2022 年 33 巻 3 号 p. 351-355
抗凝固薬は血栓症予防のため広く使用されているが,出血性副作用を引き起こす可能性があるため,モニタリング検査が必要とされてきた.経口抗凝固薬ではワルファリンが唯一臨床で使用されてきたが,本邦において2011年に直接トロンビン阻害薬であるダビガトランが承認されたことを皮切りに直接Xa阻害薬であるリバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバンが続けて承認され,抗凝固療法が選択可能な時代となった.また,非経口抗凝固薬で利用可能なものとしては,未分画ヘパリン,低分子量ヘパリン,フォンダパリヌクスといったヘパリン類およびアルガトロバンが挙げられる.本稿では,日常臨床で使用可能な多岐にわたる抗凝固薬のモニタリングについて,概説する(表1).
抗凝固薬 | モニタリング検査 |
---|---|
ワルファリン | PT-INR |
未分画ヘパリン | APTT |
低分子量ヘパリン | chromogenic anti-Xa assay |
フォンダパリヌクス | chromogenic anti-Xa assay |
アルガトロバン | APTT |
直接経口抗トロンビン薬 ダビガトラン |
LC-MS/MS dTT ECT/ECA chormogenic anti-FIIa assay |
直接経口抗Xa薬 リバーロキサバン アピキサバン エドキサバン |
LC-MS/MS chromogenic anti-Xa assay |
抗XIa薬 | 不明(APTTは延長するが?) |
dTT: dilute thrombin time,ECT: Ecarin clotting time,ECA: Ecarin chromogenic assay.
ワルファリンは患者の遺伝的背景や環境因子,併用薬などによって効果が影響されることから,個人単位で容量調整が必要な薬剤である.そのため薬効評価に関するモニタリングが必須であり,プロトロンビン時間(prothrombin time: PT)が利用されている.PTは試薬中の組織トロンボプラスチンによって活性化された凝固第VII因子をはじめとする凝固因子活性化の結果としてフィブリンの生成を検出する検査法である.組織トロンボプラスチンは動物由来あるいは遺伝子組み換え由来などが用いられ,試薬によって異なるため,PTそのもので評価をすると試薬間差,施設間差が生じることから標準化が求められた1).そこで,WHOの標準トロンボプラスチンを基準として試薬ごとに国際感度指数(international sensitivity index: ISI)によって標準化された国際標準化比(international normalized ratio: INR)が用いられるようになった.PT-INRは,(患者血漿PT/正常血漿PT)ISIによって求められる.
PT-INRの治療域について,非弁膜症性心房細動のPT-INR管理目標は欧米において2.0から3.0とされることが一般的である2, 3).一方で,日本循環器学会/日本不整脈心電合同ガイドラインである「2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン」では,本邦における全国規模の多施設研究であるJ-RHYTHMレジストリーの解析結果などから,一次予防の患者や血栓症リスクの低い患者では,年齢によらず1.6から2.6が至適治療域として新たに設定された4).また,脳梗塞の既往を有する二次予防の患者やきわめて血栓症リスクが高い患者では出血リスクを勘案した上で従来通り70歳以下では1.6~2.6,70歳未満患者では2.0から3.0が治療域として設定されている.
未分画ヘパリンは活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)によりモニタリングされ,APTTが投与前の1.5から2.0倍の治療域となるように投与量が調整される5).APTTに関して臨床検査医学的に注意が必要なことはAPTT試薬が標準化されていないことである.APTT試薬は主に活性化剤およびリン脂質によって構成されており,活性化剤にはシリカ,エラジン酸,ポリフェノールといった陰性荷電物質が用いられ,リン脂質は動物由来,植物由来,合成リン脂質が用いられており,試薬によって様々である.そのため,複数のAPTT試薬を用いて未分画ヘパリン添加検体のAPTTを測定すると試薬間差が観察される(図1).未分画ヘパリン未添加検体のAPTTとの比であるAPTT比で見ても試薬間差は是正されず,治療域に相当する未分化画ヘパリン濃度が異なることが分かる.従って,APTT試薬によってヘパリンに対する感受性が異なり,施設間差が存在することは理解しておく必要がある.
ヘパリン添加によるAPTTの変化
(A)APTTを秒数で示した.(B)ヘパリン添加検体APTTをヘパリン無添加検体APTTで除した値をAPTT ratioとして示した.グレーゾーンは治療域に相当する1.5から2.0を示す.
未分画ヘパリンはアンチトロンビンと結合しトロンビンおよびXaなどのセリンプロテアーゼに対する阻害作用を持つのに対し,低分子量ヘパリンではXaに対する阻害作用を示すが,トロンビンに対する阻害作用は軽微である.フォンダパリヌクスに至ってはトロンビンに対する阻害作用を持たず,Xaに対してのみ阻害作用を示す.低分子量ヘパリンおよびフォンダパリヌクスについてAPTTの延長は軽微あるいは見られないため,APTTによるモニタリングは困難でありchromogenic anti-Xa assayが用いられる.Chromogenic anti-Xa assayは後述の直接抗Xa薬のモニタリングでも応用される検査法である(図2).初めに検体中に含まれるヘパリン類を過剰量のアンチトロンビン(antithrombin: AT)試薬と混和し結合させる.そこに過剰量Xaを試薬として加えることでATによりXaを阻害させる.ATによって阻害しきれずに残存したXaを特異的な発色性合成基質と反応させて,遊離した発色基を検出し抗Xa活性を求める方法である.検量線を作成する際にそれぞれに対応した標準物質を用いることで,薬剤濃度が求めることができる.ただ,保険収載されている検査ではあるものの,日常検査として実施している検査室は限られている.
Chromogenic anti-Xa assayの測定原理
アルガトロバンは直接トロンビンを阻害することにより抗凝固効果を発揮する薬剤である.アルガトロバンは薬剤濃度に依存してAPTTを延長させる6)(図3).アルガトロバンの投与量はAPTTが投与前の1.5~3.0倍の治療域かつ100秒以下(出血リスクのある場合は1.5~2.0倍)となるように調整される.測定に用いるAPTT試薬によって,APTTの延長の程度が異なることは未分画ヘパリンと同様である.
アルガトロバン添加によるAPTTの変化
(A)APTTを秒数で示した.(B)アルガトロバン添加検体APTTをアルガトロバン無添加検体APTTで除した値をAPTT ratioとして示した.
DOACは減量基準が設定されているものの,一定投与量で用いられ容量調整の必要のない安全性の高い薬剤として,日常的なモニタリングを必要としないことを特徴として開発された.既存の凝固検査であるPTやAPTTはDOACのモニタリングに適さないことは周知の事実であり,現在本邦においてはDOACのモニタリング検査として保険収載されている検査法はない.日常的なDOACのモニタリングは必要がないとされているものの,緊急性の高い状況で薬剤濃度を把握することができる検査法が日常臨床で実施できることが望ましいと考えられている.国際的には2018年に国際血液検査標準化委員会(ICSH)によってDOAC測定をする検査室のための手引きとなる合意文書が公開され,2021年にアップデートされている7, 8).合意文書中では,DOAC共通の定量的なモニタリング検査としてLC-MS/MSが記載されている.LC-MS/MSは感度・特異度,選択性や再現性が高いことから,DOAC測定検査法のgolden standardと考えられている.一方で,LC-MS/MSは質量分析を原理とする検査法の標準化やハーモナイゼーションの欠如とユニバーサルな校正物質・国際標準物質がないことが,検査法としての主要な限界として挙げられている.また,LC-MS/MSが利用できる病院施設は多いとは言えず,検査法自体が複雑であることから日常検査としてのモニタリング方法として広まることは現状では難しいと考えられる.
合意文書中にはLC-MS/MSに加えて,複数の検査が記載されている(表1).それぞれの検査について,市販の標準物質により検量線を作成して求められた各DOACの濃度はLC-MS/MSと良好な相関が得られており9–14),自動凝固検査装置で測定できる点から検査室で測定する方法としては現実的と考えられている.各方法の原理と方法について概説する.
1)Ecarin clotting time (ECT) およびecarin chromogenic assay (ECA)エカリンは,カーペットバイパー(学名:Echis carinatus)に由来するメタロプロテアーゼであり,プロトロンビンをメイゾトロンビンに変換する.メイゾトロンビンは直接トロンビン阻害薬によって阻害されるが,ヘパリンでは阻害されない.ECT試薬はエカリン(5 ecarin units/mL以下),緩衝液,塩化カルシウムを含んでおり,ECTは試薬と血漿とを等量混合し凝固時間を測定する.ダビガトラン濃度とECTの間に直線性が観察されることが報告されている9).
ECAは患者検体を予めプロトロンビンを含む緩衝液で希釈し,検体中のプロトロンビンを利用するECTで報告されている欠点を補っている.また,ECAは凝固を原理とする測定法ではなく,フィブリノゲンからフィブリンが形成されることを測定していないため,検体中のフィブリノゲン濃度の影響を受けない.トロンビン特異的な発色性合成基質を希釈検体に等量加えて37°Cでインキューベートした後,等量のエカリンを加えて発色を測定する.
2)Chromogenic anti-FIIa assay現在,複数のダビガトラン測定が可能なキットが利用可能となっている.ECAと同様で患者の血漿あるいは希釈検体と合成基質の混合液にエカリンの代わりにトロンビンを添加して発色を測定する.キットにはヘパリンの中和剤が含まれているものもあり,治療の過渡期であってもダビガトランが測定できる可能性がある.
3)Dilute thrombin time (dTT)dTTについても測定キットが利用可能である.患者の血漿を正常プール血漿で希釈した検体(通常1:8)に終濃度が0.75 NIH U/mLとなるようなトロンビンを等量添加し,凝固時間を測定する.
4)Chromogenic anti-Xa assay原理は前述の通りであるが,直接Xa阻害薬測定では,試薬としてATを添加してヘパリンと複合体を形成させる代わりに,検体中の直接Xa阻害薬で試薬中のFXaを阻害する.リバーロキサバンおよびアピキサバンについては,標準物質が購入可能であるため,直接薬剤濃度を求めることができるが,エドキサバンについては利用可能な標準物質がなく,ヘパリン換算の抗Xa活性などで評価される.
APTT試薬の標準化が議論されて久しいが,現状標準化されることはほぼ不可能であると考えられ,施設間差の改善は期待できない.また,DOACのモニタリングとして挙げた検査は本邦において現在も保険収載されないまま,DOACが日常臨床で使用されるようになって十数年が経とうとしている.これまで大きな問題もなく経過していることから,本邦では今後も臨床検査として普及する見込みは低く感じられる.その一方で個々のDOACに対する中和薬が開発されており,DOAC投与中の出血時に実用化されつつある.ダビガトランに対する中和抗体医薬であるイダルシズマブは本邦で製造販売承認を受けている.そのような現状を踏まえると,DOACのモニタリングのための検査活用は未だ重要な課題であると考えられる.
今後,新しい経口抗凝固薬が実用化される可能性があり,現在複数の薬剤が開発され臨床試験まで進んでいるものとして,凝固カスケード上Xaより更に上流に位置するXIaを特異的に阻害する,抗XIa薬が挙げられる15).抗XIa薬の一つであるMilvexianはFXIaを可逆的に阻害する低分子化合物で,現在第2相臨床試験まで進行しており,PTを延長させることなくAPTTを延長させると報告されている16).薬剤濃度に依存したAPTTの延長は見られるものの直線性はなく,既存のDOACと同様,単純にAPTTをモニタリングに使用するには難しい印象である.今後もより安全な抗凝固薬の開発が進み,抗凝固療法の選択肢がさらに拡がることは大変歓迎すべきことである.一方で,中和薬の並行開発に加えて,モニタリング検査についても十分に検討された上で新しい抗凝固薬が使用できるようになることを期待したい.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし