2020 年 31 巻 1 号 p. 37-44
溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は破砕赤血球を伴う微小血管症性溶血性貧血(microangiopathic hemolytic anemia: MAHA),血小板減少症,急性腎傷害(acute kidney injury: AKI)を3主徴とし,小児期においてはその大半が志賀毒素産生性腸管出血性大腸菌感染症に続発する.我が国では感染症法により本感染症は三類感染症に指定され,全例届け出義務があり,その集計より年間感染者数は3,000~4,000名で,100件程度がHUSを発症することが明らかとなっている.近年の傾向として従来,HUSを続発する血清型は主にO157:H7であったが,O157以外の血清型による症例が増えており感染の確定診断の際には注意を要する.HUSの診断は3主徴の有無により行い,治療は支持療法が主体となる.志賀毒素産生性溶血性尿毒症症候群発症に関する補体系の関与も報告されているが,補体制御薬の効果は確認されていない.基礎,臨床双方の面からのさらなる検討が必要である.
溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は破砕赤血球を伴う微小血管症性溶血性貧血(microangiopathic hemolytic anemia: MAHA),血小板減少症,急性腎傷害(acute kidney injury: AKI)を3主徴とし,1955年von Gasserら1)により5例の小児例として初めて報告された疾患である.本疾患は血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP)とともに,臨床病理学的に細血管障害性溶血性貧血,血小板減少,細血管内微小血栓による臓器機能障害を3徴候とする血栓性微小血管障害症(thrombotic microangiopathy: TMA)という疾患概念2)に含まれる.HUSをきたす発症病因として,小児期に最も多いのが志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin-producing Escherichia coli: STEC)感染であり,出血性下痢をHUS発症の前駆症状に持つ.これらSTEC感染に続発して発症するHUSは従来,HUSの発症原因の大半を占めることから典型的HUSとも称されていたが,HUSにおいても様々な病因が特定されてきたことから現在では,STEC associated HUS(STEC-HUS)と称することが多い.
1983年,志賀毒素がHUSを発症した患者の糞便中に同定され3),同年の牛肉パテを原因としたSTEC O157:H7による出血性腸炎のアウトブレイク4)の発生をもとにSTEC感染が社会的にも医療的にも注目されるようになった.一方,我が国では,1990年の浦和での保育園での集団発生事例や1996年の大阪府堺市での学校給食に起因した集団食中毒事例5)によりSTEC感染は世間的に周知されるようになった.その後も2011年には我が国の北陸地方を中心としたユッケ食材に起因したO111による集団食中毒事例6)やドイツ,フランスを中心としたO104による集団食中毒事例7)など血清型がO157以外のSTEC感染事例,それに引き続いてのHUS症例が報告されるようになり,O157以外の血清型を呈するSTECに関しても留意が必要となっている.本稿では,このSTEC-HUSについて,病因,診断,治療について概説する.
STEC-HUS発症病態はSTEC感染による血管内皮障害に引き続き発症するTMAで説明される.TMAは主に腎において観察される所見で血管内皮細胞障害,内皮細胞腫大,内皮細胞の基底膜からの脱落,double contourといわれる糸球体基底膜の二重化,糸球体毛細血管や最小動脈での血小板・フィブリン血栓が存在することと定義される.このことから,シェアストレスによる物理的溶血,血小板の活性化および凝集による血栓形成および血小板減少と急性腎障害をきたすことになる.STECは通常,腸管へ侵入後attaching and effacing(A/E:付着と退縮)lesionとよばれる特徴的な感染様式を呈し,最終的に杯状台座構造(cup-like pedestal)を形成し,強固に腸管上皮に付着,コロニーを形成する.
STECが産生する志賀毒素(Shiga toxin: Stx)には,Stx1とStx2の2種類が存在し,一般的にStx2のほうが強毒性であり,STEC-HUSの発症に関与する.腸管内で産生されたStxは消化管上皮より,体循環に入ると血小板や多核白血球,単球,赤血球などと結合した状態で,受容体であるGb3(globotriaosylceramide 3)を発現する腎,脳,心臓,膵臓などの標的臓器に到達する.その後,内皮細胞にエンドサイトーシスにより取り込まれ,小胞体に至り,蛋白合成を阻害することにより内皮細胞障害を引き起こし,TMAの発症に至る.
2011年に,重度な神経症状を呈し,血漿交換療法抵抗性のSTEC-HUS症例に対してC5モノクローナル抗体製剤であるエクリズマブが使用され,著効したという3例報告がなされたことから8),STEC-HUSにおける補体の活性化が注目されるようになった.Stxが補体制御因子であるH因子(complement factor H: CFH)の6~8番目や18~20番目のshort consensus repeatに結合し,内皮細胞膜上でのCFH補体制御機能不全を引き起こすことや,Stxが直接的に補体第二経路を活性化することが報告されている9, 10).
ラテンアメリカを含む世界21か国からの報告ではSTEC感染の頻度は,43.1症例/10万人・年と推定され,年間約280万人の患者が発生し,約30%が5歳未満,約20%が5~15歳と約半数が15歳未満の小児例である.STEC-HUS発症の患者も3,890例の発症数と推定され42%が5歳未満の小児で,18%が5~15歳までの小児例と推定されている11).しかし,6か月未満の乳児例での発症率は低く,1%程度の発症率と報告されている12).一方,我が国では,腸管出血性大腸菌感染症は,感染症の予防および感染症の患者に対する医療に関する法律(通称:感染症法)で三類感染症に指定されており,症状の有無にかかわらず感染者名,年齢,性別その他を最寄りの保健所長を通じて都道府県知事に届け出が義務付けられている.その集計から我が国では,STEC感染症患者2,000~3,000名/年,無症状病原体保因者1,000~2,000名/年が報告され,年間約4,000名の発症者/保因者が発生しており(図1),STEC-HUSを発症した患者も年間80~100名前後が報告されている(図1,2).
わが国におけるSTEC感染者(有症状者,無症状者)数の推移
病原微生物検出情報vol 40(5): 2019, vol 39(5): 2018, vol 38(5): 2017, vol 37(5): 2016, vol 36(5): 2015, vol 35(5): 2014, vol 34(5): 2013, vol 33(5): 2012, vol 32(5): 2011, vol 31(6): 2010よりデータ抽出.
わが国におけるSTEC-HUS発症者数と血清型判明者数の推移
病原微生物検出情報vol 40(5): 2019, vol 39(5): 2018, vol 38(5): 2017, vol 37(5): 2016, vol 36(5): 2015, vol 35(5): 2014, vol 34(5): 2013, vol 33(5): 2012, vol 32(5): 2011, vol 31(6): 2010よりデータ抽出.
STEC感染症においてSTEC-HUSに進展する率は5~15%程度と推定されるが,STEC-HUSへの進展は感染宿主側要因(幼少年齢であることなど),STECの血清型,産生するStxの種類などに影響される.近年,欧米ではSTEC感染症で検出されるSTECの血清型分類において,血清型O157の占める頻度が減少し,O26やO80といった血清型菌種の増加が報告されている12).我が国でもSTEC感染症における原因菌の血清型をみると,菌種判明例のうちO157が最多であるが,その検出割合は約50%であり,約半数がO26などのO157以外の血清型菌が検出されている(図3,4).一方,STEC-HUS発症例における判明菌種血清型に関しては,10年前ではO157が約90%程度を占めていたが,ここ10年でその頻度は徐々に低下し,2018年度には約70%程度にまで低下している(図5).O157以外の血清型の診断は,国立感染症研究センターをはじめとする公的機関に依頼する必要があり,今後,一般市中病院でも測定可能なシステムの構築が必要である.
わが国におけるSTEC感染者における病原菌判明者およびその血清型別数の推移
病原微生物検出情報vol 40(5): 2019, vol 39(5): 2018, vol 38(5): 2017, vol 37(5): 2016, vol 36(5): 2015, vol 35(5): 2014, vol 34(5): 2013, vol 33(5): 2012, vol 32(5): 2011, vol 31(6): 2010よりデータ抽出.
わが国におけるSTEC感染者における判明血清型比率の推移
病原微生物検出情報vol 40(5): 2019, vol 39(5): 2018, vol 38(5): 2017, vol 37(5): 2016, vol 36(5): 2015, vol 35(5): 2014, vol 34(5): 2013, vol 33(5): 2012, vol 32(5): 2011, vol 31(6): 2010よりデータ抽出.
わが国におけるSTEC-HUS発症者における判明血清型比率の推移
病原微生物検出情報vol 40(5): 2019, vol 39(5): 2018, vol 38(5): 2017, vol 37(5): 2016, vol 36(5): 2015, vol 35(5): 2014, vol 34(5): 2013, vol 33(5): 2012, vol 32(5): 2011, vol 31(6): 2010よりデータ抽出.
我が国では,感染症法に基づき腸管出血性大腸菌感染症はStxを産生するSTECの感染に伴う全身性疾患と定義され,その診断は,患者便中より大腸菌が検出され,検出された大腸菌のStx産生能が毒素産生の確認もしくは毒素遺伝子の検出で確認された場合であり,HUS発症例においてのみ患者便よりStxが検出した場合もしくは,患者血清よりO抗原凝集抗体もしくは抗Stx抗体を検出した場合とされる.
STEC感染のスクリーニングはHUSを呈した患者,特に小児においては全例で施行されるべきであり,非典型HUS(atypical HUS: aHUS)との鑑別診断や,患者の再発頻度,予後推定のためにもSTEC感染の証明または除外診断は必要である.STEC感染症患者の便中へのSTEC排泄は,下痢発症後数日のみしか持続しないため,発症後早期の採便検体の確保が重要である.採便が叶わない場合には,直腸スワブでの検体採取も考慮する.検出例が最も多い血清型O157:H7はソルビトール非発酵株であり,sorbitol MacConkey培地での検出が可能となるが,その他の血清型菌については適合した選択培地の使用が必要である.
便培養にてSTEC感染が同定できない場合,特に発症後の経過時間が長い症例や抗菌薬投与がすでになされてしまった症例においては抗大腸菌リポポリサッカライド抗体(抗LPS抗体)の測定が有用である.IgAもしくはIgM型の抗LPS抗体であり,2週間以上の間隔を開けて2回採取し上昇を確認する.
我が国においては,STEC O157に関しては,コマーシャルベースでの検査も可能であり,比較的検出頻度は高くなると想定できるが,他の血清型についてはコマーシャルベースでの検討が不可能であり,各医療施設の検査室レベルに依存しているのが現状である.しかし,疫学的な観点や公衆衛生学的な観点より,血清型まで含めたSTEC感染の有無の同定は必要である.我が国では,国立感染症研究所や地方衛生研究所においてSTECの分離,同定,血清型別,毒素型別の同定が行われており,通常の検査にてSTEC感染が同定できない場合は,検査を依頼することになることを想定して,地方衛生研究所などへの便検体が可能なように発症早期の十分な検体量を保存しておく必要がある.
さらに,STEC感染による出血性腸炎時の臨床的な特徴として大腸壁の顕著な肥厚がある.5 mm以上の肥厚例も経験される.出血性腸炎発症時には腹部超音波検査で大腸壁厚を測定し,顕著な肥厚が確認された際には,STEC感染を疑い,便培養,血清LPS抗体価測定も含めた積極的なSTEC感染の証明と,経時的な腹部超音波検査による腎皮質輝度の上昇や腎血流の低下の有無を検討し,HUS発症の有無について厳重な管理を行う.
HUSの診断には,以下に示す3主徴の診断基準13)に沿って診断する.
1)溶血性貧血(破砕赤血球を伴う貧血でHb<10 g/dL)
2)血小板減少(血小板数<150,000/μL)
3)急性腎傷害(血清クレアチニンが年齢・性別の基準値の1.5倍以上.小児の血清クレアチニン基準値は小児腎臓病学会での基準値を用いる)
下痢,顕血便,腹痛といったSTEC感染症に典型的な腹部症状に上記診断基準を満たす臨床徴候があれば,比較的容易にSTEC感染症を疑い診断に到達できると思われるが,腹部症状が軽微な場合には診断が困難となる.しかし,aHUSにおいても,下痢,腹痛といった腹部症状は約40%に合併すると報告されており14),STEC-HUSとの鑑別は困難となる.
STEC-HUSの治療は支持療法が中心で,入院管理の上,慎重な経過観察を必要とする.特に水分出納のバランスをとることは重要であり,急性腎傷害の管理に慣れた施設での入院加療が望ましい.STEC-HUSの治療は,HUSを発症する前の出血性腸炎STEC感染症に関する治療と,STEC-HUSを発症した段階での治療とに分けて考える必要がある.
1)STEC感染症に対する治療 (1)輸液療法STEC感染症による出血性腸炎に対する治療の基本は輸液と食餌療法である.STEC感染に伴い出血性腸炎を発症すると,頻回の下痢に加えて,激しい腹痛,嘔気・嘔吐による水分摂取の低下から脱水に陥る場合が多く,脱水による急性腎障害の増悪が懸念される.この観点からHUS発症前のSTEC感染症の段階における晶質輸液投与による血管内容量の増加・補充がHUSを軽症化する可能性を考慮した研究が複数実施され,その研究結果が報告されている15–19).これらの結果も踏まえたGrisaruらによるシステマティックレビュー・メタアナリシス20)では,HUS発症時のヘマトクリット値(Ht値)が23%以上では,乏尿性HUS発症,腎代替療法導入率,死亡率に対するオッズ比はそれぞれ2.38,1.90.5.13であり,HUS発症まで晶質液静脈内投与が腎代替療法導入リスクをオッズ比0.26にまで軽減すると報告されている.この結果は,厳重な水分出納管理下における血管内容量増大を目的とした晶質液輸液が続発して発症するHUSを軽症化する可能性を示すものであり,厳格な体液量の評価,水分出納の管理を行ったうえで,晶質液を用いた血管内容量増大を目指した輸液療法は推奨されるといえる.
(2)抗菌薬投与STEC O157感染症患者を対象としたコホート研究において抗菌薬投与群でHUS発症率が高く21),抗菌薬投与によりSTECからのStx放出が増加し,抗菌薬投与がHUS発症の危険因子と認識される欧米に対して,わが国では1996年の集団発生時の解析から,消化器症状出現早期のホスホマイシン投与がHUS発症を抑制するとの報告がある22).STEC感染時における抗菌薬投与に関するメタアナリシスも,抗菌薬投与がHUS発症のリスクを増大させるという結果は得られていないとする解析結果23)や,全体としては関連がないように見えるが,リスクバイアスを評価したうえでの解析では抗菌薬投与とHUS発症に関連があるという報告24)もあり,現段階でも一定の見解にはない.しかし,ドイツでのSTECO104:H4による集団感染時にはアジスロマイシンにより保菌期間が短縮したという報告25, 26)や,アジスロマイシンがin vitroの実験系でSTECからのStx産生が減少したとの報告27)からSTEC感染に対するアジスロマイシンの効果が注目されている.臨床的な有用性や有害性などの検証のためにはprospective controlled trialが必要と考えられ,フランスで現在進行中の試験(ClinicalTrials.gov NCT01336516)結果が待たれる.
2)HUS発症後の治療STEC-HUSにおいてHUS発症後の治療として抗血小板薬や抗凝固治療,血漿輸注などの有効性を示すランダム化比較試験は存在せず,特異的な治療はない.水分出納の管理,血圧調節,輸血などを中心とした全身管理,すなわち支持療法が主体となる.
輸血に関しては,血中Hb値が6 g/dL以下にまで低下するような溶血性貧血を呈した場合には,濃厚赤血球輸血を行う.過剰な補正は溶血を促進するのみであり,胆石形成のリスクを増大させることに留意する.血小板輸血に関しては,HUSの病態が消費性の血小板減少であり,血小板血栓の形成を助長する可能性があるため,原則的に行わず外科的処置や出血傾向が問題になる場合に限定する.また,一般的に輸血は急速な血管内容積の増加やカリウム負荷を来すため,溢水や高血圧に留意した輸液スピードの調節が必要である.特にカリウム負荷は非常に危険であり,洗浄赤血球の使用やカリウム除去フィルターの使用を考慮する.
急性腎傷害に関して施行する腎代替療法の導入基準として,下記の条件が示されている13).
①内科的治療に反応しない乏尿の持続
②緊急是正を要する電解質異常(K>6.5 mEq/LやNa<120 mEq/Lなど)
③尿毒症症状の持続
④代謝性アシドーシス(pH<7.20)
⑤肺水腫,心不全,高血圧など溢水状態
⑥輸液スペース確保目的
腎代替療法の選択については腹膜透析,間歇的血液透析,持続的腎代替療法を患者の状態や施設における習熟度を踏まえた上で選択する.
2011年に,重度な神経症状を呈し,血漿交換療法に抵抗性のSTEC-HUS症例に対してC5モノクローナル抗体製剤であるエクリズマブが使用され,著明な効果を示したという3例の報告がなされた8).このことから,STEC-HUSの発症病態における補体の活性化の関与が再考されるようになった.しかし,同時期に施行されたドイツでの集団発生事例における2本の研究では明かな効果は認めず28, 29),現在までに有効性を示したランダム化比較研究はない.このことから現段階でのSTEC-HUSに対するC5モノクローナル抗体(エクリズマブ)の使用は勧められない.
STEC-HUSの病態生理,疫学,診断,治療について概説した.今後,TMAという疾患概念の中で,さらなる研究が進み新たな診断・治療法が開発されることが期待される.
臨床研究(治験)(アレクシオンファーマ),研究費(受託研究(アレクシオンファーマ)