日本官能評価学会誌
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研究報文
ヒシの餡への利用に関する研究
村上 知子小西 史子嶋田 淑子
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キーワード: ヒシ, 官能評価, , 小豆
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2004 年 8 巻 1 号 p. 32-37

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1. 緒言

ヒシは日本全国の湖沼に自生している1年生の水草である. 秋に収穫され, クリ, トチなどとともに主食の穀類を補うものあるいは代用として, 古くから食されてきたと考えられている. このことは, ヒシが万葉集に詠まれていること(近藤, 1976)からも容易に推測できる. 五訂日本食品標準成分表(科学技術庁資源調査会編, 2000)によるとヒシは種実類に分類され, 可食部100g当たり炭水化物を40.6gと多く含有し, それ以外にもたんぱく質5.8g, ビタミンB10.42mg, ビタミンC12mgとたんぱく質やビタミン類を多く含む点でクリやトチにまさるとも劣らない食品である. しかし, 食料の豊かな現代, ヒシはクリに比べると本格的な栽培も採取も行われていないことから収穫量が少なく, 広く販売されることも殆どなく, 食用とされることは稀になった.

筆者らはこのようなヒシに着目し, ヒシの見直しとその有効利用を目的として, これまでヒシ澱粉のアミログラフィー測定により粘度が馬鈴薯澱粉に比べ著しく低いこと, フォトペーストグラフィーによる糊化開始温度が馬鈴薯・トウモロコシ澱粉に比べ高いこと等を明らかにした(村上・山本, 1987). また, 北海道標茶町塘路地域におけるヒシの実の伝承的な食べ方について文献や聞き取りによる調査を行った. さらに, 煮熟後の細胞組織の光顕観察により, ヒシが比較的堅固な細胞膜を有していることがわかった(村上, 2003). 小豆餡は加熱後も細胞膜は壊れることなく, 細胞内に澱粉粒子を保持していることが特徴である. 従ってヒシも小豆と類似した餡への利用が考えられる.

そこで本研究では, ヒシの餡への利用に対する可能性をさぐるために, ヒシのマッシュおよび餡練りを模して練り操作を加えた状態のテクスチャーを, 餡材料である小豆および餡として適性のないジャガイモと官能検査により比較した.

2. 実験方法

(1) 実験材料

ヒシは平成14年塘路湖で採取後冷凍保存した種実を, 調製に際し解凍して用いた. ジャガイモ(男爵), 小豆は平成14年北海道産を用いた.

(2) 試料の調製法

ヒシは果皮をむいた実300g, ジャガイモは剥皮後1個を4等分に切断したもの400g, 小豆は200gを水洗後浸漬なしに, 各々鍋に入れ, 加水, 加熱した. 加熱時聞は, マッシュ操作が容易にできる時間とし, 前報(村上, 2003)とほぼ同様の時間, すなわちヒシ;50分間, ジャガイモ;30分間, 小豆;60分間とした. 加熱後, 篩と木杓子を用いて裏漉した. これを以下, マッシュ試料と記す. また, 餡への利用を想定してマッシュ操作後, 試料を乳鉢で乳棒を用いさらに5分間撹拌した. この状態のものを以下, 生餡試料と記す.

(3) 沈降時間の測定

生餡試料1gに蒸留水50mlを加え, 撹拌後, 50mlメスシリンダーに入れ, 25℃に静置し, 試料が沈降して上清と沈殿の境界が明確になるまでの時間を測定した.

(4) 光学顕微鏡観察

生餡試料に蒸留水を滴下し, 光学顕微鏡(Kyowa, MEDILUX-12)を用いて倍率80倍で餡細胞を観察した.

(5) 官能評価

ヒシ, 小豆, ジャガイモ3種のマッシュおよび3種の生餡試料について, 調製1時間後に, 順位法による識別試験を行った. パネルには材料が何であるかを知らせずに, 試料が砂糖を添加する前の餡であることを記した上で, ①なめらかな順, ②ざらつき感の強い順, ③粘りの強い順, ④風味の強い順の4項目について評価させた. 官能評価は, 個別ブースで白色ライトの下で行い, 評価用試料として各8gを白い皿に入れ, トレーに並べ, プラスチック製スプーンおよび口ゆすぎ用の水とともにパネルに提示した. トレー上の位置はランダムとした. パネルはお茶の水女子大学調理学研究室の学生および研究室員15~20名である. さらに, 各試料の調理適性について, 例(汁粉, ポタージュ, 餡, マヨネーズであえたサラダ)を参考に自由に記述させた. 順位合計の有意差検定は, Newell & MacFarlane(1987)によった.

3. 結果および考察

(1) 生餡試料の沈降時間

官能評価の試料に用いた生餡の性状を把握するために, 沈降時間を計測した. Table 1に示すように, 沈降時間がもっとも短いのは小豆であった. ジャガイモを撹拌した試料は, 熱いうちに裏漉ししたものより沈降速度の小さいことがこれまでに知られている(松元・橋谷, 1963). ヒシはジャガイモより速度が小さく, 小豆の1.8倍, ジャガイモの1.2倍の時間を要した(p<0.001). 生餡試料の餡粒子の径は, ジャガイモが長径182±15μm, 短径107±5μmに対し, 小豆は長径124±25μm, 短径83±16μm, ヒシは長径105±17μm, 短径75±19μmであり, ヒシの粒径がもっとも小さい(Fig. 1). このことから, ヒシ生餡試料の沈降時間がもっとも長い原因の1つには, ヒシの粒径が小豆, ジャガイモに比して小さいことが考えられる.

(2) マッシュ試料のテクスチャー特性の比較

官能評価について順位合計を, Table 2に示した. なめらかさの順位合計は, 小豆がもっとも小さくなめらかで, ジャガイモは小豆より有意になめらかさの順位が低かった(p<0.05). これに対してざらつきの強度は, ジャガイモがもっとも高く, 小豆より有意に高かった(p<0.05), ヒシの場合, なめらかさが小豆よりも低く, ざらつきはジャガイモに比べて低いものの有意差はなく, いずれの特性も3試料の中間に位置していた. すなわち, 順位合計値でみるとなめらかさの強い順は小豆≧ヒシ≧ジャガイモであり, ざらつきはジャガイモ≧ヒシ≧小豆の順に強かった. また, 粘りの強さについては, 試料間に有意差が認められなかった. 風味の強さは小豆がもっとも高く(p<0.05), 次いでジャガイモとヒシはほぼ同じであった. このことより, マッシュの状態でヒシは小豆に風味の点では劣るが, なめらかさ, ざらつき, 粘りの強さなどテクスチャーは小豆と差がないことから, 小豆のように餡への利用が可能なことが示唆された.

(3) 生餡試料のテクスチャー特性の比較

Table 3に, マッシュ操作後, さらに撹拌した生餡試料のテクスチャー特性を順位合計値で示した. マッシュ操作に撹拌を加えることによりなめらかさの強度は, マッシュ操作のみの場合とは逆にジャガイモがもっとも高くなり, ヒシはジャガイモ, 小豆より有意に低くなった(p<0.01).

一方, ざらつきの強度はヒシがもっとも高く, 小豆, ジャガイモより有意に高くなった(p<0.01). ヒシの場合, マッシュ操作に撹拌を加えると, 粒子径が小さいにもかかわらず, なめらかさが3試料の中でもっとも低く, ざらつきがもっとも高い試料と評価された点が特徴的であった. ジャガイモはなめらかさが強くなったが, このことは粘りが強くなったこと(p<0.01)を伴っており, 餡としては必ずしも好ましいテクスチャーになったとはいえない. 粘りの結果は, アミログラフィーによる粘度測定で, ヒシ澱粉は馬鈴薯澱粉より粘度が低かったこと(村上・山本, 1987)と一致した.

これらに関してはFig. 1に示したとおり, 光顕観察においても認められる. すなわち, ジャガイモは細胞膜が破壊し, 糊化澱粉が一様に流出し粘性を帯びていた. また, 小豆は撹拌操作を加えても強靭な細胞膜に包まれているため, 澱粉粒子の流出は抑制されていた. 一方, ヒシの場合, 流出した澱粉粒子の径が小豆より小さく, 粘稠性はみられなかった. このことから, マッシュ操作にさらに撹拌操作を加えても, ヒシはなめらかさ, 粘りの強さの点から, どちらかというとジャガイモよりは小豆餡のような粘りの低いサラッとした食感の餡が得られるものと考えられる. 一般に, 粘りの強い餡は好まれないことから(Baik, B. K. & Czuchajowska, Z. 1999), 前報(村上, 2003)で予測していたように小豆とは異なるヒシ特有の餡としての用途が期待できるといえよう. 風味の強さは, 試料間に有意差は認められなかった.

