日本血栓止血学会誌
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特集:臨床に役立つ線溶の知識
産科DICにおける線溶異常と抗線溶療法
川﨑 薫
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2025 年 36 巻 3 号 p. 424-428

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Abstract

妊娠中,母体は非自己である胎児を受け入れ,胎児・胎盤血流を維持し,分娩時の大量出血を防ぐために,凝固・線溶・補体系に大きな変化が生じる.基礎疾患によってこの均衡が破綻すると,急速に産科播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)へと進展する.羊水塞栓症では,羊水成分の母体血中流入により補体系と凝固・線溶系が過剰に活性化され,DICが誘発される.特に線溶亢進が顕著であり,最近の日本の研究ではthrombin-activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)の減少が特徴として報告された.産科DICの治療には,基礎疾患の治療とともに,補充療法・抗凝固療法・抗線溶療法を組み合わせて行う.抗線溶薬トラネキサム酸は,産科DICに対するエビデンスは確立されていないが,分娩後異常出血に対する早期投与の効果が示唆されている.産科DICは生命に直結するため,病態の理解と迅速な診断・適切な治療が不可欠である.

はじめに

妊婦の体内では,母親と父親の両方の抗原を含む半同種の胎児を受け入れるために,免疫寛容が獲得される.さらに,胎児・胎盤血流を維持するとともに,分娩時の大量出血を防ぐため,凝固・線溶・補体系に大きな変化が生じる.これらのシステムは妊娠の経過とともにダイナミックに変化しながら,一定の均衡を保つ.しかし,基礎疾患を背景にこの均衡が破綻すると,急速に播種性血管内凝固(disseminated intravascular coagulation: DIC)へと進展する.本稿では大量出血を呈する産科DICにおける線溶異常と抗線溶療法について解説する.

1.妊娠中の生理的変化

妊娠中は,凝固第I(フィブリノゲン).VII.VIII.IX.X.XII因子とフォンヴィレブランド因子が増加する.一方,エストロゲンの影響により凝固制御蛋白であるプロテインS(PS)が減少し,活性化プロテイン(APC)抵抗性は増加する.アンチトロンビン(AT)には顕著な変化はみられないが,全体として凝固しやすい(止血しやすい)状態が形成される.また,線溶系ではプラスミノーゲン濃度が上昇するがplasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)およびthrombin-activatable fibrinolysis inhibitor(TAFI)の産生が妊娠第3三半期以降特に増加し,線溶活性が抑制される1

胎盤では絨毛間腔での母体血液の円滑な循環を維持し,かつ胎盤母体面からの出血を防ぐために,合胞体栄養膜細胞が血管内皮様の役割を果たしている.合胞体栄養膜細胞では組織因子の発現と活性が亢進している一方,PS,PC,Tissue Factor Pathway Inhibitor-2(TFPI-2)が産生され,凝固カスケードの過剰な活性化を制御している.妊娠第3三半期以降にはPAI-1,PAI-2およびTAFIの産生が増加し,線溶活性は抑制される.組織因子は胎盤のみならず,脱落膜,子宮筋層,羊膜,羊水中でも発現が増加し,局所の止血機能が向上する2

補体系は,胎盤の自然細胞死(アポトーシス)により生じた細胞片や胎児由来cell-free-DNA・RNA,および免疫複合体により活性化し,C3a,C5a,可溶性C5b-9(sC5b-9)が増加する.この妊娠中の全身性補体活性化は,可溶性補体制御因子F因子(CFH)や,絨毛栄養膜細胞に発現する膜結合型補体制御因子CD46,55,59により制御され,絨毛間腔での母児間の免疫均衡が維持される3

2.産科DICの基礎疾患と病態

産科におけるDICは,これまで産科DICスコア4によって診断されてきた.2022年に産婦人科・新生児血液学会ワーキンググループと日本産科婦人科学周産期委員会の合同委員会により暫定版産科DIC診断基準として改定され,2024年に改訂版産科DIC診断基準へと改変された5表1).改訂版産科DIC診断基準では,産科DICの基礎疾患は大量出血をきたす①常位胎盤早期剝離,②羊水塞栓症,③非凝固性分娩異常出血(分娩後異常出血のうち出血に凝血塊を伴わないもの)のいずれかを認める分娩後異常出血の3つに限定された.

表1

改訂版産科DIC診断基準

I 基礎疾患・病態
どれか1つを選択
点数 II 凝固系検査 点数 III 線溶系検査
aとbのどちらかを選択
点数
a.常位胎盤早期剝離 4 フィブリノゲン(mg/dL) a.FDP(μg/mL)
300≦ 0 <30 0
b.羊水塞栓症 4 200≦ <300 1 30≦ <60 1
150≦ <200 2 60≦ 2
c.非凝固性分娩後異常出血 4 <150 3 b.D-dimer(μg/mL)
<15 0
15≦ <25 1
25≦ 2

・止血困難な分娩後異常出血の産褥婦に対して,基礎疾患・徴候,凝固系検査,線溶系検査各項目の該当するものを1つだけ選び合計する.8点以上となった産褥婦を産科DICと診断する.

・この診断基準は分娩後異常出血の管理に「産科危機的出血への対応指針(最新版)」と併せて利用することを目的に作成されている.

①常位胎盤早期剝離

常位胎盤早期剝離では,大量出血による凝固因子の消耗に加え,胎盤剝離時に大量の組織因子が母体循環血液内に流入することで凝固カスケードが過剰に活性化し,大量のトロンビン産生からDICへと進展する6.さらに,胎盤剝離による出血から子宮内膜は低酸素状態となる.この低酸素刺激により血管内皮増殖因子(VEGF)の産生が促進し,組織因子が産生される.その結果ますます凝固反応が活性化しDICが進行しやすくなる7

②羊水塞栓症

(1)原因

羊水塞栓症は,羊水塞栓症は単なる物理的な血管閉塞ではなく,免疫反応と凝固線溶系の異常活性化が複雑に絡み合った疾患であることが明らかになってきている.羊水中の胎児角化細胞,胎便,胎毛,胎脂,ムチン様物質,蛋白質分解酵素,組織因子などの成分が母体血流に入ることで,補体系が活性化され,アナフィラトキシン(C3a, C5a)が産生される.これらのアナフィラトキシンにより肥満細胞の脱顆粒が生じ,ヒスタミン,ブラジキニン,インターロイキン-8(IL-8)などの炎症性メディエーターが放出される.その結果,急激な血管攣縮と血管透過性の亢進が生じ,肺血管の収縮による肺高血圧や低酸素血症,全身の血管透過性亢進による浮腫や血圧低下(ショック)が引き起こされる.子宮筋層においても同様に血管透過性の亢進が生じ,その結果,子宮間質に浮腫が発生し,子宮弛緩へと至る.血管内では凝固・線溶系が同時に活性化しDICへと進展する810

(2)線溶活性の機序

本邦の羊水塞栓症血清診断事業に登録された羊水塞栓症(amnio fluid embolism: AFE)27例とDICを合併した常位胎盤早期剝離(placental abruption: PA)12例,周産期コントロール症例(コントロール)23例の血液検体を比較した研究では,prothrombin fragment 1+2(PF1+2),plasmin α2-plasmin inhibitor complex(PIC)はAFE群およびPA群ともコントロール群に比して増加しており,凝固・線溶活性が亢進していることが示された.AFE群とPA群の間に有意差はなかった.Tissue plasminogen activator(tPA)は,PA群はコントロール群と有意差はなかったが,AFE群はコントロール群およびPA群に比して有意に増加していた.TAFIは,PA群ではコントロール群と有意差はなかったが,AFE群はコントロール群およびPA群に比して有意に減少していた.この結果は羊水塞栓に特有の線溶亢進の機序であると考えられる.TAFIには補体活性化により産生されるアナフィラトキシンC3aおよびC5aを阻害する作用がある.羊水塞栓症では活性化された補体系を抑制するためにTAFIが消費されていると考察されている11

③非凝固性分娩後異常出血

分娩後異常出血のうち,出血に凝血塊を伴わないものを指す.膿盆などの容器に集めて凝血塊(血餅)が形成しないことを確認することが望ましい5.分娩後異常出血の原因には弛緩出血,胎盤遺残,子宮破裂,前置胎盤,産道裂傷など様々ある.大量出血による凝固因子の消耗だけではなく,子宮組織や羊水,胎盤で大量に産生された組織因子の母体血液内への流入が産科DICの契機となる2

3.産科DICの治療

基礎疾患に対する治療(胎児・胎盤の娩出,止血処置,病巣摘出)を行うと同時に,補充療法(輸血,フィブリノゲン製剤),抗凝固療法(アンチトロンビン製剤,遺伝子組み換えトロンボモジュリン製剤),抗線溶療法(トラネキサム酸),その他の治療(遺伝子組み換え活性型血液凝固第VII因子製剤)を組み合わせて行う.新鮮凍結血漿中には,抗凝固因子(アンチトロンビン,プロテインS,プロテインC),抗線溶因子(α2-PI),ADAMTS13が含まれ,過剰な凝固・線溶系活性化や血小板凝集を抑制するため,DICに対し有用である.抗線溶療法としてのトラネキサム酸は,産科DICに対するエビデンスが確立されていない.一方で,産科DICの契機となる分娩後異常出血に対する治療や予防における有用性については検討されており,本稿ではその点について述べる.

1)トラネキサム酸の分娩後異常出血に対する治療効果

21か国,約2万人を対象に行われたThe WOMAN trialでは分娩後異常出血(出血量;経腟分娩≧500 mL,帝王切開≧1,000 mL)と診断された産婦を対象とした.トラネキサム酸(tranexamic acid: TXA)1 gを静脈内投与し,30分後に出血が持続する場合,または初回投与から24時間以内に再出血した場合に,TXA 1 gを再投与するプロトコルで無作為化二重盲検試験が行われ,TAX群(10,051例)と対照群(生理食塩水投与;10,009例)が比較された12.母体死亡全体,また肺塞栓,臓器不全,敗血症,子癇による母体死亡はTXA群と対照群とで差はなかったが,出血による母体死亡は有意に少なかった(p=0.045).研究が行われた2010年から2016年までの本邦の妊産婦死亡は0.028~0.045%であるが13,The WOMAN trialの対象者の母体死亡は2.4%(483/20,060人)と高い.The WOMAN trialの対象国(21か国)はヨーロッパの他はアフリカ,東南アジアの発展途上国からなる.2020年に発表されたThe WOMAN trialのサブグループ解析では,母体死亡率はアフリカ3.0%(375/12,343人),アジア1.7%(105/6,030人),ヨーロッパ0%(0/1,049人)と地域差があった.また病院外での分娩は,生存者の中では11.7%であるのに対し,死亡者の中では29.2%と多かった(OR(95%CI);3.12(2.55–3.81)14.TXAにより出血による母体死亡を防ぐことができる可能性があるが,研究対象国の医療水準や事情は本邦とは異なることに留意する必要がある.

薬物動態をアウトカムとした無作為化二重盲検試験では,分娩後異常出血(出血量;帝王切開≧800 mL)を対象とし,TXA 1 g iv群(58例),TXA 0.5 g iv群(57例),プラセボ群(60例)の3群に分け,線溶系マーカー(D-dimer,plasmin-antiplasmin complex[PAP],plasmin generation[PG]peak)が評価された15.試験薬投与から6時間後の出血量の中央値は,TAX 1 g iv群(134[95%CI:50–419]mL)がTAX 0.5 g iv群(300[95%CI:68–630]mL)よりも有意に少なかった(p=0.042).両群ともプラセボ群(208[95%CI:55–539]mL)との有意差はなかった.線溶系マーカーについては,試験薬投与後2時間のD-dimerの中央値は,TAX 1 g iv群(4.3[3.2–6.0]ug/mL)がプラセボ群(8.9[3.8–17.9]ug/mL)に比べて有意に低かった(p=0.03).一方,TAX 0.5 g iv群(4.6[3.2–15.2]ug/mL)とプラセボ群の差はなかった(p=0.058).試験薬投与後30分のPAPの中央値は,TAX 1 g iv群(0.35[0.26–0.49]ug/mL)がプラセボ群(0.64[0.46–2.00]ug/mL)よりも低かった.同様に,投与60分後の中央値も,TAX 1 g iv群(0.50[0.38–1.10]ug/mL)の方がプラセボ群(1.16[0.71–2.53]ug/mL)よりも低かった.さらに,PG peakは投与後30分,60分,120分,360分のいずれの期間においても,TAX 1 g iv群,TAX 0.5 g iv群の両方でプラセボ群より低値を示した.これらの結果から,分娩後異常出血に対するTXA 1 g静脈投与が,線溶系の抑制を介して薬理学的な効果を示すことが確認された.

産科異常出血に対するトラネキサム酸の使用指針は国により異なる.日本血栓止血学会播種性血管内凝固(DIC)診療ガイドライン2024では,大量出血をきたす産科DICの基礎疾患となる分娩後異常出血に対してトラネキサム酸を早期投与することを弱く推奨する(弱い推奨/低の確実性のエビデンス:GRADE 2C)とした16, 17

2)トラネキサム酸の分娩後異常出血に対する予防効果

2020年までのRCT16編によるシステマティックレビューではTXA予防投与の有効性が報告されているが18,いずれも小規模な単一施設研究である.その後報告されたフランスの多施設共同研究(TRAAP2 study)では,合計4,431人(TXA群2,222人,プラセボ群2,209人)が比較され,帝王切開時出血量1,000 mL以上の症例がTXA群では有意に少なかったが,両群間の出血量の差は100 mLであり有意差を認めなかった19.また,同研究のサブグループ解析では,多胎に関してもTXAの効果は認められなかった20.さらに,米国の多施設共同研究では,合計11,000人(TXA群5,529人とプラセボ群5,471人)が比較されたが,1,000 mL以上の推定出血量の発症率に有意差を認めなかった21.予防投与に関する分析的観察研究(ヨーロッパ14カ国と米国の国際的多施設共同研究)では,癒着胎盤のため帝王切開を施行された338人の女性を対象とし,出血量75%tile(≧3,500 mL)と90%tile(≧5,500 mL)のグループに分け出血増加に影響を及ぼす要因を調査されたが,TXAは両グループにおいて有意な効果を示さなかった22.TRAAP2 studyでは33人に補助解析として線溶活性化因子および阻害因子の血漿中濃度が測定され,TXA群ではプラセボ群に比して有意に線溶系亢進が抑制されていることが確認された23.しかし,上記のように予防投与の有効性についてのエビデンスは,現時点では不十分である.

おわりに

本稿では,産科DICの病態と治療について,特に線溶活性に焦点を当てて解説した.産科DICは急速に進行し,生命に直結する緊急性の極めて高い病態である.病態の理解を深めるとともに,迅速かつ適切な診断と治療を行うことが救命に寄与する.

著者の利益相反(COI)の開示:

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