日本血栓止血学会誌
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トピックス 新型コロナウイルス関連シリーズ
新型コロナウイルスワクチン接種後の血小板減少症を伴う血栓症
安本 篤史
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キーワード: COVID-19, SARS-CoV-2 vaccine, TTS, VITT, HIT
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2021 年 32 巻 6 号 p. 715-722

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Abstract

新型コロナウイルスによるパンデミックを収束させるために複数のワクチンが開発され,世界中でワクチン接種が進められる中,アデノウイルスベクターワクチン接種後に血小板減少症を伴う血栓症(thrombosis with thrombocytopenia syndrome: TTS)の症例が報告された.TTSはヘパリン起因性血小板減少症と病態が類似しており,血小板を活性化させる抗血小板第4因子抗体が原因で非典型的な部位に血栓症(脳静脈洞血栓症や内臓静脈血栓症など)を引き起こし,血小板減少と凝固異常を合併しやすいため高率に出血を伴うために初期治療が遅れると致死率が高いことで知られる.mRNAワクチンではほとんど発症報告がないことや若年者での発症が多いことから,アデノウイルスベクターワクチンを中止する国もでてきて,世界規模でTTSの病態解明が行われている.TTSの情報は日々更新されているため本稿の内容もすぐに古い情報となる.本稿を土台にして常に情報を更新しつづけていただきたい.

1.はじめに

2019年12月に確認された新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)は全世界へと感染が拡大し,WHOは2020年3月11日にパンデミックを宣言した.2021年8月31日現在,世界の感染者数は2億1千万人,死者数451万人を数え,日本でも感染者数150万人,死者数1.6万人と拡大を続けている1, 2.新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2: SARS-CoV-2)によるパンデミックを収束させるために複数のワクチンが開発され,世界各国でワクチン接種が進み感染抑止効果が確認されている3.mRNAワクチンであるBNT162b2(ファイザー社)とmRNA-1273(モデルナ社)を中心に日本でもワクチン接種率は進んでおり,2021年8月よりアデノウイルスベクターワクチンであるChAdOx1 nCov-19(アストラゼネカ社)も接種開始となった.

ワクチンの効果が期待される一方で,2021年3月以降,ChAdOx1 nCov-19接種後に若年者を中心にまれな部位の血栓症と血小板減少症をきたす副反応が報告され46,同じアデノウイルスベクターのAD26.COV2.S(Johnson & Johnson社)でも同じ病態の副反応が報告された7, 8.ヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia: HIT)と類似した病態であることから,vaccine-induced immune thrombotic thrombocytopenia(VITT)やvaccine-induced prothrombotic immune thrombocytopenia(VIPIT)という名称が用いられた.Thrombosis with thrombocytopenia syndrome(TTS)とも呼称されており,未だVITTとTTSとで統一されていない.2021年6月に日本脳卒中学会と日本血栓止血学会との合同で手引き9が作成されており,手引きと同様に本稿でもTTSと呼称する.また,TTSは新しい疾患概念であり,今後も多くの症例報告や研究によりその病態が解明され,診断基準や治療法が変遷していく.本稿では執筆時点(2021年9月12日)の最新情報について概説する.

2.TTSの病態

TTSでは,SARS-CoV-2ワクチンがトリガーとなり血小板第4因子(platelet factor 4: PF4)に対する抗体が産生され,その抗体が血小板を活性化し,消費性血小板減少症と血栓症を引き起こす.TTSでは脳静脈血栓症(cerebral venous thrombosis: CVT)や内臓静脈血栓症のような通常とは異なる部位に血栓が生じ,中等度から高度の血小板減少症と凝固異常を伴うため高率に出血も認める.

1)TTS発症の疫学

ChAdOx1 nCov-19接種後のTTS発症率は接種回数100万回あたり18~49歳で20.5人,50歳以上で10.9人,発症年齢の中央値は48歳で性差はみられなかった10, 11.一方,ChAdOx1 nCov-19とAD26.COV2.S接種後のTTS発症をまとめたsystematic reviewでは性差を認め,女性に多かった12.これまでの報告ではTTS発症のリスクファクターは若年という以外は判明しておらず,血液疾患・血栓症・自己免疫性疾患の既往,血栓性素因,低用量ピルの内服でもTTS発症率の差はみられていない.

米国の報告ではAD26.COV2.Sが投与された798万回のうちTTS発症は15例であった13.ChAdOx1 nCov-19とAD26.COV2.Sに共通しているのは組替えアデノウイルスベクター(前者はチンパンジー,後者はヒト)を利用していることで,mRNAワクチンでのTTS発症は少ない.英国の医薬品医療製品規制庁はBNT162b2で15例,mRNA-1273で2例のTTS発症を報告しているが,TTSかどうかは確定されていない14.2021年6月にAnnals of Internal Medicine誌でmRNA-1273によるTTSの症例報告(両側下肢深部静脈血栓症と肺塞栓,血小板数1.4万/μL,高力価の抗PF4抗体)がなされ15,米国でmRNA-1273が1.1億回,BNT162b2が1.35億回以上投与されている中,唯一のTTS確定症例とされているが,感染症を契機に発症したspontaneous HITの可能性は否定しきれない16

2)TTSの症状と発症時期

TTSに特徴的な症状はなく,1回目のワクチン接種後4~28日(ワクチン接種日を0日とする)に新たに発症した血栓症に関連した以下の症状がある.

(1)脳卒中を疑う症状(片側顔面神経麻痺,片側運動麻痺,言語障害,共同偏倚,半側空間無視など)

(2)脳静脈血栓症を疑う症状(重度で持続する頭痛,視覚異常,痙攣発作,悪心嘔吐など)

(3)内臓静脈血栓症を疑う症状(重度で持続する腹痛,悪心嘔吐など)

(4)深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症を疑う症状(下肢痛または腫脹,胸痛や息切れなど)

(5)出血性梗塞,点状出血,皮下出血など出血傾向を伴う場合もある

最も多かった初期症状は頭痛で,CVT症例では88%で頭痛が起きていた12.また,頭蓋内出血とクモ膜下出血はTTS症例の49%で認め12,症状に乏しくても画像検査で出血の評価を行う必要がある.

TTS発症時期は報告により異なる.American Society of Hematology(ASH)やAustralian Technical Advisory Group on Immunisation(ATAGI)では4~42日と定めている13が,British Society for Haematology(BSH)のExpert Haematology Panel(EHP)では5~30日と定めている10.多くの症例は10~20日(中央値14日)に発症している一方で,3%の症例で30~48日の期間にもTTSを発症しており,最長ではワクチン接種後75日目に動脈血栓症を起こしている 10.いずれも抗PF4抗体陽性を根拠にTTSと診断されており,ワクチン接種後30日以内にすでに血栓症ができていて症状発現が30日以降であったと推察されている.また,ワクチン接種後0~3日にCVTや心筋梗塞などの報告は多いが,血小板減少を伴っていたかどうかは明記されておらずTTSかは不明である.初期症状の出現時期はワクチン接種後6~14日目が好発時期で,血栓症発症は10~20日目が好発時期となるため,ワクチンの種類と接種日を確実に聴取することがTTS診断の手がかりになる.

3)TTSの転帰

致死率は20~50%である17.英国での大規模に調査では,Definite 170例とProbable 50例のうち死亡症例は49例(22%)で,多変量解析で死亡と関連がみられたのは,初診時の頭蓋内出血と血小板減少であった.また,頭蓋内出血と血小板数3万/μL未満の両方を認める症例の死亡率は73%であった10

4)TTSの病態生理

TTSの病態は自己免疫性HIT(autoimmune HIT: aHIT)と類似している1820.aHITではヘパリン曝露歴のない患者で手術後や感染後に抗PF4/ポリアニオン抗体が産生され,血小板減少を伴う血栓症が起きる.このときヘパリンの代わりとなるのがRNA/DNA断片や細菌の細胞壁であり,これらポリアニオンがPF4と結合する.一方,TTSではChAdOx1 nCov-19ワクチンに含まれているいくつかの構造物(スパイクタンパク質を含む)がPF4と複合体を形成し抗体が産生されていると考えられている(Greinacher A, et al. 2021. doi: 10.21203/rs.3.rs-440461/v1)21, 22.ただ,HITの抗PF4/heparin抗体とは異なり,TTSの抗PF4/ポリアニオン抗体はPF4上のsingle siteに結合することが示されている23

TTSでは抗PF4/ポリアニオン抗体が産生されるとFcγRIIaを介して血小板は活性化される.この活性化機構は高濃度ヘパリンやFcγRIIaに結合するモノクローナル抗体(clone IV.3)にて阻害されるため,HITと同じ血小板活性化機構を有している24, 25.活性化血小板からは凝固活性を持ったマイクロパーティクルが放出され,血小板や血管内皮細胞が傷害され,消費性に血小板減少を起こし,過剰産生されたトロンビンにより血栓症を発症する26.また,アデノウイルスベクターということに着目すると,以前よりアデノウイルスはPF4と強い親和性があり血小板を活性化するということはよく知られている2729

一方,HITでは血小板活性化能がない抗PF4抗体についても知られており,健常者の中にも抗PF4/heparin抗体が5~7%で検出される30.そこでSARS-CoV-2ワクチン接種後の抗PF4抗体陽性率を調査した3つの報告がある.ドイツの報告ではChAdOx1 nCov-19接種後138人,BNT162b2接種後143人を対象に調査したところ前者11人(8.0%),後者8人(5.5%)で抗PF4抗体(ELISA)が陽性となった31.ノルウェーの報告ではChAdOx1 nCov-19接種後492人を対象に調査したところ,血小板数15万/μL未満を示したのは8人(1.6%),抗PF4抗体(ELISA)で陽性となったのは6名(1.2%)だった32.ギリシャの報告では43人中29人で抗PF4抗体が陽性(67%)だった33.いずれの報告でもTTSは発症せず,抗PF4抗体は血小板活性化能を認めなかった.mRNAワクチンでもアデノウイルスベクターワクチンでも抗PF4抗体は陽性になることがあるが,いずれも低力価であり血小板活性化能は認めなかった.SARS-CoV-2ワクチン接種後の無症状の患者でスクリーニングとして抗PF4抗体を測定することは意味がない.

3.TTSの診断

TTSの診断基準として表1が提唱されている 10, 34.確定診断には,①SARS-CoV-2ワクチン後5~30日に発症,②血栓症の存在,③血小板減少(15万/μL未満),④D-ダイマー4 μg/mL以上(基準値上限1 μg/mLの場合),⑤抗PF4抗体陽性(ELISA法)を満たす必要があるが,TTSを疑えば,抗PF4抗体の結果を待たずに迅速に治療を開始することが重要である.本邦の「アストラゼネカ社COVID-19ワクチン接種後の血小板減少症を伴う血栓症の診断と治療の手引き・第2版」9を始めとして各国にてガイドラインが公表されているが,本稿ではEHPガイダンスの診断アルゴリズム(図1)を示す34.要点を以下に示す.

表1 血小板減少症を伴う血栓症(TTS)の診断基準(文献10 Table 1を改変) ① SARS-CoV-2ワクチン後5~30日に発症 ② 血栓症の存在 ③ 血小板減少(15万/μL未満) ④ D-ダイマー値 4 μg/mL以上(基準値上限1 μg/mLの場合) ⑤ 抗PF4抗体陽性(ELISA法)
Definite TTS 5項目すべて満たす
Probable TTS ④を満たし,他の4項目中3つ満たす
または
D-ダイマー値 2~4 μg/mLまたは不明 かつ 他の4項目すべて満たす
Possible TTS D-ダイマー値 2~4 μg/mLまたは不明 かつ 他の4項目中3つ満たす
または
D-ダイマー値 2~4 μg/mLまたは不明 かつ 他の4項目中2つを満たす
Unlikely TTS D-ダイマー値 2 μg/mL未満 かつ 血栓症なし かつ 血小板数 15万/μL未満
または
D-ダイマー値 2 μg/mL未満 かつ 血小板数 15万/μL以上で血栓症を認める
ただし,いずれも抗PF4抗体の結果を問わない
図1

血小板減少症を伴う血栓症(TTS)の診断アルゴリズム(文献34より改変)

TTSは診断,治療を迅速に行う必要があるため,血小板数と凝固検査(PT,APTT,フィブリノゲン,D-ダイマー)の結果に基づいてTTSか否かを判断し,抗PF4抗体(ELISA)の結果を待たずに速やかに治療を開始する.TTS: thrombosis with thrombocytopenia syndrome, PT: prothrombin time, APTT: activated partial thromboplastin time, PF4: platelet factor 4, IVIg: intravenous immunoglobulin, ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay

(1)血小板数の確認及び塗抹標本の確認を行う.

血小板数は初期治療や予後に影響するため迅速に確認する.英国の大規模な調査10によると,初診時の血小板数は0.6~34.4万/μL(中央値4.7万/μL),15万/μL以上の症例は5%(11/220例)であった.11例中9例は経過中に血小板が徐々に減少して15万/μL未満となり,2例は初診時しか血小板数が測定されておらず評価不能だった.つまり初診時血小板数が15万/μL以上でも血小板数の評価は経時的に行う必要がある.塗抹標本では偽性血小板減少による血小板凝集や破砕赤血球の評価を行う.破砕赤血球や血管内溶血所見はTTSにおいて特徴的なものではないが,少なくとも1例はTTSとTTP/HUSが併発した症例が報告されている35

(2)症状に合わせてCTやMRIによる画像検査を行う.

50%の症例がCVT(さらに半数が頭蓋内出血を伴う),30%は内臓静脈血栓症で,脳梗塞,心筋梗塞,急性下肢虚血などの動脈血栓症も起こす46, 10.CVTと門脈血栓症36,脳梗塞と両側副腎出血37など遠隔複数部位に広範囲な血栓症を伴う症例も多いため全身を検索する必要がある.

(3)D-ダイマー値の測定を行う.

TTS症例の大部分はD-ダイマー値が著増しており,基準値上限の4倍以上を目安とする.英国の報告では220例の解析でD-ダイマー値は2.5~40 μg/mL,中央値12 μg/mL(4~18.5 μg/mL)であり,2 μg/mL未満でのTTS発症報告はない(理解しやすいようにμg/mLに変換した)10

(4)フィブリノゲン値の測定を行う.

220例の解析でフィブリノゲン値は30~440 mg/dL,中央値220 mg/dL(120~310 mg/dL)とばらつきがみられるが,死亡症例ではフィブリノゲン値が低下していた10

(5)抗PF4抗体(ELISA法)の測定を行う.

TTS症例でほぼ100%陽性となり,吸光度は2.0~3.0以上の高値となることが多い.本邦で測定可能な抗PF4/heparin抗体はラテックス凝集法または化学発光免疫測定法で,TTSでの感度はそれぞれ0.0%,5.9%と偽陰性になるため,診断には必ずELISA法による抗PF4抗体の測定を行う6, 7, 38–42)

臨床診断ではTTSの基準を満たすがELISA法による抗PF4抗体が陰性であったという症例が2.7%(6/220例)いることが報告された.その場合,別のELISA法で測定するか,繰り返し測定するか,血小板活性化能をみる機能的測定法を行うことが有用である23, 43.抗PF4抗体が陰性であっても他の臨床所見がTTSに合致していればProbable TTSに該当し,TTSに準じた治療を行うことが推奨される10

4.TTSの治療

TTSは新しい疾患概念であり,その治療はaHITと病態が類似しているという理由からaHITの治療に基づいて行われている.TTSを疑えば,抗PF4抗体の結果を待たずにすぐに初期治療を行うことが推奨されている.EHPガイダンスの治療アルゴリズムを図2で示す34.TTSは新しい疾患であるため,ここで提示するすべての薬剤はTTSに対する保険適応はない.

図2

血小板減少症を伴う血栓症(TTS)の治療アルゴリズム(文献34より改変)

表1の診断基準に分類後,出血傾向と血栓傾向を評価して治療を選択する.ただし,抗PF4抗体の結果はすぐに出ないため,初期治療時は陽性として対応することも許容される.TTS: thrombosis with thrombocytopenia syndrome, PF4: platelet factor 4, IVIg: intravenous immunoglobulin, ELISA: enzyme-linked immunosorbent assay

1)免疫グロブリン静注療法(intravenous immunoglobulin: IVIg)

TTSを疑えば,迅速にIVIgを高用量で投与することが推奨されている.免疫性血小板減少症のときに使用される400 mg/kg/日では即効性が期待できないため,投与量は1 g/体重kg/日を1~2日間投与とし,必要であれば繰り返しIVIgを行う.ただし,IVIg後に新規血栓が発生した報告37もあるため,出血リスクは考慮する必要はあるがIVIgと同時に抗凝固薬を開始することが推奨される.

2)ヘパリン以外の抗凝固薬

ヘパリン以外の抗凝固薬は出血と血栓のリスクバランスを考慮する必要があり,患者の状態や臓器予備能を把握した上で選択する.選択される薬剤はアルガトロバン,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant: DOAC),フォンダパリヌクス,ダナパロイドである.フィブリノゲン低下症例や出血症例でも抗凝固薬は考慮すべきで,特に血小板数2万/μL以上やIVIgで血小板数が上昇傾向であれば投与をためらうべきではないとされている.

アルガトロバンは活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)を指標として調整するが,第VIII因子活性が高い症例ではAPTTが延長せずにアルガトロバンの効果を正確に把握できないことが知られている44, 45.TTSでは出血と血栓のバランスを考えた緻密な治療戦略が求められるため,アルガトロバン使用の際はDirect Thrombin Inhibitor assay(HEMOCLOT)でモニターすべきである34, 46.第VIII因子活性が高い症例では血栓形成促進性が高く,用量調節が困難なアルガトロバンよりもフォンダパリヌクスやDOACを用いることが推奨されている.また,アルガトロバンはフィブリノゲン値の偽低値となることがあるため,不自然な低下を認めた際は偽低値なのかどうか判断が必要となる.

ヘパリン投与の危険性については明確ではない.英国の解析10では,TTS症例220人でヘパリンが投与されていた症例は50人(23%)で,ヘパリン投与群では死亡率20%に対してヘパリン以外の抗凝固薬投与群では16%と同程度であった.しかし,この研究は後方視的解析でありこの結果によりヘパリン投与が許容されるものではなく,ヘパリン曝露と関係のないaHITにおいてもヘパリン投与は推奨されていないことからTTSでもヘパリン投与は避けるべきである.

3)血漿交換

重症・治療抵抗例では血漿交換を考慮する47.十分なエビデンスはないが,広範囲の血栓症と血小板数3.0万/μL未満,高力価の抗PF4抗体を有する症例ではIVIgでは不十分であり,早期の血漿交換の導入が推奨されている36.血漿交換は血小板数が正常化するまで5日間以上,連日行う必要がある.IVIgとヘパリン以外の抗凝固薬を投与しても血栓症の進行を抑制できない,頭蓋内出血を伴っているような症例が適応となる(図2).

4)免疫抑制療法

副腎皮質ステロイドはIVIgとともに投与されている報告が多く,有効性に関するコンセンサスは得られていないが有害性を上回る可能性が考えられる.IVIgの反復投与や血漿交換にも改善しない場合,リツキシマブも考慮される47, 48.投与量としては1回量375 mg/m2を週1回,計4回という一般的に用いられる量だが,TTSに対してはoff-label useであり妊婦には投与すべきではない.

5)抗血小板薬

TTSに対する治療及び予防としての抗血小板薬の投与は避けるべきである.in vitroではシクロオキシゲナーゼ,P2Y12を阻害するとTTS患者血清による血小板活性化を抑制できたと報告された(Smith CW, et al. 2021. doi: 10.1101/2021.04.24.21255655)24.このことから抗血小板薬の投与により抗PF4抗体による血小板活性化を抑制できる可能性が示唆されたが,TTSでは凝固異常も高率に合併しており血小板活性化だけを抑制するメリットよりも,出血リスクを増大させるデメリットの方が高いことが予想される.

6)血小板輸血

HITと同様に血小板輸血は避ける.ただし,深刻な出血症例や外科的介入が必要な症例では,IVIgやヘパリン以外の抗凝固薬を投与しながら血小板輸血することは許容される.現時点では血小板輸血の投与で病態が増悪するかどうかは不明である.

7)その他

IVIgとヘパリン以外の抗凝固薬を投与しても血栓症の進行を抑制できない症例に対してエクリツマブが投与され,改善が得られた報告がある37.エクリツマブは補体C5に対するヒト化モノクローナル抗体で,発作性夜間ヘモグロビン尿症における溶血抑制として開発された薬剤で保険適用外であることはもちろん,非常に高価な薬剤である.有効性を示した症例があるだけで安易に用いるべき薬剤ではない.

初診時に血小板減少を認めないTTS,初診時に明らかな血栓症を伴わないTTSも報告されている.画像検査にて明らかな血栓症を認めないが,D-ダイマー値が著増した血小板減少症を認める場合,ヘパリン以外の抗凝固薬の予防投与を行う必要がある.これは血栓症を起こす前のHIT治療に準じたものである.

8)慢性期治療

TTSを発症した患者で血栓症のリスクがいつまで続くのかは未だ不明である.HITではHIT抗体が免疫学的測定法で陰性になるまで抗凝固薬を継続することが推奨されており,3ヶ月程度は抗凝固薬を継続する.一方,TTSではELISA法による抗PF4抗体が4ヶ月経過しても高力価のまま残存していることが報告された(Phillip LR, et al. 2021. doi: 10.1101/2021.08.17.21262138).抗PF4抗体が検出される限り,長期間の抗凝固薬が必要である可能性が示唆しているが,検出された抗PF4抗体の血小板活性化能は認めなかった.ただ,DOAC内服を継続していても再発(血小板減少やD-ダイマー値上昇)し,IVIgの再投与やリツキシマブの投与が必要になった症例も報告されており抗凝固薬を継続しつつ慎重な経過観察や適切なタイミングでの再治療が必要である(Phillip LR, et al. 2021. doi: 10.1101/2021.08.17.21262138).

5.おわりに

SARS-CoV-2ワクチン(特にアデノウイルスベクター)後に発症するTTSの原因が抗PF4抗体であると報告されてからわずか半年しか経過していない.稀な部位での血栓症だけでなく,出血傾向も伴うことから治療に難渋し,致死率の高い副反応であることからアデノウイルスベクターワクチンを使用禁止とした国もある.海外では多くの症例が蓄積してきている一方で,本邦ではアデノウイルスベクターワクチン接種開始が遅かったため,まだTTS症例はほとんどみられていない.しかし,ワクチン接種が進んできた今,TTSに遭遇する機会に備え,TTSの病態を理解し,ワクチン接種後の患者で稀な部位の血栓症や血小板減少を認めた際は速やかな検査,治療に移行できるよう準備をしておくことが望まれる.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業との利益相反なし

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