(4) マッシュ試料および生餡試料の調理適性Table 4は, 官能評価とあわせて行ったアンケートより, ヒシ, 小豆, ジャガイモのマッシュ試料および生餡試料それぞれについて調理への適性に対する回答をまとめたものである. ヒシはマッシュ試料, 生餡試料のいずれにおいても, 小豆と同様に餡への利用が適性であるとする者が多くみられた. 次いで, 汁粉への利用が多かったが, 適性であるとする者の数は小豆より少なかった. その他, ヒシのマッシュ試料について和菓子への利用が適性であるとする者もみられた. これに対して, ジャガイモのマッシュ試料については, 餡, 汁粉, 羊羹, 和菓子に対する適性をあげる者は全くおらず, マッシュ試料, 生餡試料とも, ポタージュやマヨネーズサラダ, コロッケなどの西洋料理を適性としてあげる者が圧倒的に多かった.

例示以外には, 小豆のマッシュ試料の場合, 羊羹(水羊羹を含む)が多く, その他ではクリームにするがあげられていた. また, 生餡試料の場合, 羊羹・和菓子とともにポタージュやサラダをあげるパネルもいた. 同様に, ジャガイモのマッシュ試料の場合, コロッケが多く, その他にはマッシュポテト, ニョッキ, 牛乳や生クリームと混ぜてペーストにする等があげられた. ジャガイモの生餡試料の場合, 汁粉, 茶巾しぼり, マッシュポテト, ニョッキ, グラタン, 洋菓子の餡, 餅等, 和洋多彩であり, 日常的になじみのある味としてパネルのイメージにも広がりがみられた. 一方, ヒシについてはマッシュ試料の場合, 小豆にはみられなかった和菓子の衣やポタージュ, ケーキのペースト等の回答もみられた. また, ヒシの生餡試料の場合, 餡・汁粉の他にサラダやポタージュ, 菓子のペースト, 和え衣等が記されていた. 餡については小豆が餅にあう餡, ヒシは上品な餡と区分してあげている者やヒシには甘い餡が適するとの記述もみられた. これらの回答より, ヒシの利用法として, マッシュや生餡, これに糖を加えてさらに練り上げた練り餡への調理用途が示唆された.

以上の結果から, ヒシは小豆とは異なる独特の餡として利用できる可能性が高いと考えられる. 今後は, ヒシの生餡試料に糖を加えて練り上げたものを小豆餡と比較することにより, ヒシを用いた餡の特性をさらに明らかにしたい. また, ヒシを用いた餡の和菓子等への応用を検討し, ヒシの有効利用につなげたいと考えている.

Table 1

生餡試料の沈降時間

Fig. 1

光学顕微鏡による餡粒子の観察

Table 2

マッシュ試料のテクスチャー特性の比較

Table 3

生餡試料のテクスチャー特性の比較

4. 要約

ヒシの餡への利用を検討するために, 小豆およびジャガイモを用いた試料と比較した.

結果は以下のとおりである.

① 生餡試料の沈降時間は3試料の中でヒシがもっとも長く, 小豆の1.8倍, ジャガイモの1.2倍の時間を要した. 光学顕微鏡観察より, ヒシの餡粒子の径が小豆, ジャガイモに比して小さいことが関与するものと考えられる.

② マッシュ操作のみ行った試料の場合, ヒシは, 小豆より有意に風味が弱いと評価された. なめらかさの強い順は小豆≧ヒシ≧ジャガイモであり, ざらつきはジャガイモ≧ヒシ≧小豆の順に強かった. 粘りの強さについては, 試料間に有意差が認められなかった.

③ マッシュ操作後, さらに撹拌した生餡試料の場合, ヒシは有意に小豆, ジャガイモよりなめらかさが弱く, ざらつきが強いと評価された. また, 粘りについてはジャガイモに比べて有意に弱く, 撹拌操作を行うことによる違いが認められた. 風味の強さは, 試料間に有意差は認められなかった.

④ アンケートの結果, ヒシは小豆と同様, 餡や汁粉への利用が適当と判断された.

Table 4

試料の調理適性に関するアンケート

引用文献
 
© 2004 日本官能評価学会
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