本論文では、「実務家による講演」を大学生向けの経営学教育の中で活用することの効能を検証する。隣接する教育分野、例えばキャリア教育や起業家教育の分野においては、頻繁に「実務家による講演」が多用されている事実が先行研究において報告されており、また、その講演が受講者に与える効果についても研究されている。しかし、経営学教育の分野における「実務家による講演」の活用と教育効果については、必ずしも体系的な調査と分析が十分になされてきたとは言い難い。この間隙を埋める目的で、本研究は調査と分析を展開している。具体的には、7年間にわたって記録蓄積した受講者意識調査データを用いた分析により、受講学生の「講義内容への興味」、「講義内容の理解」、「企業への関心」それぞれに対する「実務家による講演」の影響効果を本論文は明らかにしている。データ分析の結果として、第一に「実務家による講演」の全体的な教育効果の存在が認められる。第二に、講演者の経営上の職位の違いは教育効果に影響しないことが示される。第三に、講演者の所属業種の違いは受講者意識に影響しうることが示される。第四に、受講者に大きな影響力をもった「実務家による講演」の特徴が明らかにされる。第五に、オンライン形式の講演が対面形式の講演と同等の教育効果を持ちうることが確認される。最後に、調査の継続と研究の将来展望に言及する。
医学研究者が病気を研究するにあたって自ら病を患う患者である必要性が求められないのと同じ理由から、筆者のような経営学研究者もまた、企業経営者(あるいは経営経験者)であることは求められていない 1)。むしろ経営経験をもたないほうが、研究対象や経営現象を客観視できるという利点もありうる。事実、筆者はいわゆる社会人経験を持たないが、経営学の研究者として困難を感じたことはない。しかしながら、大学教員という立場で経営学関連科目を学部生向けに講義する際に、自らの講義内容が机上の空論として受講者に軽視され、理解されないのではないかという一抹の不安を感じる。現実の経営現象をモデル化した経営理論を学生に伝えるうえでは、やはり話し手としての教員の実務経験が有効性や説得力をもち、受講者の理解や納得感を高めることがあるかもしれない。
このような問題意識から、筆者は所属大学の経済学部で担当する経営戦略論に関わる講義において、理論篇と実務篇を接合した内容の講義を実践している。同講義の前半の回で筆者による経営戦略論の理論的な解説を行い、後半の回では7~8社の企業から実務家をゲストスピーカーとして招き、経営戦略の実例を紹介してもらいながら学習するという構成である。同講義の取り組みは令和元年(平成三一年)に始まり、本年で7年目を終えた。教育効果を推し量ることを目的に、過去すべての実務家講演回に受講者意識調査を実施していた。本稿では、この7年間に蓄積した調査記録を分析することで、「実務家による講演」の活用が経営学教育においてもたらしうる教育効果を検証する。
経営学分野の大学生対象の講義で実務家による講演を活用する取り組みは、個別の教員レベルでは決して珍しいものではないと思われる。しかし、この取り組みを体系化して論じたり、報告記録として公開した研究成果は少ない。例外的なものとしては、20年以上前に三重大学の「経営学総論」講義で行われた複数の企業経営者による講演を記録して論じている渡邊(2002)の論考が挙げられるだけである。ただし、彼の取り組みは、具体的な経営実践例とその背後にある実務家の考えや思いを受講生らに披瀝することに力点が置かれていて、本稿で注目している「実務家の講演が受講者意識に及ぼす影響効果」を明らかにすることまでは企図されていない。
一方で、近年においては2011年の大学設置基準の改正により「大学は、当該大学及び学部等の教育上の目的に応じ、学生が卒業後自らの資質を向上させ、社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を、教育課程の実施及び厚生補導を通じて培うことができるよう、大学内の組織間の有機的な連携を図り、適切な体制を整えるものとする」ことになったという背景から、実質的に大学でのキャリア教育やキャリア形成・就職支援が義務化されたと、上野・趙(2022)は指摘する。そのうえで彼女らは、経済系学部を擁する六つの公立大学のシラバスを調査・分析し、すべてにおいて実務家による講演または講義が行われていると報告している。
実際、キャリア教育を目的とする文脈においては、実務家の講演を講義中に取り込む試みが数多くなされており、その効果を調査して報告している研究成果はいくつかある。例えば、阪本(2018)は様々な専門職に就く実務家講演者から職業経験談を聴いた受講者へのアンケート結果を報告・分析している。そして内山(2025)においても、実務家による講義を受講した学生に対してアンケートとインタビュー調査を実施し、実務家による講義が学生の主観的ウェルビーイングの向上につながる可能性を示唆している。
さらに特殊なキャリア形成として、起業家教育プログラムにおける「起業家のゲスト講演」の効果を検証した研究がある。これらの研究では、起業家の講演の受講前後における学生の意識変化を調査している。その結果、松井ほか(2020)では、受講後に学生の起業意思の向上は確認されず、逆に元々起業意思が高い学生の起業意思の低下が見られるなど、ゲスト講演中心の教育プログラムは期待した効果を得られないと述べている。それに対して、同様の調査を実施した小田部(2023)では、学生に新たな価値観を注入して起業に関する無知を払拭し、自己効力感を高めて起業意思を促す効果を、起業家による講演が有する可能性を指摘している。したがって、この分野における見解は、まだ定まっていないと思われる。
以上の先行研究レビューを振り返ると、(一)キャリア形成やキャリア教育を目的とする講義において実務家による講演が頻繁に活用されている、(二)実務家の講演が受講者の意識に対して何らかの影響力を持つことが期待されており、その効果が調査されている、(三)経営学教育を目的として実施する実務家の講演が持ちうる効果を論じた先行研究はほとんど見られない、という現状が明らかになった。
通常、キャリア教育を目的として実施される実務家講演は、その専門的な職業・職種への就職をめざしている学生を受講対象者にして実施される。それゆえ、実務家の講演が当該学生の専門的な技能向上や意識づけにおいて発揮しうる直接的な効果を調査して明らかにする上記のような試みはなされてしかるべきだろう。
それに対して、本研究対象の「経営学教育における実務家講演の活用」は、必ずしも自明な意義があるわけではない。学問的な経営学の講義においては、実務上の専門技能の習得は受講者に期待されていないからである。しかし、実務家の講演を経営学教育の中で行う意義があるとするならば、当事者による経営実践例を経営学理論と組み合わせて学習することで、経営現象とそれに対応する理論モデルへの受講者の理解をより深めうる点にあると、筆者は考える。
そこで本研究では、「経営学教育における実務家講演の導入実施が、受講学生の講義に対する関心と理解度に与える実際の影響効果を明らかにする」ことを課題として、以下の調査と分析を進めていく。
本研究の調査・分析対象は、令和元年度から令和七年度において筆者が所属大学の経済学部で担当した経営戦略論に関わる講義の中で実施している「実務家による講演」を受講した学生に対して行った意識調査の記録データである。この7年間の「実務家による講演」の回数は全52回である。講演した実務家の所属先企業を列挙する(講演回数順&企業名五十音順、「株式会社」表示は省略)と、下記のとおりである。
JFEスチール(7回)、リゾートトラスト(5回)、良品計画(5回)、オープンストリームホールディングス(4回)、JINS(4回)、U-TEAM(3回)、コーチエィ(2回)、サイバーエージェント(2回)、VentureForJapan(2回)、i-plug(1回)、青山メディカルグループ(1回)、揚羽(1回)、大垣共立銀行(1回)、加和太建設(1回)、大同特殊鋼(1回)、テクノスジャパン(1回)、TOKIUM(1回)、トヨタ車体(1回)、ドリーム(1回)、博報堂プロダクツ(1回)、バッファロー(1回)、VFR(1回)、不動産SHOPナカジツ(1回)、プロジェクトカンパニー(1回)、名鉄観光サービス(1回)、山田コンサルティンググループ(1回)、リクルート(1回)
実務家講演者の属性は各社で異なるが、代表取締役(14件)、上級管理者(10件)、中間管理者(28件)に分類できる。括弧内は7年間における講演件数を示す。
「実務家による講演」の内容は比較的標準化されていて、主に次のような内容構成となっている。まず、講演者自身の経歴紹介と所属企業の歴史を含めた事業内容の紹介からはじまり、その企業を取り巻く産業界の状況と課題の説明、直面する課題に対して当該企業が採っている経営戦略の実例の説明、そして当該企業の将来展望を語る、という講演内容の構成である。一般に、実務家を大学講義のゲストスピーカーとして招くと、彼らは人材採用を意識して企業の良い面のみをアピールする「会社説明会」をしてしまう傾向がある。これを避けるため、経営戦略論に関する本講義においては各講演者に次のようなお願いをしている。つまり、会社説明会的な要素は最小限にすること。そして各企業が現実に直面する課題とそれへの対応策について、経営戦略の理論にできるだけ関連づけながら、成功経験のみならず失敗経験も含めてリアルな実例を提示すること。ただし代表取締役等に関しては、経営者や創業者としての経験談やものの考え方を追加して語ること。これらの観点から「実務家による講演」の内容は組み立てられている。
他方、講演の受講者については、各回あたり約60人である。受講者の主な属性は、経済学部三年生が約8割であり、残りの約2割は経済学部四年生・他学部学生・大学院修士一年生である。主要な受講者である学部三年生は、すでに一・二年次において経営学の基礎的な理論を勉強済みであり、その前提知識を踏まえてこの講義に参加している。さらに同講義は春学期開講であるため、学部三年生はインターンシップ等の就職活動を開始する直前にあり、現実の企業事例に高い関心を寄せる人も多い。
本研究では、経営戦略論の講義における「実務家による講演」の回に、上記のような受講者たちに対して行った意識調査の記録を分析していく。この意識調査は、経営理論と経営実践事例の組み合わせを特徴としている同講義のもつ教育効果を推し量ることを目的としている。この調査は、下記の三つの選択式質問項目と自由記述欄から構成されたウェブ調査票を用いて、7年間・全52回の各講演終了時に実施された。
質問1「講義内容は興味が持てるものでしたか?」 →選択肢「そう思う」(興味深い)、「どちらかというとそう思う」(興味普通)、「あまりそう思わない」(興味薄い)、「そうは思わない」(興味なし)。
質問2「講義内容は理解できるものでしたか?」 →選択肢「そう思う」(良く理解)、「どちらかというとそう思う」(理解可能)、「あまりそう思わない」(理解低い)、「そうは思わない」(理解不可)。
質問3「講義を受けてこの企業に興味を持ちましたか?」 →選択肢「興味がわいた」(関心もつ)、「特に興味はわかなかった」(関心なし)。
なお、この調査時には講義への出席確認をあわせて行っていたため、「実務家による講演」の受講者のほぼ全員が調査票に回答している 2)。ここでの収集データは、全数調査データと見なすことができる。以下では、この収集データを用いた統計的な分析結果を示す。
今回の調査における回答者総数は、のべ3,069人となる。「実務家による講演」は全52回なので一回あたりの平均回答者数は58人である。全52回における各質問項目(1「講義への興味」について、2「内容の理解」について、3「企業への関心」について)への回答割合を整理すると表1のようになる。

出所:筆者作成
全体を通して見ると、大多数の受講者が「実務家による講演」を「興味深い」内容を持っていると認識していた。自由記述回答にもあったが、その企業の良い面をアピールするばかりでなく、苦境に陥ったときのエピソードなども交えて話される具体的な講演内容に受講者らは興味を惹かれたようである。
さらに、大多数の受講者は講演内容を「良く理解」できたと回答しており、理解困難だという回答はほとんどなかった。「実務家による講演」の中では、その業界に特殊的な用語や技術、そして製品・サービスを含む具体的事例が語られる。それゆえ、予備知識を持たずに話を聞いて「良く理解」することは一般に難しい。しかし、上記のような結果になった背景としては、事前学習の効果が考えられる。本講義の受講者は「実務家による講演」を行う企業について、あらかじめ調査する課題が与えられる。この課題に取り組んだうえで講演を聴くので、内容の理解度が高まったのだと推測できる。
最後の「企業への関心」がわいたかどうかの質問に対しては、9割近い受講者がその企業の講演を聴いて「関心もつ」ことができたと回答している。自由記述回答によると「関心なし」と回答した人は、就職先が内定済みの四年生であることが多い。それに対して、就職活動開始前の三年生にとっての「実務家による講演」は、業種や職種について新たな関心領域を拡げる機会になりうると、この結果は示唆している。
以上、三つの質問結果の間に見られる関係性を分析する。「興味深い」と「良く理解」の相関係数は0.796で強い正の相関関係があり、受講者が興味を持って聴いた講演の理解度はやはり高いことがわかった。「興味深い」と「関心もつ」の相関係数は0.598でやや正の相関があったが、講演内容に興味を持つこととその企業に関心をもつこととの間には少し距離があることがうかがえる。一方、「良く理解」と「関心もつ」の相関係数は0.749でやや強い正の相関があり、事前学習を含めて講演内容を良く理解できた人はその企業への関心をもつ傾向があった。
4.2 講演者属性の影響効果次に、同じデータ・セットを用いて講演者属性による受講者への影響効果の違いを検証したい。全52回の「実務家による講演」を講演者の職位に応じて、「代表取締役による講演」、「上級管理職による講演」、「中間管理職による講演」の三集団に分類し、前述の三つの質問項目への回答データを分析する。
本多(2021)の報告によると、「個人体験が企業体験に転化されやすい」中小企業の経営者がゲストスピーカーとして講演した際には、その話を聞いた学生たちの印象と反応が高かったという。本研究の「実務家による講演」においても、創業経営者や企業再編を主導した経営者などが多数登壇している。それゆえ、経営者層という職位に由来する何らかの影響効果が見られると想定できる。この想定のもと、上記の三集団を比較した結果が、表2である。

出所:筆者作成
今回の収集データによると、講義内容を「興味深い」と回答した人の割合、講義内容を「良く理解」したと回答した人の割合、当該企業に「関心もつ」と回答した人の割合、これらすべてについて「代表取締役による講演」回の方が他の職位による講演回よりもやや高い傾向が見られた。しかしながら、クラスカル・ウォリス検定を三つの属性集団データに対して行ったところ、「興味深い」「良く理解」「関心もつ」という受講者の回答傾向に関して職位間の違いを示すような統計的な有意差はなかった。つまり、経営者(代表取締役)の講演が相対的に強い影響力を持つとはいえない。
それゆえ、本講義のように経営理論教育の一環として実施している実務家講演においては、中間管理職や上級管理職による講演によっても、受講者への興味喚起と理解促進ならびに当該企業への関心づけが十分に可能であると推察できる。
4.3 業種間の違いによる影響効果過去7年間に実施した全52回の「実務家による講演」は、さまざまな業種から実務家を招いている。大きな産業分類としては、製造業とサービス業に分けられる。ただしサービス業には多様性があるため、さらに小売業と、IT系・広告系・人材系・専門(その他)サービス業に細分類した 3)。以下では、受講者に対する影響効果において業種間の差異が存在するのかどうかについて、収集データを6業種に分類して行った分析結果を示す。
まず、全52回における各質問項目(1「講義への興味」について、2「内容の理解」について、3「企業への関心」について)への業種別の回答割合を整理すると表3のようになる。結果から、小売業が「興味深い」「良く理解」「関心もつ」のすべてにおいて圧倒的に高い回答割合を獲得していることがわかった。一方で次点の業種は、三つの項目それぞれにおいて異なっている。広告系サービス業は興味喚起の点で小売業に次ぐが、講義の理解度においては専門サービス業が小売業に続き、当該企業への関心づけではIT系サービス業が小売業に次いで高かった。つまり、これらのサービス業には一貫した傾向は読み取れない。他方、一貫した傾向としては、製造業が三項目において回答割合が相対的に低く、とくに興味喚起と講義理解が6業種中で最下位となっている。

出所:筆者作成
そこで小売業と製造業のデータを対象に、ウィルコクソン順位和検定を行い、両集団間の統計的な有意差を確認した。表4のように、小売業と製造業とでは「興味深い」「良く理解」「関心もつ」のすべての項目について、p値が1%未満の水準である。この結果から、「実務家による講演」が受講者に与える影響効果は、小売業と製造業において同程度であるとはいえないことが明らかになった。つまり、受講者への影響効果について、業種間の差が存在しうる。

出所:筆者作成
ただし、上記の結果は、あくまでも「実務家による講演」の受講者に対する意識調査データによるものであり、この経済学部卒業生の就職先データの傾向と異なっている点に注意しなくてはならない。例年約220名の卒業生のうち、過去五年間(2020~2024年度)の平均値で見ると、小売業への就職者数は4人、製造業への就職者数は40人となっている 4)。実際の就職人数では、小売業よりも製造業の方が10倍になっている。経済学部の学生にとって、製造業は主要な就職先の一つであることは否定できないだろう。それゆえ、大学の学部講義における経営学教育を補完するという観点においてのみ、製造業よりも小売業の「実務家による講演」の方が、受講者の興味喚起や理解促進にとって適合性があったのだと、上記の結果を解釈するのが妥当だと思われる。
4.4 回答データ上位企業講演回の特徴ここでは三つの質問項目(1「講義への興味」について、2「内容の理解」について、3「企業への関心」について)で、受講者から好意的な回答割合が最も高かった「実務家による講演」回を取り上げて、詳細に検討する。
講義内容について「興味深い」という回答割合が90.6%で、全52回中最も高かった講演回は、2025年に良品計画の中間管理職によって行われた講義(回答者53人)である。また、講義内容を「良く理解」できたという回答割合が93.3%で、全52回中最も高かった講演回は、2021年にJINSの中間管理職によって行われた講義(回答者60人)である。さらに、このJINSの講演回は、企業に「関心もつ」ことができたという回答割合が100%だった。これら二社はともに小売業であり、前節で示した業種別の結果とも対応している。これらの講演回における講演者の職位はともに中間管理職であり、必ずしも代表取締役の影響効果がとくに強いわけではないことを示した先述の分析結果とも整合している。
以下では、この二社の講演回について、受講者の自由記述回答データを質的に分析する。それにより、受講者評価で上位だった実務家講演が有する特徴を探りたい。
まず、良品計画講演(2025年)について、講義内容を「興味深い」と回答した48人の自由記述回答データを抽出し、このテキスト・データの内容分析を実施した 5)。同講演を「興味深い」と感じた受講者らの意見を可視化するため、図1のような共起ネットワーク図を作成した。この図においては、一つのコメント文の中に同時に出現する主要語句どうしがリンク付けされている。円の大きさは当該語句の出現頻度を示し、円の色の濃さは当該語句の他語句との結びつきの多さ(中心性)を示している。図1では「社会」という言葉が出現頻度と中心性の両面で主要な位置を占めている。

出所:筆者作成
実際の講演内容では、ビジネス用語としてのSDGsやサステナビリティなどの言葉が生まれるはるか以前の1980年に、同社は大量消費「社会」へのアンチテーゼを示唆する「無印良品」事業をスタートさせた話にはじまり、近年は全国の地方各地における地域課題の解決に貢献しうる新規サービスや店舗出店などの同社の「社会」的な取り組みが語られていた。図1からは、事業成長と社会課題解決との両立を目指している企業の具体的な実例を「興味深い」と受けとめた、2025年の受講者たちの意識が読み取れると思われる。
次に、JINS講演(2021年)について、講義内容を「良く理解」できたと回答した55人の自由記述回答データを抽出し、このテキスト・データの内容分析を実施した。図2のような共起ネットワーク図を作成して、同講演を「良く理解」できたと感じた受講者らの意見を可視化した。

出所:筆者作成
この図では「強み」という言葉が最も高い中心性を示している。図の上側半分の領域から、同社が持っている戦略上またはマーケティング上の「強み」について、眼鏡業界におけるSPA(製造小売業)というビジネスモデルの具体的な事例に基づいて受講者らが「良く理解」できたと考えていることが読み取れる。また、良品計画の図1と比較して見ると、この図2には「ターゲット」「ポジショニング」「ブランド」「ドミナント戦略」「イノベーション」などの経営戦略論の概念が頻出している。同社の講演では、具体的な事例が理論的な概念と結びつけられながら語られていたことが、この結果に現れている。理論的な要素と対応づけて具体的な事例を説明していく同社の講演内容が、受講者たちに「良く理解」されたのだと思われる。
さらに、図2の下側領域に見られる「興味」と関連づけられる諸要素として「課題」と「現象」の出現頻度が高い。これは、かつて同社の「業績」が停滞していたところから再成長へと転換していく「プロセス」において、彼らが直面している「現象」と「課題」を切り分けて捉えるという「考え方」を採用したことが低迷から脱するうえで有効だったという講演中のエピソードを指している。このような実務家らしい実践的なエピソードを含む講演内容が受講者らの「興味」と「理解」を高めたのだと推測できる。
4.5 講義形式による影響効果の違い2019年から2025年の7年間における歴史的な出来事は、やはりコロナ禍である。同時期の講義では、オンライン形式の講義を実施していた。それゆえ「実務家による講演」についても、2020年のすべての回そして2021年の半数の回はオンライン形式で講演をライブ配信した。この時期の意識調査データを使用することで、オンライン形式と通常の対面形式の講義形態の違いが、受講者への影響効果において何らかの差異をもたらすのかを検証できるだろう。
そこで、2020年から2021年前半に実施したオンライン形式の講演回全10件と、2021年後半から2022年に実施した対面形式の講演回全10件からなる二つの集合を取り上げて、講義形式間の比較分析を行った。ここでも各質問項目(1「講義への興味」について、2「内容の理解」について、3「企業への関心」について)に対する受講者の回答データを用いた。
表5は「興味深い」「良く理解」「関心もつ」と回答した受講者の割合を講義形式別に提示したものである。さらに、ウィルコクソン順位和検定を行い、両形式間の統計的な有意差を検証したところ、いずれの項目についてもp値が高く、両者に差があるとはいえないことが明らかになった。なお、表示を省略したが、他の選択肢項目「興味普通」「興味薄い」「理解可能」「理解低い」「企業関心なし」への回答結果についても、両形式間に有意差は見られなかった 6)。

出所:筆者作成
以上の結果から、受講者に対して「実務家による講演」が与える影響効果は、講義形式の違いによって左右されることはないと推測できる。事実、前節において理解度と関心度で最上位の講演回だったと紹介したJINSの講演回は、2021年にオンライン形式で実施されたものである。したがって、オンライン形式が、講義内容に対する受講者の理解促進、そして彼らの企業への関心づけにおいて決して不利になる要素ではないことを指摘できるだろう。ただし、講演動画をただ単にオンライン配信するのではなく、講演者と受講者の相互交流を生み出す観点から、講演のライブ配信による実施と、チャット機能を積極的に活用して質疑応答の機会を確保するなど、対面形式の講演に近づける努力を本講義では行っていた。このような取り組みの効果が、表5の結果に現れているかもしれない点に留意しなければならないと思われる。
本論文では、経営戦略論に関わる大学生向けの講義の中で実施する「実務家による講演」が、受講学生の「講義内容への興味」、「講義内容の理解」、「企業への関心」それぞれに対して与えるうる影響効果を、7年間にわたって記録蓄積した受講者意識調査データの分析から明らかにした。主な分析結果と結論は、次の5点である。
第一に、全52回の「実務家による講演」に関するデータを分析した結果として、大多数の受講者たちが、講義内容を「興味深い」と感じ、講義内容を「良く理解」できたと回答していた。また、講義内容が「良く理解」できた講演回であるほど、当該講演を行った企業に「関心もつ」傾向があるとわかった。先行研究(上野・趙, 2022; 阪本, 2018)では、主にキャリア教育を目的として実施された「実務家による講演」の教育効果の有効性が論じられていたが、本研究のように経営学教育の補完を目的に行う「実務家による講演」もまた一定の教育上の有効性を持ちうることが見出された。
第二に、講演者の職位属性の違いが受講者に与える影響効果を分析した結果、代表取締役(経営者)、上級管理職、中間管理職の三つの間には影響力の差がないことがわかった。先行研究(小田部, 2023; 本多, 2021)においては、中小企業経営者や起業家・創業者による講演が受講者に一定の影響力を持ちうることが指摘されていたが、本研究の結果は異なった。確かに起業家教育をめざす講義であれば、経営者本人による講演の重要度は高いかもしれない。しかし、本研究のように経営学教育を補完するための「実務家による講演」であるならば、企業経営の現場を良く知る中間管理職が語る具体的エピソードが、受講者の興味を惹きつけられるように思われる。
第三に、業種別(6業種)の比較分析を実施した結果、小売業が「興味深い」「良く理解」「関心もつ」のすべてにおいて圧倒的に高い回答割合を獲得していた。それに対して、製造業は受講者からの回答割合が相対的に低かった。しかし、調査対象となった経済学部卒業生の実際の就職先別人数を見ると、小売業は製造業の10分の1の人数である。現実には、就職先としての小売業の人気は高いとはいえない。それにも関わらず、上記のような分析結果となった理由としては、小売業は受講者にとって身近な業態であるがゆえに「実務家による講演」の内容を、彼らが既習の経営理論と対応づけて解釈・理解しやすいという側面があるからではないかと思われる。
第四に、受講者による好意的な回答(「興味深い」「良く理解」「関心もつ」)の割合が高かった上位企業をとり上げて自由記述回答データを質的に分析した。その結果、とくにJINSの講演回においては、「具体的な事例が理論的な概念と結びつけられながら語られていた」という特徴が浮き彫りになった。今後、受講者に「良く理解」してもらいやすい講演内容を実務家講演者が組み立てる際には、この特徴点に注意すると、より効果が高まりうると思われる。
第五に、オンライン形式と対面形式の講義形式の違いによる受講者への影響効果を検証した。その結果、両形式間において統計的な有意差は確認できなかった 7)。すなわち、チャット機能を活用した質疑応答などで講演者と受講者との相互交流の機会を維持できるのであれば、オンライン形式の講演が対面形式と同等の有効性を持つことがわかった。コロナ禍の終息後、本講義はすべて対面形式で実施してきているが、この結果を踏まえるならば、より柔軟にオンライン形式の講演回を取り入れることで、ゲストとして招聘可能な講演者の幅が広がると思われる。
最後に、本研究のもつ限界点と残された課題について述べる。第一に、使用データがもつ特性について指摘できる。今回の分析結果は、筆者が教える経済学部学生の意識調査データを用いて得られたものであるため、他大学あるいは他学部の学生の場合にも同様の結果が見られるかどうかは不明である。すなわち、上記の結果を一般化して解釈するには時期尚早である。全国の大学には、経営学教育の中で「実務家による講演」を活用している教員がすでに多くいることと思われる。今後、異なる受講者データの分析によって「実務家による講演」の教育効果の再検証が進められていくための布石として、拙稿がお役に立てれば幸いである。
第二に、データ分析上の観点が指摘できる。今回の分析で使用した受講者意識調査データは7年間にわたって収集されたものである。それを本研究では基本的に年ごとの違いを想定しない一つの集合として取り扱った。企業・講演者・受講者のそれぞれが開講年ごとに入れ替わり 8)、すべてが固定的でないがゆえに、経年変化を追跡する意味合いが低いと考えたからである。つまり、52回の「実務家による講演」一つひとつが独立した観測事象であると位置づけて、本研究は分析している。
しかし、本研究の収集データから歴史的な変遷を見出すことは可能だと考えられる。たとえば、本文中で詳細に取り上げた良品計画講演(2025年)の分析結果には、社会性と事業性の両立に興味を寄せる2025年時点に特有の受講者意識が反映されているように思われる。当論文の主題と問題意識から離れる研究テーマではあるが、このように受講者意識の長期的な変遷に注目する研究がありうるだろう。
また、次年度以降も「実務家による講演」を継続していく予定である。引き続き受講者意識調査を行い、次の7年間のデータが蓄積されたら、今回の研究結果と比較するかたちで分析を展開したい。これらは将来的な課題である。
講演者として登壇された実務家の方々に感謝を申し上げます。日頃、当講義の運営でお世話になっている須賀友嗣氏(株式会社U-TEAM代表取締役)に御礼申し上げます。