日本血栓止血学会誌
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総説
CRASH試験を紐解き,トラネキサム酸の有用性に迫る
伊藤 隆史和中 敬子Ian Roberts
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2020 年 31 巻 3 号 p. 325-333

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Abstract

・重症外傷の超急性期には,血管内皮細胞から組織型プラスミノゲンアクチベータ(tPA)が放出されることで線溶が活性化され,出血が助長されやすい.

・リシンに類似した構造をもつトラネキサム酸は,リシン結合部位を介したプラスミノゲンのフィブリンへの結合を阻害し,線溶を抑制する.

・CRASH-2試験において,重大出血を伴う外傷患者の院内死亡は,トラネキサム酸投与によって有意に減少した.特に,受傷後3時間以内に,できる限り早いタイミングでトラネキサム酸を投与することが重要と考えられた.

・外傷性脳損傷患者の脳損傷関連死を検討したCRASH-3試験においては,受傷後3時間以内のトラネキサム酸投与によって軽症~中等症の患者の脳損傷関連死が減少し,特に,早いタイミングでトラネキサム酸を投与することが予後改善に繋がると考えられた.

・トラネキサム酸1 gを最初の10分間で静注し,その後,同量を8時間かけて持続静注するプロトコールが用いられている.

はじめに

交通外傷によって,本邦で年間約5千人が,全世界で年間約135万人が命を落としている.出血および脳損傷は,外傷後の主要な死亡原因だが,これらは受傷後数時間から数日にわたって進行する場合もあり,介入によって転帰を改善できる余地が残されている.その候補薬剤として,本邦でおよそ60年前に開発されたトラネキサム酸に,今再びスポットライトが当たっている.CRASH-3試験の結果がLancet誌の2019年11月9日号に報告されたことを受け,外傷後の線溶バランスの変化,トラネキサム酸の歴史,CRASH(Clinical Randomisation of an Antifibrinolytic in Significant Haemorrhage)試験について再考してみる.

1.線溶反応の概要

線溶とは,不溶性のフィブリン重合体を可溶性の断片に分解する反応を指し,これによってフィブリン血栓のサイズは時間的・空間的に調節される.この反応は主にプラスミンという酵素の作用で進行し,その酵素前駆体であるプラスミノゲンがプラスミンへと活性化する反応は,プラスミノゲンアクチベータ(plasminogen activator: PA)によって促進される(図1).PAにはウロキナーゼ型PA(urokinase-type PA: uPA)と組織型PA(tissue PA: tPA)の二種が知られていて,これらのPAの活性はプラスミノゲンアクチベータインヒビター1(PA inhibitor-1: PAI-1)によって阻害される.また,プラスミンの活性はα2プラスミンインヒビター(α2-plasmin inhibitor: α2-PI)によって阻害される.

図1

線溶反応とトラネキサム酸の作用機序

プラスミノゲン(PLG)と組織型プラスミノゲンアクチベータ(tPA)は,リシン結合部位(LBS)を介してフィブリンのリシン(Lys)残基に結合する.これによって,フィブリン上でPLGがプラスミン(PL)に活性化され,フィブリン分解反応が進行する.Lysに類似した構造をもつトラネキサム酸は,PLG,PL,tPAのLBSに結合し,これらの分子がフィブリンに結合するのを阻害することで,フィブリン分解を抑制している.uPA: ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベータ,PAI-1: プラスミノゲンアクチベータインヒビター1,MMP: マトリックスメタロプロテイナーゼ,α2-PI:α2プラスミンインヒビター.

