日本血栓止血学会誌
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血栓止血分野への人工知能応用
後藤 信一
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2024 年 35 巻 1 号 p. 88-91

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1.はじめに

コンピュータの大きな発達とともに,近年人工知能(AI)分野が大きく躍進している.今まで,機械は決まりきった作業を人間が教えた通りにやるものと考えられてきたが,AIを用いると,人間が細かくやり方を教えなくても,コンピュータが自動的に入力から正解を導き出す道筋を見つけるようなことが可能になってきた(少なくともそのように見える仕組みを実装できるようになってきた).AI技術は非常に汎用性が高く,自動運転や顔認証などさまざまな分野ですでに研究・活用されている.医療分野も例外ではなく,近年多くのAI研究がなされるようになった.筆者がこの原稿を執筆中にPubMedでartificial intelligenceと検索すると21,506件もの論文がヒットし,この数は今後も大きく増えることが予想される.これらの研究により,一部タスクについてAIは,人間を大きく超える精度で疾患の検出や予後予測ができることが示されてきた17.本稿では,AIの血栓止血分野における研究を紹介し,今後医療者がどのようにAIを活用すべきか・AIの活用によりこの分野の診療にどのような影響を及ぼすかを論じる.

2.「AI」とは何か?

毎日のようにTVやニュースで目にする「AI」.帰宅したらまずスマートホーム機に声をかけて照明をつける人もいれば,料理をしながらスマホに話しかけてお気に入りの動画を再生する人もいる時代である.「AI」と呼ばれるものは,私たちの生活に溶け込もうとしている.医療分野も例外ではなく,特定の症例の検出について医師の診断よりも高精度を誇る「AI」も現れ,今後,臨床現場にどのような変化をもたらすのか気になる向きも多いだろう.本当のところ,「AI」とは何だろうか?実は,この問いに答えるのは簡単ではない.「AI」という単語が,ちょっとした機械学習モデルから漫画に出てくる人型高性能ロボットまで,非常に広い範囲のものを指すからである.そこで,本稿では,現在一般的に医療分野で「AI」と呼ばれているものとして,「ニューラルネットワークを用いた機械学習モデル」をAIと呼ぶことにする.ニューラルネットワークは,脳神経の情報伝達を模して数式化したものである(図1).多くのデータを与えてやれば,非常に複雑なデータを入力としても,自動的に出力を正解に近づけられる.これを,「学習」と呼ぶ1.人間にとっては,ニューラルネットワークが自分で「考えて」いるように見えるため,AIと呼ばれるようになった.ところが,実際の機能は「多次元の入力データに一定の変換を施し,正解を近似する関数を作る」ところにある.データが複雑であるため,特別な処理を行っているように見えても,本質的には,ロジスティック回帰などの延長線上――そう,ニューラルネットワークは,単なる統計モデルにすぎないのである.AIと聞くと,「難しくてわからない」「人間の仕事を奪うのでは」と恐れる人もいるが,その必要はない.AIを正しく理解し,有用性と限界を正しく認識し,適切に活用することが重要である.

図1

ニューラルネットワーク

生物の神経細胞の働きを模した数学モデル.入力に掛け合わせる「重み」を調整することで,出力を正解に近づける「学習」ができる.

3.AIと多次元データ

前段で,AIが単なる統計モデルの延長であることを説明した.では,AIの一体どのような点が,世間の注目を浴びるほど優れているのだろうか? AIが人間を圧倒している点,それは,「非常に複雑な多次元データを扱える能力」だろう.

例えば,医療者が日常臨床で扱うデータはどんなものだろうか.複雑な医療データの筆頭と言えば,画像データが思い浮かぶだろう.CTは人体を立体として再構築した3次元データであり,心臓CTに至っては,3次元に時間軸を加えて動画にした4次元データもある.これらのデータを直接扱い,学習できるのは,間違いなくAIの強力な利点と言える.

「非常に複雑な多次元データ」に該当するのは画像データなどのわかりやすいものだけではない.我々が日常的に用いている血液検査の数値データも,実はAIが真価を発揮する複雑なデータといえる.「え?」と思った読者がいたら,血液検査データを臨床現場で使用する時,医師は数値をどのように見て,診断しているかを思い起こしてみて欲しい.前回の数値――もっと言えば,遡って過去の数値と比較しながら,全体を俯瞰しつつ,変化のある部分に着目して診断しているはずである.言い換えれば,医師は血液検査の数値データを,時間軸を持った多次元データとして扱い,日々の診療を行っているのである.一般的な統計モデルでは,このような多次元データを扱うのは難しいため,多くの研究で「ベースラインデータ」という単一時点のデータに簡易化している.これでは多くの情報が失われてしまっている.AIは,これまで十分に情報を活かしきれていなかった多次元データから,より多くの有用な情報を抽出し,医療の発展を助けてくれるだろうと期待される.

4.PT-INR時系列から将来のイベントを予測

筆者は,AIを使って血液検査の時系列を直接学習する手法を考案し,心房細動患者において,ワルファリンを内服開始した患者のプロトロンビン時間国際化標準比(PT-INR)の時系列データを学習させ,将来の脳梗塞・出血・死亡を予測するモデルを作成した5.このモデルをもとに時系列データ学習の考え方を説明する.

まず,ワルファリン内服患者におけるPT-INRの測定パターンから,データの特徴を考えてみよう.一般に,PT-INRはワルファリン内服中,継続的に測定する.従って,計測期間はワルファリン内服期間の長さに規定され,患者ごとに大きく異なる.そこで,モデル化するときには,活用方法を考えながら一定期間に区切って用いる必要がある.期間の区切りは長ければ長いほど情報量が増え,予測精度が増す可能性がある.一方で,長過ぎれば,完成したモデルはそれだけの長さの計測データを入力しなければ正しく予測できなくなり,臨床的に使えないモデルになってしまう.例えば,患者ごとに5年分のPT-INRを入力として学習させたモデルがあったとしよう.使うためには,5年分のPT-INR計測値が必要になる.そんなモデルを使用するのは非現実的だろう(図2).

図2

PT-INR時系列の活用

時系列データを入力として用いる時には,実際の活用方法も想定して適切な期間を選択する必要がある.

ワルファリン内服開始直後は頻回の測定実施が考えられるため,本研究ではバランスをとって30日間のPT-INR計測の時系列を入力にとることにした.次に,PT-INRの測定頻度を考える.PT-INRは毎日必ず測定されるわけではなく,対象者の状態に応じて測定頻度も調整される.患者ごとに測定回数も測定日も異なるデータ,ということになる.これをコンピュータで扱うベクトル情報として考えると,ベクトルの各次元をワルファリン内服開始からの日数として,欠損のある30次元のベクトルと考えることができる.ニューラルネットワークでは,ランダムな位置に欠損のあるベクトルを入力として扱うのは困難であるため,欠損値を何らかの方法で学習できるように工夫しなければならない.そこで,測定日ごとに,測定がされた日には測定値を,測定がされなかった日には0をベクトルに入力した.我々医療者であれば,PT-INRがピッタリ0になることはないことを知っているため,0が入っているところに特別な意味があることがわかるが,AIにとっては,0が入力されている部位が計測の結果0だったのか,そもそも計測がなされなかったのかを区別する方法がない.そこで,もう一つ同じ次元数のベクトルを用意し,こちは,測定があった日には1を,無かった日には0を入力し,この両者のベクトルを同時にAIに学習させた.正解としては,30日~1年後までに起きた大出血,脳梗塞,全死亡を学習させた.このアプローチにより,AUC 0.8程度の高精度で将来のイベント予測ができた.従来の方法ではAUC 0.5~0.6程度であり,時系列データを活用することで,予測精度を大きく上昇可能なことを示すことができた.

5.血栓止血分野へのAI活用

人間が処理可能なデータには限界がある.複雑な多次元データにおいては言うまでもなく,全ての情報を活用しきれてはおらず,取りこぼされている情報もあるだろうと推察される.そこで活躍を期待されているのがAIであり,複雑な入力から直接,疾患の検出や予後予測などが可能であり,時に人間(専門家)を超える精度を発揮することも既に多く報告されている.それではこのまま,医師をAIに置き換えることができるかというと,そうではない.人に役割分担があるように,AIにもまた適した役割とそうでない役割があると筆者は考える.では,血栓止血分野において,AIに適した役割とは何だろうか?

AIを使いにくい問題を考えてみよう.筆者であれば,不可逆的な介入を伴う意思決定をAIに委ねるのには抵抗がある.例えば,手術中の迅速病理検査で臓器をさらに追加で切除するべきかどうかという判断の場で,専門医とAIの意見が違う時,AIの精度が如何に高くても,専門医の意見に従うだろう.これを一般化すると,AIが最終診断となるような場には使いづらいということになる.AIが出した判定を次の検査で検証できるケースであれば,AIを使いやすいだろう.ここでAIの利点「複雑なデータを直接入力にできる」,「計算が自動化されるので,大規模なデータを対象にできる」の2つを思い返してみると,AIは「大規模なスクリーニング検査で病気の可能性が高い人を洗い出す」といった場面で真価を発揮すると筆者は考える.先ほどのPT-INR時系列の例で考えるなら,AIが出血リスクが高いと判断した患者がいた場合,薬剤を変更するような介入はせず,より緊密にPT-INRをフォローアップし,コントロールがつけられるかどうかを判定し,その後に必要があれば薬剤を変更する,というアプローチであれば,受け入れられやすいのではないだろうか.血栓止血分野には,詳細なヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の抗体検査のように,精度が高いものの費用が高かったり,一部の専門機関でしか実施できなかったりするため,大規模な実施が難しい検査が多くある.これらの検査を受けるべき集団を最初にスクリーニングするのにAIは有効であると考えている.

6.結論

AIは複雑なデータを直接処理可能であり,大規模に実施できるため,スクリーニング検査に適していると考えられる.血栓止血分野でも専門的な検査を受ける集団のスクリーニングなどに活用できる可能性が高い.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.

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