),放射線(Q3),合成保存料(Q4),遺伝子組換え(Q5)に関する質問では講義後に正答者数が増加することが示された.

3-3.考察

実験1と同様に,講義後の正答率が高くなった.このことは,食の安全に関する問題のように,知識として知っているだけでは適切に回答をすることが難しいと考えられる事例において,講義中の理解の変化をリアルタイムに測定することができたことを示している.

加えて,実験2で新たに加えた放射線に関する質問(Q3)に関しても,講義の効果をARSによって測定できることが示された.一方で,実験1では残留農薬(実験1のQ3,実験2のQ2)および肉の生食(Q6)に関する質問で講義後に正答者数が増加したが,実験2では有意な増加は見られなかった.このことは,実験2ではどちらの質問も講義前の正答率が高かったことによる天井効果によるものと考えられる.

また,肉の生食(Q6)に関しては,平成23年(2011年)に発生した焼き肉チェーン店の集団食中毒事件や平成24年(2012年)7月から食品安全基本法第11条第1項第2号に基づいて飲食店での牛の肝臓を生食用として提供することが禁止されたことなどにより,生肉と食中毒の関係に関する感心が高まっていたために,事前に適切な理解をしている参加者が多かったためと考えられる.

4. 総合考察

本実験では,講義中および講義後に出題する食の安全に関連した質問についてARSを用いて回答を行わせ,実験参加者ごとの計6問の正答率および質問ごとでの正答者数の変化から食の安全に関する講義の効果の測定を試みた.

その結果,二つの実験どちらでも,それぞれのトピックの講義前に行った全6問の正答率に比べ,講義後に行った同様の6問の正答率が増加した.また,それぞれのトピックの講義をする前に行った質問の正答者数が少なかった項目に関しては講義後に正答者数が増加することが示された.このことは,ARSを用いた回答により,食の安全に関する講義の効果が簡便かつ即座に測定できることを示している.

加えて,ARSを用いることで,関連トピックの講義をする前の,それらに関する聴講者の知識の程度を知ることができる.例えば,実験1におけるQ1(食品のリスク),実験2のQ2(残留農薬),Q6(肉の生食)のように講義前から正答率が高いトピックは,あらかじめ参加者が関連する知識を持っていて適切な理解をしていると考えられる.

また,実験1のQ5(遺伝子組換え)のように,講義前での正答率が高くなかったにもかかわらず,講義後の正答率が統計的に有意に高くならなかったトピックでは,適切な理解を促進するための講義内容の改善や情報の追加などを行うことが必要になると考えられる.加えて,実験1のQ3および実験2のQ2は同じ残留農薬に関する質問だが,講義後での正答者数の有意な増加が見られたのは実験1のみであった.同様に,Q5(遺伝子組換え)の質問は,実験2でのみ正答者数が有意に増加した.これらのことは,講義を行う参加者群ごとに事前の知識が異なっていた可能性があるが,ARSを用いることで,このような群間での差異までをも即座に検出することができる.

このように,講義ごとに,適切な理解がなされているトピックと理解がなされていないトピックを知ることができ,加えて,講義による効果が大きくなかったトピックを即座に把握することができるため,ARSを用いることが,聴講者にとってより有効な講義を展開するための一助となる可能性がある.

また,ARS利用の利点は,聴講者の理解の程度および講義の効果を把握するだけではなく,通常形式の講義に比べて理解度そのものが向上することにもある.ARSを用いた講義中の応答は,効果的な講義形式の一つと考えられている双方向型(interactive engagement)講義に該当する.双方向型講義とは,講義中にワークショップ形式や学生間の議論を行うなど,話を聴く側に発言や回答を求める機会を設ける形式を指す.Hake(1998)は,物理学の基本概念を理解する講義の前後にテストを行い,双方向型講義が従来の講義形式より成績向上が大きいことを示した.また,大学の講義でARSを用いた報告によると,成績優秀者の増加と低成績者の減少がみられたという(Caldwell, 2007).同様に,講義中にARSを用いて質問に答える群,印刷物で質問に答える群,質問を出さない統制群で中間テストの成績を比較すると,ARS群はその他の群よりも正答率が高くなることが示されている(Mayer et al., 2009).

さらに,ARSを用いた生物学の講義では,出席率が20%程向上したとの報告もある(Caldwell, 2007).

近年,国内大学においても,物理学などの講義でARSを導入するための試みがなされており(鈴木ら,2006鈴木ら,2008),学生は全般的にARSを用いた講義にポジティブな印象を持っていることが明らかとなっている(猫田,2012).

このように,インタラクション・ツールの利用は,講義者側が聴講者の理解度を把握するだけではなく,聴講者が講義内容をより効果的に理解することができる.加えて,本実験では食の安全に関して,インタラクション・ツールの一つであるARSを用いた講義の効果測定に焦点を当てたが,本実験で用いた講義内容は,先行研究で対象とされてきた工学や物理学の講義とは異なり,知識の有無が正解・不正解に直結するものではなく,食の安全に関する知識の受け取り方や解釈の仕方が回答に影響を及ぼす可能性が高い.例えば,本研究での調査対象は農学を専門とする大学生と大学院生であり,遺伝子組換えや食品関係全般についての基礎知識を一般の消費者よりも高いレベルで有していたはずだが,食の安全の視点から行われた講義によって,態度の変容が見られた.そのため,効果の測定のみならず,食の安全に関する報道内容のより適切な理解とそれらの情報に関する適切な姿勢を促進するための効果的な講義が可能になると考えられる.また,インタラクション・ツールを用いた回答割合のフィードバックは,講義前後のクラス全体としての理解度の向上を受講生が知ることができるため,受講満足度が向上する可能性もある.今後,フィードバックの有無そのものが受講満足度や理解度の向上にどの程度影響を及ぼすのか,検討を行う必要がある.

Honda et al.(2015b)は,残留農薬基準値を題材として,食の安全やリスクに関する情報は,文字やグラフを用いて提示するだけでは大多数が内容を適切に理解することは難しく,特に認知的努力が必要となるグラフによる説明では適切な情報の理解は困難であること,また,それら食品の安全性に関する判断は,消費者の認知傾向などの要因で変化することを指摘している.このような,知識を知るだけでは単純に適切な判断を行うことができない問題であっても,ARSを用いて,理解の程度や誤解の有無を確認しながら講義を行うことで,より質の高いリスク・リテラシーを簡便に身につけることができ,より適切なリスク・コミュニケーションが行われていくことが期待される.

利益相反

利益相反に相当する事項はない.

Acknowledgment

本研究の実施にあたり,厚生労働科学研究費補助金(課題番号:H24-食品-若手-016)の支援を受けた.

References
 
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