2025 年 25 巻 p. 74-79
関西理学 25: 74-79, 2025
左中殿筋に着目した介入によりジョッキの運搬動作での 方向転換の安全性および安定性が向上した脳梗塞の一症例
寺地 健 1) 髙濱 祐也 1) 井尻 朋人 1) 鈴木 俊明 2)
Takeshi TERAJI, RPT1), Yuya TAKAHAMA, RPT1), Tomohito IJIRI, RPT, Ph. D.1), Toshiaki SUZUKI, RPT, DMSc2)
AbstractはじめにWhile transporting a pitcher with both hands and making a 180° turn to the left, we experienced a patient with left hemiplegia, who showed instability in the left posterior direction and a decrease in safety stability. During the directional change while transporting the pitcher, there was a lack of left pelvic rotation accompanied by left hip internal rotation, leading to excessive lateral tilting of the lower leg due to the entire left foot spatially externally rotating while resting on the little toe side with left hip adduction and left foot eversion, causing the pelvis to displace toward the left posterior direction, resulting in left posterior instability. Physical therapy was conducted for the muscle, which acts as an abductor and internal rotator, resulting in improvement of posterior instability and acquisition of the turning motion while transporting the pitcher.
————————————————————————————————— J. Kansai Phys. Ther. 25: 74-79, 2025
Keywords: carrying action, change of direction, pelvic lateral shift
両手でジョッキを運搬し左側に180°方向転換する際、左後方不安定性が生じ、安全性安定性の低下を認める脳梗塞左片麻痺患者を経験した。ジョッキ運搬での方向転換時、左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、左股関節内転と左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動が生じ、骨盤は左後方に変位したことで左後方不安定性を認めた。そこで、股関節外転筋・内旋筋である中殿筋に着目し理学療法を実施したところ、左後方不安定性が改善しジョッキ運搬での方向転換動作を獲得したため、その経緯につ
症例紹介受付日 令和7 年3 月31 日 受理日 令和7 年7 月11 日
いて報告する。なお、本論文の作成に関して症例に趣旨を説明し、同意を得た。
本症例は評価開始2ヵ月前に右脳梗塞を発症し、左片麻痺を呈した 70 歳代男性であった。評価開始時には自宅復帰に必要な屋内独歩が自立していたが、自身が経営する飲食店への職場復帰を希望していた。主訴は「物を持って回るとふらつく」であり、元々飲食店内で飲み物を提供していたが、方向転換時に不安定性が生じ職場復帰が困難であった。以上より、ニードを「ジョッキ運搬での方向転換動作の安全性・安定性向上」とした。
理学療法初期評価
1.姿勢・動作観察
本症例では左への方向転換動作が必要であり、方向転換動作は、つぎのように規定した。立位から左下肢を左後方へ振り出す際の左足趾離地から左足底接地までを左遊脚期、左足底接地から右足趾離地までを左立脚初期、右足趾離地から右足底接地までを左立脚中期、右足底接地から左足趾離地までを左立脚後期と規定した。方向転換ではこれらの動作を繰り返し進行する(図1)。本症例の方向転換動作では、左方向転換時の左遊脚期から開始し、2歩目の左立脚期に後方不安定性が出現した。さらに4歩目では介助を要するほどの左後方への転倒傾向を認めたため、動作観察を実施した。
方向転換動作において、立位より下位胸椎から腰椎伸
展位を呈し、2歩目の左方向転換時の左立脚初期で左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しかった。4歩目でも左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、つづく左方向転換時の左立脚中期に左股関節内転および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動が生じるため、骨盤は左後方に変位し左後方不安定性を認め介助が必要となった(図2)。
2.問題点の仮説
方向転換動作での先行報告では、山崎ら1)によって左立脚相での足部内がえしおよび外がえしや股関節内旋の重要性が報告されているが、運搬下での方向転換に関する報告は見当たらない。そこで、健常者との方向転換動
図1 健常者での左方向への方向転換動作
立位から左下肢を左後方へ振り出し、左足趾離地から左足底接地までを左方向転換時の左遊脚期、左足底接地から右足趾離地までを左方向転換時の左立脚初期、右足趾離地から右足底接地までを左方向転換時の左立脚中期、右足底接地から左足趾離地までを左方向転換時の左立脚後期と規定した。
ジョッキ把持
左足趾離地
左足底接地 右足趾離地 右足底接地 左足趾離地
矢状面 前額面
図2 初期評価での方向転換
常に下位胸椎から腰椎は伸展しており、左方向転換時の左立脚初期に左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、左方向転換時の左立脚中期で左股関節内転および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動が生じた。
左中殿筋前部線維
左中殿筋後部線維
左足の底屈を伴う足の外がえし筋力低下、左足部外がえし関節可動域制限、左足底表在感覚鈍麻が予測された。さらに、下位胸椎から腰椎伸展が生じており、胸腰部屈曲関節可動域制限、左最長筋および多裂筋の筋緊張亢進が予測された。高次脳機能に関しては日常生活活動や会話、認知機能面で問題がない状況から今回は問題点からは除外した。
左⻑腓⾻筋
左多裂筋
左最⻑筋
図3 初期評価での表面筋電図
3.検査・測定
Brunnstrom Recovery Stage は左下肢Ⅵ、徒手筋力検査(Manual Muscle Testing:以下 MMT)では左股関節外転3・内旋3、左足の底屈を伴う足の外がえし4であり筋力低下を認めた。関節可動域測定では、左股関節内旋は30°、左足部外がえし15°、胸腰部屈曲40°、左足底表在感覚検査は正常であった。静止時筋緊張検査では、最長筋・多裂筋ともに正常域を示した。
本症例の運搬での方向転換動作では、左方向転換時の左立脚初期に左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、左方向転換時の左立脚中期で左股関節内転および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的
に左足部全体が外がえしすることによる過度
左中殿筋前部線維は左方向転換時の立脚初期、後部線維は左方向転換時の立脚初期・中期に筋活動低下を認めた。 左長腓骨筋は左方向転換時の立脚初期・中期ともに活動し、左多裂筋・最長筋は持続的な筋活動を認めた。
な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動が生じ、下位胸椎から腰椎伸展が生じることが問題であった。そこで、左股関節内旋筋である左中殿筋前部線維、左股関節外転筋である左中殿
作を比較するため、健常者7 名の運搬での方向転換動作 を症例と同様に規定し動作を確認した。健常者で共通し て骨盤左側方移動、左下腿外側傾斜が少なかった。これ はジョッキの水をこぼさないように方向転換する動作に 特異的な関節運動と現象であると考えられた。一方、本 症例の運搬での方向転換動作では、左方向転換時の左立 脚初期の左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、左方 向転換時の左立脚中期の左股関節内転と左足部外転位で 左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部 全体が外がえしすることによる下腿外側傾斜が過度に生 じていた。また、下位胸椎から腰椎が伸展し、左足部外 転位での骨盤左側方移動が生じ、左後方への不安定性 を認めた。左方向転換時の左立脚初期で左股関節内旋に 伴う骨盤左回旋が乏しい機能障害として、左股関節内旋 筋力低下、左股関節内旋可動域制限が予測された。また 左方向転換時の左立脚中期の左股関節内転および左足部 外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的 に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側 傾斜に伴う骨盤左側方移動から、左股関節外転筋力低下、
筋後部線維、左足の底屈を伴う足の外がえし筋である左長腓骨筋、下位胸椎から腰椎伸展筋である左多裂筋、左最長筋の筋活動を確認するため、表面筋電図測定を実施した。測定方法には表面筋電計MQ-8(キッセイコムテック社製)を用い、双極導出法で電極間距離2cm、取り込み周波数 1000Hz で一連の方向転換動作を測定した。電極貼付位置として、左中殿筋前部・後部線維は刀坂ら2)の報告を参考に上前腸骨棘と大転子を結ぶ線の中央より 1cm 後方、腸骨稜の頂点と大転子を結ぶ直線および上後腸骨棘と大転子を結ぶ直線がなす角の腹側から3/4 の直線上近位1/3 に、左長腓骨筋は建内ら3)の報告を参考に腓骨頭より3横指遠位部、左多裂筋・左最長筋は早田ら4)の報告を参考に第4腰椎側方3cm と第12 胸椎側方3cmとした。表面筋電図測定の結果、左中殿筋前部線維は左方向転換時の左立脚初期に筋活動低下を認め、左中殿筋後部線維は左方向転換時の左立脚初期・中期ともに筋活動低下を認めた。一方、左長腓骨筋は左方向転換時の左立脚中期に筋活動を認め、多裂筋・最長筋は時期に関わらず持続的な筋活動を認めた(図3)。
中殿筋前部線維
中殿筋後部線維
⻑腓⾻筋
健常者では中殿筋前部・後部線維、長腓骨筋において、左方向転換時の立脚初期から中期にかけて筋活動を認める。
4.統合と解釈
本症例の評価では、左股関節内旋・外転MMT は段階
3と筋力低下を認めたが、左足の底屈を伴う足の外がえしは段階4であり、股関節優位の機能障害を示した。ま
になると考えた。
最終評価た、表面筋電図評価では、健常者の表面筋電図波形(図4)と比較して、左中殿筋前部・後部線維の筋活動は乏しいが、左長腓骨筋の筋活動は健常者と類似していた。評価結果から、左股関節外転・内旋筋の筋力低下および筋活動低下により、左股関節の内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、左股関節内転と左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜が生じ、左後方不安定性を認めたと考えられた。また、下位胸椎から腰椎の伸展は後方不安定性を呈する一要因と考えられたが、安静時筋緊張検査で左多裂筋・最長筋は正常域を示し、筋緊張亢進は認めず、表面筋電図波形でも健常者と同様に左多裂筋・最長筋の持続的な筋活動を認めた。運搬動作のため体幹は前傾方向への移動をする必要があり、体幹伸展筋の活動が出現すると考えられた。このため、下位胸椎から腰椎の伸展は、ジョッキ運搬に伴う体幹筋の特異的な筋活動と考え問題点から除外した。
以上のことから、本症例は、左股関節内旋・外転筋力向上および筋活動増大により安全な方向転換動作が可能
理学療法は、左股関節外転・内旋筋の筋力・筋活動向 上を目的とし、左中殿筋前部・後部線維に着目した。左 股関節外転筋力強化として、側臥位での左股関節外転運 動を開放性運動肢位で実施した。つぎに、左中殿筋前部 線維の筋活動促通として遠藤ら 5)の報告を参考に、片 脚立位で左股関節外旋の抵抗運動に対する内旋運動をお こなった。また、左中殿筋後部線維の筋活動促通として、遠藤ら 5)の報告を参考に、左片脚立位で股関節内転の抵 抗運動に対する外転運動を実施し、方向転換動作の左方 向転換時の左立脚初期・中期における左中殿筋前部・後 部線維の筋活動発揮を促した。理学療法は1日40 分間、毎日の個別介入とし、2週間実施した。
理学療法後の一連の方向転換動作において、安全性・安定性低下を認めず運搬が可能であった。2歩目、4歩目ともに左方向転換時の左立脚初期で左股関節内旋に伴う骨盤左回旋は増大し、つづく左方向転換時の左立脚中
矢状面 前額面

図5 理学療法後最終評価での方向転換
考 察理学療法前と比べ左方向転換時の左立脚初期に左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が増大し、左股関節内転が軽減したことでそれに伴う左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜が軽減した。
左中殿筋前部線維
左中殿筋後部線維
図6 理学療法後表面筋電図評価
左中殿筋前部・後部線維はいずれも左方向転換時の左立脚初期から中期に筋活動が増加した。
期では、左股関節内転および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動の軽減を認めた。左方向転換時の左立脚初期からの左股関節内旋に伴う骨盤左回旋の増加により、右歩幅が増大し、初期評価時と比較して右足が前方に接地して
いた。下位胸椎から腰椎の伸展は初期評価時と同様に認めた。(図5)。
理学療法評価では左股関節外転・左股関節内旋MMTは段階3から4に筋力向上を認めた。表面筋電図評価では、左中殿筋前部線維は左方向転換時の左立脚初期から筋活動増加を示し、左中殿筋後部線維は左方向転換時の
左立脚初期・中期に増加を示した(図6)。
まとめ過度な骨盤左後方変位が軽減し、左後方への不安定性が改善したと考えられた。
本症例は左中殿筋前部・後部線維の筋活動向上により 方向転換動作の獲得に至った。初期評価では左方向転換 時の左立脚初期に左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏し く、左方向転換時の左立脚中期において左足部外転位で 左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部 全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴 う骨盤左側方移動が生じていたが、理学療法後では左方 向転換時の左立脚初期に左股関節内旋に伴う骨盤左回旋 が増大し、左方向転換時の左立脚中期で左股関節内転お よび左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対 して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度 な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動が軽減した。山崎 ら 1)は、歩行と比べて方向転換動作では股関節内旋が 必要となり、遊脚側下肢を支持側へ振り出すための骨盤 同側回旋を生み出していると述べている。また、支持側 股関節内転が大きく骨盤移動とともに支持側中殿筋が遊 脚側の骨盤下制を制動する股関節外転筋として作用して いると述べている。そのため、本症例においても、左中 殿筋前部・後部線維に対する理学療法の実施により左中 殿筋前部・後部線維の筋活動が向上し、左股関節内旋に 伴う骨盤の同側回旋である左回旋が増大し、また左方向 転換時の左立脚中期で左股関節内転制動により骨盤左側 方移動および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で 床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることに よる過度な下腿外側傾斜が軽減したと考えた。左足部に 関しては、左足の底屈を伴う足の外がえしMMT は段階 4 であったが、左股関節内転の減少により左足部外転位 で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的な左足 部全体の外がえしが減少し、左方向転換時の左立脚中期 において左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面 に対して空間的な左足部全体の外がえしを制動できたと 考えた。以上から、理学療法前には過度な股関節内転と 左下腿外側傾斜および股関節内旋の不足によって骨盤は 左後方に位置したが、左股関節内旋の増加、左股関節内 転および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面 に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる 過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動の軽減により、
利益相反両手でジョッキを運搬し左側に180°方向転換する際、左後方不安定性が生じ、安全性安定性の低下を認める脳梗塞左片麻痺患者を経験した。ジョッキ運搬での方向転換時、左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が乏しく、左股関節内転と左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動が生じ、骨盤は左後方に変位したことで左後方不安定性を認めていた。理学療法評価より、左股関節内旋・外転筋力低下を認め、表面筋電図評価より左中殿筋前部・後部線維の筋活動低下を認めていたため、左股関節内旋・外転筋に着目した理学療法を実施した。最終評価では左股関節内旋・外転筋力の向上、左方向転換時の左立脚初期に左股関節内旋に伴う骨盤左回旋が増大、左方向転換時の左立脚中期で左股関節内転および左足部外転位で左小趾側を接地した状態で床面に対して空間的に左足部全体が外がえしすることによる過度な下腿外側傾斜に伴う骨盤左側方移動の軽減を認め、ジョッキ運搬での方向転換動作の獲得に至ったと考えた。
文 献開示すべき利益相反はない。