凝固線溶反応に関わる酵素のほとんどは,非活性型の酵素前駆体として産生,分泌されるが,tPAは活性型酵素として血管内皮細胞から分泌される1.ただ,線溶の第一段階であるtPAによるプラスミノゲンの活性化は,液相中ではほとんど進行せず,フィブリンが産生された後,フィブリン上にtPAとプラスミノゲンが結合し,立体構造変化と濃縮効果が生じることで加速する(図1).これにより,フィブリン上でプラスミンが産生されると,プラスミンによるフィブリン分解が進行し,分解途中のフィブリン断端にリシン残基が露出する.このリシン残基には,tPAおよびプラスミノゲンが高親和性に結合するため,フィブリン上でのプラスミン産生とフィブリン分解が加速していく2.フィブリン断端のリシン残基が線溶の進行に重要な役割を果たしていることは,thrombin-activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)がフィブリン断端のリシン残基を切断することで線溶を抑制していることや,リシンに類似した構造をもつトラネキサム酸がプラスミノゲンのリシン結合部位に結合することで,線溶を抑制していることなどからも明らかである(図1).α2-PIはプラスミンの活性中心に不可逆的に結合してその活性を阻害するが,リシン残基を介してプラスミンのリシン結合部位(secondary binding site)に結合することで,活性中心(primary binding site)への共有結合ならびに不可逆的阻害を効率的に進めている.このため,リシン結合部位が占拠されているフィブリン上のプラスミンに対しては,α2-PIによる阻害が及びにくい一方で,フィブリン上から遊離したプラスミンに対しては,α2-PIが速やかに結合し,液相中での線溶の進行を抑制している.また,α2-PIは活性化凝固第XIII因子の作用によってフィブリン上に架橋結合され,フィブリン上での線溶が過度に進まないようにも調節している(図1).

2.トラネキサム酸の歴史

トラネキサム酸は,岡本彰祐と岡本歌子を中心とする日本の科学者達によって開発された薬である3, 4.研究は,第二次世界大戦直後の1947年,財団法人林研究所と三菱化成(現三菱化学,製薬部門は現田辺三菱製薬)の産学共同研究として始まった.林研究所を代表して岡本彰祐(当時慶応義塾大学講師),三菱側からは長沢不二男が,企画と指導の責にあたった.共同研究をするにあたり,長沢は,① 国際水準を抜く研究,② 他の研究者に荒らされていない未開の領域,そして③ 画期的な薬となる可能性がある,つまり「独創的なテーマ」を要求した.それに応じて岡本彰祐が提案したのが,「抗プラスミン剤」の開発であった.「抗プラスミン剤」という言葉も概念もどこにもなかった時代のことである.

1)リシンがプラスミンの作用を止めた-リード化合物の発見-

硫黄(SH)化合物が弱いながらもプラスミンを阻害することを手がかりに,先ず一連の硫黄化合物,その後,入手可能な低分子化合物,アミノ酸など約400種類の抗プラスミン作用が調べられたが,強い阻害作用のあるものは見いだせなかった.当時入手困難で後回しになっていたリシンがやっと入手でき,極めて低い濃度で抗プラスミン作用を示した.このリシンに僅かな化学修飾を加える(α-アミノ基を除く)ことにより,リシンより10倍強い抗プラスミン作用をもつイプシロン・アミノカプロン酸(イプシロン®)が誕生した(図2).

図2

リシン,ε-アミノカプロン酸,トラネキサム酸の構造

抗プラスミン活性には,アミノ基(陽性荷電)とカルボキシ基(陰性荷電)との距離(5Å)が大きく影響した.

2)世界初の抗プラスミン剤の誕生-臨床応用-

イプシロン®は,全く新しいカテゴリーの薬であった.では,どのような病気に使えるのか? 当時,アレルギーや子宮の機能性出血でプラスミンが増えるという報告があり,これが最初の手掛かりとなった.幸いなことに,自然のアミノ酸に似た構造を持つイプシロン®は,きわめて毒性が低く,安全性の高い物質であったことから,臨床研究の開始が可能となった.

糸賀宣三(当時慶応大学小児科)はアレルギー性の小児湿疹について,佐藤彰一(当時慶応大学産婦人科)は月経過多および機能性出血について,イプシロン®の効果を確認し,報告した.その結果,1954年,第一製薬(現第一三共)より,「抗プラスミン剤」イプシロン®が発売された.イプシロン®は,トラネキサム酸が開発されたことにより,日本ではすでに発売停止になっているが,アメリカではAmicar®として今なお広く用いられている.

3)世界にひろがる抗プラスミン療法-海外進出-

三菱化成から米国にイプシロン®の特許申請が行われた.その回答は,「拒否する.理論的仮説に特許は与えられない」というものであった.動物実験と臨床試験の両面において,徹底的な再吟味が要求された.それは今であれば当然の要求であろうが,当時の日本の医薬研究では考えられないほど厳しいものであった.

この要求にこたえるために発足したのが,「アンチプラスミンプロジェクト」であった.このプロジェクトは,慶応大学医学部内に組織され,医学部長を議長,岡本彰祐を幹事,岡本歌子を事務幹事とし,臨床各科の教授と中堅医師が参加する大プロジェクトであった(12臨床講座,約200人が参加).ここで得られた結果は,The Keio Journal of Medicine 8巻4号(1959年)に13篇の英文論文として発表され,米国での特許が認められた.そして,1960年代,スウェーデン,フランス,スイス,アメリカなどでも,イプシロン®を用いて盛んに研究が行われるようなり,世界的なプラスミンブームを引き起こすこととなった.

4)さらに強力な「抗プラスミン剤」を求めて-トラネキサム酸の誕生-

イプシロン®は,内外で広く使われるようになったが,手術の際に生じるような急激な大量出血では,その効果は十分とは言えず,より強力な抗プラスミン剤が求められた.イプシロン®の骨格を基にして,トラネキサム酸の前駆物質アミノメチルシクロヘキサンカルボン酸((aminomethyl)cyclohexanecarboxylic acid: AMCHA)にたどり着くまでにそれほど年月はかからなかった.AMCHAで動物実験や臨床研究が進められ,毒性もなくイプシロン®の1/8~1/10の濃度で同等の抗プラスミン作用が認められた5.一方,AMCHAには立体異性体(シス型とトランス型)があり,日本ではトランス型,スウェーデンではシス型に効果があると考えられていた.当時,これらの異性体を分離・特定することは容易なことではなかったが,第一製薬の研究者たちが分離に成功し,トランス型が有効であることが確認された.こうしてイプシロン®の10倍強い抗プラスミン作用を持つ,トラネキサム酸が誕生し(図2),1965年にはトランサミン®として第一製薬より発売された.

3.外傷後の線溶バランスの変化

tPAは活性型酵素として分泌された後,PAI-1による阻害を受ける.フィブリン上で一連の線溶反応を進めるにあたっては,PAI-1による阻害を受けていないtPAが重要で,tPAとPAI-1の濃度バランスが線溶の行方を左右する.重症外傷時には,出血などに伴う組織灌流不全,低酸素,アドレナリン,バゾプレッシン,トロンビンなどの刺激によって血管内皮細胞からのtPA分泌が誘導される6.一方,同様の刺激や炎症刺激によってPAI-1の産生も誘導される.両者の血中濃度の上昇にはタイムラグがあり,tPAに関しては,血管内皮細胞のWeibel-Palade小体に蓄えられたものが分泌されるため,秒~分の単位で上昇した後に収束するが,PAI-1は遺伝子発現を介して新規に産生されるため,数時間かけて上昇する(図3).このため,外傷後の超急性期にはtPAが優位となって線溶が進みやすい状況に,数時間後以降はPAI-1の上昇に伴って線溶が進みにくい状況になると考えられる7

図3

外傷後の線溶バランスの変化

重症外傷に伴って,tPAは分単位で上昇するが,PAI-1は数時間かけて上昇する.このため,外傷後の超急性期にはtPAが優位となって線溶が進みやすい状況に,数時間後以降はPAI-1の上昇に伴って線溶が進みにくい状況になると考えられる.

4.外傷に伴う重大出血に対してトラネキサム酸投与は有用か?(CRASH-2試験)

外傷による死亡の三分の一以上は出血が原因と考えられている.外傷後の超急性期は線溶が進みやすい状況にあり,出血が助長されていると考えられることから,早期にトラネキサム酸を投与することで予後を改善できる可能性が考えられる.この可能性を検討したCRASH-2試験では,外傷後8時間以内に,重大出血(収縮期血圧90 mmHg未満,または心拍数110 bpm超,またはその両者を満たす場合)が認められたか,重大出血のリスクが高いと考えられた成人患者20,211人を対象として,トラネキサム酸投与群とプラセボ投与群に無作為に割り付け,院内死亡率(受傷4週間以内)を比較している8.その結果,トラネキサム酸投与群の院内死亡率が14.5%(1,463/10,060),プラセボ投与群が16.0%(1,613/10,067)で,院内死亡の危険度はトラネキサム酸投与によって有意に低下した(相対危険度:0.91,95%信頼区間:0.85~0.97).その一方で,トラネキサム酸投与による血管閉塞イベントの増加は認められなかった(相対危険度:0.84,95%信頼区間:0.68~1.02).

