日本血栓止血学会誌
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抗凝固療法の現状と凝固第XI(a)因子阻害薬の開発状況
家子 正裕清原 千貴大津 瑛裕下瀬川 健二
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2020 年 31 巻 6 号 p. 619-623

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1.はじめに

経口抗凝固療法は約半世紀にわたってワルファリン(Wf)が中心であったが,今やトロンビンや活性化凝固第X因子(factor Xa: FXa)を直接阻害する直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC)が主役になりつつある.DOAC療法の対象となる心房細動(atrial fibrillation: Af)の本邦での有病率は全体で0.56%だが加齢と共に増加傾向を認める(80歳以上で男性4.43%,女性2.19%)1.また,高齢化はがん罹患率2や寝たきり患者の増加を招き,これらを基礎疾患として発症する静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の増加をもたらしている.高齢化社会となりつつある我が国において,がん(VTEの27.0%)および無動(20.9%)はVTEの重大な基礎疾患となっている3.VTE患者数も死亡数も増加傾向で4,日本人においても抗凝固療法は不可欠となりつつある.

2.抗凝固療法の現状と課題

経口抗凝固薬の主役がDOACに変わりつつある背景には,Wf療法での頻回なモニタリングや投与量調節の煩わしさ,食事や併用薬への注意の必要性などがあった.DOAC療法ではそのような煩わしさはないが,PT-INRによるテーラーメイド抗凝固療法になれた主治医にとってはDOAC効果を確認する臨床検査がないことがむしろ戸惑いとなった.さらに,DOACが高価な割には効果や副作用にWf療法と大きな違いがなく,Afによる心原性脳塞栓症における大規模臨床試験のメタ解析5では,DOAC症例およびWf症例で効果(再発)はそれぞれ3.1%および3.8%,安全性(重大な出血事象)はそれぞれ5.3%および6.2%と大きな差はなかった.一方,VTE再発に対するDOAC療法のメタ解析6では,DOACおよびWfでの効果はそれぞれ1.9%および2.0%で,安全性は1.1%および1.7%であり,安全性でDOAC優位を認めたものの効果に大きな差異を認めなかった.一部のDOAC療法には緊急時に使える中和薬がないことも普及障害の一因となった.その様な背景の中で,DOACをもっと安全かつ効果的に使用するための臨床検査方法や,新たな経口抗凝固薬が模索されている.

3.抗凝固療法の新たなターゲット

近年,接触系因子(FXI,FXII,プレカリクレイン,高分子キニノゲン)が新たな抗凝固療法のターゲットとしてクローズアップされた.特にFXIおよび活性化第XI因子(FXIa)の阻害薬(FXI(a)阻害薬)は数多く検討されている.

FXIはXaseの構成因子の一つとして凝固反応の増幅期に関わり,血栓の成長および安定化に寄与するが,止血に必須の因子ではないとされる7.先天性FXI欠乏症患者では尿路系などの線溶活性が優位となる部位に外傷や手術などによる出血症状を認めるとされるが8, 9,自然出血は稀である.さらに,FXI欠乏患者では静脈血栓症,虚血性脳梗塞が比較的少なく10, 11,FXI活性が高くなった場合には心血管病変の危険性が高まるとされる12.これらの報告から,FXI阻害は止血機序には影響せずに病的血栓形成を抑制する可能性が示唆され13, 14,新たな抗凝固療法のターゲットとして注目されている.

FXI(a)阻害薬としては,FXIアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO),抗FXI抗体,抗FXIa抗体および低分子FXIa阻害薬などが検討されている(表1).経口および静脈投与など様々な阻害薬が開発中で,ASOのISIS-416858や抗FXIa抗体のMAA868,BAY1213790ではPhase II~IIIの検討に入っており,実際に使用できる日も遠くないと思われる.また,DOAC療法で問題となった中和薬についても考慮されているものもある.ほとんどの阻害薬でAPTTや全血凝固時間(activated clotting time: ACT)の延長を認め,阻害薬投与時のモニタリング検査や確認試験の可能性が示唆される.

表1 主な凝固FXI(a)阻害薬
No インヒビタータイプ(剤型) 作用機序 効果発現 推定される効力期間 化合物名 作用機序 確認されている効果 参考文献
1 FXIアンチセンスオリゴヌクレオチド FXI合成阻害 ゆっくり(2~3週間) 数週~数ヶ月 FXI-ASO
ISIS-416858
肝臓でのFXI生合成を阻害 Phase IおよびII終了.膝関節置換術時のVTE発祥に関してEnoxaparinより抗凝固効果が優れていた 15,16
2 モノクローナル抗体
(anti-FXI IgG) FXIと結合し,FXI欠乏状態とする 即効 数日~数週 O1A4(aXIMab) FXI/FIXa A3 domainに結合し,FXIの活性化阻害およびFIXaによるFXIa活性化を阻害 AVシャントヒヒモデルで血栓形成を抑制 22
14E11(Xisomab, 3G3) FXI A2 domainに結合し,FXIIaによるFXI活性化を阻害 マウスおよびヒヒモデルで血栓形成阻害を確認 23
αFXI-175,αFXI-203 FXIのA2 domain(αFXI-175)およびA3 domain(αFXI-203)に結合 マウスモデルで静脈血栓の縮小化 24
MAA868 抗FXI(XIa) IgG APTT延長を確認.Phase II研究でAfおよび膝関節置換術でenoxaparinおよびapixabanと比較検討中 17,18
(anti-FXIa IgG) FXIaの活性部位に結合し活性を阻害 即効 数日~数週 C24 FXIaの活性部位に結合し,FXIa活性の可逆性の阻害. ヒト血漿で血液凝固を阻害.マウスモデルで頸動脈閉塞を抑制 25
XI-5108 FXIaのlight chainに結合し,FXIaによるFXの活性化を抑制 ウサギモデルでトロンビン産生,血小板凝集,フィブリン形成の阻害を確認 26
BAY 1213790 FXIaのcatalytic domainに結合する抗FXIaヒトモノクローナルIgG ヒト血漿でAPTTの延長を確認.ウサギモデルで血栓量の減少を確認.健常成人男性でPhase Iを行い,TKAでPhase II進行中 17,19
3 低分子FXIa阻害薬
(非経口投与) FXIaの活性部位に結合し活性を阻害 即効 数分~数時間 BMS-262084 FXIaの活性部位に活性部位に対する不可逆性インヒビター ウサギA-Vシャントモデルでトロンビン形成阻害を確認 27
BMS 654457 FXIa活性を可逆性に抑制 APTT延長を確認.動物モデルで電気刺激による血栓閉塞を予防した 28
BMS-962212 FXIaを選択的に抑制 ウサギAVシャントモデルで血栓抑制.健常人によるPhase I試験は終了 29
ONO-8610539 FXIa活性を可逆性に抑制 動物実験モデルで血栓形成抑制を確認 30
(経口投与) 数分~数時間 ONO-5450598 経口投与可能なFXIaインヒビター ウサギ実験モデルで動脈血栓の抑制を確認.抗血小板薬と併用での出血の増加を認めなかった 31
BMS-986177 経口投与可能なFXIaインヒビター Phase I研究が進行中 20
4 その他 FXIa活性を阻害
Sulfated pentagalloyl glucopyranoside(SPPG) SPPG2 非競合性FXIaインヒビター.FXIaの陰イオン結合部位に作用 APTTの延長を確認 21
RNA and DNA aptamers ssRNA aptamer 11.16 and 12.7 FXIaの陰イオン結合部位に作用 FXIa活性の抑制とFIXの活性化阻害を確認 32
Kuniz-type protease inhibitors protease nexin 2(PN2) FXIa抑制作用を有するKunitz domainをもつβアミロイドタンパクの前駆体 ネズミ実験モデルで血栓量を減少 33

4.主な凝固第XI(a)因子阻害薬

1)FXIアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)

初めて検討されたASOはISIS-416858(BAY2306001)であり,静脈投与で濃度依存性にFXI抗原量,活性の低下が確認された15.Phase II試験16では,300名の膝関節置換術患者を対象に術前35日前から200および300 mgを投与し,エノキサパリン(EP)を対照として検討された.300 mg投与群において効果(VTE発症)4%でEP群(30%)と比較し良好な結果であった.安全性(大出血および臨床的に関連のある非大出血)も3%とEP群(8%)と同等であった.現在,Phase III進行中である.

2)抗FXI(a)抗体

ヒトFXIに対するモノクローナル抗体(IgG)であるMAA868は,FXIaにも同等のaffinityで結合することが分かった17.動物実験で単回投与によりAPTTを30日間以上延長させた.Phase II試験として,EPを対照に膝関節置換術におけるVTE予防検討を,またAf患者対象にその効果をD dimerなどのバイオマーカーを用いてアピキサバンと比較検討されている18

BAY1213790はヒトFXIaに対するモノクローナル抗体(IgG1)であり,FXIaの活性部位に結合し抗凝固効果を示す.Phase I試験として83名の健康男性に0.015~10 mg/kgのBAY1213790を投与し,APTTとACTの延長を20日間以上確認した19.一方,臨床上問題となる出血は認めなかった.Phase II試験は2用量のBAY1213790を術前および術後投与で比較し,同時に手術症例におけるEPおよびアピキサバンの投与群との比較検討が行われている17

3)低分子化合物

BMS-986177はFXIaを選択的に阻害する低分子化合物である.経口可能なFXIa阻害薬としてプラセボを対照にPhase I試験が行われた20.現在,虚血性脳卒中およびTIAでアスピリンおよびクロピドグレル服用者を対象に本剤の再発抑制効果を検討するPhase II試験中である.

4)その他

Sulfated pentagalloyl glucopyranoside(SPGG)はSulfated non-saccaride glycosaminoglycan mimeticsの一つであり,アンチトロンビン 非依存性にFXIaを選択的に阻害する.興味深いことに,このSPGGの抗凝固効果はヒトアルブミンの添加で減弱し,将来的にSPGGの中和薬として期待される21

5.終わりに

DOAC療法が一般的となりつつある経口抗凝固薬療法に,やがてFXI(a)阻害薬というオプションが加わると思われる.FXI(a)阻害薬は安全性の高い抗凝固薬としての期待できるが,それでも出血リスクなどの確認検査が必要となるかは今後の課題であろう.FXI(a)阻害薬がより有効で安全な血栓予防薬となることを期待したい.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

家子正裕:講演料・原稿料など(日本ベーリンガーインゲルハイム(株),第一三共(株),ブリストル マイヤーズ スクイブ(株)),研究費(寄付金):第一三共(株)

その他の著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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