2024 年 35 巻 1 号 p. 60-70
血友病はF8(血友病A)あるいはF9(血友病B)遺伝子の変異により引き起こされる先天性出血性疾患である.凝固因子製剤や凝固因子の機能を代替する抗体医薬などの定期的な投与が治療の主たるものであり,出血の予防には薬剤の投与を生涯続ける必要がある.血友病は遺伝治療に適した疾患と考えられ,様々な研究が行われてきた.この十数年間で遺伝子治療開発研究は飛躍的に発展し,実際に1回の投与のみで長期に治療効果が得られるアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus: AAV)ベクターを用いた遺伝子治療薬も上市した.一方で,これら遺伝子治療薬の適応外となる患者を対象とするゲノム編集治療や,ex vivo遺伝子細胞治療の開発も進行している.血友病に対する遺伝子治療薬を日常診療において利用する日も近いが,長期的な有効性・安全性の観察に加え,高額な医療費に対する議論は必須である.
血友病は,血液凝固因子第VIII因子(FVIII:血友病A)または第IX因子(FIX:血友病B)の欠乏により出血を来す先天性出血性疾患である.原因となるFVIII遺伝子(F8)およびFIX遺伝子(F9)は共にX染色体上に存在するためX連鎖潜性遺伝となる.特に重症血友病では,関節内や筋肉内での出血が特徴で,再発性出血は血友病性関節症と呼ばれる慢性関節症の原因となる.血友病の標準的治療は,濃縮凝固因子製剤の定期的および出血時の補充療法である.欠乏した凝固因子活性を1%以上に維持することにより,血友病性関節症の発症率を低減あるいは遅延できる.しかし,凝固因子の半減期は短いため,通常の凝固因子製剤の場合は週に2~3回の製剤輸注が必要となる.現在では様々な半減期延長型製剤や凝固因子機能を代替する抗体医薬の開発により輸注・投与間隔は伸び,患者の生活の質(QOL)は劇的に向上した.しかし,日常の出血予防のためには,注射を主体とした定期的な薬剤投与を生涯続ける必要がある.また,凝固因子製剤による補充療法では,投与した凝固因子に対する中和抗体(インヒビター)の発生が問題となる.インヒビターは投与した凝固因子の活性を阻害し,補充療法を無効にする.インヒビターの発生率は,重症血友病Aで30%,重症血友病Bで9%である.特に血友病Bにおけるインヒビターの発生後の治療は,アナフィラキシー反応およびネフローゼ症候群などの副作用が問題となる.
血友病は,1)単一遺伝子に起因する遺伝性疾患であること,2)数%の凝固因子活性の上昇で治療効果が得られること,3)凝固因子レベルの厳密な調節が不要なこと,4)凝固因子測定や年間出血回数などの治療効果の評価が容易であることから,遺伝子治療に適した標的疾患と考えられてきた.基礎研究および治療開発研究の積み重ねにより,最近の血友病遺伝子治療臨床試験では,凝固因子レベルが正常域に達する成功例も多く報告され,遺伝子治療薬としても承認された.血友病遺伝子治療では,治療薬の単回投与により数十年あるいは生涯に渡って製剤輸注や薬剤注射による定期補充療法が不要となる可能性がある.現在,血友病遺伝子治療薬の臨床における有用性に大きな期待が寄せられており,開発に多数の製薬企業が参入し競争が激化している.本稿では,血友病遺伝子治療についての情報1)をアップデートするとともに現況について概説する.
これまでに広く実施されている遺伝子治療は,正常な遺伝子あるいは標的治療タンパク質を代替する治療遺伝子を導入する,いわば遺伝子補充治療である.近年ゲノム編集技術の開発により,直接染色体DNAにアプローチして変異遺伝子を正常型に是正する治療も技術的には可能となった.血友病に対する遺伝子治療においては,2011年に報告された血友病B遺伝子治療の成功例2)を受けて飛躍的に進展し,実際に,遺伝子治療を受けた患者ではFVIIIおよびFIXタンパク質の産生が持続し,凝固因子製剤の補充を必要としない有望な治療効果が得られている2–8).現在は主に3つのアプローチによる遺伝子治療法が実臨床に向け臨床試験開発が進められている.1つ目は,アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus: AAV)ベクターを用いたF8あるいはF9の治療遺伝子の導入法で,最も臨床開発が進んでおり,2022~23年に欧米において治療薬として承認されたものがある.2つ目は,ゲノム編集技術を用いた標的ゲノム配列への治療遺伝子挿入法であり,生涯にわたる遺伝子発現と小児の治療を可能にする.これら2つの遺伝子治療法は,遺伝子導入の際に運び手となるベクターを直接患者に投与するin vivo遺伝子治療法である.3つ目は,レンチウイルスベクターを用いた自己造血幹細胞への治療遺伝子導入と細胞輸注によるex vivo遺伝子治療法で,治療遺伝子を患者細胞のゲノムに挿入させ,治療遺伝子の長期的な発現安定性を提供する.米国国立図書館(NLM)が管理するClinicaltrials.govに現在登録されている血友病Aおよび血友病Bに対する遺伝子治療臨床試験の主なものを表1に示した.
現在,登録・公開されている主な血友病遺伝子治療臨床試験(終了・完了・不明の試験を除く).Clinicaltrial.govから引用改変.NA:Not Applicable
| 血友病A | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| In vivo遺伝子治療 | ||||||
| NCT番号 | プロジェクト | AAV血清型 | 搭載遺伝子 | Phase | スポンサー | 状態 |
| NCT02576795 | BMN 270 Valoctocogene Roxaparvovec | AAV5 | hFVIIIco-BDD | I/II | BioMarin Pharmaceutical | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT03520712 | I/II | ACTIVE, NOT RECRUITING | ||||
| NCT04684940 | I/II | RECRUITING | ||||
| NCT03370913 | III | ACTIVE, NOT RECRUITING | ||||
| NCT04323098 | III | ACTIVE, NOT RECRUITING | ||||
| NCT03003533 | SPK-8011 | Spark200 (AAV-LK03) | hFVIIIco-BDD | I/II | Spark Therapeutics | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT04370054 | SB-525 | AAV6 | hFVIIIco-BDD | III | Pfizer | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT03061201 | II | ACTIVE, NOT RECRUITING | ||||
| NCT03588299 | BAY2599023 | AAVhu37 | hFVIIIco-BDD | I/II | Bayer | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT04676048 | ASC618 | AAV8 | ET-3 | I/II | ASC Therapeutics | RECRUITING |
| NCT03001830 | AAV8-HLP-hFVIII-V3 | AAV8 | hFVIIIco-BDD-V3 | I/II | University College, London | RECRUITING |
| NCT03370172 | TAK-754 | AAV8 | hFVIIIco-BDD | I/II | Takeda | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT04728841 | GS001 | AAV8 | hFVIII variant | NA | Institute of Hematology & Blood Diseases Hospital, China | RECRUITING |
| NCT05523128 | ZS802 | Engineered AAV | hFVIII variant | NA | NOT YET RECRUITING | |
| NCT05454774 | BBM-002 | Engineered AAV | hFVIII-BDD | I | NOT YET RECRUITING | |
| Ex vivo遺伝子治療 | ||||||
| NCT番号 | ベクター | 細胞 | 搭載遺伝子 | Phase | スポンサー | 状態 |
| NCT03818763 | Lentivaral vector | CD34+ PBMC | hFVIII-BDD | I | Medical College of Wisconsin | RECRUITING |
| NCT04418414 | Lentivaral vector | CD34+ PBMC | ET-3 | I | Expression Therapeutics, LLC | NOT YET RECRUITING |
| 血友病B | ||||||
| NCT番号 | プロジェクト | AAV血清型 | 搭載遺伝子 | Phase | スポンサー | 状態 |
| NCT06003387 | AMT-061, CSL222 Etranacogene Dezaparvovec | AAV5 | FIXco-Padua | III | CSL Behring | RECRUITING |
| NCT03569891 | III | ACTIVE, NOT RECRUITING | ||||
| NCT03307980 | PF-06838435 | Spark100 | FIXco-Padua | II | Pfizer | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT03861273 | III | RECRUITING | ||||
| NCT01687608 | AskBio009 | AAV8 | FIXco-Padua | I/II | Takeda | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT00979238 | AAV2/8-LP1-hFIXco | AAV8 | FIXco-Padua | I | St. Jude Children’s Research Hospital | ACTIVE, NOT RECRUITING |
| NCT05152732 | VGB-R04 | Engineerd AAV | FIX-variant | I | Institute of Hematology & Blood Diseases Hospital, China | RECRUITING |
| NCT04135300 | BBM-H901 | Engineerd AAV | FIXco-Padua | NA | ACTIVE, NOT RECRUITING | |
| NCT05709288 | I | NOT YET RECRUITING | ||||
| NCT05630651 | ZS801 | Engineerd AAV | FIX-variant | NA | NOT YET RECRUITING | |
| NCT05641610 | I/II | NOT YET RECRUITING | ||||
AAVはパルボウイルス科の一本鎖DNAをゲノムにもつ小型のウイルスで,ウイルス自身の増殖にはヘルパーウイルスが必要であり,それ自身には病原性がない.末端逆位配列(inverted terminal repeat: ITR)と呼ばれるヘアピン構造の内側に,複製と外殻タンパク構成に必要な遺伝子であるRep/Capの2つの遺伝子をもつ単純な構造をとる(図1A).AAVベクターはこのRep/Capの代わりに治療遺伝子発現カセットへ入れ替え,AAVの感染能を利用して標的細胞へ治療遺伝子を送達する.AAVには外殻キャプシドのアミノ酸配列が異なる様々な血清型があり,その血清型毎に感染臓器の特異性が異なる.標的細胞に指向性の高い血清型を選択し,搭載するプロモーターを標的細胞特異的プロモーターとすることで,搭載遺伝子の標的細胞での特異的発現が可能となる.血友病に対するAAVベクター遺伝子治療では,肝臓に指向性の高い血清型のAAVベクターを静脈内に1回投与することで標的とする肝臓に凝固因子発現カセットを送達し,遺伝子が長期安定的に発現する(図1B).AAVにはAAVRと呼ばれる受容体が同定されたが9),他にも細胞膜上の受容体・補助受容体,細胞内受容体が想定されている.感染したAAVは細胞内に取り込まれ,外殻の分解後に核内に到達したAAVゲノムは,ITRがプライマーの役割を担い2本鎖DNAとなり,ITRの相同性を利用した環状構造やコンカテマー構造をとり,エピソームとして安定的に核内に存在する.AAVベクターに搭載した遺伝子の宿主ゲノムDNAへの挿入はわずかで,染色体とは独立して核内環状DNAとして存在するため,細胞分裂を繰り返す細胞ではAAVベクターによる治療効果は永続しない.

AAVベクターによる血友病遺伝子治療
A.野生型のAAVは4.7 kbほどのゲノムサイズでRep/Cap遺伝子からなる.AAVベクターはITR間にある野生型のウイルスゲノムを,血友病の治療遺伝子(F8またはF9)発現カセットに置き換えたものである.通常はHEK293やSF9などの細胞へ一過性の遺伝子導入によってパッケージングされたAAVベクターが作製される.
B.血友病遺伝子治療は肝臓を遺伝子導入の標的とする.肝臓に遺伝子導入可能なキャプシドのAAVベクターを静脈投与すると,AAVベクターの指向性により肝実質細胞に治療遺伝子が導入される.遺伝子導入された肝実質細胞では,肝特異的プロモーターにより治療遺伝子(F8またはF9)が発現し,発現した凝固因子が血中に循環する.
P:肝特異的プロモーター,pA:ポリA.イラストはBioRender.comにより一部著者が作成した.
1990年代後半から2000年台前半にかけて実施された初期の血友病遺伝子治療臨床試験では,様々なベクターを用いたex vivo治療法とin vivo治療法の臨床試験が実施されたが,治療タンパクの発現は一過性の低レベル発現に留まる成果であった10).また当時,他の遺伝性疾患に対するレトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療臨床試験の結果が,遺伝子導入による挿入変異と免疫応答性合併症のリスク発生に強い懸念をもたらした.そのため,それらのリスクを回避可能な非遺伝子挿入型ベクターで,自身に病原性のないAAVベクターを利用した治療研究が精力的に進められた.AAVベクターの搭載遺伝子サイズには5 kb程度の制限があるため,全cDNA長が7 kbを超えるFVIIIよりも,cDNA長の短いFIXを用いた血友病Bに対する遺伝子治療研究の開発が先行した.血友病Aについては,FVIIIの凝固反応に直接関与しないBドメインを除いた約4.3 kbのcDNAを用いることでAAVベクターに搭載可能とし,開発が進められている.AAVベクターを用いた血友病B患者に対する最初の臨床試験は,AAV2(2型血清)ベクターの筋肉内投与である.ベクターの忍容性は良好であったが,治療タンパク質であるFIX発現は一過性であり,低レベルの発現に留まった11).同様のAAV2ベクターを用い,遺伝子導入の標的をFIXの産生臓器である肝臓を標的とした臨床試験では,肝動脈からベクターを注入することでFIX発現は10%を超えた.しかし,FIXを遺伝子導入された肝臓細胞のMHCクラスI分子がAAVのキャプシドタンパクを抗原提示し,FIX発現肝臓細胞が細胞性免疫により排除され,この免疫応答時の肝逸脱酵素の上昇とともにFIX発現の消失が観察された.さらに,野生型AAVの既感染を起因とする中和抗体(neutralizing antibody: NAb)を保有した患者では,AAVベクターによる遺伝子導入が著しく阻害されることが明らかとなった12).AAVベクターを用いた後続の遺伝子治療臨床試験はこの治験結果に倣い,NAb陰性(NAb低力価)患者を対象とし,肝臓指向性の高い血清型のAAVを選択あるいは人工キャプシドAAVを作製し,静脈投与により肝臓からFIXおよびFVIIIを発現させ,肝逸脱酵素の上昇時には副腎皮質ステロイドで細胞性免疫応答を抑制し,良好な治療成績を収めている.
3)血友病B遺伝子治療臨床試験血友病B遺伝子治療では,遺伝子配列コドンを最適化したF9を搭載したAAVベクター,あるいは,低用量ベクター投与で正常レベルのFIX発現を可能にするため,正常型の約8倍のFIX活性を示す高活性型バリアントF9-R338L(FIX Padua)を搭載したAAVベクターを使用している(表1).これまでのほぼ全ての臨床試験において,FIX発現は軽症および正常レベルまで達しており,年間出血回数は治療前と比べて著減し,FIX製剤による補充療法を必要としない効果が得られている.それぞれのベクターの忍容性は良好で,制御可能な肝逸脱酵素の上昇が主な副作用として報告されている.
UniQure社/CSLベーリング社が主導するAMT-061が,2022年11月に米国医薬品局(FDA)で,2023年3月に欧州医薬品庁(EMA)で遺伝子治療薬Hemgenicsとして承認された.第3相試験実施中のSpark Therapeutics社/Pfizer社の開発した遺伝子治療薬(Fidanacogene Elaparvovec)については,現在,FDAとEMAに承認申請を提出しており,上市への動きが近いと考えられる.また最近,中国での遺伝子治療薬開発が目覚ましく複数の臨床試験が進んでいる(表1).BBM-H901の第1相試験では他の臨床試験と同様に良好な治療成績が報告された(NCT04135300).本試験は,AAVベクターによる血友病B遺伝子治療のアジア人での有効性を裏付ける最初の臨床試験となった8).
4)血友病A遺伝子治療臨床試験AAVベクターには搭載遺伝子サイズに制限があるため,血友病A遺伝子治療では,FVIIIの凝固因子活性に直接関与しないBドメインを短いリンカー配列に変換して搭載可能サイズとし,遺伝子配列コドンを最適化したF8-BDDが主に治療遺伝子として使用される(表1).想定以上の凝固因子活性の上昇や,ステロイドで解決しない凝固因子低下などが数例ほど認められる試験があるものの,実施中のほぼ全ての臨床試験において,副作用はベクター投与後早期に一過性に発現する軽度から中等度の肝逸脱酵素の上昇のみであり,投与後3~5年間は出血回数減少やFVIII製剤投与回数減少などの治療効果を発揮している.
BioMarin社が開発したBMN-270は,2022年8月にEMAで,2023年6月にFDAで遺伝子治療薬Roctavianとして承認された.現在,第3相試験中のSangamo社/Pfizer社が実施したSB-525,および第3相試験を開始するSpark Therapeutics社/Roche社が主導するSPK-8011が,Roctavianに追随する遺伝子治療薬となる可能性がある.また血友病B遺伝子治療と同様に,中国での臨床試験開発が活発に進められているのも現況である(表1).
血友病B遺伝子治療の成績とは異なり,血友病A遺伝子治療では投与後1年を経過後にFVIIIレベルが徐々に減衰傾向を見せることから13),長期的な治療効果を持続できない可能性が生じている.実際に,Roctavianの第3相試験の結果から,FVIII発現の半減期は2年5ヶ月と予測されている14).同じ凝固因子でもFIXは肝実質細胞で,FVIIIは肝類洞内皮細胞で産生することが明らかとなっており,血友病遺伝子治療では遺伝子導入の標的を肝実質細胞としている.FVIIIの肝実質細胞での異所性発現が小胞体ストレス応答による細胞死を誘導することが示唆されており15),FVIII発現減衰の要因の一つと考えられている.
5)血友病遺伝子治療薬2022年から2023年にかけて,欧米で2剤の血友病に対するAAVベクター遺伝子治療薬が承認された.遺伝子治療薬は,血友病の原因となるFVIIIあるいはFIXの欠乏を治癒または改善可能な治療薬であり,血友病患者やその家族,治療に携わる医療従事者の治療パラダイムを変える可能性もある.次に挙げるHemgenixとRoctavianは,日常的な凝固因子製剤の予防投与や定期補充に頼る血友病患者に対する初の遺伝子治療薬である.双方の治療薬ともに血清型として,5型のAAVベクター(AAV5)を利用している.また,治療効果期間については明らかではないため,長期的なフォローアップが必要となる.
(1)Hemgenix(etranacogene dezaparvovec)Hemgenixは現在,血友病B患者に使用可能な唯一で最初の遺伝子治療薬である.uniQure社によって開発され,CSLベーリング社によって販売されたHemgenixは,血友病B患者に対して高活性型のF9-Padua遺伝子を一回限り補充するだけで,体内でFIXの持続的産生を可能にする治療薬である.治療遺伝子は,AAV5ベクターにパッケージされた形で血流に注入され,FIXが主に産生される肝細胞に送達される.現在までのところ,Hemgenixが条件付きも含め承認されているのは,米国・英国・EU・カナダである.FIXインヒビター保有の既往がないこと,AAV5に対するNAb力価が陰性(低値)であること,凝固因子製剤の投与が必要な中等症から重症の成人血友病B患者が対象となる.また投与前には患者の肝臓の健康状態を評価する必要がある.この遺伝子治療薬の定価は約350万ドルとかなりの高額である.Hemgenixの承認は,血友病B遺伝子治療における最大規模の臨床試験であり,現在もモニターされている第3相HOPE-B試験(NCT03569891)の結果に基づいている.この試験には,中等症から重症血友病Bの男性54人が登録された.HOPE-B試験では,Hemgenix投与前の6ヶ月の試験導入期間と比較して,治療後7ヶ月から24ヶ月の出血率が64%低下した.また治療後1年半後では約37%の安定した持続的なFIX活性をもたらした.これらの所見は治療後2年まで持続し,その時点で94%の患者が日常的なFIX製剤補充を完全に中止し,FIX製剤の使用量は96%減少した.治療に関連した重篤な副作用は報告されず,最も多く報告された副作用は,肝酵素上昇・頭痛・インフルエンザ様症状などであった.また興味深いことに,54名中23名がNAb陽性者であったが,2名の高力価NAb保有者を除き治療効果が認められている.この要因として,高用量のベクター投与がNAbの抑制効果を克服することが推察される23).CSLベーリング社では,NAb陽性患者における有効性と安全性を評価する臨床試験を予定している(NCT06003387).
(2)Roctavian(valoctocogene roxaparvovec-rvox)Roctavianは現在,血友病A患者に対して上市された最初の遺伝子治療薬である.BioMarin社によって開発されたRoctavianは,血友病A患者に対して正常のF8遺伝子を一回限り補充するだけで,体内でFVIIIの持続的産生を可能にする治療薬である.F8遺伝子は,AAV5ベクターにパッケージされた形で血中に注入されると,凝固因子が主に産生される肝細胞に送達される.肝細胞に正常なF8遺伝子が導入されると,機能的なFVIIIが産生され,FVIII欠乏を起因とする出血が予防できる.Roctavianは2022年にEMAでの条件付き承認,および2023年にFDAによる承認後,EUと米国で使用可能となった.Roctavianの適応として,FVIIIインヒビター保有の既往がないこと,AAV5に対するNAb力価が低値であること,凝固因子製剤の投与が必要な重症の成人血友病A患者が対象とされている.また,肝臓の健康状態についてスクリーニングを受けなければならない.この遺伝子治療薬の定価は約290万ドルとされ,非常に高額となる.Roctavianの第1/2相臨床試験では,治療後の患者のほとんどが最長3年間の追跡調査後も臨床的に関連する出血を起こさなかった.第3相GENEr8-1試験では,第1/2相試験とのデータの間に乖離あったが,ほとんどの患者では観察期間2年での出血率の減少と症状改善効果が認められている.GENEr8-1試験参加者および実臨床でのRoctavian投与患者には15年以上の追跡が予定されている.FVIII発現が消失するかは明らかでないが,治療効果が時間とともに減弱する傾向が認められており13),FVIII発現半減期は2年5ヶ月と推測された14).Roctavianの治療的価値に対する信頼を得るため,BioMarin社は投与後4年間の治療効果保証を表明した.Roctavianをより多くの患者に提供することを目指し,NAb保有患者やインヒビター保有患者に効果的に投与するための治療戦略も進めてられている(NCT03520712, NCT04684940).Roctavianへのアクセスについてさらなるサポートを求める患者は,BioMarin Rare Connectionsに問い合わせることも可能である.
6)AAVベクターを用いた血友病遺伝子治療の課題 (1)抗AAV中和抗体AAVに対する抗AAV中和抗体(NAb)は,AAVベクターの標的細胞への遺伝子導入を阻害するため,通常NAb保有患者は遺伝子治療の対象から除外される.NAbの保有率は測定法や国など報告によって異なるが,血友病患者のグローバル研究では30~60%であり16),特にインドや中国では陽性率が高い17, 18).我々が実施した日本における血友病患者216名を対象としたNAb保有率調査では,患者全体のNAb陽性率は20.4~29.4%であった.特に40代までは20%未満とNAb陽性率が低く,多くの日本人患者が遺伝子治療の適応になることが予測される19).また,AAVベクターによる遺伝子治療を受けた患者では,高力価のNAbが生じることから,同じ血清型のAAVベクターを再投与できない.そのため,NAb陽性患者に対する治療法やAAVベクターの再投与に関する治療法開発も重要である.我々は,バルーンカテーテルを用いたAAVベクターの門脈内投与法を開発し,NAb陽性サルでの遺伝子導入を可能にした20).他にも,抗体成分であるIgGを分解する酵素の投与21),血清型の変更22, 23),空ベクターの投与24)など,NAb陽性者に対して有効な治療法が報告されている.一方,興味深い報告としてはUniQure社が実施したHemgenixのHOPE-B試験である.被験者54名中23名がNAb保有者であったにもかかわらず,治療効果を認めなかったのは非常に高力価(>1:3000の力価)のNAb保有者2名のみであった25).AAV5を用いた臨床試験では比較的高用量のベクターを投与していることも要因と考えられ,このデータがAAV5の血清型に特徴的な利点であるかは更なる解析が必要である.現在,BioMarin社およびCSLベーリング社では,AAV5-NAb陽性患者における遺伝子治療の有効性と安全性を評価する臨床試験を予定している(NCT0352071およびNCT06003387).これまでに数々の血友病遺伝子治療臨床試験が報告されているが,個々の臨床試験で用いられているNAb測定法の方法や解釈が異なるため,他の臨床試験にそのまま外挿できるかどうかは不明であり,NAb測定の標準化も必要である.
(2)インヒビター保有患者への遺伝子治療インヒビターの発生は,血友病における最も重要な合併症である.これまでの血友病遺伝子治療臨床試験では,基本的にインヒビター既往歴またはインヒビター保有患者を治療の対象から除外している.動物モデルの試験では治療因子に対するインヒビターを保有した場合でも,AAVベクターやレンチウイルスベクターによる肝臓での治療遺伝子発現が免疫寛容を誘導し,インヒビターを消失させることが報告されている.この免疫寛容誘導の主なメカニズムは,免疫応答を負に制御する制御性T細胞(regulatory T cell: Treg)の増加が原因と示唆されている.これまでに遺伝子治療の適応外であったインヒビター保有血友病患者に対する遺伝子治療開発も後述のように進められている.
Roche社が主導するSPK-8016は,FVIIIインヒビターを保有する血友病A患者の遺伝子治療臨床試験である.第1/2相試験(NCT03734588)において4名の患者の治療に使用され,出血率の減少とFVIII活性の増加が示唆された.しかしながら,Roche社は理由を明らかにせずに第2相試験に移行しない事実上の中止を発表した.Roche社はFVIIIインヒビターの有無に関わらず血友病A患者の治療薬として承認されている抗体医薬エミシズマブ(ヘムライブラ)の販売元である.エミシズマブの使用が引き続き増加している(約21,000人が使用)ことがインヒビター保有患者に対する遺伝子治療開発に影響した可能性がある.一方,BioMarin社は,FVIIIに対するインヒビターを有する患者におけるRoctavianの安全性と有効性を検討する第1/2相試験(NCT04684940)が現在進行中である.
細胞療法によるアプローチとして,免疫寛容を誘導するTregを利用し,インヒビター産生を制御する治療法も開発されている.TeraImmune社により開発されたTreg製剤TI-168は,FVIIIタンパクを異物とみなさないように免疫系を制御し,投与されたFVIIIに対するインヒビターの産生を減少させる治療戦略をとる.細胞薬剤となるTregは患者から採取後に培養され,FVIIIに高い親和性を持つTregを製造した後に患者に投与する.開発元のTeraImmune社を買収したBaudax Bio社は,インヒビターを有する血友病A患者を対象にTI-168を検討するため,2024年初頭に最大18人の患者を登録する第1/2a相臨床試験を開始する予定である.
(3)遺伝子治療の安全性と持続性AAVは免疫原性の低いウイルスと考えられていたが,一定の免疫反応を誘導するため,その反応が遺伝子導入効率および導入遺伝子発現を左右する.血友病遺伝子治療においては,AAVベクター投与後の遺伝子発現細胞を標的とした細胞傷害性T細胞によるアミノトランスフェラーゼの上昇は,凝固因子の発現低下と関連し,この免疫反応をコルチコステロイド投与により早期に抑止することが必要である2).また,血友病以外のAAV遺伝子治療臨床試験では,高用量ベクター(血友病治療の数100倍~10倍)を投与した際の肝障害による死亡例や心筋障害,血栓性微小血栓症(thrombotic microangiopathy: TMA)など重篤な副反応が報告されている26).これらは大量AAVベクターを投与した際の自然免疫の惹起や補体反応が関与していることが示唆されている27).
AAVベクターによる遺伝子導入では,挿入型突然変異誘発のリスクは低い.しかし極めて稀ではあるが,AAVベクターゲノムの宿主染色体への挿入が肝臓で起こる可能性が示されている28).遺伝子治療による長期的な遺伝毒性(genotoxicity)リスクを明らかにするには,通常の治験とは異なる枠組みで広範な長期的フォローが必須と考えられる.標準化された個々の患者データの収集手段の提供を目的として,世界血友病連盟(WFH)により世界遺伝子治療レジストリ(WFH GTR)が2020年に策定された.WFH GTRからは,遺伝子治療の安全性と有効性について継続的な調査データを得ることができる.
さらに,AAVベクターを用いた遺伝子治療の効果がどの程度持続するかは現段階で不明である.特に血友病A遺伝子治療臨床試験では,時間の経過とともにFVIII活性レベルが低下することが示されている13).このことから,Roctavianを販売するBioMarin社は,アウトカムベースの4年間保証を提供している.投与後4年の間にRoctavianによる治療が奏効しない場合には,最大100%まで保険会社に払い戻す保証である.
現在検討されている血友病遺伝子治療とは異なる戦略として,ZFN(zinc finger nuclease)やCRISPR-Cas9(clustered regularly interspaced short palindromic repeats, CRISPR associated protein 9)などのヌクレアーゼを用いて宿主ゲノムの標的領域にDNA二本鎖切断(double strand break: DSB)を引き起こし,その部位に正常cDNA配列を挿入して恒常的に治療遺伝子を発現させるin vivoゲノム編集治療の開発も進められている.ゲノム編集の結果,標的部位に挿入された治療遺伝子は,細胞分裂では希釈されず生涯にわたる永続的な遺伝子発現を維持できる.現在,AAVベクターによる血友病遺伝子治療薬は,成長に伴い肝細胞の増殖が活発な小児では治療効果が減衰する可能性が高いため,18歳以上の成人男性を対象としている.血友病ゲノム編集治療は,新生児期や小児期における1回の治療で,出血リスクを生涯予防できる点で魅力的な治療戦略である.一方,遺伝情報が世代を跨ぐ生殖細胞へのゲノム編集は,現在のところ倫理的にも安全性の面でも回避しなければならない.ゲノム編集治療において最も懸念されるのは,オフターゲット効果によるDNA変異のリスクである.オフターゲット効果を減じる技術的工夫とともに,その安全性を評価する必要がある.
1)血友病ゲノム編集治療の開発動向血友病に対するゲノム編集治療は,ZFNを利用した血友病Bゲノム編集治療臨床試験が実施されたが,治療効果は得られず現在のところ成功例としては基礎研究の報告のみである.これまでに,ZFNを用いF9イントロン1やアルブミン遺伝子イントロン1の部位へ正常F9 cDNAを挿入することで,血友病Bマウスの出血傾向の改善が報告されている29, 30).アルブミン遺伝子座をターゲットとすることは,肝臓特異的かつ強力なプロモーターによる高いFIX発現の維持が可能となる.同手法を用いてSangamo社は血友病B患者12名を対象として第I/II相試験を2018年に実施したが,治療効果は得られず開発が中止されている31).CRISPR-Casシステムによるゲノム編集は,Cas9をターゲット領域に誘導するgRNA(guide RNA:ガイドRNA)配列の変更のみでターゲット領域を選択できるため,ZFNよりも設計が容易で扱いやすい.黄色ブドウ球菌由来のCas9(SaCas9)を用いれば,肝臓特異的なプロモーターとSaCas9 cDNA,gRNA配列を1つのAAVベクターに搭載できる.我々は,AAVベクターに搭載したSaCas9-gRNAを用い,F9座へのF9cDNAのノックインにより血友病Bマウスの出血が改善することを明らかにした32).また,さらに小型のCasである改変型AsCas12f1を用い,ノックインのためのドナー配列をも搭載させたall-in-oneゲノム編集AAVベクターにより,血友病Bマウスの治療を可能にした33).血友病Aにおいては,ヒト臨床試験は実施されておらず,血友病Aマウスのアルブミン遺伝子座にFVIIIをノックインすることで,7ヶ月間にわたる表現型改善が報告されている34).
一方で,ZFNやCas9-gRNAをAAVベクターで送達した場合,導入細胞で遺伝子発現が持続するため,ヌクレアーゼ活性によるゲノム毒性の懸念がある.近年,AAVベクターに代わるゲノム編集ツールの送達システムとしてlipid nanoparticle(LNP)が注目されている.LNPにCas9 mRNAとgRNAを包埋し,これを静脈投与するとApoE受容体を介して肝細胞に効果的に取り込まれ,肝細胞での一過性のCas9発現が可能となる.Intellia Therapeutics社とRegeneron Pharmaceuticals社は,血友病Bゲノム編集治療戦略として,アルブミン遺伝子座を標的とし,F9テンプレートを搭載したAAVベクターと,Cas9 mRNAを搭載したLNPによるプラットフォームを開発しており,マウスと非ヒト霊長類において長期に安定した治療レベルのFIX発現を達成した.現在,新薬臨床試験開始申請に向けて進行中であり,今後の展開が期待される.この他,LNPを用いて抗凝固因子であるアンチトロンビンをCas9-gRNAでノックダウンし,凝固系と抗凝固系のバランスを調節すると,血友病AおよびBマウスの両方で出血傾向が改善された報告もある35).今後はゲノム編集用ヌクレアーゼの肝臓への送達にはLNPを用いるのが主流になると考えられる.
2)In vivoゲノム編集治療の課題ゲノム編集治療の解決すべき課題として,標的遺伝子以外の非特異的な部位においてDSBを引き起こすオフターゲット効果が挙げられる.予期せぬ遺伝子座でのDSBは,機能的な遺伝子の破壊や過剰発現を誘導する可能性がある.現段階でオフターゲット効果がゲノム編集治療の安全性にどの程度影響するかは明らかではないが,オフターゲット効果を軽減した改変型Cas9の基礎研究が精力的に進められている36).実際,トランスサイレチンアミロイドーシスに対するin vivoゲノム編集治療の第1相試験で有望な治療成績が報告されたが(NCT04601051)37),安全性に関する長期的フォローアップ知見の集積が待たれる.また,ゲノム編集によるDSBは,遺伝子の大欠失や染色体転座を誘導するとの報告もある38).これらの課題を解決するため,DSBを伴わない塩基編集が注目されている.塩基編集はDNA二本鎖切断を誘導しないCas9-gRNAと脱アミノ化酵素を組み合わせ,特定の塩基(C to TまたはA to G)を書き換える技術である39).我々はこの塩基編集技術を用い,重症血友病B患者の点変異をex vivoで,またモデルマウスの点変異をin vivoで修復することに成功した40).塩基編集は安全かつ種々の点変異に対応する個別化医療を実現可能な新たな治療法としても今後の臨床応用が期待されている.
AAVベクター遺伝子治療の弱点を補うために,造血細胞を標的とした血友病に対するex vivo遺伝子治療の開発も行われており,臨床試験のリクルートも計画されている(表1).遺伝子挿入型レンチウイルスベクターを用いて自己造血幹細胞へ治療遺伝子を導入し,遺伝子発現細胞を移植するex vivo遺伝子治療である.AAVベクターは非遺伝子挿入型ベクターであるため,細胞分裂後に導入遺伝子が希釈されることから,終末分化した長命の細胞でのみ安定発現が実現する.これは患者が成長するにつれ治療遺伝子の発現レベルが減衰する可能性を示す.標的細胞ゲノムへ治療遺伝子を挿入し分裂後の娘細胞に治療遺伝子が伝達可能となれば,この問題が解決される.多くのex vivo遺伝子治療研究では,宿主ゲノムに効率よく組み込まれるレンチウイルスベクターを使用している.AAVベクターと比較した場合,レンチウイルスベクターには,1)宿主ゲノム複製後の導入遺伝子希釈の回避,2)抗レンチウイルスNAb保有率の低さ,3)搭載遺伝子サイズ制限の拡大などの利点がある.さらに,ex vivo遺伝子治療の利点としては,抗AAV-NAbを保有している場合でも治療効果が期待できる点が挙げられる.特に中国やインドなどでは抗AAV-NAbの保有率が極めて高いため17, 18),AAVベクターによる遺伝子治療の恩恵を受ける患者の割合が少ないことが予測される.その点において,造血幹細胞を標的としたex vivo遺伝子治療やレンチウイルスベクターの直接投与によるin vivo遺伝子治療には一定のニーズがあると考えられる.
レンチウイルスベクターを利用した臨床試験では,造血幹細胞にF8またはF9をex vivoで遺伝子導入する第1相試験が登録されている.造血幹細胞ex vivo遺伝子細胞治療臨床試験の成果は未だ報告されておらず,血友病Aに対しては,Expression Therapeutics社が主導する高発現ヒト-ブタハイブリッドFVIII(ET3)遺伝子を搭載したCD68-ET3レンチウイルスベクターによる遺伝子細胞治療(NCT04418414),ウイスコンシン医科大学が主導するレンチウイルスベクターを用い血小板を標的とした末梢血CD34+造血幹細胞による遺伝子細胞治療(NCT03818763)などが登録されている.これら造血幹細胞移植によるex vivo遺伝子治療では,被験者には一時的な骨髄抑制が必要となるため,移植前処置の副作用リスクが高いハードルとなる.患者への負担が少ない骨髄移植法の開発が喫緊の課題となっている.
血友病遺伝子治療は飛躍的な進歩を遂げ,極めて有望な治療法となった.抗AAV-NAbの保有率調査からも,日本国内の血友病患者はこれら遺伝子治療薬の恩恵を受けやすいと考えられ,海外で上市した遺伝子治療薬が日常診療で利用されるのも近いだろう.近年,脊髄性筋萎縮症に対するAAVベクター治療薬ゾルゲンスマが日本国内において薬価1億6千万円で承認された.血友病に対するAAVベクター治療薬についても同程度かそれ以上の薬価設定が予測される.遺伝子治療薬は長期の治療効果が期待されるため,治療に関する様々なコストを長期的に削減する可能性はあるが,一時的にもこのような高額医療費を国民皆保険制度で償還するには社会全体の理解や議論が必須である.また外国為替による遺伝子治療薬の薬価高騰や,治療薬の安定供給の点からも,日本国産の遺伝子治療薬開発が迅速に進むことに期待したい.研究者や製薬企業においては,薬価の減額を可能とし,全ての血友病患者を治療の対象にできるような革新的治療技術開発の推進が求められる.一般社会への難治性疾患に対する遺伝子治療薬を認知させるためにも,研究者や医療者側からのアウトリーチ活動も重要となる.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし