日本血栓止血学会誌
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診断・治療・技術講座
包括的凝固機能測定の有用性
古川 晶子野上 恵嗣
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2022 年 33 巻 3 号 p. 356-362

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はじめに

包括的凝固機能検査(global coagulation assay)とは,従来のプロトロンビン時間(prothrombin time: PT)や活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time: APTT)などと比較し,より生理的な条件下で凝固の過程に着目して評価する検査のことを指す.この検査法により,患者ごとの凝血学的止血能を総合的に把握することが可能となっている.近年,包括的凝固機能検査への注目が高まっているが,その理由の一つとして血友病診療における新規治療製剤の登場が挙げられる1, 2.一方で,血友病以外の出血性疾患や血栓性疾患においてもその有用性が報告されており,血液凝固から線溶の領域に渡って幅広く応用されている.ここでは,包括的凝固機能検査の基本的な測定原理と臨床における有用性について述べる.

1.包括的凝固機能検査のねらい

PT,APTTは,組織因子,シリカやエラグ酸などの接触因子活性化剤,活性化血小板膜を代替した陰性荷電リン脂質などが高濃度に含まれる試薬をトリガーとし,フィブリン形成までの時間を測定することにより凝固能を評価しようとする検査である.そのため生体内における凝固反応を正確に反映できない場合がある.例えば,血友病ではAPTT測定原理を用いた凝固一段法による血液凝固第VIII因子(FVIII)や第IX因子(FIX)の凝固活性を元に重症度や治療効果を評価するが,インヒビター保有血友病症例においてバイパス止血製剤で止血治療を行った場合には,製剤投与により血中濃度が上昇した他の凝固因子が上記のトリガー試薬で活性化されることにより,PTが著明に短縮したり,各凝固因子活性の測定に影響を及ぼしたりするため,生理的な凝固能が評価できない.このような場面での治療モニタリングなど様々な臨床上の問題点を解決するため,包括的凝固機能検査が発展してきた.最近では,凝固のみならず線溶についても同じ時間軸でその全体像を評価する方法も確立され,包括的な「止血能」を評価できる時代が到来している.

2.代表的な包括的凝固機能検査とその測定原理

1)トロンボエラストグラフィ(thromboelastography: TEG)

TEGとは,凝固過程における血栓の粘性や弾性の変化をモニタリングし,経時的に波形として描出することにより凝固能を評価する検査であり,その歴史は古い.クエン酸加全血にCaCl2を添加するという簡便な検査であるが,生理的範囲を超えたトリガー試薬を含まないため,より生理的な条件下で生体内の凝固反応を再現できることが一番の特徴である.近年その改良版であるROTEM(rotational thromboelastometry)が登場し,従来のTEGで問題とされていた再現性の悪さや複数検体の同時測定などの点が解決された.ROTEMでは,clotting time(CT),clot formation time(CFT),maximum clot firmness(MCF),α angle等のパラメータの算出・解析が可能であり,定性的かつ定量的な評価が可能となっている(図1).また外因系凝固や内因系凝固,あるいは線溶能などにフォーカスしたい場合には,それぞれの目的に応じたトリガー試薬も市販されており,幅広い応用が可能である.

図1

正常全血のROTEM

正常全血におけるROTEM波形とそのパラメータを示す.各パラメータの定義は,CT(clotting time):振幅が2 mmに達した時間,CFT(clot formation time):2 mmの振幅が20 mmに達する間の時間,MCF(maximum clot firmness):最大到達振幅,α(α angle):振幅が2 mmに鳴った点を通るクロッティング波形の接線.

2)トロンビン生成試験(thrombin generation assay: TGA)

TGAは,フィブリン形成の前段階であるトロンビンの生成を合成発色基質を用いて経時的に測定することにより,凝固の開始から収束までの過程を評価することができる.微量の組織因子をトリガーとした細胞基盤型凝固3に基づく評価法であり,トロンビン生成率をモニタリングして描出された波形から,Lag time,Peak thrombin(トロンビン生成頂値),Time to peak(ピークに達するまでの時間),Endogenous thrombin potential(ETP:総トロンビン生成量)などのパラメータを算出することで凝固の過程を定量的に評価できる(図2).近年登場したcalibrated automated thrombogram(CAT)システムでは,蛍光発色基質を用いることで脱フィブリン処理が不要で,多検体の測定や自動化が実現した4.また乏血小板血漿(platelet poor plasma: PPP)だけでなく多血小板血漿(platelet rich plasma: PRP)でも測定することができ,さらに生理的な条件下での凝固を評価することも可能である.また当教室ではトリガー試薬に組織型プラスミノーゲンアクチベータ(tissue plasminogen activator: t-PA)を添加し,トロンビンとプラスミン各々の蛍光発色基質で生成量を測定することにより,凝固・線溶能を同時に評価する方法(トロンビン・プラスミン生成試験:thrombin and plasmin generation assay: T/P-GA)を確立し,止血のバランス全体を把握できる方法として,幅広い疾患に対する有用性を報告している2, 511

図2

正常血漿のトロンビン生成試験

正常血漿におけるトロンボグラムとパラメータを示す.

3)凝固波形解析(clot waveform analysis: CWA)

一般的にPTやAPTTを測定する場合,CaCl2添加から凝固開始までの時間(凝固前相)で評価することになる.しかしその後にも,一定の速度でフィブリンを形成し(凝固相),凝固反応の集結後(凝固後相)に至るまでの過程が存在し,生体内での凝固能に影響している.そこで自動分析装置を用いたPT・APTTの測定時に,フィブリン形成による透過光の変化を経時的にモニタリングすることにより,凝固の全過程を凝固波形として描出し,そこから得られる種々のパラメータを用いて凝固の全体像を評価する方法がCWAである.代表的なパラメータとして,凝固波形を一次微分して得られる凝固速度,二次微分して得られる凝固加速度の他に,最大凝固速度(|min1|),最大凝固加速度(|min2|)等が算出され,凝固動態を定量的に評価することが可能となっている(図3).通常の凝固検査装置や試薬を用いることから,非生理的な活性化刺激条件下での評価ではあるが,逆に一般の検査室でも導入しやすいことが大きなメリットである.また最近では,トリガー試薬にt-PAを加えることで凝固から線溶に至るまでの過程全てをフィブリンの変化として評価できる方法を凝固線溶波形解析(clot fibrinolysis waveform analysis: CFWA)として確立し,血友病以外の疾患でも応用できることが報告されている11

図3

正常血漿の凝固波形解析

正常血漿における凝固波形とそのパラメータを示す.

3.臨床における応用例

1)FVIII微量活性測定と血友病患者の“coagulotype”評価

血友病診療では凝固因子活性がその重症度の基準となっているが,実際にはその活性値と臨床症状が一致しない例も存在する12.例えばFVIII活性<1.0 IU/dLの重症血友病A患者でありながら,出血症状が軽微な症例では,APTT凝固波形解析を行うと臨床症状が重症な症例と異なる波形が描出された.特に最大凝固加速度(|min2|)がFVIII活性を鋭敏に反映したことから,low rangeのFVIII活性を反映する標準曲線を作成し,凝固波形解析を応用した凝固一段法によるFVIII活性測定を行ったところ,0.2 IU/dLまでの微量FVIIIを検出可能であった13.実際37例の重症血友病A患者の微量FVIII活性測定を実施したところ,24例が0.2 IU/dL未満であり,特にイントロン22逆位を有する11例すべてが検出感度(0.2 IU/dL)未満であった14.一方,トロンビン生成試験においても,<1.0 IU/dLの重症血友病A患者の中でトロンビン生成能に差異が認められる症例が存在することも明らかとなっており,より生理的な条件に近づけたトリガーを使用することにより微量FVIII活性を測定することができた15

一方,軽症・中等症血友病症例においても,FVIII(FIX)活性が同程度であるにもかかわらず臨床病型(phenotype)が異なる場合もある.この差はF8F9)遺伝子変異(genotype)に大きく影響を受けていると考えられるが,このような場合,患者血液の包括的凝固機能(我々はこれを “coagulotype” と呼んでいる)にも差が認められ,phenotypeと合致している例をしばしば経験する.因子活性による重症度とphenotypeとが乖離している症例でも,包括的凝固機能検査による “coagulotype” が患者の凝固能を正しく評価していると考えられる16

2)インヒビター保有血友病患者の治療モニタリング

先天性血友病患者に抗凝固因子抗体(インヒビター)が発生すると,凝固因子補充療法の効果が著減するため,バイパス止血製剤やFVIIIa代替抗体製剤を用いた治療が行われる.しかしこれらの治療モニタリングはPTやAPTTでは評価困難であり,臨床症状やHb値などで評価せざるを得ない状況であった.近年,包括的凝固機能検査を用いてこれらの製剤の治療モニタリングを実施し,その有用性が報告されてきている1723

特にFVIIIa代替抗体であるEmicizumabの定期投与中は,その作用機序からAPTTが著しく短縮するため24,実際の凝固能を正確に評価することはできない.しかし包括的凝固機能検査では,そのトリガーをより生理的な条件に近づけて測定していることから,Emicizumab単独の凝固能はもちろん,止血治療時に他剤を併用した場合にも正しく評価できると考えられ,CWA,ROTEM,TGAを用いてモニタリングが可能であることを報告している(図420, 22, 23.現在,そのエビデンス創出のためにインヒビター保有血友病A患者を対象としてEmicizumab投与化における破綻出血時/手術時止血管理におけるバイパス製剤投与時の凝固能測定に関する研究(UNEBI Study),インヒビター非保有血友病A患者を対象とした,エミシズマブ投与下における破綻出血時/手術時止血管理における血液凝固第VIII因子製剤投与時の凝固能測定に関する研究(CAGUYAMA Study)が実施中である.

図4

Emicizumab定期投与中の血友病A患者にバイパス止血製剤を投与したときのROTEMパラメータの変化(文献22より引用)

rFVIIa製剤(79–93 μg/kg; open circles)あるいはaPCC製剤(44–73 U/kg; closed circles)の投与を受けたEmicizumab定期投与中のインヒビター保有血友病A患者の,投与前後での各パラメータの変化.基準範囲をグレーで示す.ほとんどの症例で,バイパス止血製剤投与後にCTおよびCFTともに改善を認める.実際,臨床での止血も全ての症例で良好であった.

3)後天性血友病Aの凝血学的評価

後天性血友病Aは健常人に突然発症する抗FVIII自己抗体が原因となり,非常に重篤な出血を引き起こす疾患であり,時に先天性血友病Aを超える易出血性をきたす場合もある.FVIII活性やインヒビター力価は臨床的重症度における病態を正しく反映していないとされているが,包括的凝固機能検査ではその凝固機能を評価できる.TGAを用いて同等のFVIII活性を示す後天性血友病Aでは先天性血友病Aよりもpeak thrombin,time to peak,ETPが有意に低下しており,凝固機能が著しく傷害されていることが示された6.またCWAも用いて治癒経過を含む評価を行ったところ,FVIII活性が5~10 IU/dL程度に回復しているにも関わらず,先天性血友病Aにおける5 IU/dLよりも|min1|などのパラメータが低く,後天性血友病Aの重篤な出血傾向を反映していると考えられた7

4)先天性血栓素因の病態解析

近年,本邦で新規の先天性血栓素因の発見が相次ぎ,その病態解明にトロンビン生成試験が有用であった.その一例であるFV Nara変異は,深部静脈血栓症を繰り返す小児例で同定された.本例でFV活性は10%であったが,PRPを用いたTGAにおいてpeak thrombinは低下せず,APC添加後にはむしろ健常血漿を上回るという現象が確認され,APC抵抗性が血栓素因となる機序が包括的凝固機能検査により示された25.この他にも,遺伝性静脈血栓症家系で発見されたプロトロンビンYukuhashi変異では,TGAにおいてpeak thrombinは健常よりやや低いもののトロンビン生成の終結が遅延し,結果としてETPの著しい増大を認めた.その後の詳細な解析から,本変異はプロトロンビンの凝固活性としてはやや減弱するものの,アンチトロンビンに対する抵抗性を示すことが明らかとなった26.このように血栓素因の病態解析にも包括的凝固機能検査が有用となる場合がある.

5)様々な疾患に伴う凝固線溶の問題

凝血学的異常を引き起こす疾患はあらゆる領域に存在しており,血液腫瘍,川崎病,ネフローゼ症候群,敗血症など枚挙に暇がない.しかしこれまで詳細な凝血学的解析は行われず,エビデンスが不足する中で診療を行わざるを得ない状況であった.当教室では包括的凝固機能検査を応用し,これらの疾患における凝固あるいは線溶能の評価を行っており,その有用性を数々報告している811, 2729

例えば,敗血症に伴う播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)を発症した57例に対しCFWAおよびT/P-GAを用いて凝固および線溶を同時に評価したところ,DICの病態として凝固優位,凝固・線溶均衡,線溶優位,消費型の4パターンに分類され,多くは凝固優位のパターンをとっていた(図511

図5

DIC症例でのCFWAおよびTPGA波形の例(文献11より引用)

(A)代表的なCFWAの凝固波形(a),一次微分波形の凝固相(b)および線溶相(c)を示す.正常血漿と比較して症例1では凝固能は亢進しているが線溶能は低下しており,症例2では凝固能・線溶能ともに低下していることがわかる.

(B)代表的なT/P−GAのトロンビン生成波形(a),プラスミン生成波形(b)を示す.正常血漿と比較して症例1ではトロンビン生成量は比較的保たれているがプラスミン生成は低下しており,症例2ではトロンビン生成とプラスミン生成のいずれも低下していることがわかる.

また別の例では,川崎病における凝固線溶バランスの評価にも包括的凝固機能検査が有用であることも報告している.発症時にはCWAの|min1|や|min2|といったパラメータが健常の約2倍に上昇し凝固亢進状態を示唆したが,T/P-GAで評価を行うとトロンビン生成とプラスミン生成の比率は健常と同程度であり,凝固と線溶のバランスはある程度保たれていることが明らかとなった28

おわりに

包括的凝固機能検査は,血友病の病態や治療の評価にとどまらず,あらゆる分野の血液凝固・線溶の評価に有用であることが報告されている.測定原理や対象となる病態の周知,検査機器の普及などの面が進めば,今後はこれらの検査が臨床現場でますます活用され,エビデンスが蓄積されると期待している.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

古川晶子:企業などが提供する寄付講座(CSL behring)

野上恵嗣:講演料・原稿料など(中外製薬,Sanofi,NovoNordisk,Takeda,CSL behring),臨床研究・治験(中外製薬,NovoNordisk,Sanofi,Takeda,KMB,Pfizer),研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(中外製薬,NovoNordisk,Sanofi,Takeda,CSL behring,Sysmex,積水,KMB),企業などが提供する寄付講座(CSL behring)

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