2021 年 32 巻 4 号 p. 389-392
本態性血小板血症(essential thrombocythemia: ET)は比較的予後良好な骨髄増殖性腫瘍である.日常診療では主に血栓症や骨髄線維症,白血病化などの病勢進行を念頭に置き管理されているが,しばしば血小板数が高値の状態で出血症状を呈する症例を経験する.この出血症状の原因として後天性von Willebrand症候群(acquired von willebrand syndrome: AvWS)があり,無症候性を含めるとAvWS合併症例の頻度は高く,ET患者の20~50%にみられると報告されている.血小板数コントロールに加え,軽症例ではトラネキサム酸の使用,大量出血を併発した際には,von Willebrand因子(VWF)含有血液凝固第VIII因子製剤の使用が必要となる.また,ET患者に対し血栓症予防として安易に抗血小板療法開始すると出血リスク悪化の誘因となる.この原因もAvWSであり,国内外のガイドラインでは,抗血小板療法開始前にVWF活性(VWF ristocetin cofactor activity: VWF:RCo)を確認しAvWS合併の有無を検討する必要があるとされている.出血傾向は血小板数増多と相反する症候であるがET管理には重要である.本稿ではETにおける出血症状について,特にAvWSに関して概説する.
本態性血小板血症(essential thrombocythemia: ET)患者の生存率は他の骨髄増殖性腫瘍患者に比し良好である.しかしながらET患者の生命予後はコントロールと比較し,発症約5年後より不良となる1).ET患者867例を対象としたPssamontiらの疫学研究では死亡原因として血栓症(51%),がん(22%),白血病(17%)についで出血が約10%であったと報告されており2),ETにおける出血イベントの管理は重要である.また,ET患者における出血イベントの発生頻度はDanらによる本邦でのET患者381例の疫学研究において4.2%であったと報告されている3).一方,イタリアからの疫学研究でも4%の患者に出血の合併が認められており4),ET患者のおける出血イベントは比較的頻繁に起こる合併症である.また,Cambellらは,高リスクET患者に対しハイドロキシウレア+アスピリンとアナグレリド+アスピリンの有効性を検討した非盲検比較臨床試験であるPT-1試験に参加した患者を対象として,血栓・出血イベントとその発症前から60日以内の血小板数との関連を検討した.この研究では,血栓症発症リスクは血小板数増多に伴い増大するが,出血イベントの発症リスクと血小板数はU字型曲線の関係にあり,出血は過度な治療などによる血小板数減少時だけでなく,増加時にも発症リスクが増大することが報告されている5)(図1).

血管イベント発症リスクと60日以内の血小板数の関係
A)血栓リスクは血小板数>125万/μL程度から増加,B)出血リスクは血小板減少時と増加時の2峰性に有意差をもって上昇(文献5より作成)
血小板数が正常~高値の状態でなぜ出血イベントが発生するのか?この状態のET患者における出血イベントの原因は血小板機能低下や血管内皮の障害など複数の要因があげられるが,最もリスクが高いのは後天性von Willebrand症候群(acquired von Willebrand syndrome: AvWS)であると考えられている.AvWSは様々な原因により,後天的にVWF活性(VWF ristocetin cofactor activity: VWF:RCo)が低下し出血症状をきたす症候群であり,その原因の一部は甲状腺機能低下などによるVWF産生低下であるが,大部分のAvWSはVWF産生が亢進しており①自己免疫疾患などに伴う自己抗体による活性阻害②悪性腫瘍などの細胞への吸着③高ずり応力を生じる血管障害などによる高分子マルチマーの(HMV-VWFM)分解亢進などが主な原因となる.ET患者では増加した血小板へのVWFの結合や血小板から放出されるADAM10やADAM17によるHMV-VWFM分解などが原因と考えられている.このため,ETに合併するAvWSの病型はHMV-VWFMが選択的に低下するVWSタイプ2A型を呈する.
診断には出血性疾患スクリーニング検査施行時に血小板数やPT,フィブリノーゲンが正常でAPTTのみが低下している場合,VWSを疑うがAvWSではFVIII活性低下が軽度なためAPTTが延長しない例が少なくないことに注意しなければならない.AvWSの診断は通常,VWF:RCo 30%未満,VWF:RCo/VWF抗原量(VWF:Ag)が0.7以下となることをもってなされている.また,補助診断としてVWFマルチマー解析でHMV-VWFMが減少,消失していることが,病型診断に有用であるが現在本邦では保険収載されていない.なお,血液型O型者は他血型者と比較しVWF量が約25%低値であるため,AvWSの診断,管理時に注意する必要がある6).
ET患者におけるAvWS合併頻度について,MitalらはET患者170例を対象としたポーランドの疫学研究において20%の頻度で合併が認められ,比較的若年,ヘモグロビン高値,血小板数高値であることがリスク因子と報告している7).一方,Rottenstreichらの報告ではイスラエルにおいてET患者116人,真性多血症患者57人を対象として検討され,ET患者の55%にAvWS合併が認められ,AvWS合併リスク因子は血小板数高値,若年者,JAK2V167変異陽性者であると報告している.彼らは,AvWS合併ET患者の69.5%が血小板数100万/μL未満であり血小板数が比較的低値でもAvWSに留意が必要であることを警告している.この報告ではAvWS合併率が極めて高いが,その診断基準が1.VWF:RCoが血液型O型,非O型でそれぞれ41%,58%未満,2.VWF:RCo/VWF:Ag比が0.7未満 3.VWD家族歴がない,この1,2,3すべてを認めることとしており,診断基準のVWF:RCo閾値が高いことに注意を必要する8).
ET患者管理には血栓予防が優先される.血栓予防には低用量アスピリンが使用されるが,AvWS合併時に出血のリスクを増長させるため安易な開始には注意を要する.日本血液学会造血器腫瘍診療ガイドライン 2018年版補訂版では,60歳以上もしくは血栓症の既往を有する高リスクET患者は,血栓症の予防を目的として低用量アスピリン投与と細胞減少療法の併用療法を行うことが推奨されているが,“血小板数の著増に伴いvon Willebrand因子(vWF)が低下すると,AvWSを発症することがある.アスピリンの単独投与は出血を助長する可能性があるため,vWF:RCoが低下している例では,細胞減少療法後に血小板数が減少していることを確認してからアスピリン投与を行う.血小板数<100万/μLでもvWFが低下する例もみられるため,出血傾向を示す場合は血小板数に関わらずvWF:RCoを測定することが望ましい.”と記載されている9).また,NCCNガイドラインでは,すべてのリスクのET患者に対して治療開始にあたりAvWS合併のスクリーニングが必要と記載されている10).
Larránらは,細胞減少療法を行っていない低リスクET患者433症例を対象としてアスピリンの有用性を検討した後方視的研究において,遺伝子変異の種類により抗血小板療法の有用性とそのリスクに差異があることを報告している.JAK2V167変異陽性例では,アスピリン内服により血栓予防効果が無治療経過観察群に比し有意に低下し,出血発症頻度には差がなかったが,CALR変異陽性群では血栓予防に有意差がなく,出血の発症率が優位に高くなる傾向が認められた.この研究ではAvWSの検討は行われておらず,CALR変異陽性ET患者はその血小板機能が低いことが出血イベント増多の原因ではないか,と考察している,アスピリン投与が主治医判断であり,CALR遺伝子変異陽性者の血小板数が高いことに留意が必要であるが,ET患者の出血傾向についてAvWSだけでなく遺伝子変異の種類により治療方針を考慮する必要性を示唆する結果であった11).
AvWSの治療は原則,原病の治療が優先される.ETにおいても血小板数が低下すればVWF:RCo/VWF:Ag比が改善することは多くの症例報告で示されており12),日常臨床でもしばしば経験する.また,血小板数のコントロールが良好であればvWF:RCo値が正常を下回っていても抗血小板療法を避けるのみでよい.止血治療は活動性出血をきたした際に行われている.先天性vWSと同様,軽度の出血傾向ではトラネキサム酸内服などによりコントロール可能であるが,大量出血などをきたした場合,血小板数高値例では血小板アフェレーシスにて血小板数の速やかなコントロールが行ないつつ,新鮮凍結血漿,VWF含有血液凝固第VIII因子製剤が使用されている13).先天性vWSで使用されているデスモプレッシンの有用性は限定的である.骨髄増殖性腫瘍に伴うAvWSには他疾患が原因となったAvWSに比し有用性が低く,約20%との報告がある14).
ETは比較的予後良好な骨髄増殖性腫瘍である.日常臨床では血小板数コントロールと血栓症予防のみが行われることが多いが,しばしば出血症状や止血困難をきたすことがある.そのリスクとして,年齢,Hbおよび血小板数,遺伝子変異などが示唆されているが,まずはVWF:RCo,VWF:Agなどを測定し,出血傾向もあわせ診療することが必要である.
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