日本血栓止血学会誌
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横紋筋ミオシンと血液凝固
出口 敦智出口 洋
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2020 年 31 巻 4 号 p. 394-397

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1.はじめに

骨格筋ミオシン(skeletal muscle myosin: SkM)は骨格筋の主要構成成分であり,6本のポリペプチド鎖からなる複合体である(図1A).一方,SkMは血漿中にも存在し,多発性筋炎や外傷後といった骨格筋が破壊されるような病態や状態で,その血中濃度が上昇することが知られ,同時に,これらの疾患では合併症として静脈血栓塞栓症の発生頻度が高いことも報告されている13.しかし,SkMと凝固・血栓塞栓症との関連性は近年まで注目されてこなかった.我々は第17染色体上に存在するSkM遺伝子と静脈血栓塞栓症との関係を見い出したことを契機に4,SkMや心筋ミオシン(cardiac myosin: CM)といった横紋筋ミオシンの凝固活性や血栓症との関係についての研究を行い,そのユニークな凝固活性の発見に至った.本稿では最近になり判明したミオシンと血液凝固活性・血栓症に関する知見をまとめ考察する.

図1

横紋筋ミオシンの構造とプロトロンビナーゼ増幅機能発現に必要な領域

A.横紋筋ミオシン[骨格筋ミオシン(SkM),心筋ミオシン(CM)]構造の模式図を示す.横紋筋ミオシンは各2本の重鎖(HC),調節軽鎖(RLC),必須軽鎖(ELC)から構成された六量体で,2つの球状の頭部であるS1が1本のコロイドコイル構造の尾部(S2-HMM)につながった分子形態を持つ合計6本のポリペプチド鎖からなる複合体である.

B.ミオシン頸部の拡大図の3Dモデルを示す.プロトロンビナーゼ増幅機能発現にELCの129~138番目,RLCの152~164番目,HCの816~837番目に位置するアミノ酸配列が必要であると推定されている8

HC:重鎖,RLC:調節軽鎖,ELC:必須軽鎖,HMM:ヘビーメロミオシン,LMM:ライトメロミオシン,S1:サブフラグメント1,S2:サブフラグメント2.

2.SkMとプロトロンビン活性化

精製タンパク質を用いた再構成系での実験において,SkMは活性型第X因子(Xa因子)と活性型第V因子(Va因子)に直接結合することで,Xa因子,Va因子,カルシウムイオンによるプロトロンビン活性化を増幅しトロンビン産生を促進する.しかしながら,Va因子非存在下ではSkMによる増幅反応は認められない.活性化の増幅率は合成リン脂質や活性化された血小板に匹敵し,非常に強力であることがわかっている.また,ヒト全血を用いた血液灌流下などの実験,乏血小板血漿や多血小板血漿を用いた実験でもSkMの凝固促進作用が観察されている5, 6.さらに,同じ横紋筋に分類されSkMと約80%の相同性を持つCMもSkMと同様の機序でプロトロンビン活性化を増幅することが判明している6, 7

従来よりプロトロンビンの活性化は,Xa因子のGlaドメインとVa因子がリン脂質膜に結合することでプロトロンビナーゼ複合体を形成しトロンビン生成を促進するとされている.一方,SkMはXa因子のGlaドメイン外の部位に結合することが示唆されており,リン脂質膜によるトロンビン生成促進とは異なる従来の血液凝固の概念には存在しない機序で,ユニークなプロトロンビナーゼ複合体を形成する5

一方,Xa・Va因子複合体のSkM上の結合部位は,SkM頸部由来の19種類のペプチドを用いてSkMによるプロトロンビン活性化促進に対し阻害実験を行い検証した.その結果,3つのペプチドが阻害作用を示し,これらのペプチドの該当部位(図1B)がSkMの凝固促進作用に重要な役割を担っていると推定されている8

3.SkMのその他の凝固系への作用

SkMは上記のXa因子・Va因子との結合による凝固促進作用の他に,様々な作用が報告されている.von Willebrand因子(VWF)は血小板やコラーゲンと結合することで止血反応を促進するが,SkMとも結合することが判明した.この結合によりSkMはVWFに結合している第VIII因子を局所的に集結させ内因系凝固を促進すると推測されている9.しかし,VWFがSkMに結合することによる直接的な作用は不明である.一方,SkMは活性型プロテインC(activated protein C: APC)の抗凝固作用も促進する10.リン脂質膜上ではプロトロンビナーゼ活性の増幅による凝固促進作用のみならず,ネガティブフィードバック機構であるAPCの抗凝固作用も増幅させるが,SkMもAPCに対してリン脂質膜と同様の作用を持つことは興味深く,SkMがリン脂質膜のように凝固因子の反応の場を提供する役割を担っていることが示唆される.

4.動物モデル

今まで,ミオシンの凝固系への生体外での実験報告をまとめてきたが,果たして生体内でもミオシンの凝固促進作用は発揮できるのだろうか.抗第VIII因子抗体により誘導されたマウス血友病Aモデルでは,SkM投与により尾部切断時の出血量が大幅に軽減された4.また,CM投与でも同様に出血量が軽減された7.こういったミオシンの止血促進作用は,試験管内でのミオシンの凝固促進作用が生体内でも発揮された結果であろうと考えられた.

一方,マウス心筋虚血再灌流障害モデルでは,心筋の構成成分であるCMの投与により心筋梗塞サイズが増大したことより7,心筋梗塞後に心筋より露出または放出されるCMが再灌流後の心筋梗塞増悪に関与する可能性が示唆されている.

5.血漿中SkM表現型の発見

血漿中SkMの存在はELISAやプロテオミクスを用いたアッセイ系で証明されていたが,どのような形態で血漿中に存在するのかは知られていなかった.そこで我々はウェスタンブロッティング法を用いヒト血漿中のSkM重鎖を解析し,完全長の重鎖などの検出に成功した11.また,健常者99名の血漿検体を検査したところ,血漿中SkMは存在するSkM重鎖の分子量により3つの表現型,すなわち,完全長のHC,ヘビーメロミオシン(HMM)やサブフラグメント1(S1)を含むType I,主に完全長のHCからなるType II,S1のみのType IIIに分類できることを発見した11.さらに,静脈血栓塞栓症患者血漿のSkM表現型を解析した結果,Type IIと深部静脈血栓症を伴わない比較的若年に発生した肺塞栓症との関連性が示唆されたが11,より多くの検体を用いた検証実験が必須である.さらに,これらSkM表現型とその他の血栓症・出血性疾患がどのような関連性を持つかも興味深い所である.

6.今後の展望

このように横紋筋ミオシンは血液凝固反応系を調節することで,肺血栓塞栓症や外傷後の凝固異常,さらには心筋梗塞後の再灌流性障害などの病態を引き起こす可能性がある(図2)が,今後横紋筋ミオシンとこれらの病態との因果関係に対するさらなる検証が望まれる.ミオシン上での凝固反応という今までになかった新規の概念に基づいた研究は血液凝固・血栓系疾患等に関連する知見を拡大・充実させ,将来的に新たな診断法・治療法の開発へつながるのではないだろうか.

図2

血液凝固反応におけるミオシンの役割(仮説)

横紋筋ミオシン(SkMとCM)はプロトロンビナーゼ促進作用を発揮することでトロンビン形成を促進,フィブリン血栓を促進する.生成されたトロンビンはTAFIを介して線溶反応を阻害する.その一方ミオシンはプロテインC抗凝固系の補助因子としても働き,凝固系のネガティブフィードバック機構も補助している.これら横紋筋ミオシンの凝固反応に対する活性は,外傷性血液凝固異常や肺塞栓血栓,心筋梗塞後の虚血性再灌流障害など様々な病態に関与している可能性がある.

FXa:活性型第X因子,FVa:活性型第V因子,APC:活性化プロテインC,SkM:骨格筋ミオシン,CM:心筋ミオシン.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.

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