経営哲学
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特集 現代の日本企業(家)に求められている役割と意義:経営哲学からのアプローチ
経営倫理に基づく中国非市場環境の分析― 「市場戦略」と「非市場戦略」から「統合戦略」へ ―
劉 慶紅
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2023 年 19 巻 2 号 p. 18-27

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【要 旨】

中国では、1980年代以前には、計画経済を実施してきたが、1980年代以降は、改革開放政策の波に押され、企業の民営化のほか、外国資本の参入を取り入れるようになり、市場化が進んだ。しかし経済の転換期に当たる中国の市場においては、政府からの規制及び計画経済時代から見られた政府の影響力が未だ残存しており、さらに、地域によっては、その影響力の強さは以前と比べて弱まっておらず、依然として強い場合もある。

そのため、中国でビジネス活動を行う外資企業は、事業を上手く推進できるように、政府関係者(特に官僚)と良い関係を構築し、法令に限らず、様々な面で自社に有利な点を獲得するため、欧米流の従来からの市場戦略のほか、それとは全く異なった非市場戦略を実行するようになった。

そのほか、中国の市場は、その人口の数から見れば規模が大きく、企業、特に外資企業にとって非常に重要であるものの、世界各国の市場と比べて、中国市場における民族主義及び高度な政治化の状況は特殊であり、そのため、それに適応するため、企業が非市場戦略を実行する必要があるのか、非市場戦略から何が得られるのかについて論じる。

1.はじめに

非市場とはAlbert Otto Hirschman (1958)によって提唱された概念である。Hirschman (1958)は、企業は、政治制度のような非市場的力によって、是正や改善を迫られると認識している。市場取引における需要と供給の関係と緊密に結びつき、その影響を受ける市場理論と比べ、非市場理論は、様々な要因が関係する非常に複雑なシステムである。非市場は、市場の内外から様々な要素を提供して、市場に対して秩序を与える。企業は非市場の与える多様な要素を有効活用することにより、市場における課題や不足を補うことが可能となる(劉, 2023; 5:183-212)。

本論文では、移行経済の中国社会における特有な非市場環境について、これまであまり注目されてこなかった倫理的要素に着眼して分析し、非市場戦略に関する先行研究を踏まえて、中国における企業の採るべき、市場戦略と非市場戦略を統合した戦略のあり方について考察する。

2.経済の転換期における中国企業を取り巻く非市場環境

2.1 経済転換期における環境特徴

現在、多くの研究者が、経済の転換期にある中国企業を取り巻く制度や環境に注目して、その環境的な特徴に関する研究成果を発表している。

中国企業を取り巻く環境的な特徴の1つ目として、経済の転換期の市場にみられる特徴が顕著である。市場競争が厳しく、安定していない一方で、市場ニーズは増大し続け、市場規模は成長と拡大を続けている。加えて中国特有の特徴として、市場の構造自体が激しい変化に晒され続けている。市場競争の激化と需要の非確定性という要因のほか、市場ニーズの高い要求に対応するため、新技術の開発が促され、技術面の著しい発展が実現し、市場構造自体の変化を生み出している。

2つ目の環境的な特徴として、非市場に関するものが挙げられる。即ち、中国企業は社会制度と社会文化の双方からの制約を受けている。経済の転換期を迎え、社会主義体制特有の計画経済のもたらす制約は削減されつつある一方で、政府による管理体制は未だに大きな影響力を持っており、そうした影響は企業経営にとって複雑かつ予測不可能な環境要素であると、多くの企業経営者によって認識されている。

こうした非市場的な社会的要素が存在することにより、市場に関する制度が大きく変化しながらも、以前の体制下で構築された関係網が残存して機能し続ける状況がみられる。

2.2 企業の非市場戦略及び市場戦略行為

経済の転換期における中国企業を取り巻く環境は、市場と非市場の双方において大きな特徴を有している。中国企業は、激しいグローバルな市場競争に対応して業績を確保せねばならず、欧米市場と同様な市場戦略を取り入れることも求められる。その一方で、特に中国企業を取り巻く非市場的な制度特性として、政府が企業の行動に多大な干渉及び影響を与えることが挙げられる。市場化改革が進むにつれ中国企業の経済面おける自由度が高まる一方、政府は、企業経営にとって肝心な経営資源に対して影響を与え続け、企業をコントロールしている。そのため、企業の経営者は、非市場戦略として政府との良好な関係構築を心掛け、工夫する必要がある。政府による規制及び従来からの関係網存続という社会環境に置かれた中国企業は、独特な非市場戦略を通じて、業績の最大化を達成する必要がある。

こうしたことから、中国企業は、具体的な経営活動において、市場・非市場という相異なる環境に適応するための戦略(いわゆる市場戦略と非市場戦略である)を形成し、これらを統合的に応用すること(統合戦略)によって、競争優位性を確保する(図1の通り)必要がある。特に、非市場環境の問題に対応するため、より広い範囲の環境を分析し、そのうえで効果的な非市場戦略を構築する必要性があり、非市場環境における企業の位置付けを確定する必要がある。

図1 非市場戦略のタイプおよび仕組み

出所:(2023) 『戦略的利他主義:稲盛経営哲学に学ぶ統合戦略』

3.「非市場戦略」の先行研究

上記の通り、経済の転換期における中国企業は、非市場戦略を形成することが重要であるが、ここで非市場戦略の種類・形態に関する先行研究を整理しておきたい。

これまでの文献において扱われている、非市場戦略の主な種類・形態は、①企業政治戦略1) 、②社会公衆及びマスメディア戦略2) 、③企業社会的責任戦略3) の3つに分けることができる。企業は、これら3つの非市場戦略を組み合わせることにより、合法的な競争優位性を獲得して業績を向上させる(図1の通り)。具体的な分析は、以下のとおりである。

3.1 異なる非市場戦略の相乗効果

前述した企業の非市場戦略の3類型は、互いに独立しているわけではなく、相互に関係性があり、同時に行うことによる相乗効果が期待できる。図2に示す通り、CSR戦略と他の戦略の間に相乗効果が存在している。

3.2 企業の非市場的戦略形成の影響要因

1980年代以降、企業戦略に関して多くの実証研究が行われ、研究課題の1つとして、企業の非市場的行動に影響を与える要因、即ち、どのような要因が企業の非市場的行動に影響を与えるかという課題がある。OliverとHolziger (2006)は、企業の政治的行動の決定要因に関する、欧米の研究者による1985年から2005年までの研究状況を要約しており、それによると、その10年間に欧米の研究者によって指摘された影響要因は、主に環境要因と組織要因の2つに分けることができる(図3参照)。このうち企業の環境要因は、企業の非市場戦略の「トリガー」4) に、組織要因は企業の非市場戦略の「フィルター」5) に似ている。同じ環境要因に置かれた企業であっても、組織要因の「フィルター」を通過することで、異なる非市場戦略を採用することになる可能性がある。

図3 企業非市場的戦略形成の環境と組織要因

出所:先行研究を基に筆者作成。

3.2.1 制度面における影響要因

欧米の研究者の研究では、制度的環境要因とは、政治制度(議会制、議院制など)、政治的意思決定の方法、社会の多元性の程度など、政治体制の特徴として理解されている。 

各国の政治体制環境に直面した時、その政治体制環境に応じて、企業は異なる非市場戦略を採用することになる。HillmanとHitt (1999:825-842) は、ある国のコーポラティズムや多元主義が企業の政治行動に与える影響を提示している。

即ち、多元的な(pluralism)タイプの国では、企業は単独活動を選択して、取引方式で非市場活動を行う傾向がみられる一方、コーポラティズム(corporatism)の傾向が強い国では、企業は集団行動を選択し、関係的な方式で非市場活動を行う傾向がみられると論じられている。Hillman (1999:825-842) は、米国の多国籍企業による欧州での政治活動の戦略の選択に関して、制度の変化が企業戦略を左右する変数となるとの視点から説明をしている。Cohen (1990:128-152) の研究によれば、欧州の多国籍企業のロビー活動戦略や行為は、EUの制度的特徴に合わせて進化していることが明らかにされている。

3.2.2 組織面における影響要因

欧米の研究者は、企業規模、事業の多角化のレベル、財務資源の状況、政府への依存度、経営者の政治志向、公共事業部門との関係などの多角的な観点から非市場戦略に関する組織的要因の影響を調査して、豊富な研究成果(表1参照)を得ている。

表1 組織面における影響要因
組織面における影響要因
企業規模 大企業は中小企業よりも積極的な政治戦略を採用する傾向がある。中小企業も政治活動には積極的に参加することがあるが、単独で行動するよりも、集団行動的なアプローチを選択するのが一般的である。
多角化のレベル Hillman (1999:825-842) は、「多角化のレベルが高いほど、企業が直面するビジネス環境の不確実性は大きくなり、外部企業との競争環境を形成する際に、政府が重要な資源と機会を支配するため、この不確実性の主要な源泉となる」と論じており、多角化の度合いの高い企業ほど短期的取引志向の政治行動を取りやすくなる傾向がみられる。
財務資源状況 Meznar (1995:975-996) は、「冗長な(Slack)リソースを持っている企業ほど、政治的な活動を行う可能性が高い」と主張している。しかし一方で、企業のリソースが少ないほど、政治が有効な資源獲得手段の1つとなり、政治に積極的に参加する傾向があると主張する逆の見方をする研究者もいる。
政府への依存度 企業の売上が政府との契約に依存していることや、輸出の割合が大きいため、政府の輸出入政策に依存している場合など、政府への依存度が高い企業ほど、政治戦略によってその依存度を管理する必要性が高くなる。
上級管理者の態度 企業はトップマネジメントが非市場戦略に関して前向きであれば、非市場戦略を利用して、その活動を形式化して恒常化する可能性が高くなる
公式的公共事業部門機構 企業が組織内に公共事業部門を設置している場合は、そのような組織を設置していない企業よりも、非市場戦略を実施する動機付けが強いといえる。

出所:先行研究を基に筆者作成。

3.2.3 非市場環境における倫理的要因

事業機会は、民間による私的な政治活動によって影響を受ける。その根底には、それを実施・主張する団体やグループの倫理観や倫理規範が存在している。また経営者個人の倫理観も、非市場戦略に直接影響を与える要因である。

このように、ある事業機会を政府がコントロールするか、市場がコントロールするかという点については、倫理規範が影響を与えるのであって、非市場環境の状況を明らかにするためには、倫理的要因の影響について検討する必要がある。

4.中国非市場環境及び倫理要素に関する分析

永い歴史を持つ国家である中国は、1978年以来、経済面における改革開放に取り組み、尋常ではないと言っても過言ではない、激変の道を歩み始め、外国からの直接投資の受容に励むようになった。中国における経済改革は、順風満帆とは言えないが、改革の歩みを続けていることは確実であり、いかなる企業も13億の人口を有する市場を無視することはできない。経済改革により、幾千もの外資企業が中国で事業を展開しはじめ、中国国民の消費活動の自由度も大幅に増加したこともあり、中国経済は飛躍的な成長を遂げた。1978年の改革開放政策が実施されて以来、毎年の実質GDPの成長率は9%を維持していた。しかし中国においては、計画経済時代の余波を後始末する必要があり、国有企業(SOE)の経営効率の上昇と同時に、社会の富の公平な分配という課題にも対応することが求められている。現在、中国の経済成長の原動力は国有企業ではなく、その多くが中小企業であるところの民営企業にある。

図4 統合戦略とその中の倫理要因

出所:先行研究を基に筆者作成。

中国は2001年にWTOに加入したが、これはチャンスであり、チャレンジでもある。WTO加盟国としての中国は、国際ビジネスへの参入機会の増加を得ると同時に、主要産業における外資参入を解禁し、輸入商品や外国資本の直接投資を受け入れなければならなくなった。それまで競争と無縁であった国有企業が国内外での激しい競争に晒されることになり、国家による保護の在り方についても問われることとなった。

このような市場環境の激変の中に置かれた中国企業にとっての非市場環境を把握するため、本節では、中国の歴史及び文化背景を紹介し、中国における儒教的な倫理思想が中国の非市場環境に与える社会及び政治的影響を論じる。

4.1 儒教倫理思想及び社会的解釈

中国社会の非市場環境を理解するには、何千年にも及ぶ中国の豊かな独自の文化に関して理解を深めることが重要である。なかでも儒教の倫理思想は、中国に限らず、近隣のアジア諸国にも甚大な影響を及ぼしている。階級制度を重んじ、謙遜、非攻、端正といった道徳と礼法を強調する儒教は、社会の安定を保つうえで極めて重要な倫理思想である。確かに、数多くの歴史学者は、中国が統一国家として長期的に存続できた理由を儒教の伝統に求めている。しかし、単一な哲学思想で、極めて複雑な社会現象を解釈することは、非合理的である。しかも2000年に渡る歴史では、儒教の思想には、様々なバリエーションが誕生し、儒教思想も変化しており、このような極めて複雑な道徳体系から社会と経済組織に関する影響関係に関する結論を安易に導き出すことは控えるべきであり、儒教思想が提唱するとおり、適度な謙遜の態度が重要である。その一方で、儒教思想の伝統を考慮せずに、中国民衆の組織及び行為を理解することも不可能である。

周王朝が崩壊した後の政治的な動乱期において、孔子(紀元前551-紀元前497)が行ったのは、現存する道徳思想体系を記録して整理したうえで改善を加えることであった。

孔子は、道徳思想における宗教的な部分を弱化させ、人倫に関する部分を強調した。孔子が取り組んだ、このような人道主義の復興という背景のもと、個人と政(まつりごと)の関係でいえば、民衆は皇帝の行事・規範を模倣しつつ、個人の道徳を重視することで、孔子は、中国哲学思想の核心である「修身」を創始した。

儒教では、個人による「修身」を通じて、家族や組織などにおける人間関係の秩序を築き、その結果として社会秩序の安定を実現する。四書の1つである「中庸」では、五倫の和睦をもって、社会の安定を達成できるとしている。「修身」の目的は仁と礼に到達すことである。一般的にいえば、前者が個人の修養に関するのに対し、後者は社会との関係に関する。仁とは、儒教における根本的な思想であり、修身の最終的な道徳目標である。最も抽象的な意味では、仁とは他者を慈しむ愛を意味し、すべての人に生まれつき備わる能力である。それに対して、礼とは、仁のいわば外面であり、社会的表現である。通常、「礼」は、いわゆる「礼儀」として解釈・理解するのが適当である。それは、個人、家庭、社会といった様々な局面において、宗教及び政治活動など、人類の活動のあらゆる面と結びついている。儒教思想における「修身」は、単なる個人の内面の問題ではなく、社会環境との深い関わりから生み出されたものであり、実践的・行動的な特徴を有している。

儒教の行動準則は、具体的な場面において適切な個別な対応を行う「専一主義」を崇めており、「普遍」に対しては反対している。平等を強調する道徳体系とは違い、礼をもって人に対することを強調する儒教は、家族や親族と無関係な者のように、社会的関係の遠近により態度を区別する。同一人物においても、その行動の正しさは、その個人の置かれている立場の違いによって変化する。例えば、家庭における保護者は、子女に対する礼法を遵守する一方で、仕事の環境においては、家庭内における保護者は、雇主にとっての「子女」の立場に変わる。

異なる社会的関係に応じ、相応な行動を取るという観念は、他者との関係における実践的・行動的な「修身」を強調する、道徳面における集団的な基礎に由来するものであり、それを実現するためには、個人には様々な妥協が求められる一方、妥協がまったく必要ない場合も存在する。「修身」はその理想的な状態においては、人間関係の安定を保証するが、実際、多くの人は、どのような場面においても完璧な人間関係を維持することはできていない。例えば、親族関係において構築された仁と礼は、親族関係以外の人には適さない。そのため、「修身」とは、まずは個人に由来し、さらに家庭に及び、最終的には国家及び世界に至るといった、徐々に進む過程なのである。

儒教道徳における礼のもう1つの特徴は、互酬性である。様々な文化において「他人に自分のことをどのように扱ってほしいか、まずは他人のことを自分が欲するままに扱え」という行動原則がみられるが、そうした互酬性は礼においてもみられる。

また儒教思想には、個人の権利という観念は含まれていない。欧米の倫理思想では、選択の自由を含む個人の権利を認めており、これらの個人の権利は、他者による侵害から免れるべきであることを要求する。儒教においては「人権」という概念は存在しないが、同胞を扱うように他人を扱うべきであると強調し、他人の円満なる生活の実現に手助けするべきであるとする。

さらに儒教は、個人と統治者の関係及びその関係における双方の義務を説明し、そうすることで権力の特徴を解釈する。統治者は、個人の美徳の涵養に自ら責任を持つとともに、社会における様々な事項は、統治者である皇帝によって決定されると考える。儒教では、個人の権利を強調しない一方、民衆との関係において統治者は義務と責任を負うべきであると主張する。

4.2 中国の非市場環境に与える儒教倫理思想の影響

前節までで述べたとおり、中国社会における儒教倫理思想は、現在でも大きな影響力を有しており、その倫理思想が非市場環境に与える影響関係についてつぎに確認をする。

4.2.1 政治機関

儒教思想における家庭内の階級観念は政治領域にも影響する。家長は家族に対して絶対的な権威を持っており、家族の一員を排除することも可能であるが、社会の統治者も同様の権限を民衆に対して有するとされている。孔子は、統治者が先頭に立って、道徳によって民衆を率いるべき一方、このような道徳的な力による統治の目的は、超越的な存在である神の加護を求めることではなく、民衆の道徳修養の向上を目的とするべきとした。家庭内において子どもがわがままを言うと、両親にたしなめられるように、社会においては、民衆が利己的な利益追求をすること許されない。このような思想も、安全、団結、忠誠、安定といった国家の政治における核心的価値の強化につながる。

儒教思想と欧米思想の最も大きな違いは、前者は「市民社会」という概念を持っておらず、いわゆる国家と家庭の間には、多種多様な中間組織が存在しない点である。家族の構成員として子女が両親を敬い接するように、国家を扱うべきであり、国家以外の組織に忠誠心を表すことは、社会の安定に影響を及ぼしかねないことになる。国家以外の合法的利益の軽視が、儒教思想と欧米民主概念との相違点である。

4.2.2 企業と官界

現代の中国社会における企業や官庁などの組織内部環境では、儒教式の統治が未だに存在している。組織の安定を最優先とし、戦略の策定においては、常にコモンセンスの実現・達成を目指す。そのプロセスにおいては、上司と部下の連携が必須であり、経営者は、その地位に相応する意思決定能力を発揮して、平等に部下を扱い、自ら先頭に立って組織を率いるべきである。また同僚間の揉め事については、個人間の話し合いによって解消するのが一般的である。また部下は上司の権威や特権に敬意を払うべきであり、組織目標を実現することを、個人の願望でもあるべきである。戦略の策定や組織の統一性の維持は、法令による強制によって図るのではなく、組織内の上下関係に基づくコミュニケーションによって実現するほうが普遍性を有する。

家庭を最優先する観念は、組織関係以外にも影響を及ぼす。インフォーマルな人間関係は、中国では、「関係」6)と呼ばれている。このような「関係」には、教師と学生のような垂直的なものがあり、同じ村の村人同士のような水平的なものもある。「関係」というものの互恵関係は幅広く、しかも長い時間を経ても、変わらぬ恩恵が受けられる。そのため、中国社会における「関係」の存在は大きい。法令では、「関係」が明文化されていないため、一見すると、専ら親戚や縁故者から人を採用するように勘違いされやすい。このような中国社会における緊密な「関係」は、欧米人においては類似の関係は見当たらない。

学校ないし家庭のような一般な社会的な関わりに由来する「関係」もあれば、投資のように構築する「関係」も存在する。後者は寄与及び好意を示す行動により自発的に構築する必要があるため、精密な関係構築モデルが生まれた。贈与は常に「関係」を築く手段として扱われてきたが、これは時として特定の利益確保の保証にもなる。

4.2.3 ビジネス関係

中国帝国時代中期には、商業における成功は、政治における成功と緊密な関係を持っていた。なぜなら成功した商人は、教育により多く投資する一方、政治的影響力をもつ官僚との関係構築によって、商売上の便宜を提供されたからである。そのため、伝統的な商人と政府の「関係」の緊密さは、欧米人には不自然に見えるまで至った。「関係」に基づくネットワーク網は、未だにアジア地域では主導的な位置に占めており、そのネットワーク網の活用が、ビジネスの発展や成功にとって大きな役割を果たしている。

その一方で「関係」による「えこひいき」や、行政の腐敗による事件などが多発し、より多くの批判を招いているのも事実である。その顕著な例として中国国有銀行が、「関係」に基づく貸付を行い、不良債権問題を引き起こした事件などが挙げられる。

以上、分析したとおり、中国における非市場環境には、儒教倫理思想の永年にわたる影響があり、こうした分析結果を参考に非市場戦略を構築することが大切である。

5.結論―統合戦略への試み

本論文の冒頭でも触れたとおり、経済の転換期にある中国では、市場競争が激しいうえに、市場構造自体も変化し続けているのであって、そうした状況のなかで企業が生き残るためには、市場原理を前提とした競争戦略を立案し、実行することが不可欠である。

その一方で、歴史的・文化的な経緯のなかで、中国社会においては、政府による管理体制が大きな影響力を持っており、さらには儒教倫理思想の影響による特有な文化的特質もあり、企業は、単に市場戦略を追求するだけでは足りず、こうした非市場環境への対応を求められることになり、企業の経営戦略の方針は、市場部門と非市場部門の両面に基づいて構成し、企業の市場と非市場における行動を導くものでなければならず、市場戦略と非市場戦略を矛盾することなく、統合することが必要となる。

中国には大きなビジネスの可能性があると同時に、課題も多い。特に非市場環境の分野では多くの課題を抱えている。中国は長い間、統一国家としての歴史を持ち、常に独立を大切にしてきたが、民主主義の伝統がなく、儒教の伝統として目上の人や権威への服従を重視する傾向が強い。中国は外国からの直接的な投資を受けずに近代的な経済を築いてきたが、13億の人口を抱える中で、雇用創出や社会福祉が大きな課題となっている。

経済的進歩によって、人々が自分たちの生活を自分たちで「支配」する度合いを高め、人々は、政治と経済のさらなる自由化に対する要求を求めている。それに対して、中国共産党は、依然としてあらゆるレベルで主導権を握っており、政府は欧米の民主主義体制とは異なる形をとりながらも、環境保護など国民の関心事には積極的に対応している。中央政府から省等の地方政府に多くの権限が委譲されているが、非市場的環境の構築には、中央政府の中央集権的な階層的特性が影響を与え続けていることに変わりはない。

法律体系は、まだ完全とは言えないが、紛争の解決や権利の行使に関して、市民はますます法的手段に頼る傾向が強まっており、まだ改善の余地はあるが、現代の中国国民は、歴史上最も自由を享受していると言える。

現代中国においてビジネスを行う企業にとって、非市場環境は極めて重要であり、企業活動に対する政府による関与が広範にわたるだけではなく、知的財産権や環境保護等の問題に対して企業は対応を迫られている。

中国でビジネスを行う際には、企業間の関係だけでなく、政府と企業間のネットワークも重要であり、中国に初めて進出する外資系企業の戦略策定は、より複雑なものとなっている。

本稿では従来の市場戦略論研究とは異なり、中国市場の非市場環境要因に着目し、市場戦略と非市場戦略の統合的戦略の分析枠組みを提案し、企業の非市場戦略策定において、倫理的要因が重要な役割を果たすことを指摘した。

非市場環境では、政府による統制、民間の政治活動、個々の事業者の倫理観が、企業の非市場戦略の展開を決定し、それが企業の社会的行動に影響を与える。外部環境を分析し、市場戦略を策定する過程で、企業は利潤追求と倫理性の原則を両立させる必要があり、その際に市場戦略と非市場戦略が補完・代替関係にある。

中国の非市場環境に関する研究文献調査を通じて、中国企業にとって、その事業展開上、外部制度環境の状況あるいは産業競争の程度や企業自身の対応力などが、中国企業の市場戦略と非市場戦略の補完・代替関係に影響を及ぼすと考えられる(劉, 2023; 5:183-212)。

本稿ではこうした、様々な状況下での市場戦略と非市場戦略の関係について、今後の実証研究に向けた基礎を築くことに寄与できたと考える。

付記

本論文は、日本学術振興会における科学研究費助成事業の基盤研究(C)「国際比較の視点に基づく大学ガバナンスに関する理論的・実証的基盤研究(研究代表者:劉慶紅/課題番号:20K02953)」の「非市場戦略」の理論研究・構築の一環として行われており、立命館大学「2022年度研究成果国際発信プログラム」、「2022年度 R2030 推進のためのグラスルーツ実践支援制度」及び「2022年度異文化経営学会研究奨励補助金」(研究代表者:劉慶紅)による研究成果の一部である。

謝辞

最後に、貴重な時間を割いてヒアリングに対応してくださった多くの企業関係者、学識経験者の方々に厚く御礼申し上げると同時に、本稿が中国における日系企業の非市場戦略に基づく統合戦略、特に、新型コロナウイルスの影響に苦しむ中国における日本企業に活用して頂けることを願っている。

1)  企業政治戦略は、企業が政府(官僚)に直接に接近し、政府(官僚)との関係を築くことにより、経営資源を獲得し、政府からの保護を手に入れ、面倒事から免れることであり、その主な行為としては、利益集約戦略、干渉戦略、PR戦略等に直接参加することである。

2)  企業は積極的に社会的責任を果たすことにより、良好な企業イメージを構築でき、企業の社会地位を向上させ、経営業績、社会業績や環境業績を統合することができる。企業社会的責任戦略は、主に慈善公益戦略、消費者権利保護戦略、労働者権利保護戦略及び環境戦略を含む。

3)  Baron (1995:47-65) は、「マスメディアは非市場戦略にとって重要な情報源である」としており、企業は、マスメディアを非市場の一環として扱う必要がある。社会公衆及びマスメディア戦略の主な任務は、マスメディアや圧力団体との交流を促進し、企業のイメージを向上させることである。

4)  英語の語源は「trigger」である。

5)  英語の語源は「filter」である。

6)  人間関係に基づいた取引は、顔見知りのある人に対し、容易に相手の請求を拒まず、相手を積極的に助力することに重視する。また、このような人間関係が築かれた途端、人間関係を中心とした長時間に維持できるかつ安定な関係が築く。

参考文献
 
© 経営哲学学会
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