日本官能評価学会誌
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研究報文
様々な視距離にある対象の見えの大きさに基づくコンピュータグラフィックスの生成
梶谷 哲也渡部 和
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2005 年 9 巻 1 号 p. 23-31

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はじめに

近年, 高度なデジタル情報処理技術を基盤とした質の高い映像の生成が一般家庭でも可能となった. 同時に, 映像の品質の一つとして「人の心理的要因に基づく主観」を尺度とした映像の品質評価に関する検討も進められている. ここで, すでに検討されている人の心理的要因に基づく尺度には, 「臨場感」または「迫力感」などがある(泉, 1995).

映像の「臨場感」や「迫力感」に影響すると思われる要因のひとつとして, 三次元空間内の対象の大きさの映像化方式をあげることができる. これまでのデジタル情報処理技術の世界では, 三次元空間内の対象の大きさは, すべてユークリッド幾何学(幾何光学)を基礎とした単点透視投影法によって決定されるものとして捉えられてきた(黒田, 1992). ところが, 人間が知覚する世界では, 対象の大きさは幾何光学的な単点透視投影図(またはカメラで撮影された映像や写真)から受ける印象とは明らかに異なることがある(Holway, 1941). 例えば, 水平線上の月と天頂の月は, 写真にとれば同じ大きさであるのに, 見えの大きさに関していえば, 水平線上の月の方が天頂の月よりも明らかに大きく見える(Hershenson, 1989).

このような人間の知覚特性を考慮しないで, 従来の幾何学的な単点透視図法に基づく三次元空間の映像化方式を採用する限り, それらの映像から, あたかもその場にいる感じである臨場感や迫力感を人が十分に感じることを期待することは難しいと思われる.

そこで, 人が自然な両眼視の状態で知覚する知覚像に基づく映像の生成手法を新たに提案する必要があると考えられる. 少なくともその映像は, 網膜に投影された実世界の複写像ではなく, 人が外界を認識した時の知覚像にその基準を置いたものである必要がある. このことから, 上述のような基準に従った映像には, これまでの物理的変換方式によって生成された映像では得られなかった新たな効果が期待できると考えられる. 今後, 人の知覚像に基準を置き, 既存の物理変換手法にとらわれない映像の生成理論は, 次世代映像情報システムの高度ヒューマンインターフェース構築のための基礎理論および技術のひとつとして, 重要な役割を果たすものと思われる.

人の知覚像に基づいた映像を生成するためには, 人の主観的な知覚像を精神物理学的手法に基づいて定量化し, その測定値(すなわち測度)に基づく空間を新たに構築しなくてはならない. そこで筆者らは, 移調法(Oyama, 1959)をもとにして, さまざまな視距離におかれた対象の見えの大きさを測定した(梶谷, 渡部, 2001, 2003, 2004). 加えて本報告では, 様々な視距離にある球の見えの大きさから, 視距離(視線の方向の奥行き)に対する見えの大きさをモデル化する. そのために, 先行研究であるThouless(1932)の報告と同様に, 平面的刺激(本報告では円盤)を用いた見えの大きさに関する測定実験を行う. 次に, 測定実験に用いる刺激を円盤から球に変えて, 改めて見えの大きさを定量化し, 視距離と計量された見えの大きさ(主観的大きさ)との関係を主観的大きさ関数としてモデル化する. 最後に, その主観的大きさ関数を用いて対象の大きさを修正した三次元コンピュータグラフィックス映像に関する検証実験を行い, 本手法の有効性を検証する.

1. 心象比較法(Image Comparison Method: ICM)

物理的大きさは必ずしも見えの大きさとは1対1の関係や線形の関係にはない. そこで, 対象の大きさを何らかの尺度に従った測定法で定量化する必要がある. 図1にあるように, 実世界の対象に対する知覚像と, 観察者の傍らに置かれたコンピュータディスプレイ上の平面画像(図2)とを比較して, それらが可能な限り主観的に一致するように, コンピュータ上の映像の大きさを観察者自らが連続的に調整し, それらが主観的に一致した時の大きさを測定対象の測定値とした.

そのために, 図1のように常に同一視点から対象を観察するためのあご台, 固定された視点から両眼で対象を観察する実験環境, および心象を定量化するための映像システムを用いる. ここで, 具体的な測定手順は以下の通りとする.

(1)実空間の基準点(1m)に測定対象を布置する.

(2)両眼で対象を十分な時間をかけて観察し, その感じ(印象)を記憶に留める.

