日本血栓止血学会誌
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2020年度日本血栓止血学会 岡本賞 Shosuke Award
血液凝固制御と血栓症
小嶋 哲人
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2020 年 31 巻 4 号 p. 420-431

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Abstract

止血血栓形成は血液凝固促進/阻止因子の巧みな共同作用により営まれる.例えば,血液凝固反応で生じたトロンビンがアンチトロンビン(AT)に結合してその凝固活性を失うことで更なる不要な血栓形成は制御されるが,その不十分な凝固制御は血栓症につながる.著者は,米国MITのRobert D. Rosenberg研究室にて血液凝固制御に関する研究を開始し,血管内皮ヘパラン硫酸プロテオグリカンRyudocan(Syndecan-4)を同定したが,ヘパラン硫酸はヘパリンと同じくトロンビンの不活化を劇的に加速するATコファクター機能により血液流動性維持に働く.帰国後,生体内機能を検証するためノックアウト(KO)マウスの作製解析を行い,Ryudocanが感染や組織損傷での生体防御分子として重要な働きをもつことを報告した.さらに著者らはAT KOマウスも作製し,ATが心筋や肝臓血管での血液凝固制御に重要で,AT完全欠損が胎性致死をもたらすことを明らかにした.実際にヒトの完全AT欠損症例は未だ報告されていない.静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)は後天的・遺伝的要因が関わる多因性疾患である.著者らはAT,プロテインC,プロテインS欠乏症など遺伝性血栓性素因家系のVTE患者に原因となる遺伝子バリアントを数多く同定してきた.特筆すべきことに,新たな遺伝性血栓性素因・ATレジスタンス(ATR)をプロトロンビン遺伝子バリアント(c.1787G>T, p.Arg596Leu: Prothrombin Yukuhashi)に特定したことが挙げられる.Arg596Leuプロトロンビンは凝固活性がやや低いものの活性化後のTAT形成能が著しく低下し,血漿中においてもトロンビン生成試験のピーク活性はやや低いが不活性化は著しく遅延していた.すなわち,YukuhashiバリアントはATRによる易血栓性をもたらす機能獲得変異であった.ATRがこれまで発見されなかった理由の一つに,従来の止血血栓検査法では検出できないことがあった.そこで著者らがATR検出検査法を開発したところ,セルビア人家系に異なるバリアント(c.1787G>A, p.Arg596Gln: Prothrombin Belgrade)を同定し,このバリアントは親族関係にない2人の日本人,インド人,および中国人にも検出された.さらに同じアミノ酸で別のバリアント(c.1786C>T,p.Arg596Trp: Prothrombin Padua 2)のATR症例もイタリア人に報告され,ATR血栓性素因が日本だけでなく世界中に存在することが示された.まだ他にも,遺伝性の血液凝固調節バランス不全が血栓症をもたらす未知の病態がさらに存在するかも知れない.

1.はじめに

深部静脈血栓症(deep vein thrombosis: DVT)と肺塞栓症(pulmonary embolism: PE)を合わせた静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)は,遺伝的要因や環境的要因が様々に重なり発症する多因性疾患である.健常人の血管破綻部では,血小板,凝固因子,線溶因子ならびにそれらの阻止因子の巧みな連携により止血血栓が生じ,血液の血管外漏出を防いでいる.この止血血栓形成に重要な血液凝固反応はカスケード増幅により速やかに進行するが,一方で過剰に進行しないように制御機構が働いている(図1).すなわち,この血液凝固促進・制御機構は健常血管内での血液流動性を保つべく病的血栓形成を防いでおり,巧妙なバランスのもとに機能している.しかし,そのバランスに異常が生じて過凝固傾向となる病態は血栓症の原因となる1

図1

血栓形成時の血液凝固反応とその制御機構

血液凝固反応は増幅カスケード反応により速やかに進行するが,一方で過剰に進行しないよう制御機構が働く.血液凝固制御機構には,アンチトロンビン(AT)や組織因子経路インヒビター(TFPI)などのプロテアーゼインヒビター制御系と,プロテインC(PC),トロンボモジュリン(TM),プロテインS(PS)などのプロテアーゼ制御系がある.実線:血液凝固促進反応,破線:血液凝固抑制反応.

(著者作成)

著者は,米国留学先・MITのRobert D. Rosenberg研究室にて血液凝固制御に関する研究を開始し,血液流動性維持に重要な血管内皮ヘパラン硫酸プロテオグリカン(heparan sulfate proteoglycan: HSPG)・Ryudocan(Syndecan-4)を同定した.そして,帰国後には名古屋大学の共同研究者らとともにヒトRyudocan分子の単離とリガンド探索,さらにはその生体内機能を明らかにするためノックアウト(KO)マウスを作製して様々な解析を行ってきた.また,Ryudocanの抗凝固作用リガンドであるアンチトロンビン(AT)のKOマウスも初めて作製するなど,血栓止血学領域での基礎研究成果を世界に向けて発信してきた.一方,臨床研究においても日本人VTE患者家系での遺伝性血栓性素因(AT欠乏症,プロテインC(PC)欠乏症,プロテインS(PS)欠乏症など)での原因遺伝子バリアントを数多く同定し報告してきた.さらに特筆すべきこととして,これまで原因不明であった遺伝性血栓症家系において新たな血栓性素因・ATレジスタンス(ATR)を発見し世界に先駆け報告したことが挙げられる.本稿では,こうした著者らがこれまで世界に向け発信・報告してきた血液凝固制御と血栓症に関わる研究成果について概説する.

2.Ryudocan(Syndecan-4)の同定と生体機能解析

著者は,米国MITのRosenberg研に留学中,株化されたラット微小血管内皮細胞からヘパリン様抗凝固活性(AT親和性)をもつHSPG(HSPGact)ともたないHSPG(HSPGinact)を分離・精製し,それぞれの糖鎖ならびにコア蛋白の違いの比較検討研究を行なった.その結果,HSPGactにおける3-O-SO3をもつ2糖体の構成比が高いが,コア蛋白のトリプシン消化ペプチドマッピングには明らかな相違はなく,両者が同一のコア蛋白をもつことが示唆された2.クーロニングしたコア蛋白cDNAは2種類あり,ひとつは新しいHSPG(血液の流動性に関わることに因んでRyudocanと命名)で,もうひとつは細胞接着やbFGF修飾作用が報告されていたSyndecanのラット・ホモログ体であった3.それぞれのHSPGactとHSPGinactの2糖体構成比の差は,後に研究を引き継いだShworakらがクローニングした3-O-SO3付加酵素の許容限界に起因することが判明した4.帰国後,著者は平成4年に東京で開催された第54回日本血液学会総会において「抗凝固活性を有す血管内皮ヘパラン硫酸プロテオグリカン―その精製と性状」と題して口頭発表を行ったが,当時,発表後のフロアーで岡本彰祐先生からお褒めと激励のお言葉をいただいたことを今でもはっきりと記憶している.その後,さらに血管内皮由来Ryudocanのヒト分子単離精製とそのリガンド探索を行い,精製Ryudocanが細胞増殖因子・basic FGFや神経線維伸長増殖因子・midkine,ならびに内皮細胞産生の外因系血液凝固経路インヒビター・TFPIとの強い親和性をもつことが判明し,血管内皮Ryudocanがそれぞれのリガンドを介した多機能分子であることが示唆された5

Ryudocanは,細胞外ドメインのglycosaminoglycan(GAG)糖鎖付加部近傍や膜貫通ドメインおよび細胞質内ドメインに高いホモロジーをもつSyndecanファミリーのひとつであることが明らかとなり,ファミリーの中で4番目にクローニングされたことから一般にSyndecan-4 (Synd-4) と呼ばれている (図26.その後,著者はSynd-4分子の生体内での機能を明らかにするため名古屋大学の共同研究者らとともにSynd-4 KOマウスを作製して様々な解析を行った711.Synd-4は胎盤迷路層のマウス胎仔血管に妊娠初期から強く発現しているが,Synd-4 KOマウス胎仔の胎盤では野生型に比してより高度な血管変性を認め,変性血管内のカルシウム沈着やフィブリン沈着も広範囲かつ高度で,加えてLPS投与などの凝固促進刺激によりSynd-4 KOマウス胎仔の成長障害が生じたことから,胎盤胎仔血管においてSynd-4が血液凝固制御に重要であることが示された9.さらに,LPSの腹腔内投与実験でSynd-4 KOマウスが重度のエンドトキシンショックによる高い死亡率を示し,Synd-4がIL-1β産生に対するTGFβ-1による阻害作用を介してエンドトキシンショック予防に関与していることが判明した11.この他にも,国内外の多くの共同研究者とともにSynd-4 KOマウスの解析研究を通し,Synd-4が生体防御因子として種々のヘパリン結合分子を介した生体機能(心筋梗塞後の心破裂抑制効果12, 13,肺炎抑制作用1416)をもつことを報告した.

図2

Syndecanファミリー

I型膜蛋白に属する4つのメンバーは,いずれも互いにその膜貫通ドメインおよび細胞内ドメインにホモロジーをもつファミリーを形成し,細胞内ドメインで位置の保存された4個のチロシン残基のいずれかのリン酸化が細胞内情報伝達に関与する可能性も指摘されている.

文献6より著者改変)

3.アンチトロンビンKOマウスの作製解析

ATは,主に肝臓で合成される血漿セリンプロテアーゼインヒビターのひとつで,トロンビンをはじめとしてFXa,FIXaなどのセリンプロテアーゼ型活性化凝固因子と結合して不可逆的に阻害して血液凝固反応の制御に働く重要な分子である.この凝固阻害作用はAT単独でもゆるやかに進行するが,ヘパリン共存下では劇的に促進される17.血管内皮HSPGのGAG糖鎖・ヘパラン硫酸(HS)は,ヘパリンと同じくその共在下でトロンビン不活化反応を劇的に加速するATコファクター機能をもち,血液流動性維持に働いている.すなわち,ATは血管内皮HSPGの生理的凝固制御機能に重要な作用分子であり,著者らはAT KOマウスについても世界で初めて作製し種々の解析を行った1820

マウス胎仔発生におけるATの機能を解析するため,ATヘテロKO(AT+/–)マウス同士の交配による胎仔のgenotype分布を調べたところ,妊娠14.5日まではATホモKO(AT–/–)胎仔がメンデルの法則から期待される約25%に観察されたのに対し,妊娠15.5日ではAT–/–胎仔の約70%が死亡し,16.5日以降はAT–/–マウスの生存胎仔が得られなかった18.死亡したAT–/–胎仔は全身性の皮下出血をきたし(図3A),組織学的に検討すると心臓と肝臓に広範なフィブリンの沈着が見られた(図3B).妊娠15.5日の生存AT–/–胎仔においても同様のフィブリン沈着が心筋や肝臓類洞の一部に認められ,フィブリン沈着が死後変化ではないことが明らかであった.また,妊娠14.5日の生存AT–/–胎仔には心筋梗塞時様の心筋変性とフィブリン沈着が認められた(図3C).一方,死亡胎仔には広範な皮下出血のほか頭蓋内や腹腔内にも出血が見られたが,これらの部位ではフィブリンの沈着は認められず,AT–/–胎仔では心臓や肝臓の広範なフィブリン沈着による消耗性凝固障害が起こっていることが示唆された18.報告されているPCやTFPIのKOマウスも,胎仔期もしくは周産期にやはり致死的とされるが21, 22,いずれのホモKO胎仔も肝臓にフィブリン沈着が認められる点は共通しているものの沈着部位がやや異なり,AT–/–胎仔では類洞に沈着するのに対してPCやTFPIのKO胎仔では間質に沈着していた.一方,心筋へのフィブリン沈着はAT–/–胎仔にのみ観察され,ATが妊娠後期の胎仔心筋における抗凝固分子として重要であることが示された.ヒトではさまざまなタイプのAT欠乏症が報告され下肢深部静脈血栓症が生じやすいことが知られているが,これまでAT完全欠損症例の報告はなくヒトでもAT完全欠損は胎性致死となると考えられる.