出血による死亡に焦点を当てたCRASH-2試験のサブ解析においても,トラネキサム酸投与によって出血性死亡のリスクは有意に低下していた(相対危険度:0.85,95%信頼区間:0.76~0.96)9.治療開始までの時間と出血性死亡抑制効果とは密接に関係していて,受傷後早期に治療が開始されるほど,トラネキサム酸による出血性死亡の低減を期待することができ,受傷後3時間以降になると,むしろトラネキサム酸投与によって出血性死亡が増加していた(図4).この原因は明らかではないが,受傷後3時間以内のトラネキサム酸投与による出血性死亡の低減効果は,受傷当日に顕著であるのに対し,受傷後3時間以降にトラネキサム酸を投与した場合の出血性死亡の増加は,受傷翌日以降に目立っていることから10,それぞれ別の機序が関与しているのかもしれない.

図4

治療開始までの時間で層別化した際の,トラネキサム酸による出血性死亡の相対危険度(CRASH-2試験のサブ解析)

重大出血を伴う外傷患者の出血性死亡は,受傷後早期に治療が開始されるほど,トラネキサム酸によるリスクの低減を期待でき,受傷後3時間以降になると,むしろトラネキサム酸投与によって出血性死亡が増加する.文献9より引用改変.

これらのエビデンスをもとに,出血している,もしくは重大出血リスクのある外傷患者に対して,受傷後3時間以内に,できる限り早いタイミングで,トラネキサム酸を投与することが,欧州のガイドライン等で推奨されている11.ただし,CRASH-2試験の医療環境と本邦の医療環境との隔たりも指摘されていて,その点は留意が必要である.

5.外傷性脳損傷に対してトラネキサム酸投与は有用か?(CRASH-3試験)

外傷性脳損傷は,それ単独で出血性ショックをきたすことは稀だが,凝固線溶異常を引き起こしやすい.また,頭蓋内出血の遷延は,頭蓋内圧亢進ならびに脳ヘルニアを引き起こし,予後を悪化させる.CRASH-2試験の一部として,外傷性脳損傷を合併している患者270人を対象にトラネキサム酸の効果を検討した解析がなされ,トラネキサム酸投与群の院内死亡率が10.5%(14/133),プラセボ投与群が17.5%(24/137)という結果で,トラネキサム酸投与によって外傷性脳損傷患者の予後を改善できる可能性が示唆された12.しかしながら,症例数が少なく,大規模なランダム化比較試験による検証が必要と考えられた.

CRASH-3試験では,受傷後3時間以内に外傷性脳損傷(CTでの頭蓋内出血の所見,またはグラスゴー・コーマ・スケールGCS 12以下)を認め,かつ頭蓋内以外の部位に重大出血を認めない成人患者12,737人を対象として,トラネキサム酸投与群とプラセボ投与群に無作為に割り付け,受傷後28日までの脳損傷関連死を比較している13.投与方法はCRASH-2試験と同様で,最初の10分間で1 gのトラネキサム酸もしくはプラセボを静注し,その後,維持療法として同量を8時間かけて持続静注している.

患者背景は両群間で同等で,アウトカムを追跡できなかった患者は1%未満であった.トラネキサム酸投与群の脳損傷関連死は18.5%(855/4,613),プラセボ投与群は19.8%(892/4,514)で,トラネキサム酸投与による脳損傷関連死の相対危険度は0.94(95%信頼区間:0.86~1.02)だった.また,対光反射が両眼ともに認められない患者や,GCSが最低点の3点の患者の場合は,治療効果を期待できない可能性が考えられるため,そのような症例を除外した感度分析をあらかじめ計画していて,その場合のトラネキサム酸投与群の脳損傷関連死は12.5%(485/3,880),プラセボ投与群は14.0%(525/3,757)で,トラネキサム酸投与による脳損傷関連死の相対危険度は0.89(95%信頼区間:0.80~1.00)だった.

トラネキサム酸の効果は,介入前の重症度によって異なり,GCSが9点以上の軽~中等度の脳損傷の患者の場合は,トラネキサム酸投与による脳損傷関連死の相対危険度が0.78(95%信頼区間:0.64~0.95)と予後改善効果を認めたが,GCSが8点以下の重症患者の場合は,相対危険度が0.99(95%信頼区間:0.91~1.07)と予後改善効果を認めなかった(図5).また,軽~中等症の患者に対するトラネキサム酸の効果は,受傷から介入までの時間によっても異なり,介入開始が早いほどトラネキサム酸投与による予後改善効果を期待できた(図6).一方,重症患者の場合は,受傷から介入までの時間による効果の差は認められなかった.受傷後早期の死亡は,出血死をより反映すると考えられるが,受傷後24時間以内の脳損傷関連死は,トラネキサム酸投与によって減少していた(相対危険度:0.81,95%信頼区間:0.69~0.95).トラネキサム酸の有害事象として想定される血管閉塞イベントや痙攣発作については,プラセボ群と比較して有意な増加は認められなかった(血管閉塞イベントの相対危険度:0.98,95%信頼区間:0.74~1.28,痙攣発作の相対危険度:1.09,95%信頼区間:0.90~1.33).

図5

脳損傷の重症度で層別化した際の,トラネキサム酸による脳損傷関連死亡の相対危険度(CRASH-3試験)

外傷性脳損傷患者の脳損傷関連死亡は,グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)が9点以上,もしくは両眼の対光反射が保たれている軽~中等度の脳損傷の患者の場合は,トラネキサム酸投与によるリスクの低減を期待できる.一方で,GCSが8点以下,もしくは対光反射が消失している重症患者の場合は,トラネキサム酸投与による予後改善効果を認めない.文献13より引用改変.

図6

脳損傷の重症度と治療開始までの時間が,トラネキサム酸による脳損傷関連死亡に及ぼす影響(CRASH-3試験)

軽~中等度の脳損傷患者の場合,受傷から介入までの時間が早いほど,トラネキサム酸投与による脳損傷関連死亡リスクの低下が期待できる.一方で,重度の脳損傷患者の場合,受傷から介入までの時間に関係なく,トラネキサム酸投与による予後改善効果を期待できない.交絡因子と考えられるGCSスコア,年齢,収縮期血圧によって調整した後のモデルを提示している.文献13より引用.

CRASH-3試験は外傷性脳損傷患者を対象にした治験としてこれまでに最大規模のものだが,トラネキサム酸投与による脳損傷関連死の相対危険度は0.89(95%信頼区間:0.80~1.00)であり,有用である可能性が高いとも,有用性を証明するに至らなかったとも受けとれる.外傷性脳損傷患者を対象にしたトラネキサム酸に関するこれまでのランダム化比較試験を,CRASH-3試験も含めてメタ解析すると,相対危険度は0.89(95%信頼区間:0.80~0.99)であり,トラネキサム酸の予後改善効果は妥当と考えられる(図7).受傷後早期に投与することが望ましく,救急対応を整備していくことが重要と考えられる.

図7

外傷性脳損傷患者を対象にトラネキサム酸の有効性を評価したランダム化比較試験のメタ解析

トラネキサム酸投与による脳損傷関連死の相対危険度は0.89(95%信頼区間:0.80~0.99)で,トラネキサム酸の予後改善効果は妥当と考えられる.文献13より引用改変.

おわりに

重大出血を伴う外傷患者を対象にしたCRASH-2試験,外傷性脳損傷患者を対象にしたCRASH-3試験において,受傷後3時間以内にトラネキサム酸を投与することは,患者の転帰改善に繋がると考えられた.また,本総説では紹介しなかったが,分娩後出血を起こした16歳以上の女性20,060人を対象にしたWOMAN試験においても,トラネキサム酸の投与は,出血死のリスクを有意に低下させた(相対危険度:0.81,95%信頼区間:0.65~1.00,P=0.045)15.3時間以降の投与によって転帰がむしろ悪化する可能性については,CRASH-2試験で報告されたものの,その後のWOMAN試験やCRASH-3試験では認められていない.いずれにしても,投与の遅れは効果の減弱に繋がると考えられ,できる限り早くトラネキサム酸を投与することが望まれる16.数百円(本邦での1 gバイアルの薬価は約120円)で命を救える可能性に,グローバルな期待が寄せられている.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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