日本官能評価学会誌
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商品評価における意昧空間の構造
田川 高司田口 雅英小山 佳寿子
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キーワード: SD法, 意味空間, 商品, 因子分析
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1999 年 3 巻 2 号 p. 115-120

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1. 緒言

豊かな社会になって, モノが市場に溢れるようになると, 人々のモノ(商品等)に関する価値観は, 機能重視から感性重視の方向に移ってくる1)。そこでなされる感性的な評価は, 機能評価の場合のように物理的方法のみに頼ることはできず, 心理的評価あるいは官能評価が主体となる。

本研究は商品評価がなされる際の, 評価者の心理的構造についての情報を得るために, SD法によって, 商品評価の分野の意味空間構造を明らかにしようとした。全商品を対象とする商品の分野は非常に広く, その意味空間を完全に網羅することは, まだまだ困難なことではあるが, 著者らがこれまでに得た結果を, 一つの資料として報告する。

本研究の本来の目的は, 全商品分野, あるいは特定用品分野の商品を評価する場合の意味空間を決定し, 現実に存在しているいくつかの商品を評価し, その空間に付置して, 商品相互の価値観や評価の違いを比較検討する点にある。しかし, そのプロセスは用語の収集, 検討などを含めて多大の労力を要し, かつ, 完全を期しがたい難点がある。本報告は, いまだ完全とは言えないが, 全商品を対象とする場合の意味空間決定についての資料を提供している。その空間に付置した個別商品の評価結果については, 別報で述べる。

2. 実験

2. 1 商品評価形容詞の選択

実験は「商品評価」を対象としておこなわれた。その際, 具体的な商品を指定せず, あらゆる商品を評価する立場でThesaurus法のように, 各種の資料から言葉を収集した。

商品を評価する言葉(形容語)は無数にあるといえる。ここでは特定の商品の評価のために用いられる特殊な形容語は対象外とし, あらゆる商品において一般的に用いられる形容詞を対象とした。また商品評価は大きく分けて肯定的評価と否定的評価に分類されると考えられるが, その両者を扱うと数が非常に多くなるため, 原則的に, 肯定的意味を多く含む語を主な対象とした。

以上の前提に沿って, 「商品評価に関連し, 一般的かつ肯定的要素を多く含む形容詞」という条件で, 国語辞典, 形容語辞典等の多くの言葉のなかから約650語の形容詞を収集した。この中から同意と考えられるものや, 意味の捉えにくいものを削り, KJ法でグループ化して, 表1に示す257語を選んだ。さらに, そのなかから商品評価にもっとも一般的と思われる64語を抜き出し, それらを「商品評価形容詞(64)」(表1の太字)とした。

2. 2 尺度形容詞対の選定

商品評価形容詞(64)を評価するための尺度として, 尺度用形容詞対を定めた。本論文では具体的な商品は想定せず, 言葉を言葉で評価する立場を取るので, 尺度対としての形容詞は, 単純で最も基本的な意味をもつ形容詞を用いることとした。

西原ら2)は, よく用いられる日本語の形容詞を, 意味分類の立場から12種の基本的意味に分類している。本論文ではこの分類に沿って尺度項目を作成することとした。

実験では, 上記の12種の基本的意味(①空間的量の大小, ②その他の数量, ③速度, ④新旧, ⑤強弱, ⑥難易, ⑦美醜, ⑧色, ⑨味, ⑩におい, ⑪音, ⑫温度)を表現する多くの類似日本語の形容詞の中から, 15名のパネルによる記述式のアンケート調査によって, 各項目ごとに, 最も多く用いられる基本意味形容詞12語を選び, それぞれに対極の意味を示す形容語をあわせて, ①大きい―小さい, ②多い―少ない, ③速い―遅い, ④新しい―古い, ⑤強い―弱い, ⑥難しい―易しい, ⑦美しい―醜い, ⑧明るい―暗い, ⑨おいしい―まずい, ⑩くさい―香ばしい, ⑪うるさい―静かな, ⑫熱い―冷たいの12対の基本意味形容詞対をつくり, これらを「商品評価用尺度対(12)」とした。

2. 3 「商品評価形容詞(64)」の「商品評価用尺度対(12)」による評価実験

商品評価形容詞(64)の一語一語を提示し, それらの商品評価形容語の持つ意味が, 評価尺度として示された基本意味形容語対のどの意味に, どれほど近いかを7段階で回答させる調査用紙を作成し, 金沢工業大学学生220名(うち女性17名)をパネルとして同時一斉に調査した。調査時期は平成5年10月であった。

得られた商品評価形容詞64語×商品評価用尺度対12対×パネル220名のデータを用い, 全パネルの評定に対する標準偏差および平均値を求めた。これらの平均値による64×12の行列を2層データとして, 因子分析に供した。

2. 4 因子分析

全パネルの評定平均値を入力として, パソコンのパッケージソフト(SPSS Ver. 6.1および、Ver. 8.0)による因子分析(主因子法)を行った。その際, 因子の解釈を明確化するためにバリマックス回転の処理を加えた。また, 評価尺度の信頼性を確かめるために, クロンパックの α係数を求めた。

Table 1

List of 257 terms concerned to commerical goods (Bold type letters show selected 64words)

3. 結果

3. 1 評定結果

上記の実験では, 提示した商品評価形容詞(64)の各語について, 商品評価用尺度12対を用いて, パネル220名が7段階で評定した結果を1点から7点に数値化した。その際のパネル間の評定のばらつきをみるため, 標準偏差を求めた。その結果, 標準偏差は, 最大で1.99のものもあったが, ほとんどの評定については1.00~1.50の範囲にあったので, 本実験では, ほぼ一意的な評価がなされているとして, 全パネルの評定平均を求めた。

例えば, 商品評価形容詞「鮮やかな」のもつ意味を評定平均値よって表すと, 図1に示すとおり, 「新しい」, 「美しい」, 「明るい」, 「香ばしい」といった尺度形容詞対が示す基本的意味の強さにおいて特徴をもつことがわかる, 言い換えると「鮮やかな」はこれらの基本的意味によって構成されていると考えられる。同様に, 商品評価形容詞「地味な」のもつ意味は図2に示すように, 「古い」,「暗い」, 「静かな」の基本的意味をもつことが表されている。

3. 2 因子分析

パネル数220名の評定平均データを商品評価形容詞(64語)×商品用尺度形容詞対(12対)の行列に入力して, 因子分析(主因子法)を行った。因子数の決定では, 固有値1.0以上, 累積寄与率80%程度を目安にして, 3つの因子を設定した。また因子の意味付けを明確にするため, 因子軸の回転の処理を施した。表2に因子分析結果を示した。

Fig. 1

Image profile of the term ”Azayakana” (Mean values of evaluation by 220 persons)

Fig. 2

Image profile of the term ”Jimina” (Mean value of evaluation by 220 persons)

Table 2

Results of factor analysis for word-group concerned to commercial goods

4. 考察

表2で得た因子分析結果から各因子の意味付けを行った。因子Ⅰは「大きい―小さい」, 「多い―少ない」, 「新しい―古い」, 「速い―遅い」, 「強い―弱い」, 「明るい―暗い」, 「うるさい―静かな」といった, いずれもサイズ, 量, 光, 音など物理的測定によって評価できる項目が関係しているので, 商品の性能やサイズ等の物理的特性を評価する「機能評価因子」とした。

因子Ⅱは「美しい―醜い」, 「おいしい―まずい」, 「くさい―香ばしい」など, 本来ひとの主観的判断によって評価される項目が関係しているので, 商品から受ける印象やイメージに基づく, 人の感性心理を評価する「感性評価因子」とした。「明るい―暗い」が因子Ⅰ, Ⅱの双方にまたがっているのは, この評価が物理的, 機能的な明るさと, 心理的, 感性的な明るさとに関係していることを示している。

因子Ⅲは「難しい―易しい」の1尺度だけで, 因子負荷量も小さく, 本来取り上げ難い。従って, 本実験で確定できるのはⅠ, Ⅱの2因子だけである。同様な因子の存在については, 購買態度を研究対象としてRECスケールを開発した佐々木3)が, 合理性因子, 情緒性因子を挙げている。しかし, ひとがある商品を評価しようとするとき, 単に上記の機能, 感性(あるいは合理性, 情緒性)の両面からの評価からだけではなく, 第三の評価の側面があるように思われる。その側面は, 機能や感性とは異なる, その商品と評価者との間の, 技術的, 社会的, 文化的, 経済的な距離感(取り扱い易さ, 馴染みやすさ, 安全性, 入手のし易さ, など)であって, 本実験の因子Ⅲ「難しい―易しい」はその存在を示唆しているものと思われる。本実験で上述の2因子しか確実に抽出し得なかったのは, 商品評価形容詞(64)として選んだ対象形容詞の集合および, 商品用尺度形容詞対(12対)の双方に, 機能的評価, 感性的評価への偏りがあったことに原因すると思われる。

これについては, 著者ら4)は別の実験によって, 第三因子としての「身近さ」因子の存在を仮定した意味空間を考えるに至っている。

本実験で用いられた評価尺度に対する信頼性(α係数)は, 第一因子の8項目が0.9433, 第二因子3項目では0.9112と, いずれも非常に高い値を示し, 尺度としての信頼性を裏付けている。第三因子は1項目のため, 算出されていない。

本報の冒頭で述べたように, この研究で用いた「全商品評価形容詞(64)」の64語が, 全商品の評価分野を完全にカバーしているか否かについては, まだまだ問題がある。これについては前述のとおり, 形容詞の選択, 尺度の設定に偏りがあり, 本実験の範囲では完全とは言えない。森羅万象の意味空聞がE, P, AであるとするOsgoodら5)の, いわば仮説と同様, その実証は非常に困難な仕事になる。

国立国語研究所の資料6)によれば, 日本語における動調と形容詞の比率は, およそ10対1で, 形容詞の総数は1万強と推測されている。このうち商品評価にかかわる形容詞の数は不明であるが, おそらく数千のオーダーであろう。本実験で最初に用いた650の形容詞の集合が, すべての商品分野を網羅しておらず, 尺度対にも不十分な点があったことが, 評価結果に偏りを招いたことになるが, これを修正するには, 各商品分野の評価形容詞をさらに収集, 蓄積して, その上に立って, より完全な尺度対を用いた実験を行う必要があろう。

また, 特定の分野別の商品に対しては, 例えば, ある種の繊維製品については, その繊維製品に適合した範囲の評価形容詞の集合を用いて, その種の繊維製品の対象を規定し, その集合範囲に属する形容詞から選んで尺度対をつくり, 評価し, 意味空間を設定すれば, それぞれの製品分野別に特徴のある意味空間が見出されることになろう。

本報告の目的は, 緒言に述べたように, 最初に選んだ650語の商品評価用語がもつ全商品を対象とする意味空間の決定にある。したがって, 商品評価の意味空間にどのような軸が存在するかが重要であって, 評価に用いた用語1語1語の因子得点や, 付置による用語間の位置関係は, 研究目的に対しそれほど重要な事項ではないと考え, 言及しなかった。

この研究のつぎのステップは, 現実に存在するいくつかの商品を評価し, それらの評価値を上述の意味空間に付置し, それぞれの商品に対する感性評価の結果ついて検討することである。このプロセスについては, すでに多くのデータを得ており, 別途に報告する。

5. 結論

商品評価の際の意味空間の構造をSD法で調べた。650語の商品評価形容詞をもとに, 64語の全商品評価形容詞と12対の評価尺度を用いた因子分析によって, 2つの確実な因子, 機能評価因子と感性評価因子を得た。第3因子(身近さ因子)の存在が示唆されたが, この実験の範囲では確認し得なかった。

引用文献
  • 1) 田川高司(1997)モノの評価・価値観のうつりかわり, 精密工学会誌, 53(2), 170-174.
  • 2) 西原鈴子, 川村よし子, 杉浦由紀子, (1988)形容詞, 荒竹書店.
  • 3) 佐々木土師二(1988)購買態度の構造分析, 関西大学出版部.
  • 4) 田川高司(1997)商品評価における印象の構造分析, 富士通「印象の工学」ワークショップ予稿集, 137.
  • 5) Osgood C.E., Suci G.J. and Tannenbaum P.H. (1957) The Measurement of Meanning, Illinois Press.
  • 6) 国立国語研究所(1991)形容詞の意味・用法の記述的研究, 秀英出版.
 
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