図3

アンチトロンビン欠損マウス

A:妊娠16.5日死亡のアンチトロンビン(AT)KOマウス胎仔(下)での全身性皮下出血.

B:妊娠15.5日生存のAT KOマウス胎仔の組織学的検討で見られた心臓(右上)と肝臓(右下)での広範なフィブリン沈着.

C:妊娠14.5日生存のAT KOマウス胎仔に見られた心筋梗塞時のような心筋変性とフィブリン沈着.

文献18より著者改変)

次に,AT+/–マウスでの血栓傾向を検討するため,LPS投与あるいは拘束ストレスを試みた19.LPS投与はAT+/–マウスでの腎糸球体や心筋および肝類洞にフィブリン沈着を誘発し,ヒトAT濃縮製剤の予防的投与はこれらのLPS誘導フィブリン沈着を効果的に予防した.一方,拘束ストレスでもAT+/–マウスに広範囲の腎糸球体にフィブリン沈着をもたらした.これらの結果は,マウスでのATヘテロ欠乏症が腎臓における血栓形成傾向と有意に関連していることを示した.

また,マウス胚発生におけるAT–/–での凝固亢進に対しての組織因子(TF)活性低下によるレスキュー効果を調べるため,ヒトTFミニ遺伝子から発現されるわずかなTF活性(1%)をもつ低TF(mTF–/–hTF+/0)マウスをAT+/–マウスと交配させた20.AT–/–マウスにおいて,50%TF(AT–/–mTF+/–hTF+/0)または1%TF(AT–/–mTF–/–hTF+/0)の胎仔生存期間を妊娠16.5日から妊娠18.5日まで延長したが生存して生まれることはなく,組織学的検討では両者ともに肝類洞腔または門脈に播種性血栓を呈した.一方,50%TFのAT–/–mTF+/–hTF+/0マウス胎仔は元のAT–/–マウス胎仔と同様に皮下出血を呈し,明らかに冠動脈血栓のため心筋変性も患っていた.しかし,1%TFのAT–/–mTF–/–hTF+/0マウス胎仔には皮膚出血がなく,心臓での血栓と変性も完全に消失していた.さらに,AT+/+で低TFマウスの成体心筋は出血に続発する線維化を示したが,AT+/–での低TFマウスの成体心筋線維化は有意に減少していた.これらの結果は,心臓においてTFの血液凝固能がAT依存性の抗凝固能を相殺し,ATがマウス胎仔発生において強力な抗凝固分子ではあるものの,TFによる血液凝固活性化とそれに続く調節バランスが少なくとも肝臓と心臓では異なっていることを示唆した.

