2026 年 22 巻 2 号 p. 51-62
本項の目的は、「新たな協働の経営哲学」について検討することにある。考察を始める前に、筆者が経営哲学に対する捉え方と、現代社会の根底にある問いについて示しておく。筆者は、経営哲学を「経営の存在論」「経営の認識論」「経営の実践論」という側面から捉える。また、今世紀の社会の根底に横たわる共通の問いを、①近代を支えた価値―「合理性」「経済性」「民主主義」―をめぐる問い、②「科学技術をと人間」をめぐる問い、③「人と自然」「人と社会」「人と文化」「人と人」の「関係性」とその「分断」をめぐる問いとして捉える。本論文のテーマ「協働」現象の根底には、上記の中で「人と人の関係性とその分断」という大きな問題がある。この問題を考える上で、本稿ではM. P. Follettの思想を手掛かりとする。なぜなら、彼女の生きた20世紀初めの30年間の出来事は、現在われわれが直面している問題と酷似しているからである。
我が国の企業の協働は、高度成長を牽引した「日本型経営」の下では、共通の経営理念や組織風土の下、均質の人間関係を背景として営まれた。この時期の日本の協働は、企業の中に囲い込まれていた。しかし1990年代のバブル崩壊や2019年からのコロナ禍を過ぎ、日本型の長期雇用も変容し、ネットワークを活用した在宅勤務も普通のこととなった。こうして、我が国の協働の場は、家や社会へと拡散した。こうして、企業の人間関係の分断も始まった。
このような状況における新たな協働哲学を考えるために、本稿ではフォレットの「経験の交織(interweaving)」を取り上げる。これは、個人と個人、個人と組織が、「経験」を通じてつながるコミュニティの姿であり、新たな創造性を創発する可能性を秘めている。またインターネット社会の弊害を、このアイディアで乗り越えることも可能であると筆者は考える。
今、「協働」が揺らいでいる。ここでは「協働(cooperation)」を、「ある目的の下に、複数の人間が共に働くこと」と定義しておく。この意味の協働は、C. Barnardの協働論の登場を待つまでもなく、エジプトのピラミッド建設や、奈良の東大寺建立等、古代の巨大建造物の造営から、牧畜、稲作、職人の工房をへて巨大工場、そして今日のITオフィスまで、われわれの生活の中に満ち溢れていた。それは、ある時は「仕事」や「家事」また、ある時は「ボランティア」や「趣味」などと呼ばれる形をとって、個人を他者との「つながり」の中に導いてくれた。それは、時に厳しく、時にやさしく、時に冷たく、時に温かくく、空気のようにわれわれを包んでいた。
それが今、確実に変容しているように見える。我が国では、戦前から続いていた村落共同体が、戦後の高度経済成長とともに崩壊し、その受け皿となったのが「企業共同体」であった。J. Abegglenが指摘した日本型経営の三種の神器「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」に代表される制度に後押しされ、わが国の「協働」は、次第に企業の中に閉じ込められるようになった。つまり、われわれが「協働」を行う場は、多くの場合、勤務先の「企業」などの組織内に限られ、しかも一生の間に数少ない組織の中で、限られた人々や共通の「社風」の中で行われることが多くなっていった。
しかし1990年代のバブル崩壊後には、上記のような日本型経営も崩れ始め、雇用形態の多様化とともに、労働の流動化が高まっていった。このような状況下において、個人の協働は一つの企業内に縛られることなく、いくつかの企業や組織へと広がることになる。つまり、個人の選択により、多様な業種や社風の中での協働に参加することになっていく。さらに、IT技術の進展により、人と人が直接対面する協働から、ネットワークを活用する協働形態も増加していった。
このような状況が一変するのは、2019年から始まったCovid-19パンデミック、つまり新型コロナウィルスによるパンデミックの発生によってである。この時期を契機として、働き方は大きく変貌した。エッセンシャルワーカーと呼ばれる現場で働く人々を除き、多くの人々が在宅勤務を余儀なくされた。ここではPCによるインターネットを活用した仕事が中心となり、管理者や同僚も傍らに存在せず、自分自身で仕事の量や時間配分を行い、自分自身を「自律的に管理」しながら仕事を進めることを余儀なくされた。職場の仲間と会うのはZoomなどのオンライン会議システムを通じてのことであり、人と人が対面で向き合って議論や活動をしてきた「協働」は存在しない。
家が職場となり、自分やPCが「管理者」となり、画面の向こうにいる同僚と語り合う世界が常態化した。これ以降、協働の姿は大きく変わったと筆者は考える。つまり、それまでのように「時間と空間」に限定されない働き方ができるとともに、人と人が、時間と空間を共有し、身体性を伴う活動により「共に働く」という機会が減少した。おそらくこのことは、業務の在り方や個人の仕事への向きあい方とともに、「協働」の在り方や意味を替えるほどの大きな転換であったと思われる。
この論文では、このような変化をどのように捉え、そこで起こるであろう問題を乗り越える新たな「協働の哲学」を模索したいと考えている。ここで特に重視したいのは「関係性」「経験」「創造性」についてである。
ここであらためて「経営哲学とはなにか」ということを考えておきたい。筆者は、経営哲学を以下の3つの側面からとらえている。
第一は「経営の存在論」であり、第二は「経営の認識論」であり、第三は「経営の実践論」である。これらを簡単に説明しておこう。
まず、経営の存在論というのは、「経営」が存在するとはどのようなことで、経営という存在はどのような要素から成り立つか、そして経営という存在の意味はどこにあるのか、というようなことを論じようとすることである。次に、「経営の認識論」とは、経営を認識する方法や方法論とはどのようなものかを論ずることである。また、経営の実践論とは、経営を実践するとはどのようなことであり、経営実践における目的、理念、方法などについて論じることであと考える。
また、以上のような側面に加えて、経営哲学について論じる時には、その時代の背景に横たわる「問い」を考える必要があると思う。本稿の目的は、経営の重要な要素の一つである「協働」の哲学を扱い、その新たな意味を論じることである。そのために、以下では21世紀に入って世界で起きた重要な出来事を挙げ、その背後に存在する重要な「問い」について考えてみることにしたい。
まず、今世紀に起こった出来事で、その後への影響も考えて、極めて重要なものと筆者が考えるのは以下のようなものである。
以上のような出来事は、それぞれに発生の原因もその背景も異なっているように見える。しかしながら、その根本的原因を掘り下げてみると、そこには、以下のような共通する問いが横たわっているように思う。それは、第一に、近代を支えた価値、例えば「合理性」「経済性」「民主主義」「自由」」などをめぐる問い。第二に、「科学技術をと人間」をめぐる問い、第三に、「人と自然」「人と社会」「人と文化」「人と人」の「関係性」とその「分断」をめぐる問い。そして後に、上記の問いは、それぞれが独立しているのではなく、相互に関連しているのではないか、という大きな問いである。
以上のようなことを踏まえて本論文のテーマを考えると、協働の変容の背後に「人と人」あるいは「人と社会」の「関係性と分断」という問題が横たわっていると思われる。しかもそれは、特にコロナ禍によるパンデミック下で起こり、ネット社会の進展とともに加速していったように感じられる。この問題について、M. P. Follettの経営思想を借りながら分析することにしたい。なぜ、今、Follettなのか、ということについては、次節で詳述するが、Follettの生きた時代的状況が今日の世界的状況と酷似しており、分断化と全体主義に向かう世界において、新たな「協働思想」を作り上げた人物と言えるからである。
フォレットの生きた時代の特徴は、以下のように整理できよう。
第一に、アメリカへの世界からの移民が大量に流入していた時期である。レッセフェールに基づく革新的時代の空気の中、文化、民族、宗教、習慣等の異なる人々が様々なコンフリクトを克服しながら、新たなコミュニティの生成が行われようとしていた。
第二に、アメリカの民主主義の萌芽的な時期に当たる。フォレットは、ハーバード大学女子部(ラドクリフ)卒業後、国際都市ボストンでソーシャルワーカーとしてアイルランド移民の民主主義教育や草の根活動を行い、多文化共生による関係性とネットワークを基盤とした「民主主義」を目指した。
第三に、第一次大戦と世界的パンデミック(スペイン風邪)の流行した時期である。フォレットは1918年に『新しい国家(The New State)』(Follett 1918)を出版した。この年はパンデミックが猛威を振るい、ボストンはアメリカでの最大の被害を受ける。『新しい国家』には第一次の大国の攻防とともに、コミュニティの生成を中心とした、市民の日常の協働による新たな国家論が描かれている。
第四に、第一次大戦後の秩序形成と大恐慌、そして全体主義の脅威へ向かう時期である。パンデミックの終焉と大戦後の新秩序(国際連盟の成立など)の中で、フォレットは、自らの経験と時代の先端の政治学、社会学、心理学などの知見を終結させ、『創造的経験(Creative Experience)』(Follett 1924)が出版される。この本で、彼女は個人の経験が創造的に発展すると同時に、社会も発展していくという「価値の統合理論」と「動態的プロセス」の論理を提示する。
以上のように、フォレットの生きた時代のアメリカは、大量の移民が流入し、多元主義における自由の旗印の下、個人は先を競ってアメリカンドリームを追い求めようとしていた。一方、世界では大国の利害が衝突して大戦へと発展する。そのような中で、未曽有のパンデミックが起こり、人々の繋がりは希薄となり、国の内と外に分断が広がっていく。このような状況は、100年前のこととは思えないほど、今日の世界に似ている。これを克服する道を、フォレットは人々の繋がりに求めた。次節では、彼女の思想を詳細に検討していこう。
3.2 Follettの思想―「関係的個人」と「プロセス思考」― 1)フォレットは、1918年9月『新しい国家-民主的政治の解決としての集団組織論-』(Follett 1918)を出版した。
彼女は、世界の大国同士が互いに睨み合う状況下にあって、民主主義の根幹ともいえる「目の前のコミュニティ」においてもまた、個人と個人が対立し、コミュニティ生成が危ぶまれる状況、つまり「群衆(crowd)」のままの状態が展開されていることを憂えた。そして、これを解決するための人々の相互作用の在り方を模索した。彼女はその前提としての「個と全体」について、以下のように主張する。
あなたの相異(difference)を示せ、私の相違を歓迎せよ、あらゆる相違をより大きな全体に一体化せよ――それが成長の法則である。相違の一体化は、生の永遠のプロセス、つまり、創造的総合、創造という最高の行為、償い、なのである。(Follett 1918: 40)
フォレットは個人について以下のように述べている。「人は社会過程における一つの単位(a unit)というより、むしろ一つの点(a point)である。そこでは、形成する力が自らを解放し、再び前へと流れ出すのである。現代の言葉では、人は、社会的要素(a factor)と同時に社会的産物(a product)なのである」。つまり社会と個人は相互作用によって「創り、創られる」関係であるとされる。ここで注目すべきことは、個性を「個別性」(apartness)や、「相違」(difference)と捉えるのではなく、「全体に対するその人の関係」であり、「個人が他の個人と、そして社会全体と結合する能力―関係の深さと幅―」として捉えたことである。つまり、フォレットの言う個性とは「関係性を生み出す能力」と言い換えることができるこれを筆者は「関係的個人」という人間モデルとして捉えたい。
このような個人と全体との関係について、フォレットは「全体における自分の場所(place)」を見出すことであり、この場所は「機械の歯車のような固定的な」ものでなくて、「無限の関係」「無限に変化する関係」であると考えた。つまり、プロセスの思想がここにも流れている。ここでの「場所」をコミュニティにおける個々人の「機能」と考えてみれば、その機能が固定的なものではなく、常に他者や全体との「相互作用」を通じて変化しうる動態的なものであると考えていたのである。フォレットは、次のように述べている。
これは具現化(incarnation)である。というのは、全体は私の中に流れ込み、吹き込み、私を満たしている。私の生の充実感や大きさは、私がなすことの量や会う人々の数によって測られるのではなく、私を通じて全体がどの程度まで表現されるかによって測られるのである。……社会に対する私の価値は、私がいかに価値ある一部分であるかということではない。私は他の誰とも異なっているからユニークなのではなく、特定の観点(a special point of view)から見られた全体を現わしているからユニークなのである。(Follett 1918: 60-61)
さて、このような「関係的個人」にとって、「自由」とはどのようにかんがえられるのであろうか。フォレットは以下のように述べる。
私(という存在)は次の2つの理由によって自由である。(1)私が全体であるために全体によって支配されることはない。(2)私が他の人々をあるいは他の人々が私を統制せず、全ての人々が集合的観念(the collective idea)と集合的意思(the collective will)を生み出すために混合する時にのみ、われわれは真の社会過程を有しているので、私は他の人々によって支配されない。(Follett 1918: 66)
つまり、関係を通じて全体を反映している個人が互いに相互浸透し、集合的観念と集合的意思を創造していく限りにおいて、個人は他の人々の自由を束縛することもなく、また、他の人々から支配されることもない。ここにおいて個人の自由が確立される、とフォレットは考える。これを先の「機能」とのかかわりで考えれば、個人が自らの機能や役割を通じて全体に関係づけられ、新たな集合的観念や集合的意思を創造しうる時、すなわち「新たな価値」を生み出す時に、初めてその個人は自由となるのである。その結果として個人は自ら創造的に発展しうる主体となり、同時に、社会全体も創造的な統一体として発展することが可能となる、これがフォレットの自由論であり、社会を通じての民主主義の根底にある考え方であったと筆者は考える。
しかしながら、このような見方は、時に全体主義に道を開く可能性もある。しかし、彼女の思想は全体性の強調ではなく、あくまでも全体と個の「関係性」の重視であり、個々人の多様性から生まれる対立を克服して、個を全体へと「統合していくプロセス」への着目であったといえる。これが彼女の主張する、近隣コミュニティにおける相互作用の在り方であった。
3.3 「プロセス」としてのコミュニティ 2)ここでは先に触れた1919年12月末にコーネル大学で行われたアメリカ哲学学会の報告、「コミュニティはプロセスである」という論文について検討していきたい。
……コミュニティは創造的なプロセスである。それは統合のプロセスであるから創造的なのである。ホルト(E. Holt)によって解釈され、拡張されたフロイト(S. Freud)派の心理学は、個人の統合プロセスの明快な説明をわれわれに与えている。それは、パーソナリティが‘欲求(wishes)’つまり、有機体(生物)が自ら存続しうるための行動の諸方向の統合を通じて造られることをわれわれに示したのである。フロイト派の心理学のエッセンスは、行動の二つの方向が相互に排除し合うものでも、一方が他方を抑圧するものでもないということである。そのことを単純に示せば、統合とは、吸収(absorb)でも溶解(melt)でも融合(fuse)でも、はたまた、ヘーゲル主義者がよく使う和解(reconcile)でもない、ということである。(Follett 1919: 586)
ここでフォレットは、「全体と個」の考え方をさらに展開させ、コミュニティ創造性は個人(関係による個人)の創造的な力よってもたらされることを強調した。そしてその創造的な力は、個人の「欲求の統合」により実現できるとした。つまり、コミュニティの変動の要因は個人の創造性によりもたらされるが、その創造性は、個々人の諸欲求の統合のプロセスから生ずると考えたのである。フォレットはさらに言う。
もし、ある人が自分の組合を越え出られなければ、その時には、私達は彼の墓標に『この男は組合人間であった』(“This was a trade-union man”)と記さねばならない。そして、もしある人が自分の教会を越えられないなら、その人は教会人間である。プロセスの魂はいつも個人である。しかし個人は永遠に形式を免れている。(escape the from)……人生は一つのピラミッドではない。個人はいつも逃れ出る。そう、なぜなら、彼を支えているのは関係だからである。彼は、不断に相互形成しあう『一と多』の絶え間のない相互作用の中で、永遠に新しい関係を追い求めているのである。(Follett 1919: 581-582)
つまりフォレットがコミュニティの原動力を「個人の関係性」、ここでは「欲求の統合」によりもたらされること、そしてそれがパーソナリティの源泉になりうると考えていたということである。さらに、フォレットは「コミュニティのプロセスがパーソナリティと意思を生み出すとき、そこに自由が生ずる」と述べ、個人の統一が失われたときに、自由が失われるという。つまりフォレットにとって、コミュニティが個人の自由の源泉になるとともに、個人の自由が同時にコミュニティの自由を実現していく、と考えたのではないかと筆者は思う。
『創造的経験』(Follett 1924)は、思想の円熟期(56歳)のフォレットが長年の学究活動から得られた哲学、政治学、法学、心理学的知見を縦糸に、そして彼女がソーシャルワーカーとして自ら活動しつつ行ってきた「参与観察」を横糸に、丹念に織り込まれたタペストリーのような著作であると筆者は思う。ここでの彼女の主題は社会の創造的プロセスを、それを構成する多様な個人の「経験の交織(interweaving)」として描こうとしたところにある、と筆者は考えている。
彼女にとっての経験は、何かを「検証する過程(a verifying process)」ではなく、「創造していく過程」であった。経験とは、「そこから目的と意思、思考と理想が生み出されていく力の源、つまり発電所のようなものである」とフォレットは言う。(Follett 1924: 131)さて、本書で彼女は、上記のような個人の欲望や意思、そして経験が互いに折り合わされていくプロセスを概念化しようと試みる。その時の中心的な概念が「円環的反応(circular response)」であった。
フォレットは、個人間の相互作用を「刺激―反応」のように、作用Aに対する反作用Bというような直線的関係としては理解しない。そうではなく、個人Aが個人Bに対して働きかけ、BがAに反作用し、それに対してまたAが反応する時、Aは「自分が最初に行った自分自身の行為によって影響づけられたBの行為」に反応している、と考える。このような相互作用が繰り返されるうちに、AとBの欲望や意思が折り合わされ、そこに新たな価値を持つ全体状況が形成されると彼女は考える。これが「統合(integration)のプロセス」であり、そのような全体状況がひとたび出来上がると、AとBはその「全体状況」に対しても反応していく。このプロセスをフォレットは「円環的反応」と呼んだ。また、ここで生じる「全体状況」は一定の到達点ではなく、全体と個が同時に存在する場であり、さらに、「継続していく不断の過程」としてフォレットは捉えていた。
さらに彼女の思想の独創性は、この全体状況という場には「主体・客体の区別がない」と考えていることである。フォレットによれば個人A(という主体)は、客体Bに反応しているように見えるが、実際には全体状況のみが存在し、その中での個人の行為は状況を変えていく一つの契機となっているにすぎない。従って、個人間の相互作用とは、言い換えれば、「全体状況の自己創造的過程」であるともいえる個人の行為は、すでに全体によって変化させられているという点では客体的であり、またその次の全体状況を変えていくという意味では主体的でもある。このようにフォレットは『創造的経験』の中で、「主体と客体の同時存在の場としての全体状況の創造的プロセス」として、社会の姿を描いたといえるであろう。
4.2 「経験の交織(interweaving)」としての社会・コミュニティ先に述べたように、フォレットは社会の進展にとって、人びとの経験が織り合わせられることが極めて重要であることを認識していた。また、彼女は『創造的経験』の中で、経験というものを、個人の「自己維持と自己回復のプロセス」としても捉えていた。また、先に述べたように、彼女が個人と社会の同時成長を前提としたとすれば、「社会の自己維持ないし自己回復」が個人と同時に成立しうると考えていた。
さらにフォレットは、社会的な決定には、特定のリーダーのみによるものではなく、状況を構成している「すべての人々の判断」が必要であり、専門家や政治家のみならず、そこに生活する市民すべての「経験が織り合わせられる」必要があると考えた。このことは、フォレットにとっては事実の把握の基礎であるとともに、民主主義の実現に結びつくということでもあったと考えられる。
人びとが相互作用を行うとき、互いの知識や背景や価値観に根ざした経験を対比させて絡み合わせることになる。ここでは、経験の差異が人間の違いを生み出し、社会に多様性をもたらしている。これこそが自由の源泉となるとフォレットは捉えた。そして、このような多様な「経験の統合の場」としてコミュニティや社会全体を捉え、ここにこそ「創造性の源泉」があると考えたといえよう。
さらに注意する必要があるのは、経験というものが個人の内部にのみ蓄積され、創造されるのではなく、「状況そのもの」にも蓄積されていくとフォレットが考えていたことである。つまり、個人個人が自らの経験を体系化し、分析し、他者の経験と交織させる時、そこに生まれる統合的状況には、個々の経験とは「異なる経験」が存在している。つまり、「状況的」あるいは「社会的」経験とでも呼びうるものの存在を彼女は重視していたと思われる。
個人は他者と円環的に相互作用することを通じ、自らの経験を量的にも質的にも変えていく、それと同時にこの相互作用をとりまく全体状況の「社会的経験」も変化していくと考えられる。つまり、フォレットの考える「状況の変化」とは、端的に述べれば「個々人の経験の交織」から生ずる「全体状況の創造」と考えてもよいであろう。
以上を筆者の観点から整理すると以下のようになる。第一に、経験の交織として社会を把握するとは、「時間の流れの中」で社会を捉えるということであると思われる。フォレットは、すでに見てきたように、事実を「常に動いているプロセス」であると考えていた。これを先の経験の交織との関連で考えるなら、社会とは、「過去の経験の蓄積の上に現在の行動が形成され、相互作用を通じて将来ある姿を形成していくプロセス」として、つまり時間の経過として捉えられよう。
第二に、社会を「意味形成」ないし「意味解釈」の場として捉えるということである。フォレットは経験の交織を促進させるための具体的方法として、互いの経験を意識的に交織させる場として「会議」(特に横断的集まり)を重視した。このような会議の場では、個人的ないし組織的経験の持つ意味を解釈し、互いに分析し、評価し、調整することにより、そこに新たな意味を与えることになる。フォレットが繰り返し述べたことは、私達の周囲には純粋に「客観的」と呼べる事柄は存在しない、ということである。われわれはまず自分自身の経験に基づいて何らかの意味解釈を行ない、意味づけを行って自らのうちにそれを蓄積する。その限りでは「主観的な事実認識」にすぎないが、円環的な相互作用のプロセスを通じて、互いの経験の意味を比較し、分析し、浸透させていく。ある時には対立が起こるが、それが統合的に解決されたとき新たな価値が生まれる。つまり、その状況に「新たな意味」が付与される。このようなプロセスを経て状況は変化し、同時に個人の「新たな経験」が生成されていくと考えられる。
次節では、フォレットの考え方が、現代の協働状況、とりわけ、コロナ禍以降のIT技術やインターネット社会を前提とした協働状況にどのような視点を与えてくれるのかを検討したい。
インターネットの登場は、情報技術の革新やコミュニケーション方法の変容のみならず、仕事のやり方やわれわれの生活スタイルまで大きく変えた。かつては、何らかの「組織」を通じて社会と結びついてきた個人が、自身のインターネットにアクセスさえすれば、個人のままで世界中の人々と直接つながることが可能となった。世界中に張り巡らされているこの電子の「網の目」は、個人が自ら世界へ向けて情報発信することも、世界中から情報を集めることも可能にした。それも、高額な巨大電子計算機を使ってではなく、10代の若者ですら手に入る価格の、手のひらサイズのスマートフォンやタブレットを通じて、である。
このことは、世界を一変させた。いつでもどこでも、その魔法のガジェットは世界の情報を運んできてくれる。親しい友人とも話すことができるし、職場に行かなくても、自宅や出張先、バカンスの旅先からですら、仕事の打ち合わせや商談ができるようになった。一度も会ったことのないネット上の「仲間たち」と議論をすることも、今、目の前で起こっている事件を世界に向けて「報道」することすらできる。コロナ禍では特にその利便性を実感したように、日常生活のあらゆる必需品を、ネットで手に入れることができたし、映画や音楽も自宅で楽しむことができるようになった。インターネットは家庭と職場とそして社会とつながる、まさに「ライフライン」となった。
しかし、そのような魔法の道具が、時として、時に牙をむいてわれわれに襲い掛かってくる。例えば、ネットバンキングやビットコインなどを利用した詐欺、膨大な企業情報や政府の機密情報を狙い、絶え間なく攻撃を仕掛けてくるハッカーやアタッカー達、顔の見えない「市民」によるSNS上の個人攻撃や誹謗中傷の嵐、選挙活動や市民生活を混乱させるフェイク動画や似非情報の氾濫など。われわれがインターネットに託した夢や利便性と引き換えに支払った代償は、今日あまりに大きいようにも思える。
このような状況こそ、まさにフォレットが『新しい国家』で批判した、勝手気ままな(レッセフェール)の自由にもとづく「群衆」の姿にほかならない。つまり、インターネット社会が前提とする「個人」は、まさに原子論としての「個」であり、フォレットが描いたような「関係性の充実」を目指すような、社会プロセスへと織り上げられていく「関係的個人」ではない。つまり、バラバラな個がそれぞれの欲望や目的を追求することを「自由」と呼ぶような、そのような世界が展開されているように思われる。もちろん、世界的な支援活動やボランティアなどを目的として、新たなネットコミュニティの創造を目指そうと努力する人々なども、少なからず存在している。しかしながら、その姿はネット社会の喧騒の渦に飲み込まれ、かき消されてしまっているようにみえる。
かくして世界中が、ネットを介して個人の勝手気ままな欲望を追求していった先にあるもの、それは「正義」の名のもとに覆いかぶせられる「規制」「統制」の網の目であり、ネットを通じた情報監視社会の脅威である。これは、必ずしも政府など「他者」によるものではなく、ネット社会の「市民」達による「自己統制」つまり「相互監視」という形をとることもある。
行き過ぎた自由放任主義の後には、いつの時代にも「全体主義」の罠が待ち構えている。今、その足音がひそやかに、されど確実に近づいていると感じるのは筆者だけではないであろう。
5.2 インターウィーヴィビングコミュニティ:新たな協働の場さて、このような状況の中で、われわれは今一度、フォレットが提唱した「関係的個人」の考え方と、人々の経験が互いに織り合わせられ、コミュニティに蓄積されて全体が形成されていく、「経験の交織」の意義を、本論文のテーマである「協働」との関係を踏まえて捉えなおしてみることとしよう。
フォレットは民主主義創成期のアメリカで、国籍も宗教も思想も異なる多元的価値を持つ人々が共に寄り添い、時に対立を起こしながらも、それが統合的に解決されて新たな価値を創出し、個人も社会も共に発展していく姿を理想とした。そこで重要なことは、互いにそれぞれの「経験」を織り合わせ、そこから新たな意味や価値をうみだし「創造的経験」を創成していくことであった。つまり、「経験の交織」を通じて創造性を生み出していく「場」そして、そのための「協働」を提唱したのではないか、と筆者は考える。
そして、そこに創り上げられている場は、「社会」というよりも「コミュニティ」という性格を持つものであろうと筆者は推察する。なぜなら、社会(特に近代社会)は、比較的広い領域を対象として、法や制度に基づき機能的に構成されているのに対して、コミュニティは比較的同質性の高い目的を有し、狭い領域の中で、まずは特定メンバーの関係性を中心に生成されると考えられ、経験の交織が行われるのは、まずはそのようなコミュニティを通じてであろうと思われるからである。しかし、今日のように、情報化や国際化のスピードが高まった現代において、このようなコミュニティも外部に向かって急速に開かれていく可能性を含んでいる。この点では、経験の交織は、インターネットを通じてさらに広がると言えるのかもしれない。この点は次節で論じる。
さて、このようなインターウィーヴィングコミュニティと比較すると、現在のインターネット社会の個人主義、それは多様性を持つ個人の群れのようでもありながら、実は一定の均質的な価値観を持つ個人の集合体であるようにも思われる。あるいは各自が自分の社会的ポジションだけは確保しながら、多様性を認めたくない(多様性を限定したい)個人の集まりなのかもしれない。結果的には、インターネット社会は、個人の結びつきを強めるようでありながら、果てしなき分断をもたらす装置として働いている可能性もある。先に述べたSNS上で「炎上」と呼ばれる激しい口論や、特定の相手への誹謗中傷なども、このような分断の表れといえるであろう。
それでは、このように世界で進行している現在のインターネット社会の中で、上で提唱した経験の交織を促進させ、インターウィーヴィングコミュニティを実現させていくためには、どのようにすればよいであろうか。次節では、本論文を振り返り、その可能性について触れておこう。
経営哲学の役割とは、時代の問題を見据え、その根本的な問いを探り、それを問い続けることであると筆者は考えている。まず、筆者自身は、経営哲学を「経営の存在論」「経営の認識論」「経営の実践論」という三つの観点から理解している。また、今世紀初頭の同時多発テロを皮切りに世界で起こってきた大きな出来事を振り返り、その根底に横たわる共通の問いを、①近代を支えた価値―「合理性」「経済性」「民主主義」―などをめぐる問い。②「科学技術をと人間」をめぐる問い、③「人と自然」「人と社会」「人と文化」「人と人」の「関係性」とその「分断」をめぐる問いとして捉えた。そして、この論文テーマである「協働」の変容の根底には、上記の中で「人と人の関係性とその分断」という大きな問題があると理解した。その上で、本稿では、M.P. Follettの思想を踏まえながら、この問題に接近することとした。なぜなら、彼女の生きた20世紀初めの30年間に起こったできごとは、現在われわれが直面している問題と酷似しているためであり、フォレットはその問題に「人と人の関係性」という観点から、独自の思想を作り上げた人物であると思われるからである。
我が国の企業における協働は、戦後の高度成長を牽引した「日本型経営」-終身雇用、年功序列、企業内組合-の下では、新規一括採用により雇用された人々が、共通の経営理念や組織風土の下で、比較的均質の人間関係を背景として営まれてきたと理解できる。つまり、この時期の日本の協働は、企業の中に囲い込まれていた、といっても過言ではない。しかし1990年代のバブル崩壊により日本型経営は徐々に変容し、雇用形態も勤務形態も企業や業種により多様な形態を採用するようになった。さらに、2019年からのコロナ禍における働き方の変化は著しく、インターネットを活用した在宅勤務や遠隔地勤務という形態は、コロナ終息後も企業の中に残り、一つの勤務形態として根付いてきている。こうして、我が国の協働の場は、「企業の時空間」を離れて、家や社会へと拡散していった。そして、それを管理(マネージ)するのは、ある意味で、自分自身である。協働を「他の人々とともに働くこと」と定義するなら、在宅でPCに向かって一人で黙々と作業することを、果たして協働と呼ぶことができるのであろうか。さらに言えば、インターネットを通じて画面で会社の同僚たちと会議をする場合、それは協働なのであろうか。
ここで、われわれは改めてフォレットの「経験のインターウィーヴィング」という概念から、協働の意味を問い直す必要がある。例えば、従来の会社内部で行われる業務について考えてみよう。これを、ある担当者が会社から与えられた「職務」としてのみとらえるなら、そこに必要とされるのは、職務内容と責任範囲、当該職務に関する知識やスキル、遂行の手順と必要人員、職務成果の報告先、等、主として当該職務のみに関係する情報である。遂行に関して、担当者は関係者と協力の上職務遂行を目指す。これが通常「協働」と呼ばれる状況であろう。ここで重視されるのは目的から生じる「機能的(客観的)情報」であるといえよう。
さて、これを「経験のインターウィーヴィング」という観点から捉えなおしてみると、どのような点が重要になるであろうか。例えば、当該業務の経験者の知識やアドバイス。他の業務の経験者の当該業務との比較情報。当該業務あるいは類似業務の経験者によるリスクに関する知識。当該業務に関して、外部での経験などを含む比較情報。その他、自らの勤労経験に根差した労働観や人間観、社会観など。ここでは、明確に記述された情報のみならず、個人的経験に基づいて語られた主観的「ものがたり」と言われるようなものも含まれる。このような経験が、職場や仕事を中心として、互いに織り合わせられ、結びついたときに、そこにはトータルな「事実」が浮かび上がってくる。フォレットは、このような意味で「経験のインターウィーヴィング」を重視し、このプロセスを通じて新たな価値が生み出されたとき、「創造的経験」が創発する、という点を重視した。そしてこれは、協働の重要な点である。
さて、ここで改めて本論文の目的である「新たな共同の経営哲学」について述べてみたい。筆者は、協働の現代的問題を人々の「関係性」と「分断」として捉え、それを克服する道を、フォレットの「経験のインターウィーヴィング」という思想に求めた。協働をめぐる分断は、テレワークなどよる人間関係の分断、職務遂行をめぐる知識の分断など、様々な要素が絡み合って生まれている。しかしその中で特に筆者が注目したのは、協働を支える「機能的(客観的)情報」とともに、「経験的(主観的)情報」の重要性である。この二つの情報が統合することが、協働の新たな経営哲学を切り拓く一つの道であると筆者は考える。
このことの具体的実践を探ることが、今後の課題である。