(3)観察者のすぐ脇にある, 二次元映像(例えば図2)を, 実際の対象から誘起された心象の記憶に従って, 観察者が映像と同じ大きさであると判断できるまで, 自ら連続的に調整する.

この最終的な調整量を心象情報空間における対象の大きさとする.

図1

円盤の相対的な見えの大きさの測定実験

Figure 1

Experiment set for measuring apparent size of the target disc by RAS.

図2

映像システム(見えの相対的な大きさの定量化:RAS)

Figure 2

Image display system used for measuring apparent size of the target disc by RAS.

1.2 相対的な見えの大きさの測定法:Relative Apparent Size measuring method based on ICM (RAS)

観察対象が存在するし視野内に, 測定対象以外に標準刺激として視対象を置き, その標準刺激との相対的な差の量(比率)として測定対象の主観的な大きさを定量化する. 同様の測定を連続3回繰り返し, 後半2回の測定値の平均値をその被験者の測定値とした. これは, 予備実験の段階で, 同一被験者に同様の測定を4回繰り返したところ, 初めの一回とその後の3回との測定値が大きく異なる被験者がいたことと, 後半3回の測定値はほぼ同様の値が得られる. といった経験的知見に基づいている. 以上の測定法を相対的な見えの大きさの測定法「RAS」とする.

2. 主観的観察実験I:視距離と見えの大きさ(平面を刺激に用いた場合)

視点から一定の距離にある対象の見えの大きさが, 網膜上の大きさ(視角)によって決定されるのであれば, 同じ物体でも視点からの距離が2倍になれば, その大きさは1/2となるはずである. ところが人間には恒常性があるために, その大きさは半分とはならない. このような知見をもとに, Thouless(1932)は平面刺激を用いて人の主観的な評価値と物理量との関係を定量化し, index of phenomenal regressionを報告した. その後, Reggini(1975)はその指数を用いて, 人間の恒常性を変数の一つとみなした三次元空間の映像化方式である透視投影法(曲線投影透視図法)を提案した. 加えて, その手法を用いて, The Palazzo Strozzi(建築物)のワイヤー・フレームモデルを異なる恒常度(i : Index of phenomenal regression)に従って作成している. ただし, Regginiはこの恒常度の程度を人間の恒常性と直接結びつけているが, その値に関する根拠は十分に示されているとは言い難い. さらに, Reggini自身は提案手法の検証実験も行っていない. そこで, 筆者らは改めて, 視覚刺激を円盤としてさまざまな視距離における平面の相対的な見えの大きさを定量化した.

目的:直径5.0cmの円盤を刺激に用いて, 視点からの距離1mから5mまで変化させたときの見えの大きさを定量化する.

被験者:正常な視力を持つ21から30歳までの大学院生4人.

方法:図1のように, 被験者から1m, 台(Object Platform)から高さ22cmのところに, 中間色(灰色)に塗装された直径5.0cmの円盤を標準刺激として置き参照円盤とした. さらに, 8cmの間隔で置かれた参照円盤と同じ大きさの円盤(ターゲット円盤)を試行ごとに1mから5mまで1m間隔でランダムに観察距離を選んで配置した. 次に, 円盤の相対的な見えの大きさを図2のような映像を用いて定量化した. ここで, 図2の向かって左側にある円の大きさを被験者自らが調整する. ただし, その具体的な調整値(数値)は被験者には分からない. また, 測定方法の詳細はRASに従った.

結果と考察:全ての被験者の相対的なみえの大きさの測定結果の平均値Rs(Relative Apparent Size)は, 図3のように標準刺激である参照球の大きさ(図中では縦軸の100)と写真像の大きさとの間にあった. またt検定の結果, 基準点である1mをのぞき全ての測定点で見えの大きさはその写真像の大きさとは有意に異なっていた. ここで, 測定結果を最小二乗法によって直線近似したところ, 視距離(z)における相対的な見えの大きさ(Rs)は, 決定係数Rs(z) = −10.75z + 107.41, 決定係数R2=0.97, 一方, 対数関数で近似した場合は, Rs(z) = −27.14ln(z) + 101.14, R2=0.99となった.

以上の結果は, Thoulessの報告にある人の知覚特性とも矛盾しない. 一方, 視距離5mまでの測定結果は, 直線で近似しても対数関数を用いて近似しても, 十分な近似が得られることが明らかになった.

図3

円盤の相対的な見えの大きさの測定結果

Figure 3

The mesurement of relative apparent target disc sizes.

3. 主観的観察実験II:視距離と見えの大きさ(球を刺激に用いた場合)

視点から一定の距離にある三次元対象の見えの大きさも, その距離が2倍になっても人間には恒常性があるために, 対象の見えの大きさは半分とはならない. また, その大きさの程度も対象により様々に異なる可能性がある. そこで, 対象の差違による見えの大きさに関する特性(恒常性の程度)について考察する.

3.1 大きさに関する恒常性

Stevens & Galanter(1957)によれば, 線分は正方形よりも測定されたベキが大きい(知覚の傾向に差がある)ことが報告されている. このことから, 視点に対して異なる形態を持つ対象は, その網膜像のみかけの形に従って見えの大きさが個別に判断されると仮定すれば, さまざまな視距離に対して, それぞれ異なる特性をもつことが予想される. なお, 線分のベキは1.0, 一方で正方形のベキは0.7と報告されている.

では, なぜ現在までに, 対象ごとに視距離に対して異なる大きさの特性を持つ事を前提とした透視投影法が提案されなかったのだろうか. その理由の一つとして, 20世紀中期に提案された映像の生成手法(例えばReggini(1975))は, 基本的に人間の手で作成することが前提となっていたために, あえて, すべての対象が同様の恒常度に従う手法を採用したことが考えられる. ところが, 現在では, 一般家庭にまで普及している高性能な情報処理能力と高度な情報処理技術(例えばデジタルテレビなどの情報家電などに用いられている情報処理技術)によって, 複雑な手順や高度な計算, 大規模なデータ検索などは, 映像生成の制約とはならなくなった. このような環境が整った時代となって初めて, 「対象は視点に対して, 幾何光学的な大きさとは異なる大きさの特性をもつ」ことを前提とした, 新たな映像の生成理論および技術が必要になって来たと考えられる.

3.2 球を刺激に用いた時の視距離と見えの大きさ

筆者らは, 視覚刺激を円盤から球に変えて, 様々な視距離における球の相対的な見えの大きさを主観的観察実験Iと同様の方法で定量化した. さらにその測定結果から, 視対象の差異(本報告では円盤と球)による見えの大きさに関する特性の差を検討した.

目的:球(ターゲット球)を刺激に用いて, 視点から距離1mから5mまで変化させた時の見えの大きさを定量化する.

被験者:正常な視力を持つ21から23歳までの大学生11人.

方法:図4のように被験者から1m, 台から高さ22cmのところに, 中間色に塗装された直径5.6cmの球を標準刺激として置いて参照球とした. さらに, 8cmの間隔でおかれた同じ大きさの球(ターゲット球)を各試行ごとに1mから5mまで1m間隔でランダムに観察距離を選んで配置して, それぞれの球の相対的な見えの大きさをRASに従って定量化した(図4, 5).

結果と考察:全ての被験者の相対的な見えの大きさの平均値Rsは, 標準刺激である参照球の大きさ(図中では縦軸の100)と写真像の大きさとの間にあった(図6). さらに, 主観的観察実験Iの結果と同様に, 視距離に対する相対的な見えの大きさは全体として直線的な特性とも対数的な特性とも考えることが可能であった. 加えてt検定の結果, 基準となる1m以外の全ての測定点で, 見えの大きさはその写真像の大きさとは有意に異なっていた.

ここで測定結果を, 最小二乗法を用いて直線で近似した場合, 視距離(z)における相対的な見えの大きさ(Rs)はRs(z)=−11.60z+107.86, 決定係数R2=0.98, 一方, 対数関数で近似したときはRs(z)=−28.98ln(z)+100.80, R2=0.99であった.

なお, 円盤を用いたときの視距離と見えの大きさとの特性と球を用いた場合の特性は, 傾きの差(両側検定, t=0.63, df=71, p>0.05)の検定の結果, 有意な差は認められなかった. この結果は, 視対象の差違に従って人の見えの大きさに関する恒常度に差が生じるとした仮定を支持しない.

以上から, 人は自然な状態において両眼で空間を観察すると, 基準点以外の測定点の全てで写真像とは異なる大きさで対象を知覚していることが明らかになった. さらに, 円盤を用いた時の特性と球を用いた時の特性とには有意差がなかったことから, 限定的な空間では視点から観察される二次元的な形態が近似している対象であれば共通の特性を持つとみなしてもよい可能性を見いだしたと思われる.

これまでは, 対象の幾何光学的な大きさ(写真像)と, 人の特性である見かけの大きさ(見えの大きさ)との差異を考慮せずに映像を作成してきた. 今後は, 三次元形態の視点に対する大きさを見えの大きさに修正してから映像化することで, これまでよりも人にとってより違和感の少ない映像の生成が可能となると思われる. また, このような映像は, その品質をこれまでにない新たな尺度に従って向上させることができると考えられる. そこで, 測定された球の見えの大きさと視距離との関係から主観的大きさ関数を定める.

図4

球の相対的な見えの大きさの測定実験

Figure 4

Experiment set for measuring relative apparent size of the target sphere by RAS.

図5

映像システム(見えの相対的な大きさの定量化:RAS)

Figure 5

Image display system used for measuring relative apparent size of the target disc by RAS.

図6

球の相対的な見えの大きさの測定結果

Figure 6

Mesurement of the relative apparent target spheresizes.

4. 主観的大きさ関数(Subjective Size Function)

これまでで, 視点に対して類似した二次元形態を持つ視対象の見えの大きさの特性には差がない可能性を見いだした. ここで, 人間の持つ大きさの恒常性の程度を係数とする, 視距離に対する見えの大きさの関数である主観的大きさ関数を新たに提案する. さらに, この関数を主観的観察実験の結果を用いて決定し, その主観的大きさ関数に従って対象の大きさを修正することで, 従来の映像よりもより人の知覚像に近い映像の生成が可能になると考えられる.

ここで, 実験Iの結果(図3)は, 視距離に対する円盤の相対的な見えの大きさを表している. 一方, 実験IIの結果(図6)は, 視距離に対する球の相対的な見えの大きさを表している. 測定の結果では, どちらの特性も直線でも対数でも十分な精度で近似できた. そこで, 視距離(z)に対する相対的な見えの大きさの関数を式1とした.

ζ(z)=(10・ln(1+Sc・z)+1)−1      (1)

この主観的大きさ関数(Subjective size function)は, 視距離に対して標準刺激を基準“100”とした相対的な見えの大きさの関数である. ここで, Scは人の見えの大きさに関する恒常性の程度を表す恒常度係数(apparent size constancy coefficient). 加えて, 本関数モデル(式1)は付録Aのような解析学的特徴を持つ.

円盤を用いたときの見えの大きさの関する特性と, 球を用いた場合の特性とには有意な差がなかったことから, 恒常度係数を主観的観察実験IIの測定結果の平均値と式1の近似値との, 差の絶対値の平均が最小となるSc=0.017(平均誤差ε=4.93, 相関係数R=0.99)とした. 以上から, 限定的な空間と対象に関して, 様々な視距離に関する見えの大きさを近似することを可能としたと考えられる.

今後は複数の球に関する映像(単点透視投影図など)を作成する前処理として, この主観的大きさ関数の恒常度係数Scを0.017として, 対象の大きさを修正した後に映像を生成することで, より人の知覚像に近い映像の生成が可能となると思われる.

5. 主観的観察実験III:主観的大きさ関数の有効性に関する検証実験

これまで, 三次元コンピュータグラフィックス(CG)における対象の大きさは, 物理的な法則に基づく単点透視投影法に従って決定していた. ところが, 主観的観察実験IおよびIIからも明らかなように, 人間には恒常性があるために, その大きさは写真像の大きさとは有意に異なる.

そこで, 本報告で提案した主観的大きさ関数を用いて, 対象の視点に対する大きさを主観的な大きさに修正してから作成した映像が, 従来の映像よりもより観察者の知覚像(見かけの大きさ)に近いことを検証した.

目的:主観的大きさ関数を用いて, 対象の大きさを修正してから作成した映像が, 従来の単点透視投影法による映像よりも観察者の知覚像に近いことを双方の映像を比較することで検証する.

被験者:正常な視力を持つ20歳から23歳までの大学生10名.

Figure 7 (1)

Mesurement of the relative apparent target spheresizes.

Figure 7 (2)

The position of spheres used for making computer graphics.

Figure 7 (3)

The position of spheres used for making computer graphics.

方法:図7(1)のように, 主観的観察実験IIと同じ中間色に塗装された直径5.6cmの球を台(Object Platform)から高さ22cmの位置に3個配置した. 観察者は, この3個の球の大きさの関係を十分な観察時間を使って観察し, 自らの印象を記憶にとどめた後, 映像1(無修正映像:real image)をA4大に拡大した図と同様の映像2(見えの大きさを修正した映像:transformed image)を一度に観察する. 次に, 自分が実験の3つの球から得られた印象に近いと感じる映像を一つ選択させた. なお, 映像1は, 視野角を60°としたときの写真像と同等のCG映像. 一方, 映像2は同じ視野角で球のそれぞれの大きさを主観的大きさ関数(Sc=0.017)に従って修正した画像である.

以下, 同様な比較を図7(2)および(3)のような配置における映像に関して行った. ここで, 図7(1)の3つの球は, それぞれ20cm間隔で, 視点から1m, 2m, 3mの距離にある. 同様に, 図7(2)は視点から1m, 2m, 4m. さらに, 図7(3)は, 視点から1m, 4m, 5m.

結果:表1のように, 10名の内, 少なくとも8名が異なる奥行きを持つ球の映像に関して, 主観的大きさ関数によって修正を加えた映像の方が, 修正しなかった映像よりも, より観察者の感じ(印象)に近いと回答した. なお, 表1の回答を3条件を込みにしてχ2検定したところ1%水準で有意になった(χ2=16.1, df=1, p <0.01).

考察:限定的な空間では, 物理法則に従った画像よりも人間の知覚特性に従ってその大きさを修正した画像が, 観察者にとってより自然な印象を与える(誘起する)ことが分かった. ただし, 図7(1)(3)の配置における球の見えの大きさを主観的大きさ関数に従って修正すると, 球と球の間の見かけの間隔が異なった映像となる. 無修正の画像をより自然だと判断した被験者の内省報告によれば, この間隔の差が違和感を生じさせる大きな原因となっていた.

現在でも, このような人の主観に従った映像の修正はアニメーション等の分野で制作者個人こじんの固有な技能として行われてきた. 今後は特殊な技能をもたないユーザでも, 主観的大きさ関数を用いて視点に対する奥行きを修正してから映像を制作することによって, より自然な奥行き感を観察者に対して誘起する映像の生成が可能となろう. このことは, 本研究の目的である次世代の情報社会環境における映像情報を介して, 人が情報システムを快適に使用することに寄与すると考えられる. その中でも特に, ドライブ・シュミュレータのような両眼自然視における高い臨場感が要求される映像の生成や, 高品質なアニメーションの制作のための重要な情報処理技術の一つとなると思われる.

表1

比較実験結果

Table 1

The result of Subjective Observation Experiment III

6. まとめおよび今後の課題

次世代の情報社会においては, 映像情報を介して人が情報システムを快適に使用することで生活の質を向上させることが重要となる. そのためには, 従来技術によって得られる映像情報にもとづいて, より人の知覚像に近い映像を生成しなくてはならない. そこでまず, 視距離に対する見えの大きさをRASに従って定量化した. 次に, それらの関係を主観的大きさ関数として新たにモデル化した. 最後に, その主観的大きさ関数を用いて視対象の大きさを修正した映像(コンピュータグラフィックス)が, 大きさを修正しなかった映像よりも, より自然な心象を受けることを検証実験から明らかにした.

これまでは, 本来は人間を基準とした道具として設計されるべき情報機器は, 人間独自の特性を考慮に入れた設計がなされておらず, 物理的な法則に従った物作りが進められてきた. その結果, 多くの場合, 人が本来道具であるはずの情報機器に慣れる努力を強いられてきた. 本報告では, 人間の立場からより良いヒューマンインターフェース設計の基礎技術の確立を目的として主観的大きさの概念と主観的大きさ関数を提唱した. 今後, これによって得られた基礎理論および基礎技術は, これからの情報社会における基幹技術となり, 大きく発展するデジタル情報家電システムなどに適用され, 快適なヒューマンインターフェースを実現する原動力となろう. また, そのようなインターフェースは, これまでのデジタル機器に違和感を抱いてきた多くのユーザに快適な情報環境を提供し, 本来の意味で人が情報システムを快適に使用することができる環境を構築するための重要な契機の一つとなると思われる.

今後は, 本報告の実用化をはかる過程で, より有効な主観的大きさ関数の検討および, その適用範囲の限界を明確化する必要がある. また一方で, 視対象である三次元形態の持つ形態の複雑さなどの諸特性が見えの大きさに及ぼす影響に関する検討を進めてゆかなくてはならない.

付録A:

主観的大きさ関数ζ(式A-1)は, 距離zが小さいときは, 一次関数の特徴が強く, 一方でzが十分大きくなると対数関数の性質が強くなる特徴を持つ. これは, 対数関数ln(1+z)の級数展開(式A-2)からも明らかである.

ζ(z)=(10ln(1+Scz)+1)−1         (A-1)

ln(1+z)=z−(z2/2)+(z3/3)−(Z4/4)+...+(−1)n−1(zn/n)±...    (A-2)

脚注:本報告の内容は, 日本国特許No.3416124, “主観的透視投影システム”の一部である.

引用文献
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