日本血栓止血学会誌
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公開データベースと発現実験を用いたアンチトロンビン,プロテインCおよびプロテインS遺伝子の病的バリアントの頻度推定
丸山 慶子小亀 浩市
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2021 年 32 巻 5 号 p. 635-637

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1.はじめに

主な遺伝性血栓性素因は,アンチトロンビン(AT),プロテインC(PC)およびプロテインS(PS)欠損症である.一般集団および静脈血栓塞栓症集団における遺伝性血栓性素因の頻度はこれまでに様々な方法で算出されており,一般集団においてAT欠損症は0.02~0.2%,PC欠損症は0.2~0.4%,PS欠損症は<0.5%と報告されている1.一方,遺伝性静脈血栓塞栓症疑い集団ではAT欠損症2~5%,PC欠損症5~10%,PS欠損症5~10%と報告されている1.今回,我々は諸地域の人類集団(疾患群および一般人口を含む)約6万人の高品質エキソーム解析公開データベースであるExAc(The Exome Aggregation Consortium)Browserのデータと発現実験を組み合わせ,機能低下をもたらすAT,PCおよびPSバリアントの推定頻度の算出を試みた2

2.ヒトゲノムバリアントデータベース

公共のデータベースには,ExAc Browser3の他に,gnomAD(The Genome Aggregation Database)4,Togovar,jMorp(Japanese Multi-Omics Reference Panel)5やHGVD(Human Gene Variation Database)6等がある.ExAc Browserは,米国ブロード研究所が提供する,さまざまな地域の人類集団60,706人の高品質エキソーム解析の塩基配列データベースである.さまざまな地域におけるアレル頻度の違いを比較できるが,日本人のデータは少ない.gnomADは,ExACデータベースの後継となるもので,v2.1.1には125,748人のエキソームと15,708人の全ゲノム塩基配列,v3.1.1には76,156人の全ゲノム塩基配列が集められている.また,56,434人のミトコンドリアDNAバリアントも掲載されている.一方,Togovar,jMorpおよびHGVDは日本人のゲノムデータベースである.Togovarは,日本各地から収集した7,609人の全ゲノム配列を解析した情報が掲載されている.さらに,Clinvar,ExAcおよびjMorp等での頻度情報やin silico解析情報等をワンストップで検索可能である.jMorpは,東北メディカル・メガバンク機構が収集した約8,300人の全ゲノム配列情報を解析して得られたデータが収載されている.こちらにもClinvar,gnomADの頻度情報等が掲載されている.また,タンパク質立体構造上にバリアントをマッピングした情報へリンクすることが可能である.HGVDは,京都大学が公開している1,208人のエクソーム解析情報と3,248人のコホート研究の結果をもとに得られた情報が掲載されている.

3.In silico機能解析ツール

遺伝子バリアントによって起こるアミノ酸置換がタンパク質の機能に与える影響をスコア化するソフトウェアとして,Polyphen-27,SIFT8,PROVEAN9,MutationTaster10やCADD11等がある.各アルゴリズムは,生物種間の配列保存性やタンパク質立体構造への影響等から,各バリアントの生体への影響を評価する.それぞれの特徴として,Polyphen-2はヒトアミノ酸配列相同性とタンパク質ドメイン,立体構造等に基づき機能変化を予測し,タンパク質の立体構造に影響が強いアミノ酸置換ほど影響が大きいと判定する.一方,SIFTやPROVEANはアミノ酸配列の種間保存性と置換アミノ酸の類似性によってタンパク質機能への影響を予測し,タンパク質ファミリーで進化的に保存性が高いアミノ酸の置換ほど影響が大きいと判定する.MutationTasterは,配列保存性,スプライス部位変化への影響を考慮し,1塩基置換のみならず塩基挿入や欠失の影響も予測することが可能である.また,CADDは,配列保存性,エピゲノム修飾,アミノ酸変異の情報など複数のアノテーションを統合し,エクソンだけでなくゲノム全域の1塩基置換や短い挿入,欠失についてもスコアリングする.In silico解析をおこなう場合は,複数の予測ツールの結果を組み合わせて判断すべきである.

4.遺伝性血栓性素因の頻度算出

我々はExAc Browserのデータと発現実験を組み合わせ,機能低下を引き起こすバリアント(病的バリアント)の頻度算出を試みた(図1).ExAc Browserには,非同義バリアントとしてATに133個,PCに157個,PSに221個登録されていた.その中から,比較的アレル頻度の高いバリアント(全地域あるいは各地域でアレル頻度0.1%以上かつアレル数2以上)としてATから9個,PCから4個,PSから14個選択し,さらに,それらを除くバリアントからそれぞれ約10分の1に相当する個数,すなわちATから12個,PCから15個,PSから19個をランダム抽出し,計73個の変異型と各野生型の比較発現解析をおこなった.各バリアントの発現ベクターを作製してHEK293細胞に一過性発現させ,分泌量および活性を測定し,バリアントが機能低下を引き起こすか(分泌量×比活性が50%未満になるか)否かを判定した.その結果,ATではアレル頻度の高いバリアント9個中1個とランダム抽出したバリアント12個中5個が機能低下を示した.PCでは4個中3個と15個中8個が,PSでは14個中1個と19個中3個が機能低下を示した.このような発現実験結果とExAc Browserでのアレル頻度を用いて,病的バリアントの頻度を算出した.ExAc Browserに登録されているナンセンス,フレームシフトおよびスプライシング異常は,機能異常を引き起こす病的バリアントであると仮定して頻度計算に加えた.その結果,欠損症の原因となることが予想される病的バリアントの保有者の頻度は,人口10,000人あたり,ATで36人,PCで63人,PSで39人となった.なお,抽出したバリアントの詳細,発現実験結果および頻度算出計算式等は,原著論文を参照していただきたい2

図1

AT,PCおよびPS遺伝子の病的バリアント頻度を推定した方法

また,今後の参考にもなると考え,発現実験をおこなった全バリアント(AT:21個,PC:19個,PS:33個)に対して,Polyphen-2,PROVEANおよびMutationTasterで解析した.その結果,計73個のうち32個のバリアントは3つのツールで同等の結果を示し,12個は正常(AT:3個,PC:4個,PS:5個),20個は病的(AT:9個,PC:4個,PS:7個)と予測され,in silico解析結果と我々がおこなった発現実験結果の一致率はあまり高くなかった.そのことは残念であったが,発現実験をおこなった意味があったとも言える.

5.おわりに

今回,公開データベースと発現実験を組み合わせ,AT,PCおよびPS欠損症の頻度算出を試みたが,いくつかのlimitationがある.ExAcデータベースは一般集団のみでないためバイアスがかかっている可能性があることや,発現実験の結果は必ずしも生体内の状態を反映しないこと等が挙げられる.また,今回は発現タンパク質の分泌量と活性で機能低下を判断しており,クリアランスやパートナータンパク質との結合能等は検討していない.発現実験で正常と判定したバリアントのなかには,静脈血栓症の原因として報告されているものもあった.現在,遺伝性血栓性素因を検出する次世代シーケンスパネルの臨床利用に対する関心が高まっているが,検出されたバリアントが発症原因であると判断するには,様々な情報を総合的に考慮すべきである.遺伝性血栓症の浸透率は100%ではないので,遺伝子の配列情報だけでなく,in silico解析や患者の抗原量・活性等のデータを組み合わせること,さらには患者家族の諸データも判断材料に加えることが大切である.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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