4.遺伝性血栓症の原因遺伝子解析

VTEは遺伝的リスクと環境的リスクが重なることで発症する多因性疾患である.VTEは欧米人に多く日本人には少ないとされてきたが,近年の食生活の欧米化や診断技術の向上などにより,日本人における患者数も決して少なくないことが明らかにされた23.VTEの原因となる環境的リスクとしては,加齢,妊娠,長期臥床,ロングフライト(エコノミークラス症候群)などが挙げられる.一方,遺伝的リスクとしては生理的血液凝固阻止因子であるAT,PC,PSなどの欠乏症/異常症が広く知られ,また日本人には見られないものの欧米白人で頻度の高いFV Leidenやプロトロンビン遺伝子G20210Aバリアントなどがある.これらの止血血栓形成に関わる血液凝固因子や制御因子の先天的な異常により血栓症を発症する疾患群は先天性血栓性素因と呼ばれ,主に静脈血栓症(深部静脈血栓症・DVTと肺塞栓症・PEを合わせて静脈血栓塞栓症・VTE)として発症し,再発しやすいこと,ときに腸間膜静脈や上矢状静脈洞など非典型的部位での発症,50歳以下の比較的若年者での発症,しばしば家族内発症を認めることなどの特徴がある24

先天性血栓性素因の原因のうち,AT,PC,PSなどの生理的凝固阻止因子遺伝子バリアントは日本人にも多くみられ25,著者らも数多くの報告をしてきた.例えば,AT欠乏症では大欠失を含む多くのSERPINC1遺伝子バリアントを報告し2629,PC欠乏症では日本人にみられる延長型バリアントであるPC NagoyaについてPC欠乏症に至る分子機序の解析30, 31やPC Nagoyaのホモ接合体症例を報告した32.さらにPS欠乏症でも数多くのPROS1遺伝子バリアントを報告し3344,このうち世界初のPROS1遺伝子プロモーター領域変異部43は経口避妊薬服用による後天的PS欠乏症を引き起こすエストロゲン受容体(ERα)などの転写因子群の認識部位であることが判明し,著者らはその詳細な分子機序を解明した45.しかしながら,明らかに遺伝性血栓症家系であるにもかかわらず,いまだにその原因遺伝子異常を特定できていない症例も存在している.

5.新たな血栓性素因・ATR

著者らは,長らく原因が不明であった遺伝性静脈血栓症家系において,それまでは出血傾向を示すと報告されて来たプロトロンビンの分子異常で逆に静脈血栓症の原因となる遺伝子異常を発見し,新しい血栓性素因・ATRとして報告した46, 47.これは,FV Leidenが同様に凝固因子のミスセンスバリアントでありながら凝固活性は保たれ,かつその生理的阻害因子である活性化PC(APC)による不活化に抵抗性をもつため,結果として血栓傾向となる病態(APCレジスタンス)と似ている48.発端者は3世代にわたり静脈血栓症が多発する日本人家系に生まれた女性で11歳時にDVTを発症し,2001年当時にAT,PC,PS欠乏症など既知の先天性血栓性素因について調査がされたが,原因となる遺伝子異常は検出されなかった49.2007年11月父親の転勤のため名古屋大学医学部附属病院に転院し,著者らも解析に参加したがやはり原因遺伝子バリアントの特定には至らなかった.こうした中2009年ISTH Bostonにおいて遺伝性血栓症家系のゲノムワイド連鎖解析でプロトロンビン遺伝子(F2)バリアントの存在が報告された50.しかし,この家系では遺伝子バリアント保有者の血栓症発症浸透率が高くないためその後の追加報告がつい最近までなく詳細が不明であった.そこで著者らも発端者のF2解析を行ったところ,なんと一塩基置換によるミスセンスバリアント・Prothrombin Yukuhashi(c.1787G>A, p.Arg596Leu)が検出され,さらに家系内血栓症患者にも同じバリアントが検出されたため,これが本家系での遺伝性血栓症の原因であると強く疑われた(図4A~C).

図4

遺伝性血栓症家系のプロトロンビン遺伝子解析と変異トロンビンのTAT形成能

A:家系図.IV-1:発端者,■,●:血栓症発症者,□,○:血栓症未発症者,/:死亡,●,○:女性,■,□:男性.

B:F2変異部配列.プロトロンビンYukuhashi変換(c.1787G/T)はIV-1,IV-4,IV-4,III-2,III-4でヘテロ接合体.

C:PstI PCR RLFP.正常:212 bp,Yukuhashi変異:192 bp,F2 c.1787のアレル頻度:本家系6人,健常人100人,および原因不明DVT5人.

D:ヘパリン非存在下での野生型,変異型のトロンビン―アンチトロンビン複合体(TAT)形成動態(各インキュベーション時間にELISA測定).

文献46より著者改変)

プロトロンビンのArg596はトロンビンへと活性化されたのちATと複合体(TAT)を形成して不活化される際にATのAsn265と水素結合を形成することが報告されている(図551.すなわち,Prothrombin Yukuhashiは活性化されるとATで不活化されにくい異常トロンビンとなることが予想された.ところが,発端者はVTE治療ですでにワルファリン服用中のため,発端者血漿由来の異常プロトロンビンは機能解析に不向きであった.そのため,著者らは遺伝子工学的技法を用いて野生型/変異型プロトロンビンをリコンビナント蛋白としてHEK29細胞で合成・分泌させ,そのトロンビンへの活性化動態,活性化後のATによる不活化動態を比較検討した.プロトロンビン欠乏血漿に野生型あるいは変異型プロトロンビンを添加して疑似血漿を作製して調べた結果,野生型は凝固一段法,凝固二段法,および合成基質(S-2238)法のいずれでも正常血漿とほぼ同当な数値を示したが,変異型は全て野生型を下回り,凝固一段法で最も低く(15%),次いで凝固二段法(32%),合成基質法(66%)の順で数値が大きくなった.すなわち,変異型プロトロンビンはトロンビンへの活性化がやや遅く,フィブリノゲンを基質とした活性も低下すること,フィブリノゲンに比べ分子量の小さな合成基質を用いた活性はあまり低下しないことが観察された.また,ヘパリン非存在下でのAT結合能(TAT複合体形成能)についての検討では,野生型トロンビンは時間依存的にTATを形成したのに対し,変異型トロンビンはTATをほとんど形成せずATによる不活化が極めて弱いことが予想された(図4D)46.一方,プロトロンビン欠乏血漿に変異型/野生型プロトロンビンを50%ずつ添加した疑似患者血漿でのトロンビン生成試験(TGA)では,野生型プロトロンビンを100%に加えた疑似正常血漿や正常プール血漿と比較して最高トロンビン活性(Peak)がやや低いものの不活化は著しく遅延し,結果として総トロンビン活性(ETP)の著しい増大を認めた.すなわち,患者血漿中の異常プロトロンビンは凝固活性が低いものの一旦活性化されるとATによる不活化に抵抗性を示して凝固活性を長く保ち続けることが予想され,これが本家系の遺伝性血栓症の原因になることが示唆された.

図5

TAT複合体でのトロンビンNa+結合領域とアンチトロンビンの立体構造(PDB: 1TB6)

プロトロンビンArg596は,トロンビンへの活性化後のATとの複合体形成時にAT分子のAsn265と重要な水素結合を形成しており,Arg596のLeuへの置換はATとの結合不良によるトロンビン不活化不全を引き起こす可能性が示唆された.トロンビンのNa+結合領域を構成する他のGlu592,Lys599,Thr540,Arg541は,それぞれ直接もしくは水分子を介してAT分子のGlu264と水素結合を形成している.

文献46より著者改変)

6.ATR検出検査法の開発と新たな変異の同定解析

ATRがこれまで世に知られることがなかった理由の一つに,従来の臨床検査法では検出できなかったことがあった.そこで著者らは血漿検体でATRを検出する臨床検査法を開発した52.すなわち,プロトロンビナーゼ様活性をもつTypan(Oxyuranus scutellatus(Ox))蛇毒により血漿検体中のプロトロンビンをトロンビンへと活性化した後,ATによる不活化動態を各反応時間での残存トロンビン活性として測定し解析した.野生型プロトロンビンをプロトロンビン欠乏血漿に添加した正常疑似血漿では,血中濃度約5倍量のAT添加後30分でトロンビン活性が約10%にまで阻害されたのに対し,Yukuhashiバリアントのホモ接合体疑似血漿では30分後でも90%以上のトロンビン活性が残存していた.なお,考案した検査法はATによるトロンビン不活化動態を相対的に観察するもので,すでにワルファリン服用中の静脈血栓症患者であっても解析が可能であった.実際に,ワルファリン服用中のYukuhashiバリアントをもたない血栓者患者では30分後の残存トロンビン活性がいずれも20%以下まで低下したのに対し,ワルファリン服用中のYukuhashiヘテロ接合体患者血漿の残存トロンビン活性は2名とも約50%に観察され,明らかにATRであると判定できた.また,Ox蛇毒が近年入手困難となっているためウシFXa/FVaを用い,さらに血液凝固分析装置ACL TOP 500での適応条件の検討を行い,ATR検査の多数検体自動解析処理が可能となった53

2013年Djordjevicらは,遺伝性血栓症のセルビア人2家系においてF2バリアント(c.1787G>A, p.Arg596Gln: Prothrombin Belgrade)を報告したが,上述の我々が開発した検出法でATRを示していた54.実は,同年にインド人血栓症患者においても同じF2バリアントが報告されていた55.一方,著者らは日本人2家系目のATR家系を血漿検体検出法により同定したが,そのF2解析ではProthrombin Belgradeと同じc.1787G>Aを検出し56,さらに親族関係にない別家系でATRを示した日本人血栓症症例でもやはりc.1787G>Aを同定した(日本人3家系目)57.また,このProthrombin Belgradeバリアントは中国人の静脈血栓症家系にも検出された58.一方,同じアミノ酸で別のバリアント(c.1786C>T, p.Arg596Trp: Prothrombin Padua 2)のATR症例がイタリア人に報告された59.すなわち,ATRは日本人だけでなく欧米人をはじめ他の人種にも遺伝性血栓症の原因として存在していることが明らかとなった.

Prothrombin Yukuhashiを同定した当初から,筆者らはトロンビンのNa+結合領域を構成するArg596に注目し,遺伝子工学的にそのコドン(CGG)の一塩基置換で生ずる596Leu(CTG)以外のミスセンスバリアント(596Gln(CAG),596Trp(TGG),596Gly(GGG),596Pro(CCG))の組換え体を作製して解析したところ,分泌障害となる596Proを除いて,いずれも596Leuバリアントと同様に強いATRを示すことを報告した60.すなわち論文報告こそ遅れたが,いずれBelgradeバリアントやPadua 2バリアントが報告されることは予想されたことであった.さらに,プロトロンビンのArg596コドン(CGG)は一塩基置換(C>T)のホットスポットであるCpG配列を含んでおり,596Gln(CAG)や596Trp(TGG)は596Leu(CTG)より出現頻度が高いことが予想された.実際,596Glnバリアントはセルビア人,インド人,日本人,中国人と世界中で同定され,596Trpバリアントも2家系報告されている.また,著者らは596LeuバリアントがATRに加えてトロンボモジュリン(TM)による血液凝固制御にも抵抗性(TMレジスタンス:TMR)を示すことを報告しているが61,596Gln,596Trp,596Glyの各バリアントもATRとともにTMRを示していた60.すなわち,これらのF2バリアントをもつ生体ではATやTMによる生理的凝固制御に抵抗して異常トロンビン活性が持続するため,血栓症性素因となることが推測された.

さらに,Arg596以外でのATRバリアント候補探索のため,著者らはNa+結合領域を構成するThr540,Arg541,Glu592,およびLys599での一塩基置換バリアントの凝固活性特性を調べた62.ATRをATによる不活性化後の残存トロンビン活性で判定すると,Lys599,Thr540,Glu592のほとんどのバリアントが高度のATRを示したが,同時に凝固活性も低下した.また,Arg541では全て軽度~中等度のATRを示し,凝固活性の低下も軽度であった.バリアントによる凝固活性低下も踏まえたATによる不活性化後の残存凝固活性(residual clotting activity: RCA)について野生型の値で補正した「RCAスコア(野生型=1.00)」は,Lys599Arg(5.35)およびGlu592Gln(4.71)はYukuhashi(4.36)やBelgrade(5.19)と同等に高値で,血栓症リスクとなる可能性が示された.なお,出血症状がみられなかったと報告されたprothrombin ScrantonのRCAスコアは1.64と低値であった.また,これらThr540,Arg541,Glu592,Lys599バリアントのTMRについては検討していないが,興味あることに最近,p.Arg541Trpバリアントが中国人血栓症3家系に同定されTMRを示すことが血栓傾向の原因と報告された63.実は,本バリアントは2009年ISTH Bostonで報告され最近論文化されたバリアントと同一で64,同部541Arg(CGG)もまたCpG配列を含む点変異のホットスポットである.

7.おわりに

本稿では,血液凝固制御と血栓症に関する著者らの研究を紹介した.著者は血液流動性維持に関わる血管内皮ヘパラン硫酸プロテオグリカンRyudocan(Syndecan-4)を同定して以来,生体内での血液凝固制御と血栓症に関わる研究を継続してきた.血管破綻時には速やかな血液凝固反応による止血血栓形成が生じ血液の血管外漏出を防ぐ止血機構が働く一方,その阻止因子などとの連携作用により健常血管内では病的血栓が生じないよう,血液凝固機構と凝固制御機構のバランスが保たれている.著者らが報告したATRは,出血傾向を示す凝固因子プロトロンビンの異常症が逆に静脈血栓症の原因となる病態で,活性化された異常トロンビンはその生理的制御因子であるATによる不活化が不十分なため凝固活性が持続して,凝固亢進/抑制のバランスが血栓症発症に傾くことになる.このようなまれな血栓止血異常症での病態解明は,新たな治療戦略の理論的構築に重要な知見をもたらすもので,最近話題の凝固因子補充療法の代わりに主要な抗凝固因子(ATおよびTFPI)の阻害を介した止血・血栓制御のリバランスによる血友病の止血管理戦略にも通じるものがある.ATRは日本人だけでなく欧米人をはじめ他の人種にも遺伝性血栓症の原因として存在することが明らかとなったが,さらに他にも遺伝性の血液凝固調節バランス不全が血栓症をもたらす未知の病態が存在するかも知れない.

謝辞

本研究の一部は,文部科学省科学研究費,日本学術振興会科学研究費,厚生労働省科学研究費などの助成を受けました.ここに深く御礼申し上げます.さらに本研究は,名古屋大学医学部第一内科,同保健学科,同大学院医学系研究科,ならびに国内外の多くの研究者の皆様との共同研究の研究成果をまとめたものです.ここにお名前をあげて,深謝申し上げます.

齋藤英彦,Robert D. Rosenberg,神谷正,高松純樹,直江知樹,谷本光音,佐野雅之,濱口元洋,杉浦勇,松下正,山本晃士,清井仁,勝見章,山崎鶴夫,國島伸治,中山享之,早川文彦,都築忍,中山由紀子,柳田正光,清水敦哉,竹下享典,林睦春,足立達哉,岩崎年宏,鈴木伸明,兼松毅,岡本修一,村松喬,門松健次,石黒和博,Valentina Djordjevic,村手隆,高木明,田村彰吾,岡田浩美,奥村薫,山田貴之,藤森祐多,宮脇由理,鈴木敦夫,川上(村田)萌,高木夕希,鈴木幸子,その他保健学科大学院生の皆様(敬称略)

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.

文献
 
© 2020 日本血栓止血学会
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