2020 年 31 巻 1 号 p. 55-60
血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy: TMA)は,微小血管症性溶血性貧血,消費性血小板減少,微小血管内血小板血栓による臓器症状を3主徴とする病態である.妊娠に関連したTMAとしては,ADAMTS13活性著減による血栓性血小板減少性紫斑症(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP),補体制御異常による非典型的溶血性尿毒症症候群(atypical hemolytic uremic syndrome: aHUS),HELLP症候群を含む二次性TMAが挙げられる.妊娠関連TMAでは,急性期の適切な診断と治療が予後に直結するため,溶血性貧血に伴い急激な血小板減少や臓器障害を認めた場合,早期からTMAを鑑別に挙げる必要がある.また,HELLP症候群が疑われた症例においても,非典型的に臓器症状が重症化・遷延した場合には,aHUSやTTPの可能性を考慮することが肝要である.
血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy: TMA)はi)微小血管症性溶血性貧血(Hb<10 g/dLかつ血清LDHの上昇,血清ハプトグロビンの著減,破砕赤血球の存在),ii)消費性血小板減少(<15万/μL),iii)微小血管内血小板血栓による臓器症状(神経症状,腎機能障害,消化器症状,心血管症状,肺症状,視覚症状)を3主徴とする病態である.さらにTMAは滋賀毒素による溶血性尿毒症症候群(Shiga toxin-producing Escherichia coli: STEC-HUS),ADAMTS13活性著減による血栓性血小板減少性紫斑症(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP),補体制御異常による非典型的溶血性尿毒症症候群(atypical hemolytic uremic syndrome: aHUS),二次性TMAに分類される(図1).HELLP症候群は妊娠により引き起こされる二次性TMAである.本稿では,妊娠関連TMA(TTP,aHUS,HELLP症候群)について述べる.
妊娠関連TMAの鑑別
STEC: Shiga toxin-producing Escherichia coli.参考文献8より引用改変.
TTPの発症は100万人に3.7人と稀な疾患である.しかし,妊娠中は25,000人に1例の頻度とやや頻度が上昇し,患者の5%程度は妊娠中に初めて発見される1).妊娠前にTTPと診断されておらず無治療の場合には,妊娠20週以降に流産や胎児死亡となる可能性が高く,母体死亡例の報告もある2).
発熱,溶血性貧血,血小板減少,腎機能障害,動揺性意識障害がTTPの古典的5徴である.von Willebrand factor(VWF)切断酵素であるADAMTS13の活性が低下することにより発症し,血液検査所見にてADAMTS13活性の低下(基準:10%未満)を認めることで診断される.さらにADAMTS13遺伝子異常によって活性が10%未満に低下する先天性TTP(Upshaw-Schulman症候群)と,ADAMTS13に対する自己抗体が作られADAMTS13活性が低下する後天性TTPに分類される.自己抗体産生の原因として妊娠,薬物,悪性腫瘍,膠原病などが挙げられる.また,感冒などに伴う血小板減少の既往があるものの,特発性血小板減少性紫斑病(idiopathic thrombocytopenic purpura: ITP)と誤って診断されている例もあり,注意が必要である.
VWFは血液中に存在する止血因子で,主として血管内皮細胞から分泌され,分子量が大きいほど血小板との反応が強く活性が高い.血管内皮細胞から分泌直後は,超高分子量VWF重合体と呼ばれるが,ADAMTS13によって止血に必要な適度な分子量のVWFに制御されている.ADAMTS13活性が著減すると超高分子量VWF重合体が切断されず,全身の微小血管に血小板血栓を形成して,TTPを発症する3).妊娠中はフィブリノゲンやVWFが増加し,線容系の活性が低下するため,非妊時と比較しTTPを発症しやすい状態にあると考えられる.図2に,TTPの発症時期を示したFakhouriらの報告を示す4).TTPは広く妊娠初期から後期に認められるが特に妊娠20週以降の発症が多い.
TTPとaHUSの発症時期の比較
参考文献4より引用改変.
治療としては,先天性TTPでは新鮮凍結血漿の輸注を行う.妊娠前に先天性 TTPと診断されている症例においては,計画的に新鮮凍結血漿を予防投与することで安全に分娩することが可能となる.後天性TTPの治療では血漿交換が必須である.血漿交換の目的は,i)ADMATS13の補充,i)ADAMTS13に対する自己抗体の除去,iii)超高分子量VWF重合体の除去,iv)正常なサイズのVWFの補充である.
妊娠中のTTP症例166例における検討で,母体死亡率は1980年以前では50%以上もあったが,1980年~1995年は17%,1995年以降は10%未満と改善してきている.血漿交換が治療法として導入されたことにより,死亡率が減少してきていると考えられる5).現在,ADAMTS13活性の測定は保険適用となっており,妊娠中に原因不明の血小板減少と溶血性貧血を認めた場合には,ADAMTS13活性の測定を行い,TTPを鑑別することが重要である.また,ADAMTS13活性の測定は,TTPの診断だけでなく,血漿交換の治療効果判定にも有用である.
2)aHUSaHUSは発症すると約半数の患者が腎不全に至る,予後不良な疾患である6).aHUSと他の妊娠関連TMAとの鑑別は,除外診断によって行われる.つまり,STEC-HUS,TTP,二次性TMAいずれにも該当しないTMAがaHUSと定義される.aHUSはTTPと異なり診断マーカーが無いため,診断が困難であるが,診断・治療が遅れることで腎障害を残す可能性がある.妊娠中・分娩後におけるaHUS発症時期を図2に示す.主に分娩後に発症し,緊急透析を必要とするような急激な腎機能悪化を伴うのが特徴である.
aHUSは補体関連遺伝子の異常が原因となり,補体第二経路の異常活性化により発症する.補体の活性化には3つの経路が知られているが,補体第二経路は常に活性化しており,活性化を制御する因子が複数知られている(図3).aHUSの発症には,H因子(complement factor H: CFH),I因子(complement factor I: CFI),CD46(membrane cofactor protein: MCP),thrombomodulin(THBD)などの抑制因子の機能が喪失する場合と,C3やB因子(complement factor B: CFB)など活性化因子が機能を獲得する場合がある.さらに,H因子に対する抗体が産生されることでもaHUSを発症する(図3)3, 7).aHUSは既知の原因遺伝子(CFH, CFI, CD46, C3, CFB, THBD, DGKE)変異や抗H因子抗体を検出することで確定診断される.妊娠に関連したaHUSの原因として主たるものはCFHとCFIであり,それぞれ20%,15%の症例に認められると報告されている6).
補体第二経路と補体抑制因子
本邦におけるaHUSの診断基準(2015年)では,次の3つの基準が示されている8).つまりi)CFH,CFI,CD46,C3,CFB,THBD,DGKEの7遺伝子異常例,ii)抗H因子抗体陽性例,iii)TMAのうち,STEC-HUS,TTP,二次性TMAが否定的であるが,上記i),ii)が認められない臨床的aHUS,である.aHUSは補体異常が原因であるものの,それを証明する方法としては遺伝子解析以外に有用な方法がないため,臨床的には除外診断とならざるを得ない.また,aHUS関連遺伝子や抗H因子抗体を検査したとしても異常が明らかにならないaHUS症例も30~40%存在することにも留意が必要である3, 7, 8).
aHUSに対する治療は血漿交換の他,エクリズマブの投与や腎移植が挙げられる.血漿交換では,異常な補体関連蛋白や抗H因子抗体を除去し,正常補体関連蛋白を補充することを目的としている.血漿交換は発症後速やかに開始し,連日施行の上で徐々に減量していくことが推奨されている8).エクリズマブは補体C5に結合してC5からC5aとC5bへの分解を抑制し,C5aと膜侵襲複合体(membrane attack complex: MAC)の産生を抑制する,ヒト型遺伝子組み換えモノクローナル抗体製剤である(図3).aHUSにおいて,血漿交換療法開始後も腎機能障害が遷延する症例に対して投与を行うことで,予後の改善が見込まれる.分娩後に溶血性貧血と血小板減少を伴う急激な腎機能障害を認めた場合,早期からaHUSを鑑別疾患に挙げることが肝要である.
3)二次性TMAとHELLP症候群二次性TMAは自己免疫性疾患や悪性腫瘍,感染症(肺炎球菌,インフルエンザウィルスなど),薬剤性(抗血小板薬,免疫抑制剤)など様々な原疾患に引き続いて発症するTMAである.妊娠に関連する二次性TMAとして,HELLP症候群が挙げられる.HELLP症候群は,溶血(Hemolysis)による末梢血液像の異常やビリルビン・LDHの上昇,肝機能障害による肝逸脱酵素の上昇(Elevated Liver enzymes)と,血小板の減少(Low Platelet)を特徴とする症候群でこれらの頭文字から疾患名がつけられている.HELLP症候群は周産期死亡率が高く,DIC,胎盤早期剝離,肝破裂などにより母体死亡のリスクも高くなる.HELLP症候群の診断にはSibaiらの診断基準(Tennessee system classification)(表1)やMartinらの診断基準(Mississippi classification)(表2)が用いられる.Martinらは,母体の重篤な合併症(母体死亡,痙攣,肺水腫,急性腎不全,急性肝不全,肺出血,DIC,脳卒中など)を,Mississippi classificationのclass 1では44%に,class 2では13%に,class 3では23%に認めたと報告している9).HELLP症候群は一般的には妊娠の終了により速やかに症状は改善するが,分娩後に重症化,遷延する例もある.
溶血(H) | LDH>600 IU/Lまたは総ビリルビン>1.2 g/dL |
肝機能障害(EL) | AST>70 IU/Lもしくは施設基準の2倍をこえる |
血小板減少(LP) | 血小板数<10万/mm3 |
溶血(H) | 肝機能障害(EL) | 血小板減少(LP) | |
---|---|---|---|
Class I | LDH≧600 IU/L | AST or ALT≧70 IU/L | 血小板数≦5万/mm3 |
Class II | LDH≧600 IU/L | AST or ALT≧70 IU/L | 血小板数≦10万/mm3 |
Class II | LDH≧600 IU/L | AST or ALT≧40 IU/L | 血小板数≦15万/mm3 |
HELLP症候群と関連の深い疾患に妊娠高血圧症候群がある.HELLP症候群の約80%で高血圧を認めるように,妊娠高血圧症候群ではHELLP症候群の発症を念頭に入れた管理が必要となる.血液検査項目としては,TMAを念頭においてHb,血小板数,AST,ALT,LDH,クレアチニン,尿酸値,アンチトロンビン活性値などのフォローアップが必要である.妊娠高血圧症候群は近年,英語名がpregnancy induced hypertension(PIH)からhypertensive disorders of pregnancy(HDP)に変更された.妊娠高血圧症候群は妊娠時に高血圧(収縮期血圧≧140 mmHgもしくは拡張期血圧≧90 mmHg)を認めるものと定義される.分類の詳細については省略するが,i)妊娠高血圧腎症(preeclampsia):妊娠20週以降分娩後12週までに高血圧を発症し,かつタンパク尿を伴うもの,またはタンパク尿を認めなくても,肝機能異常,腎機能異常,神経障害,血液凝固異常を有するもの,ii)妊娠高血圧(gestational hypertension):妊娠20週以降分娩後12週までに高血圧を発症し,かつpreeclampsiaの定義に当てはまらないもの,iii)高血圧合併妊娠(chronic hypertension):高血圧が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在するもの,iv)加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia):高血圧合併妊娠の妊娠中の増悪,あるいは高血圧合併妊娠にpreeclampsiaの要素が加わったもの,に分類される.HDPの中でも特に妊娠高血圧腎症や加重型妊娠高血圧腎症は,HELLP症候群への進展に注意が必要である.
妊娠高血圧症候群の発生頻度は全妊娠の6~10%とされる.HELLP症候群のリスク因子である妊娠高血圧腎症では,可逆性後頭葉白質脳症(posterior reversible encephalopathy syndrome: PRES)(図4),子癇発作,高血圧に伴う脳出血および脳血管攣縮などにより中枢神経障害を生じることがあり,動揺性精神神経障害が特徴的なTTPとの鑑別を要する.PRESは頭痛,けいれん,意識障害,視覚異常などの神経症状と,画像上,後頭葉白質を中心とした病変を特徴とする症候群であり,脳実質の浮腫性の変化をきたす可逆性の疾患である.急激な血圧の上昇により脳血流の自動調節能の極限を超えると高環流状態となり血管は拡張し,血液脳関門の破綻をきたし,血漿成分の血管外漏出や小出血による血管性浮腫が起こるとされる.
Posterior reversible encephalopathy syndrome(PRES)の頭部MRI T2強調像.両側後頭葉に高信号領域を認める.
TTP,aHUS,HELLP症候群の臨床所見の比較を表3に示す10, 11).好発時期については,TTPは主に妊娠中の発症が多いが,aHUSの79%は分娩後に発症する4).HELLP症候群は,妊娠後期~産褥期の発症が多い.HELLP症候群では貧血は比較的軽症であり,輸血が必要となる症例は30%程度であるとの報告があるのに対し,aHUSやTTPでは輸血を要する頻度が高い12, 13).また,血小板減少は,TTP に比してaHUSやHELLP症候群では軽症の傾向がある.TTPでは1~2万/μL程度の高度の血小板減少を認めるのに対して,HELLP症候群では入院時に5万/μL以下の血小板減少を認めた症例は15%のみであったとの報告がある14).臓器障害としては,TTPでは動揺性中枢神経障害が,aHUSでは血液透析を要する高度の腎機能障害が,HELLP症候群では肝機能障害が特徴的である.治療としてはTTPやaHUSではFFP輸注や血漿交換を要するのに対して,HELLP症候群は妊娠の終了に伴い自然軽快することが多い.
TTP | aHUS | HELLP症候群 | |
---|---|---|---|
好発時期 | 20週以降 | 分娩後 | 30週以降 |
溶血 | +++ | ++~+++ | +~+++ |
破砕赤血球 | +++ | ++~+++ | +~++ |
LDH上昇 | +++ | ++~+++ | ++~+++ |
血小板減少 | +++ | ++~+++ | ++~+++ |
腎機能障害 | 0~++ | ++~+++ | 0~++ |
肝機能異常 | 0~+ | 0~+ | ++~+++ |
中枢神経障害 | ++ | +/- | + |
高血圧 | +/- | ++ | +++ |
ADAMTS13活性 | 低下 | 正常 | 正常 |
治療 | 血漿交換 | 血漿交換 エクリズマブ |
妊娠の終了 支持療法 |
妊娠関連TMAでは,急性期の適切な診断と治療が予後に直結する.一方で,日常臨床においてHELLP症候群は比較的経験するものの,TTPやaHUSは頻度が低く,未だ産科臨床における認知度はあまり高くない.妊娠中や分娩後に,溶血性貧血に伴い急激な血小板減少や臓器障害を認めた場合,早期からaHUSやTTPも鑑別に挙げる必要がある.また,HELLP症候群が疑われた症例においても,非典型的に臓器症状が重症化・遷延した場合には,他のTMAの可能性を考慮することが肝要である.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし