日本官能評価学会誌
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研究報文
知覚プロセスを考慮したトマトのおいしさの総合的評価
玉木 有子阿久澤 さゆり澤山 茂飯田 文子山口 静子
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2003 年 7 巻 1 号 p. 25-36

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1. 緒言

近年, トマトは世界の野菜生産量の首位を占め(農林統計協会, 2002), わが国でも最も好まれている野菜である(永井ら, 1995). トマトに関する研究は, 多収穫や日持ち性等の育種改良(藤野, 1996), 追熟過程の食味成分の変化(稲葉ら, 1980a,b;石井ら, 1994), 特に食味成分として注目される有機酸(望月ら, 1987;中村ら, 1986), 遊離Lグルタミン酸含量(前田ら, 1958)について多くなされてきた. また最近では, トマトの赤色色素であるリコピンの抗酸化作用や抗ガン作用などの機能性成分としての効果が注目され, いろいろと研究されている(Zhang et al., 1991;藤田, 1999;高田, 1999). しかし, 一般消費者の嗜好に関する研究は少なく, 官能評価に関しては専門家による分析型の評価(飯野ら, 1982;石内, 1990)が独自の方法で行われているが, それ以外で学術論文として報告されたものはきわめて少ない(杉山ら, 1993). 従来農業試験場などで行われている分析型の官能評価は評価項目も少なく, 試食条件も実際とは種々の点で異なるため, 消費者が感じるトマトのおいしさを捉えているとはいいがたい. トマトは数え切れないほど多くの特性を有し, 人は食べる行為の中で瞬間ごとに, さまざまな特性を感知している. そこで本研究では一般消費者が通常食するプロセスで知覚される官能特性の全貌を把握し, トマトのおいしさの基本構造を解明することを試みた.

2. 方法

2. 1 評価用語の収集と質問票の設計

本研究においてはトマトの総合的なおいしさを明らかにするために, 独自の評価用紙を設計した. はじめに幅広く評価用語を収集するために大学生350名を対象としたアンケート調査を行い, おいしいと思うトマトとまずいと思うトマトをイメージする用語をフリーアンサー形式で回答してもらった. 次に市販のいろいろな品種のトマト29種類を購入し, 実験者を含む10-20名の研究室員と学生による観察・試食テストを行い, 同様にフリーアンサー形式による評価用語の収集を行った. 得られた用語は上記と基本的に大差がなかったので, それら(表1)を参考にしながら, さらに実験者でトマトの試食を行い, その過程で重視された評価用語を選んで評価項目を決定し質問票を設計した.

評価項目は目で視たときの印象から, トマトを手に取り, 各自が調理実習用に所持している包丁で櫛形に切り, 香りを嘆いで, 口に含み, 口腔内 から鼻に抜けるときの香りの印象, 口に入れて噛み始めてから歯にあたり, 噛み砕かれ, 口中に広がり, 嚥下され, さらに後味に至る印象が持続していく順, すなわち, トマトが食される一連のプロセスに従って次々に感知される91項目を決定した. 各プロセスの感覚特性ごとに, その段階での好ましさを評価する項目を設けた. 評価項目を表2に示す. 項目に付した数字は評価した順番を示す. 評価の形式はSD(semantic differential)法(新・食品分析法, 1996)に準拠し, 7段階評価尺度によって評価した.

2. 2 評価の実施法

(1)試料

トマトにはいろいろな種類があるが, ここではもっともポピュラーで, 一般の人々が食べ慣れていて評価基準が確立していると思われる桃太郎系統について検討した. 1999年11月上旬, 東京都大田青果市場に全国から集荷された桃太郎と称されるトマトから15銘柄を選び, 24個入りのケース単位で購入し試料とした. サイズはMに統一し, 銘柄, 価格, 等級は無作為に抽出した. 試料の内訳を表3に示す. Brixの測定には, N1(Brix0~32%)屈折計(ATAGO Co., Japan)を用いた. 滴定酸度の測定では, 果汁10gに30mlの純水を加え, 0.1NNaOHをpH8.10まで滴下し, その滴下量に定数0.064を乗じクエン酸%として換算した. 表3の分析値はランダムに選んだ5個の試料の平均値を示す. トマトは評価の2日前に市場より搬入し, 評価を実施するまで室内冷所に保存し, 生食として供試した.

(2)官能評価法

官能評価は本学栄養科学科2, 3年生307名(女性270名, 男性37名)を被験者として行った. 彼らはすでに調理科学実験実習において味覚閾値の測定, 五味の識別, うま味の相乗効果等の経験があり, 本実験も調理科学実験における官能評価実習の一環として十分な時間を割いて行った. 被験者には予め本研究に用いた数種類のトマトを少量ずつ見本として試食させ, 試料のおおよその範囲を把握させた. その後, 箱に並んだ試料から, 各自1個のトマトを端から順に取るように指示した. 各被験者は丸ごと1個のトマトを, 上記の質問票に従い, 外観から後味まで, 各自経験的に確立されている判断基準に照らして独立評価するモナディック法(Mazzucchelli and Jeen-Xavier, 1999)によって評価した. この方法を選んだ理由は, トマトは果肉とゼリー部から成り, 部位差が大きく, 一口ごとに味が変化するため比較評価は困難なこと, 実際にトマトを食する場合には独立に評価されるにも関わらず, 人は日常食するトマトのおいしさの判断を容易に行っていることなどによる.

評価は調理学実験実習室の各実験台に6名ずつ着席して行った. 評価は静粛に, インストラクションのとおりに行うように, 4年生が目立たないように監督し, 必要に応じて助言した. 得られたデータは多変量解析法を用いて解析し, トマトの感覚的特性の基本構造を調べた.

表1

おいしいトマトとまずいトマトを表現する評価用語

表2

官能評価で採用した評価項目と評価順序

表3

官能評価に用いた試料の内訳

3. 結果

3. 1 トマトのおいしさに関する評価用語

大学生350名を対象としたアンケート調査の結果, 延べ2,599語の表現用語が収集された. 特殊なものや評価用語に該当しないものを除き分類して表1に示した. 各分類のなかで相対的に出現頻度が高かったものを太字で示した. また, 擬声語の場合は全てカタカナに統一した. 多く挙がった項目は, 色, 果肉のかたさ, 味, テクスチャーであった. 対にして示すと, 例えば, 赤い―赤くない, 熟している―熟していない又は熟しすぎ, やわらかい―かたい又はやわらかすぎ, 甘い―甘くない, ほどよい又は適度な酸味―酸っぱい, などである. また, 特性別に用語の出現頻度率を図1に示した. 出現率でみるとおいしいトマトでは味, 色調, 硬さの順であるが, まずいトマトでは大差ではないがその順位が逆転していた. 感触やテクスチャーを表現する用語にブヨブヨ, パサパサ, ザラザラなどの擬声語表現が多いことも特徴的であったが, 特にまずいトマトで多かった. 香りや風味に関する用語は青臭い以外は少なかった.

3. 2 多変量解析

得られたデータはJUSE-StatMaster(Rev.1.70)を用いて解析した. 多変量関連図を精査し, 91項目から試料間の変動の少ないもの(変動係数=1以下), 代表特性への寄与率の低い(0.6以下)ものを除いて以下の解析を行った.

(1)銘柄ごとの平均値に基づく分析

はじめに15銘柄別に評点の平均値を求めて, 相関の高い特性を集約して説明するために主成分分析を行った. その結果第1主成分(50.7%), と第2主成分(25.6%)で全体の76%が説明された(表4). それらの因子負荷量をプロットしたものを図2に示す. 第1主成分には口に入れた後に評価される項目, すなわち, 味(甘味の強さ, 甘味と酸味のバランス, うま味・こく), 風味, テクスチャーが集約されたが, 味の寄与が最も高かった. 特にトマトの甘味は強いほど好まれた. 酸味は強さが単独で好まれるものではなし甘味とのバランスによって好まれた. さらにうま味・こくも大きく寄与した. 第2主成分には外観や触感を評価する項目が大きく寄与しており, 熟度(いわゆる若さや熟し方の程度)を示す軸と解釈された.

2つの主成分に対応する15銘柄のトマトに対する主成分得点をプロットした(図3). 図中の数字は総合評価の平均得点が高かった順に試料に付けられた順位を示す. 総合評価が高かった試料は第1主成分軸の右側に位置し, 左側に進むほど低かったものが位置づけられた. このことから, トマトのおいしさはやはり実際に口にしたときの感覚が決め手であることが確認できた. さらに, 第2主成分をみると, 単に外観がよいものより, 青臭さや酸味があるトマトの方が高い評価を得たことが分かる.

(2)全試料を個体の集合とみなした分析

次に銘柄の違いを越えて, いずれも桃太郎系のトマトとして一括して考えたとき, 被験者がどのような基準で評価したかをみるために, 307名が1個ずつ評価した307個のトマトの評価データについて主成分分析を行った. その結果, トマトにも評価者にも個体差や個人差が大きいにもかかわらず, 得られた主成分の内容にはかなりの一致がみられ, 上記の構造(表4, 図2)は, 基本的に保持された(表5, 図4). 図5は最初の2つの主成分に対する307個のトマトの主成分得点を総合評価の得点別にプロットしたものである. 7段階評価で7点(非常に好まい)と評価されたトマトから, 1点(非常に好ましくない)と評価されたトマトまでが第1主成分によって層別されており, 同じ点数でも第2主成分に関しては大きくばらついていることが分かる. とくに点数の低いものほど第2主成分得点の変動が大きいことから, 外観や熟度が標準から離れすぎているものは, 低く評価されることが分かる. また, 点数が低いほど層の傾斜がやや左下がりになっているのは, 外観や熟度も標準より大きく外れれば総合評価に影響を与えることを示している.

(3)知覚プロセスを考慮した重回帰分析

さらにトマトの総合評価は知覚プロセスにおいてどの段階で予測されるのかを解析するために, 307名が1個ずつ評価した307個のトマトについて, 知覚過程に伴って変数を順次増加した変数増加型の重回帰分析を行った結果を表6に示す. 総合評価の総変動は5つの変数によって80%が説明できた. 変数増加に伴う残差と累積寄与率の変化を図6にプロットして示す. 通常トマトを購入するときには外観や手で触ったときの情報でしかトマトを選ぶことができないのが現状であるが, それらで説明できる情報量では, 寄与率は僅かであり, 口に含んだあとに感知される情報量により, 寄与率は急激に増加し0.8となった. すなわち, トマトのおいしさの80%は, 口に入れてから感知される特性によるものであることが示された.

この結果から, トマトのおいしさは, もっとも馴れ親しまれている種類においても, 外観や触感で予測することは困難であり, 口に含んで味わい, 実際に食することによってはじめてその真価が認識されていることが明らかとなった.

図1

トマトのおいしさに対する評価用語の出現割合

表4

15銘柄別平均値に対する主成分分析で得られた評価項目の因子負荷量

図2

15銘柄の試料における評価項目の因子負荷量の2次元空間プロット

図3

15銘柄の試料における主成分得点の2次元プロット

表5

全試料307個に対する主成分分析で得られた評価項目の因子負荷量

図4

全試料307個における評価項目の因子負荷量の2次元プロット

図5

総合評価得点から見た全試料307個の主成分得点の2次元空間プロット

4. 考察

ここでは試料の銘柄名をあげて評価結果を明示することは差し障りがあるので控えるが, 評価の結果は必ずしもトマトの購入価格や分析結果とは相関しなかった. 15銘柄で被験者が最も好んだトマトは, 外観, 触り心地, 香り, 風味, テクスチャー, 味の全てにおいて評価の高いトマトであったが, 外観がよくても味やテクスチャーの評価が低いトマトは被験者には好まれなかった. なお, 外観のよさには, 赤さ, ツヤ, 鮮明度のほか, とくにパワー(充実感, エネルギー)を感じさせるものがよいとされていた. 実験を行った11月は気候が寒い地方のトマトは出荷が低迷していた時期で, 見栄えのよいトマトとはいえなかったが, 味がよいために上位に位置しており, 逆に, 九州地方のトマトは, 出盛り以前のものであったので, 形はよいものであったが, 1本の樹に多数の果実が実り, 養分が分散するために味がのっておらず, 評価は低いものとなったものと思われる. また, トマトの官能評価が難しい理由の一つは, 同じ樹の果実でさえ個体差が大きいことであるが, 15種のトマトそれぞれの平均値からみても, 307個のトマト全体からみても, 得られた基本構造は不変であったことにより, 本研究の結果は少なくとも桃太郎系のトマトのおいしさに対しては普遍的なものと考えられる.

15種の試料はいずれも桃太郎系統であるため, 一見したところでは銘柄間のばらつきは, 銘柄内のばらつきに対してさほど大きいとは思われなかったので, 消費者が購入する場合は多分同じ種類とみなして購入するものと思われる. むしろ銘柄間の違いが捉えられたことに驚きを感じたほどである. その意味でも本研究で用いた評価方法は一応妥当なものであったと思われる.

91という多くの項目を訓練されていないパネルによって評価するという官能評価は, おそらく前例がないと思われるが, 項目の多くは口に含まないで評価するものであり, 一つの試料だけを評価するのであるから, 実際に行ってみるとさほど困難には感じられなかった. 日常トマトを食する場合を考えると, 強く意識するかいなかは別として, これらの項目のほとんどは食する間に評価しているはずである. それに対して, 複数の試料を比較することは項目が少なくても困難であった. 評価に参加したパネルからは, 日常これほど食品を注意して観察したことがなかったのでよい勉強になったとの感想が聞かれた.

91の評価項目には今回のトマトでは有意に寄与しない項目もあったが, いずれも広範な種類のトマトの試食評価に基づいて取上げたものであり, さらに時期や種類の異なるトマトの評価を通して, それぞれの評価項目の重要性を明らかにしていきたい.

5. 要約

15種類合計307個のトマトについて, 全知覚過程を考慮した91項目の特性についてのプロファイルを行い, トマトのおいしさの基本構造を明らかにした.

① おいしさに最も寄与したのは「味」(甘味の強さ, 甘味と酸味のバランス, うま味・こく)であった. ついで「風味・テクスチャー」であった.

② 「外観と触感」および「青臭さと酸味の強さ」は上記と独立な次元を構成した.

③ この構造は, 15種のトマトそれぞれの平均値からみても, 307個のトマト全体からみても不変であった.

④ 外観, 触感の寄与は口に含んでからの情報に比べて小さく, トマトのおいしさの評価は食べることによってはじめて可能となることが示された.

表6

総合評価を目的変数として各変数を知覚過程に従って増加させた変数増加型重回帰分析の結果

図6

総合評価を説明する各要因の寄与の大きさ

謝辞

本研究を進めるにあたり, ご助言, ご支援を賜りました株式会社ニチレイ 小塚彦明氏, 株式会社サカタのタネ君津育種場 榎本真也氏, 化学感覚計量研究所 相鳥鐡郎氏, 日本デルモンテ株式会社 高田式久氏, 独立行政法人食品総合研究所 内藤成弘氏に深く感謝申し上げます. また, 本研究における調査, 実験を共に遂行し研究した代田佳子さん, 本研究の被験者として実験に協力いただいた東京農業大学栄養科学科の学生諸氏に感謝の意を表します.

引用文献
 
© 2003 日本官能評価学会
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