日本血栓止血学会誌
Online ISSN : 1880-8808
Print ISSN : 0915-7441
ISSN-L : 0915-7441
特集:NETs関連総説
NETsと癌
大坂 瑞子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 32 巻 6 号 p. 665-671

詳細
Abstract

近年,好中球はがんの進行において重要な役割を果たすと認識されている.好中球は環境や刺激によって多彩な表現型を持つように変化する.特に,好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)という新しい好中球の形態が発見されてから,がんにおけるNETsの関与や役割について研究が進んでいる.転移に関する報告が多数あり,新しいバイオマーカー,治療標的の可能性が見出されている.この総説では,腫瘍の進展と転移におけるNETsの役割について最新の知見を含めて解説する.

1.はじめに

がんは遺伝子の突然変異やエピジェネティックな変化により発生する一方で,免疫反応の関与も重要であり,その制御による治療がフォーカスされている.免疫細胞の中で,好中球は感染において最も初期に応答し,生体防御機構において重要な役割を持つ白血球分画である.近年,好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular trap: NETs)が様々な生体反応において注目されている.本項ではがんの発症や進展におけるNETsの最新の研究成果や知見を紹介し,治療標的の可能性について論じたい.

2.好中球

好中球は感染から宿主を防御するための貪食機能を有する自然免疫応答において重要な機能をもち,免疫反応において不可欠である.このような食細胞は昆虫でも保有しており,生体にとって重要な細胞の一つであることがうかがえる.ゼブラフィッシュやげっ歯類では循環白血球中の5~10%ほどと少ないが,ヒトでは最も多い分画であり50%ほどを占める.成熟した好中球は骨髄にプールされ,血液中への放出は正常な状態では厳格に調節されている.しかし,感染や疾患を発症した際にはその遊走が増加する.そして,傷害部位の血管内皮細胞からIL-8などの遊走因子が分泌され,その遊走因子の濃度勾配に反応して傷害部位へと遊走し,血管内膜へ接着,内皮下へ浸潤して脱顆粒を起こし,顆粒に含まれた抗菌物質を放出する1図1).

図1

好中球は炎症反応を司る.好中球は,血管内膜の障害部位に遊走し,ローリング,接着現象を経て血管内皮下に浸潤する.その後,炎症部位において脱顆粒をおこし,細胞内の抗菌作用物質や炎症性因子を放出して防御反応を発揮する.

好中球は好中球エラスターゼなどのプロテアーゼや細菌等を殺すペプチドおよびタンパク質の多くを産生し,顆粒に貯蔵している.好中球の形態学的特徴は特徴的な核の形状と抗菌作用を有する様々なペプチドを貯蔵する顆粒を有する点である.これらの顆粒は前駆細胞から成熟する過程においてその数や形態が変化し,成熟過程に合わせて3つのクラス,アズロフィリック,特定,ゼラチナーゼ顆粒に分類される.アズロフィリック顆粒にはミエロペルオキシダーゼや好中球エラスターゼなどのセリンプロテアーゼが,特定の顆粒にはラクトフェリンなど,ゼラチナーゼ顆粒にはロイコライシンなどのメタロプロテアーゼが貯蔵されている.好中球は刺激を受けると,顆粒とファゴソームが融合して顆粒内の生理活性物質が放出されることにより病原体を攻撃する1

さらに好中球の活性化が続くと活性酸素種の産生へと進む.活性酸素とは,強力な抗菌作用を有するスーパーアニオンとその誘導体であるが,スーパーアニオンは誘導体の産生において必須の化合物である.その産生にはNADHPオキシダーゼが重要な役割を果たす.NADPHオキシダーゼは細胞膜上に存在するgp91phoxとp22phoxが細胞質に存在する構成成分p47phox,p67phox,p40phox,racと結合することにより形成され,電子伝達反応が起こり,スーパーアニオンが産生される.好中球は貪食した細菌等を産生した活性酸素により殺菌し,感染に対する生体防御に働く2

3.NETs

好中球は細菌感染による炎症刺激に反応して炎症部位に遊走し,NETsを形成することが2004年にBrinkmannらによって発見された3.その形態は電子顕微鏡で捉えられている4図2).好中球が活性化すると,アズロフィリック顆粒由来のタンパクである好中球エラスターゼやミエロペルオキシダーゼとクロマチン構造が細胞外に放出され,細菌と結合する細胞外網目状構造を形成する.この細胞外クロマチン構造が細菌,ウイルス等に結合してNETsに含まれているエラスターゼやミエロペルオキシダーゼなどにより病原性因子を分解して死滅させ,生体防御反応のひとつとして機能する.このように自然免疫による生体防御の役割を担う一方で,敗血症や動脈硬化症,血栓症などの非感染性疾患においては生体に対し有害な役割を持つ57.さらに,その調節不全に陥ると全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)などの自己免疫疾患の病因ともなる8.従って,NETsは生体において有益な役割をもつ反面,過剰に反応すると損傷を与えることになる.また,NETsの形成は活性化後10分というアポトーシスよりも早い時間経過で形成されることや,運動性の見られる細胞から形成されることから,細胞崩壊時のDNA漏出によるものではなく,細胞死の初期イベントであると提唱されている.

図2

好中球細胞外トラップ(NETs)の免疫染色像.Phorbol 12-myristate 13-acetate(PMA)を刺激したマウス好中球はNETsを形成する.シトルリン化ヒストンH3はNETsのマーカー,Ly-6Gはマウス好中球マーカーである.

NETsとは,一般的には細胞外クロマチン構造を放出する現象のことを指しているが,NETsにはその形態の違いにより3つの種類が存在する.細胞死やNETs放出をもたらすsuicidal NETosis,貪食作用や遊走能を有するvital NETs,ミトコンドリアDNAが放出されるミトコンドリアNETsである.Suicidal NETosisはNADPHオキシダーゼの活性化後,ROSの産生により,クロマチン脱凝集が生じる.一方,vital NETsは酸化ストレス非依存的にtoll-like recpetor2やtoll-like receptor4を介して形成される9図3).いずれもペプチジルアルギニンデイミナーゼ4(peptidylarginine deiminase4: PAD4)の活性化が必須である.ミトコンドリアROSはSLEでみられる炎症性好中球である低密度顆粒球に対してNETosisを誘導し,酸化ミトコンドリアDNAの放出をおこすことが発見された10.しかし,その役割については不明な点が多く,またほとんどの報告では核由来DNAによるNETs形成であり,ミトコンドリアによるNETsは稀な現象であると考えられている.

図3

NETsの模式図.ミトコンドリアNETsはミトコンドリアROSによりミトコンドリアDNAが放出される.PMAなどの刺激はsuicidal NETsを誘発する.クロマチンの脱凝集が生じ,核膜と細胞膜の破壊が生じ,クロマチン構造が細胞外へ放出される.その後,好中球は死滅する.Vital NETsは,補体受容体やTLR2リガンドを介して誘導される.Suicidal NETsと同様に,クロマチン脱凝集が起こるが,好中球は死滅せず機能を持って生き続ける.いずれの形態にもPAD4の活性化が必須である.

4.PAD4

PADには5つのアイソフォームが存在し,PAD2とPAD4は,免疫細胞で発現する唯一のPAD酵素である.PAD2は全身に遍在的に発現している(白血球を含む)一方,PAD4は主に顆粒球および単球で発現する11.PAD4は唯一核局在化シグナルを保有し,通常核に局在するが,活性化状態等に応じて細胞質および細胞表面でも検出される12.PAD4は5つのカルシウムイオン結合部位を持ち,細胞内カルシウム濃度の上昇によりカルシウムイオンの結合によって活性化する.活性化したPAD4はコンセンサス配列 “ΦXRXX”(Φは小さな側鎖を持つアミノ酸,Xは任意のアミノ酸を示す)を認識して活性化するとコンセンサス配列に含まれるアルギニン残基をシトルリン残基に変換する.ヒストンタンパクはPAD4の代表的な基質であり,ヒストンH3のArg-8,Arg-17,Arg-26とヒストンH2AのArg-3がシトルリン残基に変換されることがわかっている13図4).

図4

PAD4によるシトルリン化反応.PAD4はタンパクのアルギニン残基をシトルリン残基に変換する.

ヒストンのシトルリン化はNETsの形成において重要な作用を有するが,それ以外にも疾患の発症や進展に係ることが報告されている.いくつかの研究は,核に存在するPAD4はヒストンシトルリン化を介してエピジェネティックなレギュレーターとして機能することを示している.PAD4は転写因子p53に結合してp53によって制御される細胞周期の停止とアポトーシスを抑制する14.さらに,PAD4によってシトルリン化されたING4はp53のアセチル化を阻害し,p53の不活性化・不安定化を招き,がん活性へと転じる15.また,PAD4は腎近位管状細胞においてIKKγ(NF-κB essential modulator: NEMO)をシトルリン化することによってIκBαのリン酸化を介してNF-κBの活性化を促進する16.このように,PAD4はタンパクのシトルリン化を触媒することによって間接的に細胞内シグナル伝達を制御する役割を持つ.

PAD4は関節リウマチ(rheumatoid arthritis: RA)に関連しており,PAD4によってシトルリン化されたタンパク質に対する自己抗体はRA患者の大多数で発症の初期段階において検出される17.前述のように,生体におけるPAD4の役割は明らかにされつつあるが,この生理学的プロセスがRAで制御不能に陥る機序,RAの発症を誘導するようなPAD酵素活性が生じる場所(細胞内または細胞外),およびなぜ滑膜関節が抗シトルリン化ペプチド抗体の標的なのかについて解明されていない.

5.NETsと癌

近年,NETsはがんの進行や転移に関与することが報告されている.がん細胞遊走とNETs形成との密接な関係は原発腫瘍でも転移腫瘍でも観察されている.NETsは,動物モデルおよびがん患者からの末梢血および腫瘍検体で同定されており,腫瘍マーカーとなりうることが示唆されている18.NETsはEGFR/ERK経路の活性化を介して上皮-間葉細胞分化転換を誘導し,がん細胞の浸潤や転移に関与することが報告された19, 20.さらに,NETsは循環がん細胞を捕捉してがん細胞の浸潤を促進する21.また,NETsががん細胞の接着基質として機能し,正常な組織への転移を促進する能力を持つことや22,がん細胞の増殖を刺激し23,休眠中のがん細胞を活性化することも報告されている20.一方で,NETsはがんに対して抑制的に作用することも報告されている24.メラノーマ細胞株をNETsと共培養すると,転移および増殖の低下がみられ,動物実験においても同様の結果が得られている.しかし,これらのモデルにおけるDNase処置下においてもがん細胞の増殖および転移能力がみられなかったことから,抗腫瘍効果の原因は細胞外DNAにはないことが示唆され,その機序は解明されていない25.これらの報告からNETsは抗腫瘍活性と腫瘍促進活性の両方をもつことが考えられ,その役割は完全には解明されていない.しかしながら,これまでの報告では,腫瘍促進に関するもののほうが多いことから,NETsは抗腫瘍作用よりもがんを増悪することに働いているのかもしれない.

6.NETsとがん転移

転移性がんの基本的な特徴は,他の組織や器官に浸潤し,増殖する点である.NETsは,がん転移に関連していることがマウスモデルから示唆されている.マウスに対する肺がん培養細胞株の移植は肝臓への転移がみられたが,NETsから放出される細胞外DNAを抑制するDNase1を投与することによって転移を抑制することが示された.マウスでのin vivoイメージングによって循環している好中球由来の細胞外DNAに腫瘍細胞がトラップされ,がん細胞が運搬されることによることが明らかになった.さらに,DNase1や好中球エラスターゼ阻害剤投与は細胞外DNAによる腫瘍細胞の捕捉を抑制することから21,これらががん転移の治療標的となることが期待されている.

がん転移におけるNETsの関与の機序としてCoiled-coil domain-containing protein 25(CCDC25)の関与が報告された.CCDC25は,肝細胞や筋細胞を含む多くの細胞の細胞質に発現している膜貫通型タンパクであるが,生理学的条件下でのその機能は不明な点が多い.Yangらは,CCDC25がNETs-DNAの受容体であることを見出した.NETs-DNAが腫瘍細胞上のCCDC25のN末端に結合し,細胞の運動性を制御するインテグリン結合キナーゼ-βパービン経路を活性化してがん細胞の細胞運動性が増加した.さらに,その運動性はCCDC25ノックアウトマウスで消失した.また,原発がん細胞に対するCCDC25の発現は,患者の予後不良と密接に関連していた.これらの結果から,乳がん患者や大腸がん患者において血中のNETsがその初期段階で肝転移の予測因子になりうることやCCDC25はがん転移予防の標的因子となりうることが示唆された22.(図5

図5

NETsとがんの関係.NETsは様々なシグナルや因子を活性化することによってがんの進展や転移に関与する.

膵管腺がん(pancreatic ductal adenocarcinoma: PDAC)腫瘍は,膵がんの役90%を占め,悪性度の高いがんの一つである.転移性がんは細胞外マトリックス(extracellular matrix: ECM)によって構成される組織を破壊し,正常な細胞の機能を維持するためのシグナル伝達機構を制御しているECMと細胞の相互作用が機能不全となる26.ECMの主成分はコラーゲンであり,PDACはがんの進行を促進するコラーゲンの高密度沈着をもたらす類腱形成反応を特徴としている.ディスク状ドメイン受容体チロシンキナーゼ1(discoidin domain receptor tyrosine kinases 1: DDR1)はリガンドであるコラーゲンの特異的受容体であり,腫瘍形成促進性コラーゲンシグナル伝達の中心的なメディエーターである.そして,細胞の増殖や分化,炎症に関与し,繊維化やがんの進展を起こす27.DDR1の遺伝的または薬理学的阻害により,PDACの腫瘍形成と転移が減少し,DDR1はPDACの肝転移においてその発現が著明に亢進した.その機序として,がん細胞におけるコラーゲンによるDDR1の活性化が,PDACにおけるCXCL5産生を誘導し,腫瘍関連好中球(tumor associate neutrophil: TAN)の浸潤,NETsの形成,およびその後のがん細胞の浸潤と転移をおこすことがわかった28.さらに,コラーゲンによるDDR1の活性化は,DDR1-PKCθ- -SYK-NFκBシグナル伝達によるものであった29.従って,DDR1はNETsを形成することによりPDACの肝転移を誘導するプロセスにおいて重要であり,PDAC患者の治療における新規創薬ターゲットであることが示唆される.

動的腫瘍免疫微小環境(tumor immune microenvironment: TIME)を理解することは効果的ながん免疫療法において重要である.TIME内に存在する免疫細胞の組成や腫瘍の種類などによって不均一であり,免疫療法抵抗性の原因と考えられている.さらに,それは時間経過とともに変化し,進行度によっても一様ではない30, 31.その中で,腫瘍はNETsを誘導し,腫瘍によって形成された循環NETsは他の組織へ接着することが示された.さらに,NETsの抑制は転移を阻害することからNETsががんの進行を調節し,TIMEに関与することが示唆された32.したがって,NETsを制御することによってTIMEを変化させて転移の抑制を可能にする有望な治療標的になりうると考えられる.

7.TAN

がん細胞がin vivoおよびin vitroで腫瘍微小環境におけるTANの存在を促進する能力,ならびにNETs形成との関連が実証されている.TANは,サイトカインおよびケモカインによって腫瘍微小環境に影響を与え,腫瘍細胞に対するそれらの活性化およびサイトカインの状態および影響に応じてN1-TANおよびN2-TANに区別される.N1-TANは,腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor-α: TNF-α),酸化窒素(NO),過酸化水素を産生することにより,抗腫瘍活性を発揮する.一方,N2-TANは,サイトカインおよびケモカイン放出による免疫抑制,腫瘍増殖,血管新生および転移に作用する.これらの作用は好中球が微小環境において他の免疫細胞とクロストークする能力を持つことを示唆する.また,がん患者では,TANおよび好中球―リンパ球比(neutrophil-to-lymphocyte ratio: NLR)のいずれかが予後不良と相関しており,TANおよびNLRは予後のバイオマーカーとみなすことができる33

最近,腫瘍細胞由来の細胞外小胞(extracellular vesicle: EV)がTANの分極化に関与し,腫瘍の進展に関与することがヒトメラノーマにおいて報告された.腫瘍由来のEVはNETsを誘導し,CXCR2およびPI3K-AKT経路の活性化を伴う好中球におけるシグナル伝達を活性化する可能性を示唆している.この研究から,腫瘍由来のEVは好中球をN2に分極化し,アルギナーゼ,CXCR4,およびVEGFの増加を特徴として細胞毒性を低下させ,黒色腫細胞の生存および増殖に働くことが示された34.今後,EVに含まれる好中球の分極化に関与する因子の同定が期待される.

8.結語

NETsは様々なシグナルや因子を活性化することによりがんの進展に関与することが多くの報告より明らかである(図5).NETsについては転移に関する研究報告が多くみられ,NETsによって拿捕されたがん細胞が循環することによって転移につながることが解明されている.それに対して原発がんに関するものは少ないようであった.今後は原発がんへの関与やその機序と併せて,創薬や治療の開発につながる成果が期待される.

著者の利益相反(COI)の開示:

企業などが提供する寄附講座(一般社団法人動脈硬化研究奨励会)

文献
 
© 2021 日本血栓止血学会
feedback
Top