2020 年 31 巻 6 号 p. 571-576
高齢化に伴い心房細動(atrial fibrillation: AF)患者は増加し,2050年にはAF有病率が1.1%(103万人)を超えるとされている.AF患者の心原性脳塞栓発症率は年間約5%と高く,90%以上が左心耳由来である.心原性脳塞栓はアテローム血栓性脳梗塞に比べ,梗塞巣が広く重篤化しやすく死亡率や介護度も高くなる.したがってAF患者の治療に際しては抗凝固療法の適応の有無を評価することが推奨される.一方,脳卒中のリスクが高く長期的に抗凝固療法が推奨される患者のうち,出血リスクの高い患者への対応に苦慮することも少なくない.このような患者に対する長期的抗凝固療法の代替として,WATCHMAN左心耳閉鎖デバイス(left atrial appendage closure: LAAC)が2019年9月に日本でも保険適用となった.本稿ではLAACの適応,術前後の流れや併用薬,さらには今後の期待と課題について概説する.
心房細動(atrial fibrillation: AF)は頻度の高い不整脈のひとつであり,日本におけるAF有病率は2005年時点で0.56%(約72万人)との調査があり,高齢化に伴い,2050年には1.1%(103万人)を超えるとの試算もされている1).AFの症候は動悸によるQOLの低下はもとより,心機能低下による心不全や心原性脳塞栓症により,入院や死亡のリスクが上昇することが問題となってくる.
AF患者の心原性脳塞栓症発症率は年間約5%であり,非AF患者の2~7倍高くなっている2).さらに,心原性脳塞栓はアテローム血栓性梗塞に比べて中枢の動脈が閉塞するため,梗塞巣が広くなり重篤化しやすく死亡率や介護度も高くなる.このような発症リスクの高さと重篤な臨床像から心原性脳塞栓症の予防はAF治療における最優先事項とされている.AF患者の左房血栓のうち90%以上が左心耳由来であることが報告されており,これはAFによる心房内血流速度の低下,特に,左心耳は解剖学的に囊状であるため血流速度低下が顕著であるためとされている3).
以上の背景を踏まえ,AF患者の治療方針の決定に際しては心原性脳塞栓症の発症を抑えるため,まず初めに抗凝固療法の適応の有無を評価することが推奨され,基本的には抗凝固療法の適応があり,禁忌がないと判断された患者は適切な抗凝固薬による薬物療法が第一選択の治療法として推奨される.
一方で出血リスクが高い等の理由により抗凝固療法を長期間適応できない患者では,塞栓症のリスクが高いにもかかわらず抗凝固療法を実施できないため,患者に塞栓症発症のリスクを甘受してもらわざるをえないなど,その対応に苦慮している現状がある.実際,20~30%の患者が2年間で抗凝固療法を中止したとの報告もある4).このような,脳卒中のリスクが高く,長期的に抗凝固療法が推奨される患者のうち出血リスクの高い患者に対して,長期的抗凝固療法の代替として,WATCHMAN左心耳閉鎖デバイス(left atrial appendage closure: LAAC)が2019年9月に日本でも保険適用され,2020年6月の時点で約60施設において300例以上に実施されている.
非弁膜症性AFによる脳卒中の予防のために,薬剤による抗凝固療法が行われているが,長期的な抗凝固療法が適切に実施できない患者や出血リスクの高い患者には,経皮的な左心耳閉鎖療法は,血栓塞栓症抑制並びに出血リスクの低減の両面から,有効および安全性が期待できると報告された.
海外の臨床試験において示されたLAAC留置による虚血性脳卒中発現率と,CHADS2スコアまたはCHA2DS2-VAScスコアに基づいて予測される未治療の患者における虚血性脳卒中発現率(図1)を比較した場合,本品の有用性が示される成績が得られた.また,本品は抗凝固療法(ワルファリン)と比較して,出血性脳卒中および大出血のリスクを低減させることが示され(図2),抗凝固療法に対する適切な代替治療の一つであると位置づけられている5).
虚血性脳卒中の発症率:WATCHMAN群とAF無治療群の比較(文献5より引用)
PROTECT AF, PREVAIL 5年フォローアップ(文献5より引用)
日本でのLAACの適応基準と除外基準について表に示す(表1).欧米諸国の適応基準はCHADS2またはCHA2DS2-VAScスコアに基づく脳卒中および全身性塞栓症のリスクが高く,抗凝固療法が推奨される症例としており,HASBLEDやCHADSの具体的なスコアによる縛りはない.日本の適応基準は重大な出血リスクとしてHASBLEDスコアだけでなく,BARCスコアの基準が含まれている.BARC(type3)出血基準について示す.Type3a:明らかな出血+出血に関連したヘモグロビンの低下3~5 g/dL.明らかな出血に伴う輸血.Type3b:明らかな出血+ヘモグロビンの低下≧5 g/dL,心タンポナーデ,外科的介入を要する出血(歯科/鼻/皮膚/痔を除く),血管作用薬の静注を要する出血.Type3c:頭蓋内出血,剖検,画像検査,または腰椎穿刺により確認されたもの,視力の損傷を伴う眼内出血..また,欧州の適応では抗凝固療法が禁忌である症例も適応となるが,日本では以下に述べるようにLAAC留置後に抗凝固療法の併用期間があるため,適応とならない.
適応基準 |
CHADS2スコアまたはCHA2DS2-VAScスコアに基づく脳卒中および全身性塞栓症のリスクが高く,長期的に抗凝固療法が推奨される患者にのみ考慮されるべきであり,これらの患者のうち以下の要因の1つまたは複数に適合する患者に対して,長期的抗凝固療法の代替として検討される治療である. |
以下のうちの1つ以上を含む,出血の危険性が高い患者. |
・HAS-BLEDスコアが3以上の患者 |
・転倒にともなう外傷に対して治療を必要とした既往が複数回ある患者 |
・びまん性脳アミロイド血管症の既往のある患者 |
・抗血小板薬の2剤以上の併用が長期にわたって必要な患者 |
・出血学術研究協議会(BARC)のタイプ3に該当する大出血の既往を有する患者 |
除外基準 |
1.心臓内(特に心房内)血栓が認められる患者. |
2.心房中隔欠損又は卵円孔開存に対する修復治療(外科手術,デバイス留置等),あるいは心房中隔の縫合閉鎖の既往がある患者. |
3.左心耳の解剖学的構造が閉鎖デバイスに適応しない患者. |
4.左心耳閉鎖術が禁忌である患者(経食道心エコープローブや施術に必要なカテーテルの挿入が困難等). |
5.抗凝固療法,アスピリン又はチエノピリジン系薬剤の使用が禁忌である患者. |
閉鎖デバイスは自己拡張型フレームに透過性フィルタが被覆された構造で,直径が21 mm~33 mmの大きさとなっている(図3左).このため,治療前に経食道エコーを行い,左心耳の形態と大きさを確認する.アジア人は欧米人にくらべ,左心耳が大きい傾向にあり6),日本人においては30 mm程度の大きさを使うことが多いと報告されている7).また,20%程度の患者が形態,大きさの不適合により治療できないとの報告もあり,術前評価が重要になってくる7).全身麻酔下に,大腿静脈よりアプローチをして心房中隔穿刺を行った後,ガイドワイヤを左心房または左上肺静脈に配置させる.その後,X線透視および経食道心エコーガイド下で,デリバリーシステムを挿入する.左心耳入口部の適切な位置に,閉鎖デバイスを展開させ,リリース基準に合致したことを確認した上で,リリースする(図3右).38,000例のレジストリー報告でも,留置成功率は98%と高く,有害事象も2.1%と低く,安全性も高いと報告されている8).術後のフォローを抗凝固薬の使用を含めて示す(図4).術後45日までは,ワルファリンとアスピリン製剤を内服し,経食道エコーでジェットフローが5 mm以下になった段階でDAPT(アスピリンとチエノピリジン系薬剤の併用療法)に変更,180日後に経食道エコーにてジェットフローを再評価の上アスピリン単剤とする.抗凝固療法がアスピリン単剤や薬の完全中止に切り替わるまでの期間は,75%が1年以内,95%が2年以内と報告されている9).
左:WATCHMANデバイスの大きさ,右:WATCHMANデバイス留置の流れ(Boston社から提供)
WATCHMANデバイス留置後のフォローアップ(Boston社から提供)
WATCHMANの由来であるが,左心耳から血栓が飛ぶのを見張る,“監視人” から名付けられている.LAACへ期待することは,抗凝固療法に対する適切な代替治療となることである.ワルファリン服用患者を対象とした前向きランダム化試験での左心耳閉鎖デバイスの塞栓リスク,出血リスク軽減は複数報告されている6, 9).約5年のレジストリーの結果でも,出血性脳梗塞が減少したとの報告がある10).一方,DOAC服用患者を対象とした前向きランダム化試験は今年になり報告されてきた.Osmancikらの報告では,DOAC内服患者とWATCHMAN群では,約20か月でのフォローで,AF関連の心血管,神経,および出血のイベントを防止する観点でLAACはDOACに比較して非劣性であった11).現在DOAC使用の患者が増加傾向であり,DOAC使用患者でも適正使用量のDOACを内服しているが出血リスクの高い患者が適応と考られる.LAACのリアルワールドレジストリーによると,HAS-BLEDスコアが3以上の患者が40%,重大な出血の既往もしくは出血のリスクの患者が39%を占めている.日本での適応の一つにBARC3の患者があげられているが,BARC3の定義の一つである輸血が必要な出血の既往が含まれ,重大な出血をより明確にしている.適応患者を考える際に,BARC2に相当する輸血を必要としない出血の既往があり,抗凝固の減量もしくは中止を検討する症例で,HAS-BLEDスコアが3に満たない症例も経験する.HAS-BLEDスコアの項目にはワルファリンコントロール不良が含まれるが,DOACの使用適正の項目はないため,今後,このような症例について,適応を考慮する症例が増えてくるものと思われる.実臨床において,心原性脳塞栓症の既往のある透析患者は,HAS-BLEDスコアが3以上になることが多く,適応患者の候補として考えやすいとおもわれる.現在,CHADSスコア2点以上の血栓リスクが高い患者でアブレーションによる肺静脈隔離術を行った患者は,抗凝固療法は継続が望ましいとされている.このような患者にLAACを併用することで,脳塞栓イベントを減少させた報告もあり12),出血リスクの高いアブレーション患者とLAACの組み合わせにより血栓塞栓症抑制並びに出血リスクの低減が期待される.
今後の課題として,抗凝固薬の中止と抗血小板療法の併用の継続の必要性が挙げられる.抗凝固薬の中止については,手術後45日での経食道エコーでリークが5 mm以内であれば,DAPTに変更可能となる.海外のデータでは手術後12か月での抗凝固薬の中止は75%~99%とばらつきはあるが6, 9),日本のデータでは手術後45日で100%の症例で抗凝固薬の中止が可能となっている13).抗血小板療法の継続については,出血リスクが高い患者において可能であれば中止したいものであるが,慢性期にデバイスが被膜化されリークがなければ抗血小板療法は中止可能であろうか?WATCHMANのリアルワールドレジストリーによると2年後の併用薬中止の割合は14%となっている.ヨーロッパでは抗凝固薬服用禁忌の患者もWATCHMAN挿入例の6%を占めており,実際にWATCHMAN挿入術後の退院時に抗凝固薬,抗血小板薬ともすでに処方されていない症例は8%程度となっている9).しかしながら,併用薬をすべて中止した症例に関するエビデンスはなく,現時点では,慢性期においても可能な限りアスピリン単剤の継続が必要となっている.
外科的な左心耳閉鎖や左心耳摘出については,弁膜症やCABGの手術の際に行うケースが多いが,生体弁術後患者もしくはCABG施行患者における抗凝固薬の中止についてはどうであろうか.CABGの際行った左心耳摘出の報告では,左心耳非閉鎖群と脳梗塞発症に有意差はなく14),抗凝固療法の代わりにはなりえない.また,低侵襲内視鏡心臓外科手術であるウルフ-オオツカ法による左心耳閉鎖は,左心耳形態に関係なく治療が行える点や抗凝固治療を離脱できる可能性が利点と言えるが,施行施設が限られるという問題点を有している15).
このように,LAACは塞栓リスクと出血リスクの高い非弁膜症性AF患者における有用な治療選択肢になることが期待されるが,挿入後の抗血栓療法のレジメをどのようにするか,DOACに対する優位性の有無などは,今後の検討課題である.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし