経営哲学
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特集 現代の日本企業(家)に求められている役割と意義:経営哲学からのアプローチ
変化が常態化する世界で求められる日本企業のダイナミック・ケイパビリティ
菊澤 研宗
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2023 年 19 巻 2 号 p. 39-46

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【要 旨】

現代はネット社会であり、ハブになっている人物・会社・機関を通して、スケールフリーに情報が伝達され、予期せぬ変化がいたるところで発生している。また、行き過ぎた株主資本主義のもとで自然が破壊されてきたため、今日、いたるところで自然災害が発生し、様々な国や地域で、突然、工場が休止している。まさに、今日、変化や不安定が常態する世界が到来している。こうした状況で、これまで米国流をひたすら模倣してきた日本企業はどうあるべきか。まず、変化が常態化する世界で必要な能力がダイナミック・ケイパビリティであることを説明し、次にこのダイナミック・ケイパビリティと日本企業とは相性がいいことを明らかにする。最後に、ダイナミック・ケイパビリティ・ベースの日本企業は来るべきステークホルダー資本主義の代表になるべきだと主張する。

1 はじめに

株主資本主義は、多くのイノベーションをポジティブに生み出すとともに、世界中に様々なネガティブな変化と不安定性をもたらした。とくに、それは徹底的に株主利益を追求し、他のステークホルダーズの利害を必ずしも考慮しないため、環境破壊を生み出し、その結果、各地で気候変動が発生した。また、株主資本主義は格差問題や人権問題なども生み出し、今日、経済社会に大きな不安をもたらしている。

こうした状況で、新型コロナウイルス問題が発生した。そして、これを機に「Great Reset」つまり社会・経済システムを一旦リセットし、見直すべきだという提言が、世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長によってなされた(シュワブとマルレ, 2020)。さらに、これを受けて、ダボス会議や米国ビジネス・ラウンドテーブルでも「ステークホルダー資本主義」がテーマとなった。今日、まさに欧米を中心とするグローバル経済全体が、徹底した経済合理主義にもとづく「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への本格的な移行を模索しはじめているといえる。

このように、企業はいまや株主だけではなく、広く多様なステークホルダーズの利害も考慮する必要性があるという認識に迫られている。しかも、今日、変化や不安定が常態する世界が到来しているという認識も必要となっている。こうした状況で、これまで米国流をひたすら模倣し、いまだ停滞している日本企業はどうすべきか。

以下、まず変化が常態化する世界で必要な能力がダイナミック・ケイパビリティであることを説明し、次にこのダイナミック・ケイパビリティと日本企業とは相性がいいことを明らかにする。最後に、ダイナミック・ケイパビリティ・べースの日本企業は、来るべきステークホルダー資本主義の代表となるべきだということを主張してみたい。

2.ダイナミック・ケイパビリティ論

2.1 ダイナミック・ケイパビリティとは

現代はネット社会であり、ハブになっている人物・会社・機関を通して、スケールフリーに情報が伝達され、予期せぬ変化がいたるところで発生している。また、行き過ぎた株主資本主義のもとで自然が破壊され、そのためいたるところで自然災害が多発し、様々な国や地域で、突然、工場が休止したりしている。さらに、予期せぬ感染病や戦争なども勃発し、グローバルサプライチェーンが、突然、無機能化した。

まさに、今日、変動(Volatility)的で、不確実(Uncertainty)で、複雑(Complexity)で、そして曖昧(Ambiguity)なVUCAと呼ばれる時代が到来しているといえるだろう。そして、こうした変化が常態化する世界で、今日、企業に求められているのは、環境の変化をいち早く感知し、そこに新しい機会を見出し、それを捕捉して絶えず自己変容していく動態能力、つまりダイナミック・ケイパビリティなのである。

このダイナミック・ケイパビリティ論の創始者であるデイビット・ティース(Teece, 201, 2012, 2014a, 2014b, 2019)によると、企業には基本的にダイナミック・ケイパビリティ(変革能力あるいは動態力)とオーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)といった2つの能力があるという。

通常能力であるオーディナリー・ケイパビリティは、既存のビジネスモデルのもとに現状をより効率化する内向きの能力であり、企業活動を技能的に効率化する能力という意味で、「技能適合力」とも呼ばれる(Teece, 2014b)。

これに対して、ダイナミック・ケイパビリティは、環境の変化をいち早く感知し(DC:感知力)、その変化の中に新しいビジネスの機会を捉え(DC:捕捉力)、この機会を実現するために既存のビジネスモデル自体を変革する能力、つまり既存の資産を再構成し、再配置し、そして再利用する自己変容力のことである(DC:変容力)。このような一連の能力から構成されるダイナミック・ケイパビリティは、企業が変化する環境に対して進化的に適応する能力という意味で、「進化適合力」とも呼ばれている(Teece, 2014b)。

しかも、これら2つの能力は並列的な関係でも補完的な関係でもなく、低次と高次といった階層関係にある。そえゆえ、より低次のオーディナリー・ケイパビリティが存在するからといってより高次のダイナミック・ケイパビリティが存在するとは限らないが、より高次のダイナミック・ケイパビリティが存在すれば、必然的に低次のオーディナリー・ケイパビリティも存在していることになる。

2.2 ダイナミック・ケイパビリティと企業成長

これらオーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティという階層的な2つの能力を通して、企業はどのようにして進化するのか。図1を用いて説明してみたい。

図1 オーディナリーとダイナミック・ケイパビリティの相互作用

出所:筆者作成

図1の右上がりの実線は、環境の変化を表しているものとする。例えば、時間とともに顧客の要求水準が高まることや企業の社会的責任(CSR)などの社会性の要求の高まりを意味しているとしよう。

これに対して、いまある企業があるビジネスモデルのもとで活動しているとする。このとき、企業はまずオーディナリー・ケイパビリティによってコストを削減する形で効率性を追求し、利益最大化しようとするだろう。

しかし、このオーディナリー・ケイパビリティは内向きの能力なので、この能力だけで企業活動を続ければ、ビジネスモデル内の効率性は高まるものの、時間とともに環境との間にズレが生じることになる。それゆえ、このまま活動すれば、環境との間の乖離が大きくなるので、最終的に企業は淘汰の危機に晒されることになるだろう。

そこで、企業はより高次の能力であるダイナミック・ケイパビリティのもとに、そのズレをできるだけ早く感知し、そこに新しい機会を見出し、そして既存のビジネスモデル自体を再構成・再構築することによって新しいビジネスモデルを構築し、環境とのズレをなくそうとする。

そして、再びこの新しいビジネスモデルのもとに、企業はオーディナリー・ケイパビリティによってコスト削減する形で効率性を追求し、利益最大化を達成しようとする。このようにして、企業はオーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティの相互作用によって持続的に成長することができるのである(菊澤, 2019, 2020, 2021)。

2.3 ダイナミック・ケイパビリティ、共特化の原理、そしてオーケストレーション

しかし、このようなダイナミック・ケイパビリティによる企業の自己変革はそれほど簡単ではない。というのも、企業が自己変革しようとすると、企業内外に必ず反対勢力が出現するからである。

ティースの師であるウイリアムソン(Williamson, 1975, 1985)によると、人間は限定された情報の中で合理的に行動する限定合理的な存在であり、またスキあらば相手の不備に付け込んで利己的に利害を追求する機会主義的な存在であるとされる。それゆえ、このような人間同士の取引には様々な駆け引きが発生し、人間関係上の無駄が発生する。この無駄のことを「取引コスト」呼ぶ。

したがって、企業が自己変革する場合、反対勢力を説得する必要があり、その人間関係上の取引コストは非常に高いものとなるだろう。この取引コストがあまりにも大きい場合、企業はダイナミック・ケイパビリティを発揮することなく、非効率的な現状を維持した方が合理的という不条理に陥り、合理的に失敗することになる(菊澤, 2014, 2015, 2020, 2021a, 2021b)。

このような不条理に陥ることなく自己変革するには、ダイナミック・ケイパビリティによってその取引コスト以上のベネフィットを生み出すような既存の資産の再構成、再配置、再利用が求められることになる。

ここで、ティースは、ダイナミック・ケイパビリティによる既存の資源の再構成原理として、「共特化の経済性」を主張する(Teece, 2019)。それは、企業内の多く資源や資産はそれぞれ特殊なので、それ自体では十分なメリットは生み出さないが、相互に結合すると化学反応が起こり、単なる個の総和以上の全体性を生み出す効果のことである。

特に、日本人は社内の空気を読み、取引コストを過剰に高く評価する傾向ある。他方、変革が生み出すベネフィットはエビデンスが少ないため、過少評価されることになる。したがって、日本企業は変化しない方が合理的という不条理に陥りやすいといえるだろう。このような不条理に陥らないように、日本企業はダイナミック・ケイパビリティをいかにして強化できるのか。そもそも、ダイナミック・ケイパビリティの強化と日本企業との相性はいいのだろうか。以下、これについて明らかにしてみたい。

3.ダイナミック・ケイパビリティとしての感知力強化と日本企業との相性

今日、日本では、企業のデジタル化が推奨されている。この企業のデジタル化に関して、ダイナミック・ケイパビリティとの関係でいえば、環境の変化をいち早く感知する感知力を高める手段としてデジタル化は必要であり、非常に役立つといえる。というのも、デジタル化によって、様々な端末を通して大量の情報・データを容易に収集でき、外部の変化をいち早く感知できるからである。そして、そこから現状を批判的に分析でき、いま何が求められ、何が製造できないのか、現状をめぐる問題を見出しやすい。

従来のシステムでは、人間が注文の変化つまり外部の変化を感知するので、その感知力は鈍くて遅かった。これに対して、デジタル化によって、企業は外部からの注文が多いが、製造できないものは何かをいち早く感知でき、それをいかにして製造可能にするかを問うことができる。このように、環境の変化に関する感知力が強化されると、必然的に機会を捕捉する力もまた高まることになる。

今日、日本企業は、デジタル化は遅れているといわれている。しかし、いまだ希望もある。優れたデジタル化は、優秀な(熟練)人材がもつ多くの暗黙知を形式知に変えることでもある。日本には、まだ多くの優秀な熟練工が存在しており、それゆえより優れたデジタルシステムを構築することが可能であり、この点で希望はある。

そのことに気づいているドイツのシーメンスは、これまで作業現場から人間を排除し、ロボット中心のデジタルツイン・システムの開発を進めてきたが、今日、人間中心的なデジタルツインを開発してきた日本の富士通との共創を求めて協働している点は興味深い。

4.ダイナミック・ケイパビリティとしての捕捉力強化と日本企業との相性

さて、変化が生み出すビジネス機会を逃さないためには、高い問題解決能力をもつ人々が必要となる。今日、働き方改革の名のもとに変化しつつあるが、伝統的な日本的組織は総合職ベースの雇用のもとに、組織内の各職務もあいまいで、職務転換も比較的容易に行われる社内労働流動性の高い組織である。

実は、変化によって生まれる新しい機会を捉えるためには、このようなメンバーシップ型のあいまいな組織の方が有効であり、まさにダイナミック・ケイパビリティを発揮しやすい組織だといえる。つまり、新しい機会を捉えるために、組織内の人的資源を比較的柔軟に再配置・再利用できる組織は有効なのである。

たとえば、トヨタ自動車の場合、新しい機会を捉えるために、伝統的に本体組織から柔軟に特定のメンバーを選抜し、問題解決志向の小集団を形成してきた。実際、この方法で、過去、プリウスやミライの開発に成功している。このような小集団が、まさにいま流行している「アジャイル組織」なのである。このように、日本企業の場合、企業の本体から柔軟に人選して小集団が形成でき、新しい機会を柔軟に捕捉することが可能な組織構造なのである。

今日、「働き方改革」のもとに、政府は欧米流のジョブ型雇用、同一労働同一賃金制度への移行を推奨している。しかし、このような制度へと移行してしまうと、欧米のように個々人との個別労働契約が中心となり、人事権は個々人に帰属されることになるだろう。この場合、現代の日本企業に固有の人事部による人事戦略自体が不可能となる。組織は硬直化し、新しい機会を捉えるために、必要な人材を外部労働市場から調達する必要がある。しかし、その取引コストは予想以上に高く、そのコストの高さのために機会を逃すことになる可能性は高い。

5.ダイナミック・ケイパビリティとしてのオーケストレーション力の強化と日本企業との相性

ダイナミック・ケイパビリティのもとに、企業は変化を感知し、機会を捕捉し、さらに企業は既存の資産の再構築・再配置し、自己変革する必要性がある。このとき、単なる個の総和以上の全体性を生みだすように、ホリスティックに既存の資産の再構築・再配置が求められる。

つまり、既存の資産をオーケストレーションする必要性があり、それによって「共特化の経済性」を生み出す必要性がある。そうしないと、変化に伴って発生する取引コストの大きさに負けることになり、変化しない方が合理的になってしまうだろう。

では、この資産のオーケストレーションとは何か。ティースが支持するドラッカーによると、それはまさにオーケストラの指揮者と専門演奏家たちとの関係のことである(Drucker, 1988)。オーケストラの指揮者に求められるのは、各専門演奏家たちの演奏技術の向上ではない。統一された全体性として独自のヴィジョンやコンセプトのもとに各専門演奏者たちをまとめることであり、単なる部分の総和よりも大きい全体性として個をまとめることである。しかも、そのような全体の中に個を位置付けることによって、個の存在意義を高めることでもある。しかし、果たしてそんな現象は存在するのだろうか。

ドイツのゲシュタルト心理学者たちによると、実際に単なる個の総和以上の全体性(形態:ゲシュタルト)というものが存在するという。換言すると、単なる個の総体には還元できない全体としての構造や形相が存在するという(Katz,1948, Koehler, 1969)。

たとえば、「白」と「黒」と結合すると、「対称性」という個の総和以上の全体性(ゲシュタルト)が出現する。また、個々の音符を結合させることによって、メロディー(短調あるいは長調)という部分の総和以上の全体性(ゲシュタルト)が出現する。また、個々の文字を結合させることによって、全体性としての文脈(コンテクスト)が生まれる。そして、この全体としての文脈の中に個々の単語を位置付けることによって、その意味がより明確になる。

ティースやドラッカーによると、このような全体性を示すことが企業のリーダーたちの役割であり、独自の全体性の中に既存の各資産を再構成・再配置するとで、個々の資産の存在価値をより高め、個の総和以上の価値を生み出し、各資産の凝集性が強化されることになるという。

そして、ドラッカーは、このような全体性と部分の関係として、より具体的にイメージしていたのは、メンデレーエフの元素の周期表(Drucker, 1959)だったのである。当時、知られていたのは63元素であり、その総和よりも大きい全体として発見されたのは周期表だったのである。周期表には虫食いがあり、メンデレーエフは元素周表の空欄つまり未発見の29の元素とその質量と性格も明らかにしたのである。しかも、部分としての各元素はこの周期表の中に位置づけられることによって、その存在意義がより高まったのである。このように、メンデレーエフは既知のものを単に組織化したのではなく、未知の知識を含むより大きな全体性を示したのである。

また、今日、慶應義塾大学に対抗するために、早稲田大学は医学部設置を目指しているといわれている。これを感知した慶應義塾大学が、2023年をめどに東京歯科大学との合併を発表した。これは単なる部分の総和以上の全体的な効果を生み出す可能性がある。

もともと慶應義塾大学には、医学部だけがあった。そこに、看護学部が加わり、薬学部が統合され、さらに歯学部が加わることによって大学がオーケストレーションされ、体系的な医学系諸学部をもつ日本で唯一の大学となる。

まさに、メンデレーエフの元素周期律表のように、いくつかの空欄があり、これまでその空欄を埋めるように、慶應義塾大学はゲシュタルト・トランスフォーメーションを起こしてきたのである。これによって早稲田大学が単体で医学部を設置しても、慶應義塾大学は持続的に競争優位を維持することが可能だといえるだろう。

ところで、ドラッカーは、このようなゲシュタルト思考あるいはホリスティックな思考を日本人は得意だとみる。ドラッカーは、長年、日本の水墨画に魅了されてきた。なぜか。ドラッカーによると、日本画が描いているのは単なる個の総和ではなく、まず全体としての空間を見てから線を描いているという(Drucker,1994)。この空間という全体を見る点にこそ、日本人の美意識の根源があるという。まさに、形態(ゲシュタルト)としての全体を知覚する日本人の能力や美意識に驚かされるという。

事実、ドラッカー(Drucker, 1994)によると、日本は歴史的に「大化の改新」と「明治維新」という2つの大変革を経験してきた。確かに、「大化の改新」によって日本は中国文化を移入した。そして、「明治維新」によって日本は欧米文化を移入した。しかし、それは「日本の中国化」でも「日本の西洋化」でもなかったとドラッカーはいう。それは、「中国文化の日本化」であり、「西洋文化の日本化」であったという。つまり、日本の場合、はじめに全体(ゲシュタルト)があり、その全体の中に個々の文化を位置づけてきたというのである。

6.ダイナミック・ケイパビリティ発揮に必要な価値的要素

以上のように、ダイナミック・ケイパビリティと日本企業との相性はいいといえるだろう。しかし、さらに重要な日本企業との相性の良さがある。実は、企業がダイナミック・ケイパビリティのもとに自己変革し続けるには、何よりも人間組織としてメンバーの「エンゲイジメント」が必要だという点である。

もし経営陣やリーダーが経済合理的な損得計算原理に従って株主にとって「損得計算上、儲かるから」という理由だけで、組織変革しようとすると、組織は失敗する。つまり、株主資本主義的な経済合理的マネジメントだけでは、ダイナミック・ケイパビリティは有効に発揮できず、組織は変化に対応して柔軟に自己変革できない。

日本では、いまだ米国のMBA流の経営が人気がある。しかし、そのような損得計算原理にもとづく経済合理的マネジメントだけでは、逆に変化に弱い組織が形成されることになる。このようなマネジメントのものとでは、「損得計算上、得だからこの会社にいる」という従業員が育成されてくる。また、「損得計算上、得なのでこの会社の株式を購入する」という株主が株を購入してくだろう。そして、「この会社の製品は安く、損得計算上、得なので購入する」という顧客が製品を購入してくるだろう。

したがって、米国流の経済合理的マネジメントのもとでは、環境が変化し、企業が一時的に赤字になり、危機に陥ると、従業員はこの企業に居続けると損をするので会社を辞めるだろう。株主もこの会社の株を持ち続けると、損をするので株を売るだろう。さらに、製品の値段が高くなると、顧客はこの会社の製品を買わなくなるだろう。こうして、組織は危機に直面して簡単に崩壊することになる。

本当に強い組織とは、企業が一時的に赤字になっても、辞めない従業員、赤字になっても、逃げない投資家、そして製品が高くなってもなお買ってくれる顧客といったステークホルダーズからなる組織である。このような組織は、危機を共有でき、ともに危機を乗り越えようとするだろう。

そのような従業員や投資家や顧客を獲得するには、彼らにこの会社が「好きだ」と価値判断してもらう必要性があるだろう。まさに、エンゲイジメントつまり婚約したいほど好きだと価値判断してもらい、会社のファンになってもらう必要性がある。つまり、愛社精神をもってもらう必要がある。そのためには、何よりも経営者自身がステークホルダーズを無視してはならないし、彼らにとって魅力的であるべき存在でなければならない。

今日、多くの現預金を保有している日本企業は株主から批判されているが、ある意味でそれはいまだ日本が非株主主権主義的であることを意味しているのかもしれない。また、いまだ愛社精神をもつ従業員を多く抱える伝統的な日本企業も多い。このような日本企業は、会社が危機に陥っても組織はバラバラにならないだろう。逆に危機を共有し、結束し、そして自己変革しようとするだろう。まさに、組織能力としてのダイナミック・ケイパビリティが発揮されやすい体質をもっているのである。ダイナミック・ケイパビリティの発揮には、実はこういった人間的な価値的要素も必要なのである。

結語 Great Resetと日本企業の出番

今日、株主資本主義の限界から「Great Reset」、つまり社会や経済のあらゆるシステムを一旦リセットし、見直すべきだという提言が世界経済フォーラムのクラウス・シュワブ会長(シュワブとマルレ, 2020; シュワブとバナム, 2022)やジャック・アタリなど有識者が主張している。

これを受けて、ダボス会議や米国ビジネス・ラウンドテーブルのテーマは「ステークホルダー資本主義」となった。米国を中心とするグローバル経済全体が、「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への本格的な移行を模索しはじめている。

今後、やってくると思われる「ステークホルダー資本主義」の時代こそ、日本企業の出番であり、ダイナミック・ケイパビリティ・ベースの日本企業が、その旗振り役として世界をリードすべき時代がきているといえるだろう。日本企業は、変化が常態化する世界で必要なダイナミック・ケイパビリティとの相性が良いことを自覚して、自信をもって世界をリードしてほしい。

参考文献
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  • 菊澤研宗編 (2018b) 『ダイナミック・ケイパビリティの戦略経営論』中央経済社
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