2025 年 25 巻 p. 21-28
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特集 |
トップダウン評価に基づいた評価とアプローチ |
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関西理学 25: 21-28, 2025
中枢神経疾患患者の起き上がり・立ち上がりの評価とアプローチ
中森 友啓 1, 3) 清原 克哲 2, 3) 嘉戸 直樹 4) 後藤 淳 5) 鈴木 俊明 6)
AbstractTomohiro NAKAMORI, RPT, MS1, 3), Katsunori KIYOHARA, RPT, MS2, 3), Naoki KADO, RPT, Ph.D.4), Atsushi GOTOH, RPT5) , Toshiaki SUZUKI, RPT, DMSc6)
はじめにCentral nervous system diseases are diseases that occur when some lesion occurs in the central nervous system, such as the brain or spinal cord, and there is a wide variety of medical conditions. In this lecture, we will discuss the assessment and approach to getting up and standing up in the context of cerebrovascular disease and spinocerebellar degeneration.
In the first case, the interpretation and approach to getting up in cerebrovascular disease will be described. In the normal movement of getting up, the thorax is rotated to the same side by flexing the shoulder girdle on the getting up side. However, in the case of the patient with left hemiplegia due to cerebrovascular disease, the flexion of the right shoulder girdle causes insufficient right rotation of the rib cage when the patient rises to the nonparalyzed side. Through this case study, we will explain in what cases the flexion of the shoulder girdle on the rising side becomes inadequate. The approach to be taken in such cases will also be discussed.
In the second case, we will discuss the interpretation and approach to standing up movements in spinocerebellar degeneration. In the flexion phase of standing up, the movement begins with trunk flexion, followed by hip flexion. In the extension phase, the trunk, hip, knee, and ankle joints move in tandem. In spinocerebellar degeneration, movements are sometimes interpreted in such a way that "the patient is unable to link movements due to cerebellar ataxia". However, it is important to analyze movement from a kinematic perspective to clarify and approach the functional impairment. In this lecture, after clarifying the functional disability based on the interpretation of movement, we will explain how to devise an approach based on the characteristics of the case.
————————————————————————————————— J. Kansai Phys. Ther. 25: 21-28, 2025
Keywords: central nervous system disease, sitting from supine, standing-up
中枢神経疾患とは、何らかの病変が脳や脊髄といった中枢神経に生じることで起こる疾患であり、その病状は多種多様である。本稿では、中枢神経疾患のうち、脳血
榊原白鳳病院リハビリテーション科
介護老人保健施設さくら苑
榊原白鳳病院リハビリテーション臨床研究部
神戸リハビリテーション衛生専門学校研究教育センター
スミレ会グループリハビリテーション法人本部
関西医療大学
管疾患と脊髄小脳変性症の症例の起き上がり動作と立ち上がり動作の評価とアプローチについて紹介し、動作の解釈から機能障害を明確にしたうえで、症例の特徴を踏まえたアプローチの工夫について解説する。
Department of Rehabilitation, Sakakibarahakuho Hospital
Geriatric Health Services Facility, Sakuraen
Clinical Research Division of Rehabilitation in Sakakibarahakuho Hospital
Center for Research and Education, Kobe College of Rehabilitation and Health
Sumirekai Group Rehabilitation Corporate Headquarters
Kansai University of Health Sciences
日常生活活動(Activities of daily living: ADL)を遂 行するうえで起き上がり動作は重要である。起き上が り動作が困難になると離床できず、自立して遂行できるADL の範囲が限定される。しかし、脳血管疾患片麻 痺患者の起き上がり動作能力の向上を目的とした理学療 法を進めるなかでは、動作の獲得に難渋することが多い。脳血管疾患片麻痺患者にとって、起き上がり動作の獲得 は立ち上がり動作や立位保持、歩行動作の獲得よりも難 易度が高いという報告1)もあり、起き上がり動作の実用 性を如何にして獲得するのかが、脳血管疾患片麻痺患者のADL を向上するためには重要なポイントである。
実用性が低下している動作の問題点を考えるためには、正常動作を理解したうえで動作を観察し、検査測定の結 果とともに動作を解釈する必要がある。起き上がり動作 においても同様であり、まずは起き上がり動作の正常動 作を理解しなければならない。また、脳血管疾患片麻痺 患者の起き上がり動作の特徴について理解することも重 要である。
健常者を対象に、背臥位から長座位までの起き上がり動作における運動パターンの出現率と所要時間について検討した先行研究2)では、通常の速度で起き上がる場合は、一側上肢支持を経由する方法が 44.1%、床面を押しながらまっすぐ体幹を屈曲させる方法が 29.4%、両上肢を前方へ伸ばしつつ体幹を対称に屈曲する方法が26.5%であり、最大速度で起き上がる場合は、一側上肢支持を経由する方法が 33.8%、床面を押しながらまっすぐ体幹を屈曲させる方法が54.4%、両上肢を前方へ伸ばしつつ体幹を対称に屈曲する方法が11.8%であったと報告している。このように、最大速度で起き上がる際のパターンとして半数以上の健常者がまっすぐ体幹を屈曲させる方法を選択しており、この要因として、背臥位から体幹を回旋させることなくまっすぐ起き上がる方法が、一側上肢支持を経由する方法や、体幹を大きく回旋させて両上
肢支持を経由する方法よりも動作効率が良い3)ことを挙げている。一方、脳血管疾患片麻痺患者は、腹筋筋力が不十分であることを背景として、約83%が一側上肢支持を経由した起き上がり動作パターンになると報告されている4)。これらのことから、脳血管疾患片麻痺患者の起き上がり動作を獲得するうえでは、一側上肢支持を経由する方法を選択することが多いことが想像できる。しかし、臨床では一側上肢支持を経由した起き上がり動作を獲得できない脳血管疾患片麻痺患者を多く経験する。この要因の一つに、起き上がり側への体幹の回旋が不十分なことが挙げられる。鈴木 5)は、起き上がり側へ身体を回旋するためには、起き上がり側の肩甲帯の屈曲が重要であると述べている。一側上肢支持を経由した起き上がり動作を選択することが多い脳血管疾患片麻痺患者にとって、この起き上がり側の肩甲帯の屈曲にともなう身体の回旋ができるか否かは重要なポイントである。
このように、起き上がり動作はいくつかのパターンをもって遂行されている。そこで、次節では健常者における起き上がり動作の代表的なパターンについて解説する。
背臥位からまっすぐに起き上がり、長座位となったのちに端座位へと移行するパターン(図1)
まず、頭部・頸部が屈曲して頭部がベッド面から離地する。つぎに、胸腰椎移行部の屈曲により胸郭上部が離地すると、両肩甲骨の内転と両肩関節の伸展、両肘関節の屈曲にて両肘支持となる。その後、両肩関節の屈曲と両肘関節の伸展、胸腰椎の屈曲、両股関節の屈曲によって腰部が離地して長座位となる。そして、両手を殿部の側方に置いた姿勢から、起き上がり側の肩関節の伸展、肘関節の屈曲とともに、起き上がり側の肩甲帯の屈曲が生じ、体幹を起き上がり側へ回旋させる。また、このとき起き上がり側の股関節の内旋にて骨盤が同側へ下制することで、反対側の殿部が離地する。最後に、起き上がり側の肩関節の内旋により身体が大きく回旋しなが
図1 背臥位からまっすぐに起き上がり、長座位となったのちに端座位へと移行するパターン
ら、両股関節の屈曲により両下肢がベッド上から床面の空間上に移動し端座位へと移行する。
まず、頭部・頸部および胸腰椎の屈曲とともに起き上がり側の肩甲帯の屈曲により、胸郭が起き上がり側へ回旋する。その際、骨盤は動いていないため、胸腰椎移行部は相対的に起き上がり側へ回旋する。起き上がり側と反対側の肩甲帯が離地すると、離地した側の肩甲帯の屈曲と胸腰椎の屈曲に加えて、骨盤は胸腰椎移行部にて、胸郭に対して起き上がり側へ回旋する。そして、起き上がり側の肩甲帯の屈曲による身体の起き上がり側への回旋が継続しながら、起き上がり側の肩関節の伸展と肘関節の屈曲、股関節の内旋も生じて一側上肢支持となることで半側臥位となる。つぎに、起き上がり側の手関節の背屈と肘関節の伸展、肩関節の伸展・外転とともに肩甲帯が伸展し、起き上がり側の股関節の屈曲・外旋によって起き上がり側と反対側へ体幹が変位しながら直立
位となることで長座位となる。その後は、1つ目のパター ンで示したように、起き上がり側の肩関節の伸展、肘関 節の屈曲とともに、起き上がり側の肩甲帯の屈曲が生じ、体幹を起き上がり側へ回旋させながら、両股関節の屈曲 により両下肢をベッド上から床面の空間上に移動して端 座位へと移行する。
まず、2つ目のパターンで示したように、起き上がり側の上肢にて一側上肢支持となる。このとき、本パターンでは起き上がり側の股関節の内旋にともなった骨盤の同側回旋も生じ、体幹とともに骨盤も起き上がり側を向く。つぎに、両股関節の屈曲にて両下肢がベッド上から床面の空間上に移動する。そして、起き上がり側の殿部を支点として、起き上がり側の肩関節を屈曲・内旋しながら身体を回旋する。これと同時に、起き上がり側の手関節の背屈と肘関節の伸展によって身体を直立させ端座位へと移行する。
図2 背臥位から半側臥位を経由し、長座位となったのちに端座位へ移行するパターン

図3 背臥位から半側臥位となり、長座位を経由することなく端座位となるパターン
起き上がり動作の解釈とアプローチ
中枢神経疾患患者の立ち上がり動作の評価とアプローチ本節では、脳血管疾患片麻痺患者の症例を提示するなかで、起き上がり動作の解釈とアプローチについて解説する。
症例は、脳性小児麻痺による知的障害のためグループホームに入所して生活していた50 歳代の男性である。約1カ月前に右放線冠の急性期脳梗塞を発症し、ADLが低下したため、約半月前に当院へ転院となった。
本症例は、背臥位から起き上がり側である右上肢での一側上肢支持を経由したパターンで起き上がり動作を遂行しようとしていた。しかし、頭部・頸部の屈曲がわずかに生じた後、起き上がり側である右肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の右回旋による胸郭の右回旋が乏しく、一側上肢支持へと移行できないため動作の遂行が困難であった。また、胸腰椎での屈曲・回旋にて胸郭を起き上がり側へ持ち上げることや、麻痺側である左肩甲帯の屈曲とともに左上肢を起き上がり側へ移動することもできていなかった(図4)。
本症例の起き上がり動作の遂行が困難となる要因として、起き上がり側である右肩甲帯の屈曲が乏しいことを
考え、検査測定を実施した。しかし、関節可動域測定で は、右肩甲帯の屈曲が20°、徒手筋力検査では、右肩甲 骨外転・上方回旋が4であり、機能障害は認めなかった。ここで、木津ら 6)は、起き上がり動作において頭部が ベッド面より離床する運動が生じる前から左右腹直筋と 左右内外腹斜筋重層部位の筋活動が生じるが、これは頭 部を空間的に持ち上げることに先行して胸郭と骨盤間の 連結を強め剛性を高めていると述べている。また、健常者1 名を対象に、背臥位から起き上がり側である右上肢 での一側上肢支持を経由したパターンにおける動作中の 筋活動を、表面筋電図を用いて検討した。表面筋電図の 計測には、テレメトリー筋電計MQ-8(キッセイコムテッ ク社製)を用いた。計測筋は、左右前鋸筋および左外腹 斜筋斜行線維、左右内腹斜筋斜行線維とした。電極貼付 位置は、左右前鋸筋は肩甲骨下角レベルで腋窩中央を通 り垂線と交わる部位、左外腹斜筋斜行線維は肋骨の方向 が下方から上方に変わる第8肋骨下縁、左右内腹斜筋斜 行線維は上前腸骨棘直上とした。導出方法は双極導出法 で、電極間距離は2cm とした。計測した結果の波形を 図5に示す。左外腹斜筋斜行線維および右内腹斜筋斜行
図5 起き上がりの表面筋電図
①のタイミングは右肩甲帯が屈曲し始める時点を示している。また、
②のタイミングは骨盤が胸腰椎移行部にて、胸郭に対して右回旋し始める時点を示している。左外腹斜筋斜行線維および右内腹斜筋斜行線維は右前鋸筋に先行して活動していた。また、右前鋸筋が活動した後に、左内腹斜筋斜行線維が活動していた。
図4 理学療法前の起き上がり動作
右肩甲帯の屈曲に伴う体幹の右回旋が乏しく、右上肢での一側上肢支持位に移行できていない。
線維は、右前鋸筋に先行して活動していた。この左外腹 斜筋斜行線維および右内腹斜筋斜行線維の右前鋸筋に先 行する活動は、右肩甲帯の屈曲と胸腰椎移行部の左回旋 にて胸郭を右回旋した後、胸腰椎移行部にて胸郭が左回 旋してしまわないように保つ作用であると考える。また、左外腹斜筋斜行線維および右内腹斜筋斜行線維に次いで 右前鋸筋が活動し、胸郭を右回旋した後に、左内腹斜筋 斜行線維が活動していた。この左内腹斜筋斜行線維の活 動は、先行して生じた胸郭の右回旋に対して、胸腰椎移 行部にて骨盤を右回旋させるために生じていると考える。先行研究および表面筋電図波形の結果から、起き上がり 側の肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の起き上がり 側への回旋により胸郭を起き上がり側へ回旋させるため には、起き上がり側の前鋸筋の活動ではなく、同側の内 腹斜筋斜行線維や、反対側の外腹斜筋斜行線維および内 腹斜筋斜行線維の活動も重要であると考えた。とくに本 症例においては、起き上がり側である右肩甲帯の屈曲と 相対的な胸腰椎移行部の右回旋にて胸郭を右回旋するこ とから不十分であったため、左外腹斜筋斜行線維と右内 腹斜筋斜行線維に対して静止時筋緊張検査を実施するべ きだと判断した。その結果、右内腹斜筋斜行線維は正常 域であったが、左外腹斜筋斜行線維の筋緊張が低下して いた。動作観察および検査測定の結果から、本症例の主 要な問題点は、左外腹斜筋斜行線維の筋緊張低下である
と考えた。起き上がり側と反対側の左外腹斜筋斜行線維 の筋緊張が低下していたことにより、胸郭と骨盤間の連 結を強めて剛性を充分に高めることに加え、右肩甲帯の 屈曲と胸腰椎移行部の左回旋により胸郭を右回旋した後、胸腰椎移行部にて胸郭が骨盤に対して左回旋しないよう に保てないため、右肩甲帯の屈曲と胸腰椎移行部の左回 旋にともなう胸郭の右回旋が乏しくなっていると考えた。
左外腹斜筋斜行線維の筋活動を促す方法としては、左肩甲帯の屈曲運動と胸腰椎移行部での体幹の右回旋運動を選択した。具体的には、背臥位にて患者の左肩関節を 90°屈曲し、患者の左手掌面にセラピストの手掌面を接触した姿勢から、患者にセラピストの手掌面を押すように口頭指示をおこない、左肩甲帯の屈曲と胸腰椎移行部での骨盤に対する胸郭の右回旋を誘導し、左外腹斜筋斜行線維の筋活動を促した。このとき、患者の左肘関節が屈曲しないように介助しながら、患者に押させる方向を徐々に右側へ誘導し、右肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の右回旋とともに胸郭の右回旋が生じるようにした(図6)。その結果、起き上がり動作において、理学療法にておこなったような左手掌を押させる誘導は必要であるものの、右肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の右回旋にともなう胸郭の右回旋が増大し、右上肢での一側上肢支持への移行が可能となった(図7)。この結果からも、一側上肢支持を経由する起き上がり動作で
図7 理学療法後の起き上がり動作
図6 起き上がりの理学療法場面
は、起き上がり側の肩甲帯の屈曲にともなって身体を充分に起き上がり側へ回旋することが重要である。そのため、起き上がり側の肩甲帯の屈曲の関節可動域や、肩甲帯を屈曲させる際に主動作筋となる前鋸筋の筋力や筋緊張の評価が重要になるが、提示した症例においては、起き上がり側である右肩甲帯の屈曲の関節可動域および右肩甲骨外転・上方回旋の筋力に問題を認めなかった。つまり、起き上がり側の肩甲帯以外の問題によって、起き上がり側の肩甲帯の屈曲が阻害される可能性がある。その一つが、本症例の主要な問題点であった起き上がり側と反対側の外腹斜筋斜行線維の筋緊張低下である。前述したように、起き上がり側と反対側の外腹斜筋斜行線維は、起き上がり側の肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の起き上がり側への回旋にて胸郭が起き上がり側へ回旋した後、胸郭が起き上がり側と反対側へ回旋してしまわないように保つ作用を有していると考えられる。本症例は、起き上がり側と反対側の外腹斜筋斜行線維の筋緊張が低下していたため、骨盤に対して胸郭を起き上がり側へ回旋させ、胸郭が起き上がり側と反対側へ回旋するのを保てず、起き上がり側の肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の起き上がり側への回旋にともなって胸郭を起き上がり側へ充分に回旋できないことで、一側上肢支持へと移行できなかった。
脳血管疾患片麻痺患者は、一側上肢支持を経由する 方法にて起き上がり動作をおこなうことが多い。一側上 肢支持を経由する起き上がり動作においては、起き上が り側の肩甲帯の屈曲と相対的な胸腰椎移行部の起き上が り側への回旋により胸郭を起き上がり側へ回旋する必要 がある。しかし、本症例のように起き上がり側の肩甲帯 の屈曲の関節可動域や、起き上がり側の肩甲骨外転・上 方回旋の筋力に問題がなくても体幹を充分に回旋できな い場合もある。起き上がり動作の正常な運動パターンと ともに、運動を生じさせる筋活動についても理解を深め、問題点を解釈することが重要である。
現代日本では、床での生活から椅子とテーブルを使用する生活様式に変化している。つまり、椅子からの立ち上がり動作は、移動動作の起点となり、実施する頻度が高い動作といえる。さらに立ち上がり動作は、支持基底面が広い座位から、支持基底面の狭い立位へ重力に逆らっておこなう動作であり、脳血管障害による麻痺や廃用症候群、加齢などにより筋力低下が生じている患者にとって難しい動作である。そのため、安全な立ち上がり動作の獲得は、リハビリテーションにおいて重要な課題の一つである。
立ち上がり動作の相分けについては、様々な分類が存在するが、本稿では以下のように定義する。座位から殿部離床するまでを屈曲相、殿部離床から足関節最大背屈位となるまでを殿部離床相、そして、足関節最大背屈位から股関節伸展が終了するまでを伸展相とする。
本節では、脊髄小脳変性症の症例を提示するなかで、立ち上がり動作の解釈とアプローチについて解説する。症例は、立ち上がり動作にて後方へ不安定となる脊髄小脳変性症の80 歳代後半の女性である。
本症例は、開始肢位である座位において、両股関節の屈曲の屈曲角度の差(右>左)によって骨盤が左回旋・左下制位であった。また、右膝関節の屈曲は左膝関節の屈曲よりも小さく、右足関節が底屈位で右足が左足よりも前方に接地していた(図8)。立ち上がり動作の屈曲相では、胸腰椎移行部や腰椎の屈曲による体幹の前傾は生じるが、とくに左股関節の屈曲が乏しく、骨盤は前傾
図8 座位姿勢
していなかった。また、両足関節の背屈による下腿の前傾は生じず両下腿は後傾位のままであった。殿部離床相では、両股関節の屈曲による骨盤の前傾と両足関節の背屈による下腿の前傾がみられないまま、両膝関節の伸展によって殿部を離床していた。その後の伸展相では、両膝関節の伸展にともない両足関節が底屈し、下腿が後傾し、後方に不安定となり、着座してしまい安定性・安全性の低下を認めた。
本症例は、開始肢位の座位にて、左大殿筋下部線維 の筋緊張低下により、左股関節の屈曲が乏しく骨盤は大 きく後傾、左回旋、左下制していた。ここで、一度症例 の座位姿勢を模倣していただきたい。骨盤を大きく後傾、左回旋、左下制させると、右膝関節を伸展して平衡を保 とうとしたくなるのではないだろうか。つまり、本症例 は、座位で骨盤が後傾、左回旋、左下制するのに対して、代償運動として右膝関節を伸展して平衡を保とうとして いると解釈することができる。また、大殿筋には、屈曲 相において遠心性収縮によって股関節の屈曲にともなう 骨盤の前傾を制動する作用がある。しかし、本症例の屈 曲相においては、左大殿筋下部線維の筋緊張低下により、左股関節の屈曲を制動することができず、骨盤前傾位と なるまで股関節を屈曲することができなかった。そのた め、前方に体重を移動することができないと解釈するこ とができる。さらに、開始肢位の座位で骨盤が後傾、左 回旋、左下制し、右膝関節が伸展するため、屈曲相で右 膝関節の屈曲が乏しく、右足関節の背屈により下腿を前 傾することができないまま右膝関節を伸展して殿部離床 するが、殿部は足底の直上まで移動せず後方に不安定と
なっていた(図9)。つまり、本症例においては、座位 の改善が立ち上がり動作の改善に不可欠であると考えた。そこで、主要な問題点は、左大殿筋下部線維の筋緊張低 下とした。
大殿筋下部線維の筋活動を促す方法としては、座位での前方リーチがよく用いられる。しかし、本症例のように小脳失調を呈する症例では、前方へリーチするような動作が困難な場合がある。本症例においても前方リーチに対する恐怖心が強く、股関節の屈曲をともなった前方へのリーチ動作はできなかった。そこで、介助にて立位姿勢をとり、そこからハンドリングにて着座動作を誘導しながら、両股関節の屈曲を生じさせるなかで左大殿筋の下部線維の筋活動を促した(図10)。その結果、座位において左股関節の屈曲が増大して、骨盤の後傾、左回旋、左下制が減少し、右膝関節の屈曲と右足関節の背屈による下腿の前傾がみられるようになった。座位が改善したことで、屈曲相で足関節の背屈による下腿の前傾を保持したまま殿部を離床することが可能となり、立ち上がり動作の安定性・安全性が向上した。
このように、小脳失調により動作の困難さが生じてい る症例であっても、動作観察から正常動作との相違点を 把握しながら、運動学的な解釈のもと運動療法を展開す ることが重要である。そして、運動学的な動作の解釈に 基づき導かれた機能障害に対してアプローチする際には、疾患の特性に応じた配慮をおこないながら運動療法を実 施することが求められる。そのため、セラピストには運 動学的に動作を解釈すること、疾患に対する理解を深め ることが求められる。
図9 立ち上がり動作
まとめ図10 着座動作を利用した大殿筋に対するアプローチ
文 献起き上がり動作には、いくつかのパターンがある。脳 血管疾患片麻痺患者が起き上がる方法として選択するこ との多い一側上肢支持を経由する起き上がり動作の場合、起き上がり側の肩甲帯の屈曲が重要である。起き上がり 動作に対する理学療法では、起き上がり側の肩甲帯以外 の問題によっても、起き上がり側の肩甲帯の屈曲が阻害 される可能性に留意しつつ評価を進める必要がある。
立ち上がり動作に対する理学療法では、屈曲相から伸展相の評価だけでなく、開始肢位である座位の評価が重要である。また、運動療法においては疾患の特性を理解し、柔軟にアプローチを改変していく必要がある。