2020 年 31 巻 1 号 p. 28-36
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP)の標準的治療は,永らく血漿療法であった.後天性TTPに対する抗体医薬リツキシマブが,Phase 2医師主導治験の成績をもとに,2018年8月に保険収載された.海外のシステマティック・レビューによれば,リツキシマブは再発・難治例の9割に有効性を示す.欧米では,後天性TTPにカプラシズマブが承認された.カプラシズマブは,フォンビルブランド因子に対する低分子抗体である.カプラシズマブは,重篤な血栓症,死亡リスク,血漿交換の回数を減らす効果がある.先天性TTPを対象に,遺伝子組換えADAMTS13製剤の臨床試験が進められている.本稿では,TTPに対する分子標的治療の幕開けを中心に紹介する.
血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP)に対する分子標的治療の開発が進み,専門家の注目を集めている1, 2).永らく先天性TTPの治療は,新鮮凍結血漿(fresh frozen plasma: FFP)製剤の定期輸注であった3, 4).現在,遺伝子組換えADAMTS13酵素製剤のPhase 2試験が進められており5),数年後には血友病治療のように,遺伝子組換え製剤が標準になることが予想される3).後天性TTPの治療は,我が国では週3回の血漿交換療法と副腎皮質ステロイドが,標準的治療であった4, 6).2019年4月より,血漿交換療法は血小板数が2日間連続して正常化するまで保険適応となり,2019年8月には抗体医薬リツキシマブが保険収載された7).さらに,急性期の死亡と重篤な血栓症を合併するリスクを下げる,抗フォンビルブランド因子抗体カプラシズマブが欧米で承認され8),本邦でも開発が進められている.本稿ではTTPの標準的治療に加えて,これから大きく発展が期待される分子標的治療薬についても紹介する.
希少疾病であるTTPの病態,検査と治療法が確立したのは,奈良医科大学 輸血部の功績が世界的に高く評価されている4).900名を超える血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy: TMA)の疾患登録9)を通じて,ADAMTS13活性とインヒビター(中和抗体)検査法と,標準的治療を確立した10).先天性TTPについて国際的な疾患登録11)もあり,約半数が日本からのデータ提供である.先天性TTPの女性患者は初回妊娠時に発症しやすいことも,疫学調査からあきらかにされている12).
先天性TTPの国内患者数は,約60名と少ない9).遺伝形式は常染色体劣性遺伝である.後天性TTPは年間約400名発症していると推測される6).2015年に国の難病に指定されており,今後,臨床個人調査票をもとにした疫学データが公開されることが期待される.
頻度 | |
---|---|
臨床症状 | |
微小血管障害性溶血性貧血+血小板減少 | 100% |
神経症状 | 39~80% |
発熱 | 10~72% |
消化器症状 | 35~39% |
腎障害 | 10~75% |
古典的5徴候 | 7% |
検査所見 | |
血小板数(中央値) | 1万~1.7万/μL |
血清クレアチニン(中央値) | 0.96~1.42 μmol/L |
LDH(中央値) | 1,107~1,750 U/L |
ヘマトクリット(中央値) | 20~27% |
先天性TTPは,新生児期に黄疸と溶血性貧血で発症することが多い3, 4).女性患者の場合,初回妊娠時に原因不明の溶血性貧血,黄疸で診断が付くこともある3, 4, 12).但し,稀な疾患であるため,免疫性血小板減少症,クームス試験陰性の温式自己免疫性溶血性貧血と誤診されることもあり,注意を要する3, 4).かつて,TTPの診断には,発熱,溶血性貧血,血小板減少,腎障害,動揺する精神神経症状のMoshcowitzの5徴候が重視された4).現在では,このうち溶血性貧血と血小板減少の2徴候に重きが置かれている6).原因不明の溶血性貧血と血小板減少を診たらTTPを疑う.
ADAMTS13酵素の遺伝子異常で発症する先天性TTPは,TTP総患者の5%と稀である13).後天性TTPは,ADAMTS13酵素に対するインヒビターが原因で発症する.基礎疾患がないものを原発性と呼び,約60%を占める(図1).二次性の原因として,自己免疫疾患(10%),感染症(9%),悪性新生物(5%),妊娠(4%),薬剤(3%),臓器移植(2%)が知られている(図1)13).なお,後天性TTPの治療後,数年経過してから膠原病を発症することもある14).
血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)の基礎疾患(文献13)
原因不明の溶血性貧血と血小板減少を診たら,TTPを疑う6).直接クームス試験が陰性,LDH高値,間接ビリルビン高値,血清ハプトグロビン低値の確認が鑑別診断に役立つ.一部の症例に破砕赤血球が出現して,参考になる6, 13).なお,播種性血管内凝固異常症(disseminated intravascular coagulation: DIC)と異なり,APTTとPTは延長しないが,D-dimerは高値を示す.ADAMTS13活性<10%であればTTPと診断が確定するが,あいにく外注検査の場合,結果が判明するまで約5営業日かかる.臨床的診断で速やかに,血漿交換療法を開始する必要がある.医学部で習ったMoshkowitzの5徴候の感度と特異度は低く,最近ではPLASMICスコア15, 16)とFrenchスコア17)が推奨されている(表2).
PLASMICスコア,点 | Frenchスコア,点 | |
---|---|---|
血小板数 | <3万/μL,1点 | <3万/μL,1点 |
腎障害 | <2 mg/dL,1点 | <2.26 mg/dL,1点 |
溶血の指標 | 網状赤血球>2.5%,ハプトグロビン検出以下,間接ビリルビン>2 mg/dL,1点 | ― |
がん | 過去1年に既往なし,1点 | ― |
移植 | 臓器移植と造血幹細胞移植の治療歴なし,1点 | |
MCV | <90 fL,1点 | ― |
INR | <1.5,1点 | ― |
評価 | ||
低リスク | 0~4点 | 0点 |
中間リスク | 5点 | 1点 |
高リスク | 6~7点 | 2点 |
備考:評価点が多いほど,ADAMTS13活性<10%である可能性が高い.
TMA患者を診察した場合,ADAMTS13検査結果を待たずとも,臨床的にADAMTS13低下を予測できる指標がある.米国のハーバード大学を中心とするPLASMICスコア15, 16)と,フランスTMAセンターのFrenchスコア17)が,国際的に活用されている.
Frenchスコアにおいて,血小板数<3万/μLかつ血清クレアチニン<2.26 mg/dLであれば,ADAMTS13活性<10%のTTPである可能性が高い13, 17)(表2).病原性大腸菌の感染で発症する溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)の多くは,急性腎不全を合併して,血清クレアチニン>2.26 mg/dLとなり,容易に鑑別診断を付けられる13, 17).
なお,Frenchスコアと比べて,PLAMICスコアの項目数は多く,少し複雑に見えるが,スコアの点数が高い程,ADAMTS13活性が低値でTTPである可能性が高くなる13, 15, 16).このようなスコアが開発された背景は,欧米でも院内でADAMTS13検査を行える医療機関は少なく,一般検査でADAMTS13低値を予測して,血漿交換療法を速やかに開始することが目的である(図2)13).
TTPの診断と治療(著者作図)
2017年,日本血液学会誌「臨床血液」に,国内初となるTTP診療ガイド2017が掲載された6).海外では国際コンセンサス報告書18)が発表されている.今後,国際血栓止血学会より,TTPガイドラインが公開される予定である.
後天性TTPの治療は,ADAMTS13酵素の検査結果を待たず,臨床的診断に基づき速やかに血漿交換療法を開始する必要がある13)(図2).未治療では2週間以下に9割が死亡するため,適切かつ速やかな診断が求められる4).血漿交換に用いるFFP用量は,50~75 mL/kgを目安とする6).血小板数が2日連続して正常化するまで,血漿交換を連日行う6).なお,インヒビター力価を下げるため,副腎皮質ステロイドを併用する.ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1回1 g,1日1回,3日間)と,高用量プレドニゾロン(1 mg/kg)には優劣が付けられていない6).血漿交換を行っても約3割が再発,約1割が死亡することから,抗体医薬リツキシマブとカプラシズマブが開発された1, 2).
約10年前から欧米では,後天性TTPの再発・難治例に,抗体医薬リツキシマブが投与され,血漿交換療法との併用で9割を超える高い有効性が報告されていた19–21).
国内における適応拡大を目標に,2014年再発・難治性の7名を対象に,国内の13医療機関で,Phase 2医師主導治験(厚生労働科学研究,難治性疾患克服研究事業)を行った21, 22).治験では,血漿交換療法を5回受けても血小板数<5万μL,またはADAMTS13インヒビター>2 Bethesda unit (BU)/mL以上を難治例と定義した22).標準的治療である血漿交換療法と副腎皮質ステロイドに,リツキシマブ375 mg/m2を週1回,4週間の点滴を併用した(図3).リツキシマブ投与開始から4週間以内に,治療効果の判定対象とした6名全員が血漿交換療法を中止できた22).6名中5名(83%)において,治療開始4週後の血小板数が10万/μLを超えた(図3A).ヘモグロビン値は,治療経過とともに全例改善した(図3B).ADAMTS13活性は6名中4名で回復し(図3C),ADAMTS13インヒビターは治療開始2週後に全例陰性化した(図3D).有害事象は軽症で,全て既知のものであった22).
後天性TTPの日本人に対するリツキシマブのPhase 2医師主導治験(文献22)
(A)血小板数,(B)血清ヘモグロビン値,(C)ADAMTS13活性,(D)ADAMTS13インヒビター力価.
医学上の必要性が高い未承認薬・適応外薬検討会議において,この医師主導治験の成績とガイドラインを元に公知性が認められ,2019年8月に保険収載された.2020年初頭に適応拡大が期待される.
1990年代,血漿交換療法と副腎皮質ステロイドが無効な難治例,再発例に対して,抗がん剤(シクロホスファミド,ビンクリスチン),脾臓摘出術,免疫抑制剤(シクロスポリンなど)が選ばれていた1, 6).脾臓摘出術の有効性は8割と高いが,血小板が減少している難治例に対する手術は,出血と血栓のリスクがあり実際に行うのは難しい1, 2).リツキシマブの保険収載により,これらのサードライン治療が選ばれる機会は,さらに少なくなる.
欧米で,急性期にリツキシマブを投与すると,血漿交換の回数を減らし,入院期間を短縮できること,さらに再発率が下がることが報告されている(図4)23).英国とフランスのように,急性期の全例にリツキシマブを投与する施設もあるが,救急搬送時に,心臓の虚血所見(心電図異常,血清トロポニンI高値),精神神経症状があるなど,死亡リスクが高い症例に,対象を絞る医療機関もある1, 2).経験的に,ADAMTS13インヒビター>2 BU/mLの症例は前述の臓器虚血を合併することが多く,リツキシマブ投与対象になりえる7, 22).英国はリツキシマブ1回375 mg/m2を週1回,4週間19).フランスは同用量を週2回投与しているが20),有効性に大きな差はない.
後天性TTPの急性期に対するリツキシマブの効果(文献23)
ヒストリカルコントロール群と比べ,リツキシマブ群は再発率が低い.
血漿交換療法で寛解した症例において,ADAMTS13活性が<20~30%に低下すると再発しやすい24).このことから,血小板数と血清LDH値が正常な寛解例において,ADAMTS13インヒビターの上昇と同酵素活性低下があれば,再発を予防するためリツキシマブを投与して有効性を確認した海外試験がある(図5)1, 25).論理的に正しい治療法ではあるが,費用対効果,安全性などは今後の臨床試験により検証する必要がある.なお,自験例として,これから妊娠を予定するにあたり,妊娠中のTTP再発を予防するため,リツキシマブを投与した症例がある.
後天性TTP寛解例に対するリツキシマブの再発予防効果(文献25)
寛解例のうち,ADAMTS13活性が低下した症例に,リツキシマブを投与すると非投与群と比べて,再発率が低下した.
これまでの血漿交換療法,副腎皮質ステロイド,リツキシマブの組み合わせでも解決できない問題は,急性期の血栓症による死亡例(10%)である1).カプラシズマブは,ベルギーにあるベンチャー企業Ablynx社が開発したフォンビルブランド因子(VWF)に対する低分子抗体である8).標準的治療に併用することで,血小板数が正常化するまでの日数を短縮し(図6),死亡の回避,重篤な血栓症の合併を予防する効果が,プラセボ対照比較試験で検証され,N Engl J Med誌に掲載されている8).すでに欧米で承認され,現在,国内でも臨床開発が進められている.薬剤の副作用は軽く,フォンビルブランド病に似た,鼻血,口腔内出血,紫斑を認めることがある.なお,カプラシズマブは血栓症を予防するが,ADAMTS13インヒビターを減らさない1).カプラシズマブは血漿交換を終了してから少なくとも30日間は,1日1回皮下注射をする1, 8).その間に,副腎皮質ステロイドまたはリツキシマブで十分に免疫抑制をかけ,ADAMTS13活性を回復させないと,カプラシズマブの中止後早期にTTPが再発することが知られている1, 2, 8).
後天性TTPに対するカプラシズマブPhase 3試験(文献8)
血漿交換療法と副腎皮質ステロイドに,カプラシズマブを併用すると,プラセボ群と比べて,血小板数が正常化するまでの日数を短縮できた.カプラシズマブは,フォンビルブランド因子に対する低分子抗体.
カプラシズマブの薬価は1ヶ月あたり,海外で約3,000万円と高額である1, 2).このため欧州では,急性期の死亡リスクが高い症例に適応を絞る,あるいはリツキシマブを早期に併用することで,カプラシズマブの投与期間を短くする提案が海外の総説に掲載されている1, 2).
先天性TTP患者は,これまで黄疸あるいは血小板減少時にFFPの輸注を受けていた3).再発を繰り返す症例,あるいは妊婦は定期輸注を行っていた3, 4).先天性TTPに対するFFP製剤の有効性は高いが,発熱,じんま疹,血圧低下などのアレルギー症状と感染症合併のリスクが,課題とされる3, 6).先天性TTP患者を対象にした遺伝子組換えADAMTS13製剤のPhase 1試験では薬物動態が調べられ,FFPとの同等性が確認された(図7)8).現在,標準的治療を対象群とした,国際共同治験が進められている.治験が成功すれば,FFPに代わる標準的治療になることが強く予想される.
先天性TTPに対する遺伝子組換えADAMTS13製剤の薬物動態試験(文献5)
血漿由来ADAMTS13と同等の薬物動態を示した.
リツキシマブを投与するとBリンパ球は消失するが,自己抗体を産生する形質細胞は体内に残る.このことから,プロテアソーム阻害剤ボルテゾミブが,難治性の後天性TTPに対して試され,少数例であるが有効性が確認されている1).なお,非臨床試験の成績として,過剰量の遺伝子組換えADAMTS13製剤を投与すると,後天性TTPの治療に有効な可能性がある1).また,自己抗体が結合できない変異型ADAMTS13を投与すると,血漿交換療法が不要になることも期待される1, 2).
後天性TTPは1990年代に,血漿交換療法により死亡率が9割から1割に低下した.2010年代はリツキシマブの臨床応用により,再発・難治例が救済された.今後,遺伝子組換えADAMTS13,カプラシズマブ,ボルテゾミブなど,分子標的治療薬の登場により,患者の生活の質(QOL)が改善されることが,大いに期待される.
役員・顧問職・社員など(全薬工業),臨床研究(治験)(サノフィ)