日本官能評価学会誌
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ノート
香りの感情価に及ぼす音楽の影響
阿久津 洋巳市原 茂石戸谷 真由子
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キーワード: 感情, 香り, 音楽
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2005 年 9 巻 2 号 p. 116-121

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1. 緒言

香りは様々な気分を引き起こし, 異なる香りは, また異なる気分を引き起こす. この香りが引き起こす気分は, 香りの物理的刺激特性のほかに, 香りをかぐ時の周囲の環境にも影響されるであろう.

例えば, 香りの印象は同時に与えられる視覚刺激の色によって影響を受けることがあるという. Zellner & Kautz(1990)は, ペパーミントの香りの溶液を緑色に着色した場合と無色の場合の香りの強さを比較したところ, 着色した方が香りが強く感じられ, 同様に, ストロベリーの香りの溶液を赤色に着色した場合と無色の場合とを比較すると, これも着色した溶液の方が香りが強く感じられることを報告している. また, Gottfried & Dolan(2003)によれば, 香りに対する反応時間が, 香りと同時に提示される視覚刺激によって影響を受け, 嗅覚刺激と視覚刺激とが意味的に一致する場合の方が一致しない場合よりも反応時聞が短くなることを報告している. また, 彼らは, 同時にfMRIを使って大脳の活動も測定したが, その結果, 嗅覚刺激と視覚刺激とが意味的に一致する場合に, 左前海馬(left anterior hippocampus)及び, 左眼窩前頭皮質のrostromedial領域(left rostromedial orbito-frontal cortex)で活動の上昇があったという.

感情的印象の反応は大脳の中枢において生じるものであり, 各感覚モダリティに固有のものではない(たとえば, Baxter & Murray, 2002). 大脳の中枢(例えば, 上記の海馬や眼窩前頭皮質)には様々な感覚モダリティからの入力があり, それらが統合されて感情的印象が生じると考えられる. したがって, 音楽という聴覚刺激が引き起こす感情が, 香りの嗅覚刺激が引き起こす感情に影響を与えることは十分予想できる. 本研究では, 高揚感を引き起こす音楽と沈静感を引き起こす音楽は, 香りの感情的印象に影響を与えるであろうと仮定し, 音楽が香りの感情印象に与える影響を調べた.

2. 音楽の選定

方法

パネル

岩手大学の学生42名(男子33名, 平均年齢19.8歳;女子9名, 平均年齢19.8歳)が調査に参加した.

聴取音楽

音楽の感情価に関する先行研究(谷口, 1995)にもとづき, クラシック音楽6曲を選んだ. 気分を高揚させる音楽として, エルガー「威風堂々第 1番」, ヘンデル「シンフォニア 変ロ長調『シバの女王の入城』」, J. シュトラウスII「喜歌劇『こうもり』序曲」, 気分を沈静させる音楽として, J.S.バッハ「ブランデンブルグ協奏曲第1番第2楽章」, シベリウス「悲しきワルツ」, アルビノーニ「弦楽とオルガンのためのアダージョ ト長調」を選んだ. 使用した音楽は次のとおりである. 威風堂々-Exiting Classic (First Music) ; シバの女王の入城-クラシックベストヒット more100 (Warner Classic);こうもり序曲-Deutsche Grammophone (POCG-3122);悲しきワルツ-RCA RED SEAL BEST10 (BMGファンハウス);ブランデンブルグ-DECCA BEST100 J.S. バッハ ブランデンブルグ協奏曲第1番・第3番・第4番・第5番(ユニバーサルクラシック&ジャズ);アダージョ-アルビノーニのアダージョ~しみじみアダージョ((株)ワーナーミュージックジャパン)

質問紙

音楽の感情的特性を調べ, 適切な選曲をするため, 音楽の感情価測定尺度(Affective Value Scale of Music. AVSM, 谷口1995)を使用した. AVSMの評定段階は5段階であるが, これを改変して7段階評定とした. 感情項目は高揚(+), 高揚(−), 親和, 強さ, 軽さなどに関する質問項目からなる. 質問項目をあらかじめランダムに配置した質問紙を用意し, 被験者は「1 全くあてはまらない, 2 あてはまらない, 3 ややあてはまらない. 4 どちらともいえない, 5 ややあてはまる, 6 あてはまる, 7 非常によくあてはまる」の7段階で評定した.

手続き

調査は岩手大学内の講義室において集団で行った. 課題の説明をした後に音楽聴取と音楽の感情的特性の評価を行わせた. 被験者は, 初めに眼を閉じて2分間音楽を聴き, そのあと眼を開き, 音楽を聴き続けながら質問紙に答えた. 音楽の提示順序は, 「威風堂々第1番」, 「シンフォニア 変ロ長調『シバの女王の入城』」, 「喜歌劇『こうもり』序曲」, 「悲しきワルツ」, 「ブランデンブルグ協奏曲第1番第2楽章」, 「弦楽とオルガンのためのアダージョ ト長調」であった. 所要時間は約30分であった.

結果

6曲すべての評定結果をまとめて主成分分析し, 主要な4成分を抽出した. すべての変数は感情価という類似した特性に関するものであり, また変数間で分散に大きな違いがないため, 共分散行列を使った主成分分析を行った. 各成分に含まれる感情項目は, 主成分負荷量が一番大きい主成分の要素として分類した. 分類にあたっては, 負荷量が0.5以上の項目の中で, さらに他の主成分で0.4以上の負荷量をもたない項目のみを選ぶという基準を設けた. Table 1は選ばれた項目とその主成分負荷量を示す. 予想通り, 気分の高揚と沈静(第一主成分)の項目が多く選ばれた. 第一主成分から第四主成分までの累積説明率は72.12%であった. Table 2に音楽感情の評定値(平均と標準偏差)を主成分ごとに示す.

感情項目を参照して, 第一主成分は高揚の感情, 第二主成分は強さ, 第三主成分は温和, 第四主成分は親和の感情と名前を付けた. Table 2からうかがえるように, 気分を高揚させる音楽として選んだ3曲はどれもほぼ同じように高揚感を引き起こし, 気分沈静の音楽として選んだ3曲はどれもほぼ同じように気分を沈静させた(高揚の項目で低い得点). 他の3つの感情成分は, 項目数が少なかった(1~2項目). 加えて, 2つの感情成分(温和と親和)の説明率は比較的小さかった(第一主成分の説明率が0.391であるのに対して, 第二は0.161, 第三は0.093, 第四は0.077であった). これらの理由から, 高揚の3曲と気分沈静の3曲の選曲は妥当であると判断する. 香りの実験に使用する高揚の曲として「威風堂々」を選び, 気分沈静の曲として「アダージョ」を選んだ. この2曲が高揚の感情において大きく異なることはTable 2から明らかである. 「威風堂々」と「アダージョ」の間に4つの感情値に有意差があるかを, 対応があるt検定を用いて調べたところ, 高揚(t=18.1), 強さ(t=5.27), 親和(t=−6.1)において, これら2つの曲の間に有意差があった(df=40, p<0.01). 温和では2つの曲の間に有意差は見られなかった(t=−1.8, p>0.10). 評定値の差が一番大きかったのは, 高揚であった.

3. 香りの感情価の実験

方法

パネル

被験者は大学生16人であった, 男子学生8人, 女子学生8人.

聴取音楽

高揚の音楽としてエルガー「威風堂々第1番」, 沈静の音楽としてアルビノーニ「弦楽とオルガンのためのアダージョ ト長調」を用いた.

サンプル

香りの刺激として, エッセンシャルオイルを用いた. よく知られており, また, 香りに適度な差異が感じられるという理由で, 香りの種類はペパーミントとラベンダーとした. ともにエタノールで濃度1%に希釈した(エッセンシャルオイルはSimplers Botanical Company, USAの製品を使用した).

手続き

眼を閉じて2分間音楽を聴いた後, 被験者は眼を開け香りの溶液をマイクロ・ピペットによって0.1mlしみこませたフィルター紙を嗅いだ. 音楽の条件は音楽2種類と音楽なしの3条件, 香りの条件はペパーミントとラベンダーの2条件であった. 各被験者はすべての条件を行った. 被験者は香りをかぎながら感情評価質問紙に答えた. 音楽なしの条件では, 被験者ははじめから眼を開けて香りをかぎながら感情評価質問紙に答えた. 試行の順序は一種類の香りをブロックとして, 音楽なし, 音楽A, 音楽Bの順序で行った. 香りの種類の順序および音楽の順序は被験者間でカウンターバランスを図った. 実験は各被験者個別に行った. 感情価の評定には調査と同じ質問紙を使った.

結果

音楽の感情価評定と同様の手続きで, 香りの感情価の主成分を決定し, 感情質問項目を選択した. この目的には, 音楽なしで香りの感情を評価したデータを使用した. 第一主成分から第四主成分までを検討したところ, 質問項目を3つ以上含む主成分は3つあった(Table 3). 第一主成分は「明るい, 楽しい, 哀れな, 暗い, 悲しい, 沈んだ」の6項目で, 音楽の第一主成分と重なっている. この主成分を「高揚」と名づけた. 第二主成分は「うれしい, 猛烈な(-), 刺激的な(-), いとしい, 恋しい」であり, 「親和」と名づけた. 第三主成分は「厳粛な(-), おだやかな(-), 断固とした, 落ち着きのない」であり, 「軽さ」と名づけた. しかし, これら3つの感情については, ペパーミントとラベンダーの間で有意差はなかった(対応があるt値は, 高揚では1.30, 親和では0.65, 軽さでは 0.65, df =15. すべてp>0.05).

香りの感情評定にもとづいて新たに決められた3つの感情の成分項目を, 「威風堂々」と「アダージョ」に対する感情評定データから選び出して, これらの音楽の感情価を調べた結果をFigure 1に示す. 2つの音楽は, 高揚感において著しい違いがあるが, 親和と軽さにおいても有意差があった(Bonferroniのtを用いて各感情について2つの音楽の違いを検定した. p>0.01).

次に, 香りの実験によって得られた音楽なし, 高揚の音楽, 沈静の音楽のデータから, 第一主成分, 第二主成分, 第三主成分に対応する感情価を算出した. 感情価は各主成分に含まれる質問項目に対する回答(7件法)の平均値として定義された. ペパーミントの香りの感情価をFigure 2, ラベンダーの香り感情価をFigure 3に標準誤差とともに示す.

Figures 23からみると, ペパーミントの香りとラベンダーの香りともに, 音楽の影響を受けて, 感情の評価値が変化した. この影響は, 高揚と軽さの感情で明らかであるが, 親和の感情はほとんど音楽の影響をうけていない. 高揚については, 2つの音楽曲は高揚の感情で大きく異なるので, この結果は期待されたとおりである.

次にグラフによる視覚的印象を統計的に確かめるために, ペパーミントとラベンダーの香り別に, 3つの感情タイプについて高揚の音楽と沈静の音楽間で感情価に違いがあるかを二元配置個人内の繰り返しの分散分析を用いて検定した. ペパーミントは, 音楽の種類と感情タイプの2つの主効果が有意であった(音楽はF=6.25, df(2,30), p<0.01;感情タイプはF=4.50, df(2,30), p<0.02). TukeyのHSDを使って音楽の効果を下位検定したところ(q(0.05,9,60)=4.55, HSD=0.4114), 高揚の感情では, (音楽なしvs沈静の音楽)間で有意差があった(p<0.05). 軽さの感情では, (音楽なしvs沈静の音楽)間及び, (高揚の音楽vs沈静の音楽)間で有意差があった (p<0.05). ラベンダーは, 音楽の主効果のみが有意であった(F=15.24, df(2,30), p<0.001). TukeyのHSDによる下位検定(q(0.05,9,60)=4.55, HSD=0.4114)の結果, 高揚感情では, (音楽なしvs沈静の音楽)間及び, (高揚の音楽vs沈静の音楽)間で有意差がみいだされた(p<0.05). 軽さの感情では, (高揚の音楽vs沈静の音楽)間で有意差があった(p<0.05).

考察

高揚・沈静の感情において大きな違いがある音楽2曲は, 香りの高揚・沈静の感情評価に影響を及ぼし, 高揚の音楽は香りの高揚感を高め(ラベンダーのみで観察された), 沈静の音楽は香りの高揚感を低下させた(ラベンダーとペパーミントの両方で観察された). しかし, ペパーミントでは, 高揚の音楽が香りの高揚感を高めることはなかった. これは, ペパーミントの香りがすでに高い高揚感を引き起こしているためであろう(Figure 2の高揚の感情価を参照).

加えて, 音楽は軽さの感情に対しても影響を及ぼし, 高揚の音楽は香りの軽さの感情を高め, 沈静の音楽は軽さの感情を低下させた(ラベンダーとペパーミントの両方で観察された). 軽さの主成分は, 実験前には予想していなかった要因であるが, われわれが実験に使用した音楽は, 軽さの感情においても違いがあり, さらに, その違いが香りの感情評価にも影響を及ぼしていた.

ところが, 親和の感情では, 音楽条件間に差がなかった(Figures 2&3). 使用した2つの音楽は, 軽さの感情より親和の感情において大きな違いがあったのであるから, この結果は, 音楽の感情価からは予想できない. 香りの感情価に対する音楽の影響は, 音楽がもつ感情価の強度の要因だけではなく, 問題となる香りの感情のタイプが何らかの理由で変動しにくいか変動しやすいかという要因がかかわっている可能性がある.

今日, 大きなデパートから小さなコンビニエンスストアにいたるまで, さまざまな商店で店内に音楽が常時流れている. これらの音楽は, 店の雰囲気を高めるために使われているのであろうが, 同時に売られている品物(たとえば, 食料品や衣類)から生じる香りの印象に影響する可能性が, 本実験の結果から示唆される.

Table 1

Principal component matrix of emotions induced by musical pieces

Table 2

Means and SDs of emotional scales for music based on principal component analysis

Table 3

Principal component matrix of emotions induced by two essential oils

Figure 1

Means of emotional values for two musical pieces are plotted for three emotional components.

Figure 2

means of emotional values for Peppermint in three music conditions are plotted for three emotional components.

Figure 3

means of emotional values for Lavender in three music conditions are plotted for three emotional components.

4. まとめ

本研究は, 音楽が香りの感情的印象に影響することを見出した. この音楽の影響は, 音楽の感情価の大きさによって一義的には決まらない可能性が示唆された.

謝辞

実験データの分析は熊谷賢氏に協力していただいた. 感謝の意を表します. 本研究は平成16年度文部科学省科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号 15330157 担当者SI)と平成16年度岩手大学大学活性化経費萌芽的教育研究支援経費(番号13 担当者HA)の補助を受けて行われた.

引用文献
 
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