日本血栓止血学会誌
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特集:NETs関連総説
敗血症/COVID-19におけるNETsと血栓症
伊藤 隆史
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2021 年 32 巻 6 号 p. 659-664

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Abstract

感染や組織損傷の兆候を察知すると,好中球は活性化する.活性化した好中球は,微生物やデブリスを貪食したり,好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)と呼ばれる網状構造物を細胞外に放出したりして,感染防御に寄与している.その一方で,同様のメカニズムが,組織損傷を悪化させてしまう要因にもなっていて,NETs放出は適切にコントロールされる必要があると考えられる.本稿では,感染症病態におけるNETs放出の光と陰について概説し,そのなかでも特に,血栓症との関連について考察していく.

1.はじめに

我々は一日に約100億個の好中球をつくり,骨髄から循環血液中へと送り出している.循環血液中の好中球の半減期は半日ほどで,全身循環から離れた好中球は,骨髄,脾臓,肝臓,肺,消化管粘膜,皮膚などのリンパ組織に入り,組織マクロファージや樹状細胞に貪食されてライフサイクルを終える.このようなサイクルは,24時間一定のリズムで回っているわけではなく,休息時間帯(ヒトでは夕方から夜)には循環する好中球の割合が増え,活動時間帯(ヒトでは朝方から昼)には組織に浸潤する好中球の割合が増える1.このことは,怪我のリスクの高い活動時間帯に,組織で待ち構える白血球数を増やす戦略なのかもしれない.

2.好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)放出のメカニズム

微生物が体内に侵入してきた際,好中球は微生物を貪食し,貪食した小胞内に活性酸素種やタンパク質分解酵素などを投入して殺菌しようとする.NETs放出はこれとは別の微生物捕獲・殺菌機構として2004年に初めて報告されたもので,DNAに好中球エラスターゼ,ミエロペルオキシダーゼ,カテプシンG,ヒストンなどが付着した網状の構造物を細胞外に放出することで,細胞外での微生物の不動化・殺菌を可能にしている2.好中球は死にながらNETs放出することもあれば(apoptosisやnecrosisとは異なる細胞死でNETosisと呼ばれる),生きたままNETsを放出する仕組みも備え持っている.

活性化に伴う好中球の段階的変化とNETosisのメカニズムを図1に示す.活性化する前の好中球においては(図1A-①),DNA成分(青色に標識)は分葉した核の中に,好中球エラスターゼ(緑色に標識)は細胞質の顆粒の中に局在している.活性化に伴い,好中球エラスターゼは核の中に移行し(図1A-②),クロマチンの脱凝縮が生じ(図1A-③),細胞膜の破綻に伴ってDNA・好中球エラスターゼ複合体が細胞外に放出される(図1A-④).これらの行程は,nicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADPH)オキシダーゼによる活性酸素種産生に依存して進むことが知られているが(図1B),一方で,NADPHオキシダーゼ非依存性で活性酸素種非依存性のNETs放出機序があることも知られている3.また,クロマチン脱凝縮の過程においては,protein-arginine deiminase 4(PAD4)という酵素によるヒストンのシトルリン化が重要であることが知られているが,PAD4非依存性でシトルリン化非依存性のNETs放出機序があることも知られている4.細胞膜の破綻を伴わない,分泌小胞を介したNETs放出機序も知られていて,刺激の種類や好中球の不均一性によって,多種多様なNETs放出機序があると考えられる.

図1

好中球の活性化とNETs放出メカニズム

(A)活性化する前の好中球(①)においては,DNA成分(青色に標識)は分葉した核の中に,好中球エラスターゼ(緑色に標識)は細胞質の顆粒の中に局在している.活性化に伴い,好中球エラスターゼは核の中に移行し(②),クロマチンの脱凝縮が生じ(③),細胞膜の破綻に伴ってDNA・好中球エラスターゼ複合体が細胞外に放出される(④).(B)上記行程は,nicotinamide adenine dinucleotide phosphate(NADPH)オキシダーゼによる活性酸素種産生に依存して進むことが知られているが,NADPHオキシダーゼ非依存性で活性酸素種非依存性のNETs放出機序もある.また,クロマチン脱凝縮の過程においては,protein-arginine deiminase 4(PAD4)によるヒストンのシトルリン化が重要であることが知られているが,PAD4非依存性でシトルリン化非依存性のNETs放出機序もある.

3.感染症病態におけるNETs放出の生理的意義

NETsは細胞外において,黄色ブドウ球菌や大腸菌などの細菌,カンジダやアスペルギルスなどの真菌を捕獲する.生体内においては,主に肝臓の類洞内において,NETsが微生物を捕獲する様子が観察されていて,この機構が破綻すると,全身への微生物の拡散を招いてしまう57.NETsが微生物を捕獲するメカニズムについては十分にわかっていないが,NETsの主成分であるDNAの荷電が関係していると考えられている.A群レンサ球菌や肺炎球菌などは,DNA分解酵素(DNase)を発現する形質を獲得することで,NETsから逃れて全身に拡散して重症感染症を引き起こすことが報告されている8, 9.また,DNaseを投与した場合にも,NETsが破綻して微生物の拡散が助長されることが報告されていて,細胞外に放出されたDNAが感染防御に一定の役割を果たしていることが示唆される10

NETsには捕獲した微生物を死滅させる作用も備わっていると考えられている.NETsの構成成分であるヒストンや好中球エラスターゼなどには殺菌作用が報告されていて,生体外の実験系においては,NETsが微生物を死滅させることが示されている 2, 11.その一方で,生体内においては,ヒストンや好中球エラスターゼの作用を阻害する制御因子が血漿中に豊富に含まれていて12, 13,殺菌作用がどこまで発揮されるか不明である.NETsに捕獲された黄色ブドウ球菌やカンジダは,DNase処理によって解放すると再び増殖することから,死滅してはいないという報告もある14.このように,NETsの直接的な殺菌作用については議論の余地が残っているが,不動化することによって,別の細胞による貪食や殺菌を補助している可能性も考えられる.

4.NETsと血栓形成

NETsはDNA,ヒストン,好中球エラスターゼ,カテプシンGなどの成分によって構成されているが,これらの成分には血栓形成を促進する作用(図2)が報告されている15.陰性荷電したDNAは血液凝固第XII因子(FXII)やFXIと接触し,内因系血液凝固経路を活性化する16.細胞外ヒストンはプロトロンビンフラグメントF1+2に結合し,FXaによるプロトロンビンの活性化を,FVaやリン脂質非依存性に促進する17.好中球エラスターゼやカテプシンGなどのセリンプロテアーゼは,組織因子経路インヒビターを分解して不活化することで,外因系血液凝固経路を促進する18.また,NETs表面には組織因子,von Willebrand因子,フィブロネクチンなどが結合し,NETs表面での凝固活性化,血小板血栓の形成の足場を提供していると考えられる16, 19

図2

NETsと血栓形成

NETsの構成成分のうち,陰性荷電したDNAは,血液凝固第XII因子(FXII)やFXIと接触し,内因系血液凝固経路を活性化する.細胞外ヒストンは,FXaによるプロトロンビンの活性化を,FVaやリン脂質非依存性に促進する.好中球エラスターゼ(NE)やカテプシンG(CTSG)などのセリンプロテアーゼは,組織因子経路インヒビター(TFPI)を分解して不活化することで,外因系血液凝固経路を促進する.また,NETs表面には組織因子(TF),von Willebrand因子,フィブロネクチンなどが結合し,NETs表面での凝固活性化,血小板血栓の形成の足場を提供している.

NETsと血栓症との関連については,様々な動物モデルならびに臨床研究で報告されている.深部静脈血栓症では,血栓のなかにNETsが観察され,PAD4欠損マウスやDNase処理によって血栓を減少させられることから,NETsが静脈血栓症の病態に関与していることが示唆される16, 20, 21.動脈血栓症においては,NETsが血栓の安定化や心血管イベントの発生に関与している可能性が示唆されている22, 23.また,微小血管においても,NETsが血管内皮細胞傷害ならびに血管閉塞に関与していることが示唆されている 5, 18, 24

5.敗血症病態におけるNETs放出の光と陰

NETs放出は微生物を捕獲し,殺菌するのに寄与していることから,感染症に対する生体防御機構の一つと考えることができる.また,NETsによって促進される血栓形成も,微生物を局所に封じ込めるための自然免疫機構の一つとして捉えられ,このような血栓は免疫血栓(immunothrombosis)として注目されている25.その一方で,NETsやその成分は,微生物に対してだけでなく宿主細胞に対しても傷害性があり,血管内血栓形成は,微生物の拡散を防ぐと同時に虚血性臓器障害を引き起こすリスクも伴うことから,NETs放出が全身の広範囲に拡大した場合には,メリットよりもデメリットの方が大きくなることが想定される26, 27.実際,大腸菌感染による敗血症モデルマウスにおいて,PAD4欠損マウスやDNase処理によってNETsを減少させると,微小循環障害が改善し,臓器障害も軽減することから7, 28,NETs放出には負の側面もあると考えられる.

NETsの構成成分の一つであるヒストンは,細胞外に遊離した際の細胞傷害性が強く29,病態との関わりで注目されている.ヒストンは主要な核内タンパク質で,(NETs放出に伴って)好中球から細胞外に放出されるが30,一般的な細胞からは放出されにくい31.細胞外に放出されたヒストンは,血液凝固を活性化するとともに,血管内皮細胞傷害を引き起こし27, 32,血栓症や臓器障害の誘因となりうる33, 34

NETs放出のメリットとデメリットが報告されるなか,敗血症病態においてNETs放出を減少させた場合,生存率にはどのような影響が及ぶだろうか.盲腸結紮穿刺による敗血症モデルマウスにおいて,PAD4欠損マウスの生存率は野生型マウスとほとんど変わらないことが報告されている35.一方,DNase処理もしくは抗ヒストン抗体投与を,抗菌薬投与と組み合わせると,敗血症モデルマウスの生存率を改善できる可能性が示唆さされている36, 37.このように,NETsを抑制しつつ,それによって弱まる可能性がある感染防御は抗菌薬で代用するという戦略で,敗血症の際の生存率を向上できるかもしれない.

6.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)病態におけるNETsと血栓症

COVID-19の病理解剖所見では,肺の血管床に広範な血管内血栓形成と血管内皮細胞傷害が認められる38.SARS-CoV-2ウイルス感染後には,好中球や炎症性マクロファージが肺に集積し,炎症性サイトカインが誘導されるとともに,補体系や血液凝固系が強く活性化され(図3),血管内皮細胞傷害ならびに血管内血栓形成に至ると考えられている39.また,この過程において,好中球-血小板複合体が形成され,NETsが放出されることで,NETsを足場とした血管内血栓形成が進行する可能性が示唆されている40.ただ,肺局所において血管内血栓形成が強く誘導されるのが,COVID-19に伴う血栓症の特徴であり,敗血症に伴う典型的な播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation: DIC)のように全身の微小血管で血管内凝固と消費性凝固障害が進む病態とは異なると考えられる41

図3

COVID-19病態におけるNETsと血栓症

SARS-CoV-2ウイルス感染に伴って,細胞表面の受容体であるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)が細胞内に移行すると,ACE2が本来担っているアンギオテンシンIIからアンギオテンシン(1–7)への変換機能が低下する.これによって,アンギオテンシンIIの血管収縮作用,炎症増強作用,血栓形成促進作用が強まる.また,SARS-CoV-2ウイルスに感染した血管内皮細胞は,その毒性によって抗血栓機能が低下する.さらに,炎症性サイトカインの産生,補体活性化,NETs放出が誘導され,血管内皮細胞損傷ならびに血管内血栓形成に至ると考えられる.重症COVID-19症例では,自己抗体産生も幅広く誘導され,抗リン脂質抗体が細胞表面に結合することで,血管内皮細胞,血小板,好中球などの細胞と血液との境界面が血栓形成の方向に向かう可能性が考えられる.

では,COVID-19の病態において,何がNETs放出と血管内血栓形成を誘導するのだろうか?重症COVID-19症例では,濾胞外B細胞が関与すると考えられる自己抗体が幅広く誘導されていて,その中には,血管,脳,心臓などに発現している自己抗原を認識する抗体も含まれる42.COVID-19で入院となった患者の血清を調べると,その半数近くにおいて抗リン脂質抗体が検出され,これらの抗リン脂質抗体が細胞表面に結合することで,血管内皮細胞,血小板,好中球などの細胞と血液との境界面を血栓形成の方向に向かわせている可能性が考えられる 43.これらのCOVID-19患者血清由来のIgGを好中球にふりかけるとNETs放出が誘導され,マウスに投与すると血栓症が増悪することから,COVID-19の病態においてNETs放出ならびに血栓症を誘導するものとして,抗リン脂質抗体は重要な役割を果たしているかもしれない.

7.おわりに

NETs放出は宿主の感染防御機構の一つであり,これに対して,一部の微生物はNETsを分解する機構を進化させてきた.その一方で,NETsは組織損傷を引き起こす要因にもなり,適切に制御されなければ,敗血症,自己免疫疾患,血栓症の病態を悪化させてしまう.好中球の機能を完全に抑制してしまうことは不利益が大きいと考えられるが,時間的・空間的に制御することが可能になれば,炎症性疾患のより良いコントロールに繋がるかもしれない44

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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