新制度派組織論の研究では、「制度」概念の構成要素が曖昧であるという問題を抱えている。先行研究では、制度概念の構成要素に関する研究は部分的に提示されてきたものの、制度概念の構成要素そのものを体系的に検討する試みは十分とは言えない。これらを踏まえ、本論文では制度概念をその構成要素の観点から検討することを目的としている。
本論文では、まず新制度派経済学との比較を通じて、新制度派組織論が制度を理念型として捉え、文化―認知的側面に立脚していることを確認した。そして、先行研究における制度概念の捉え方を①ルール、②パターン、③プロセスの三つに整理した。そして③の立場に依拠し、制度を「特定の文脈において常に生成しつつも持続する、集合的に自明視された秩序」と定義した。正統性や制度ロジックを制度の構成要素から切り離し、制度概念の構成要素として①構成的ルール、②スクリプト、③制度的アクターの三点を提示し、理論モデルを提唱した。本稿の意義は次の三点である。第一に制度そのものと正統性をはじめとした結果に関わる要素を理論的に区別する視座を示した点にある。第二に、制度変革や制度維持といったプロセスを、構成要素の再編として分析できる可能性を示した点である。第三に、制度的アクターの概念を導入することで、制度と単なる慣習とを区別する理論的基準を提示し、制度概念の過度な拡張を抑制する可能性を示した点である。
企業や大学をはじめとする組織は、競争環境や消費者動向といった経済的要因だけではなく、制度やネットワークといった社会的に形成される要因にも取り囲まれている。こうした社会的要因の中でも、とりわけ制度に着目し、組織と制度の関係を分析対象としてきた研究領域が、新制度派組織論である。新制度派組織論は、組織の存続や成長において制度がどのような影響を及ぼすのかを説明しようとする理論枠組みであり、制度的同型化や制度的企業家、制度ワーク、制度ロジックなど制度をめぐる概念は大きく拡張している。
その一方で、新制度派組織論の研究では、制度概念が曖昧に用いられてきた結果(Haveman and David,2008:588; Davis and Bitektine,2009: Ocasio and Gai,2020)、制度を構成する要素が十分に明確化されていないという問題が生じている(Alvesson and Spicer,2019; Hallet and Hawbaker,2021)。制度概念の曖昧さは、概念定義が不十分であるという問題にとどまらない。制度がいかなる要素によって構成され、それらがどのように関係することで成立しているのかが明らかでなければ、制度は結果的に「正統性をもたらす要因」や「同型化を説明するラベル」として用いられるにとどまり、制度の再生産や変革・維持のプロセスはブラックボックス化してしまう。
もっとも、先行研究において制度の構成要素に関する議論がまったく存在しなかったわけではない。正統性(Colyvas and Powell, 2006)や言説(Phillips, Lawrence and Hardy, 2004)といった要素は部分的に検討されてきた。しかし、制度概念の構成要素そのものを体系的に整理し、それらの相互関係から制度を捉え直す試みは、いまだ十分とは言えない(Ocasio, 2023)。
以上を踏まえ、本稿では「新制度派組織論における制度概念の構成要素は何か」という問題意識を設定し、制度概念をその構成要素の観点から再理論化することを目的とする 1)。
本構成は以下の通りである。第2章では制度概念の前提や定義について検討する。第3章では、制度概念の構成要素として構成的ルール・スクリプト・制度的アクターを提示し、理論モデルを提唱する。第4章では結論として、本稿で提示した制度概念の理論モデルの意義と限界について検討する。
経新制度派組織論とともに同じ制度現象を分析対象とする研究領域として新制度派経済学が取り上げられることが多い(Roberts and Greenwood,1997; Nee and Ingram,1998; 河野,2002:21; 矢寺・浦野・松嶋,2015:139)。新制度派経済学では、制度を「契約の束」として捉える傾向がある(菊澤,1998:17-18; 藤田,2001:244-245)。契約とは、個人間や企業間、あるいは個人と企業間で交わされる約束事であり、当事者に対して法的な拘束力を伴うものである。こうした契約は、経済社会における組織行動に一定の予測可能性と安定性を与えている。例えば、所有権制度に関する新制度派経済学の分析では、制度とは財や資源に関する権利の帰属を明確に定める契約的・法的枠組みとして捉えられる。菊澤(1997)は、所有権理論に依拠し、財の使用権やそこから生じる利益の帰属および権利の譲渡可能性が、組織行為の予測可能性や外部性に影響を与えていると論じている。所有権が特定の主体に明確に帰属していれば、行為の結果として生じるプラス・マイナスの効果も当該主体に帰属し、組織構成員は法的拘束力の下で合理的に行為することが期待される。一方で、所有権の帰属が不明確な場合には外部性が発生しやすくなり、行為の安定性は低下する。つまり、新制度派経済学では、契約が有している法的拘束力を基盤として、組織行為の安定性を説明する点において、制度の規則的側面に分析の焦点を置いているのである(Scott, 1995:67)。
新制度派組織論における「制度」概念は、「理念型」として捉えられる。Weber(1978:974)の理念型概念に依拠すれば、制度は現実の行為を理解するための分析的枠組みとして、組織や行為者に先行して形成される。河野(2002:21)によれば、制度は組織に先立って存在するとしたうえで、組織は制度の影響を受けていると指摘する。さらに、Scott(1987)や佐藤・山田(2004:199)も、個人や組織の目的および利害関係は内的な意思決定よりもむしろ制度によって方向付けられることが多いと論じている。例えば、企業制度のもとでは「利益の追求」が、大学制度では「研究成果の公表と教育」が、国家制度では「国益と自国の繁栄」が、行為者に期待される行為の方向性として定められている(Scott,1987)。これらの行為は個別の戦略や戦略の結果ではなく、各制度の中で「当然視される目的」として組み込まれていることを表している。したがって、新制度派組織論では、制度を所与の枠組みとして位置づけ、制度の枠組みにおいて組織がどのように行為するかに焦点を当てているのである。
以上の比較を踏まえているのが表1である。どちらも経営学において同じ制度現象を研究対象としているものの、その内容は大きく異なっている。新制度派経済学は制度を契約として捉えたうえで制度の規則性に焦点を当てている。対して、新制度派組織論は制度を理念型として捉えたうえで、制度の文化―認知的側面に焦点を当てている点で大きく異なるのである 2)。

出所:筆者作成
新制度派組織論における制度概念は、各論者の理論的立場や分析焦点によって多様に定義されている(舟津,2022:21-22)。制度概念の構成要素を検討するにあたり、まず制度概念そのものの定義について整理する必要がある。
そこで、本節では、新制度派組織論における「制度」概念の定義を整理し、主要な捉え方を三つに分類して検討する。具体的には、①制度をルールとして捉える立場、②制度をパターンとして捉える立場、③制度をプロセスとして捉える立場である。
2.2.1 ルールとして捉える立場第一の立場は、制度をルールとして捉える立場である。Meyer and Rowan(1977)は明示的な定義を示していないが、「制度化された規則」として、組織構造における組織図やマニュアルなどを社会的に承認された要因とみなし、それを導入することで組織は正統性を獲得できると論じた。同様に、Zucker(1977)は制度を「明確に社会的な性格を持ち、一定の行為の在り方が確立されたもの」と定義し、特定の慣行が社会的に共有され、正当な組織行動の基準として制度化されていく過程を分析している。また、松嶋・浦野(2007)も、「それ期待として存在する実体ではなく、様々な利害関係者間の社会的ルール」として制度を捉えている。このように、制度は組織行動 3)に影響を及ぼす要因としてのルールもしくはルールに準ずるものであり、制度的同型化(DiMaggio and Powell,1983)や正統性の獲得(Meyer and Rowan,1977)を説明するための影響要因として位置づけられてきた。
2.2.2 パターンとして捉える立場第二は、制度をパターンとして捉える立場である。この立場では、制度を明示的なルールとしてではなく、組織や人々の行動が反復される安定的な行動様式として理解する。例えば、日本企業における新規学卒一括採用の経営慣行は、法的拘束力を伴う明示的なルールではないものの、毎年同じ時期に繰り返される慣習として、人々の期待や行動を形成し続けている。企業は「そうするのが当然」とみなされる採用活動を行い、学生もまた「そうした就職活動を行う」という前提のもとで行動する。このように、新規学卒一括採用は、明文化された規則によらずとも、行動の反復を通じて自明化され、組織行動の再生産をもたらしている。
Jepperson(1991)はこのような視点から制度を「特定の状態や性質に到達した社会的秩序やパターン(145)」として定義している。制度が一度成立すれば、半ば自動的に組織や人々の行動を方向付ける機能を有しているのである。また、舟津(2022)はこの議論を踏まえつつ、制度を「慣習・習律・法などを複合した規範の体系であり、超個人/超組織的なものであり、個人や組織にとって意識・無意識に参照され、行動を再生産するもの(23)」として定義している。制度は行動の反復によって自明化し、組織行動の再生産をもたらす。すなわち、この立場において制度とは、影響要因というよりも、組織行動を条件づける存在として捉えられるのである。
2.2.3 プロセスとして捉える立場第三の立場は、制度をプロセスとして捉える立場である 4)。先に述べたルールとして捉える立場やパターンとして捉える立場はいずれも、制度を主として安定性の観点から把握してきた。しかし、このような見方は、制度の安定性をあたかも静態的な属性であるかのように理解してしまう点で問題を含むことが指摘されている(Greenwood, Suddaby and Hinings, 2002)。こうした批判を背景として、近年では制度を所与の構造としてではなく、時間の中で生成・再生産され続ける動態的なプロセスとして捉える見方が強まっている(Hoffman, 1999; Surachaikulwattana and Phillips, 2016:372)。例えば、Weik(2019)は制度を「人々や集合的行為者がそれを維持・修正・攪乱しようとする不断の努力の展開的な結果」として定義している。Weik(2019)は組織や人々が観察する制度は一時点であるとしながらも、基本的には制度をプロセスとして捉えることを提唱している。Ocasio(2023)も同様に、制度を「当たり前のものとして受け入れられた役割と相互作用の体系」として捉え、制度の基盤にあるミクロレベルの相互作用と意味生成に分析の焦点を移している。制度は組織や人々による相互行為の積み重ねによって維持されるのであり、制度の安定性は絶えず再生産されているに過ぎない。制度はルールや行動パターンのような固定的な捉え方をするのではなく、むしろ絶えず生成されながら持続する社会的プロセスである(Reinecke and Lawrence,2023)。すなわち、制度とは、安定した秩序として観察される一方で、その安定性自体が組織や人々の実践によって不断に達成され続ける社会的プロセスなのである。
表2で示しているように、新制度派組織論における「制度」概念の定義は、大きく分けて、制度をルールとして捉える立場、パターンとして捉える立場、プロセスとして捉える立場の三つに整理することができる。これらは相互に排他的なものではなく、制度概念の焦点がどこに置かれているかという点において差異を有する理論的立場である。

出所:筆者作成
初期の新制度派組織論において、制度はルールに近いものとして理解されており、制度的同型化や正統性の獲得といった概念に代表されるように、組織の行動に影響を及ぼす要因の一つとして捉えられていた。この立場では、制度は組織の外部に与えられた比較的安定的な枠組みとして想定され、組織はそれに適合することで正統性を獲得すると理解されてきた。
その後、制度が組織行動に安定性をもたらす点が強調されるようになるにつれ、分析の焦点は明示的なルールそのものから、組織や人々の行動が繰り返されるパターンへと移行していく。この立場では、制度とは組織の行動に「影響を与える要因」というよりも、組織行動を条件づける存在として捉えられる。すなわち、制度は、組織行動の再生産を可能にする基盤として機能するのである。
さらに、制度をプロセスとして捉える立場では、制度はルールやパターンとして理解されるのではなく、組織や人々の相互行為の積み重ねによって絶えず生成・維持・変容される秩序として把握される。この立場において、制度の安定性は所与のものではなく、実践を通じて不断に生成され続ける結果にすぎない。Reinecke and Lawrence(2023)が指摘するように、制度とは、安定した秩序として観察される一方で、その安定性自体が組織や人々の実践によって再生産され続ける社会的プロセスなのである。
このように、新制度派組織論における制度概念は、ルール、パターン、プロセスという三つの視点から段階的に捉え直されてきた。それぞれの立場は制度の異なる側面を照射するものである。なお、本稿では③のプロセスとしての立場に立脚して、以降の議論を進めていく。
2.3 制度概念の定義制度概念の定義を検討するにあたり、まずScottの定義について言及する必要がある。Scottは制度を「社会的に安定性と意味を与える認知的・規範的・規則的構造および諸活動から成り立つ状態(1995:33.2014:56 )」として定義した。この定義は多くの研究者によって参照されており(Perkmann and Spicer, 2007; Kamm, Mattsson and Goel, 2020)、新制度派組織論における代表的かつ標準的な定義の一つとして位置づけられている。
もっとも、Scott(1995; 2014)の制度概念定義は、理論的には総花的な性格を有している点に注意する必要がある。Scott(1995)が制度概念を提示した1990年代半ばの経営学では、制度をめぐる理論的前提や分析視角が十分に整理されていなかった。こうした状況を踏まえScott(1995;2014)は規則的・規範的・文化―認知的側面という分析枠組みを提示するとともに、これらを包含する包括的な制度概念の定義を行ったのである。当時としては、Scottによる概念定義は制度の理論的前提や分析視角を整理し、研究領域全体を俯瞰するうえで有効な概念定義であったと評価できる。
しかし、その包括性ゆえに、Scott(1995; 2014)の定義は、文化―認知的側面に依拠した制度概念を明示的に定式化したものとは言い難く、後続研究において多義的に解釈される余地を残している。したがって、本節において制度概念をあらためて定義し直すことは、後続する構成要素の検討に理論的な基盤を与えるうえでも重要である。
本稿では、制度を「特定の文脈において常に生成しつつも、なおかつ持続する、集合的に自明視されている秩序」として定義する。本定義は、制度を静態的な状態として捉える見方から距離を取り、制度を生成過程にある現象として理解する立場に依拠している。Reinecke and Lawrence(2023)は、制度を「常に生成しつつも持続する社会的プロセス」として捉えおり、制度の安定性は所与のものではなく、時間の中で再生産され続けることになる。
さらにOcasio(2023)は、制度を特徴づける要件として「集合的自明視(taken-for-grantedness」を挙げている。Ocasio(2023)は制度を「集合的に自明視された役割と相互行為の組織化されたシステム」と定義し、制度が人々にとって疑問の対象となる以前に、前提として受け入れられている秩序である点を強調している。このような集合的に自明された秩序が存在するからこそ、組織は特定の行為や相互作用を可能なものとして遂行することができるのである(Lee and Whitson,2025)。
以上のように、プロセスの立場に立つと、制度はルールやパターンといった静態的な構造としてではなく、組織や人々の実践を通じて不断に変容・維持する流動的な秩序として捉えられる。このような視点において重要となるのは、制度がいかなる要素の組み合わせによって構成され、その秩序がいかにして維持・変容しているのかを明らかにすることである。
先行研究では、制度概念の構成要素として、シンボリズムの観点から構成的ルールの重要性が指摘されて以降(Scott,1994:60-62)、正統性 5)や制度ロジック 6)に加え、言説(Phillips, Lawrence and Hardy,2004)、物質性(Lawrence , Leca and Zilber,2013)、時間(Reinecke and Lawrence,2023)など、多様な要素が検討されてきた。このことは、制度が単一の要素によってではなく、複数の要素の相互作用によって成立していることを示している。
しかし、新制度派組織論は、制度をあらゆる社会的要素の総体として捉える理論ではなく、とりわけ文化―認知的側面に焦点を当てて制度を理解しようとする理論である。そのため、制度概念の構成要素についても、単に関連しうる要素を網羅的に列挙するのではなく、この理論的関心に即して整理する必要がある。すなわち、制度がいかに成立し、いかに再生産されるのかを支える基盤となる要素に焦点を当てることが求められる。
そこで、プロセスとしての制度を分析するうえで中核となる構成要素として、構成的ルール、認知的要素としてのスクリプト、文化的要素としての制度的アクターの三点を提示する。これら三つの要素がいかに相互に関係しながら制度を構成しているのかについて理論的に整理し、分析枠組みとして提示する。
新制度派組織論において最も重要な構成要素 7)として捉えられてきたのが、構成的ルールである(Scott,1994:60; Scott,1995:41; 藤田,2001:216;Scott,2014:76)。
構成的ルールとは、特定の制度において行為を可能にし、その意味を社会的に規定するルールである。Searle(1969:33)は構成的ルールを「Cという文脈においては、XとはYである」という形式で定義した。ここで重要なのは、構成的ルールが単に行為の手続きを規制するのではなく、行為そのものの存在条件を定めるという点である。例えば、従業員が作成した報告書に記載された数値は、それ自体では単なる数字の羅列にすぎない。しかし、会計制度や企業制度という文脈に置かれることで、その報告書は「会社の財務状況を示す公的な証拠」として制度的な効力を持つようになる。すなわち、監査法人や規制当局、投資家が参考にする「正統な情報源」に転換されるのである。このように、構成的ルールは日常的な成果物や行為に社会的意味を付与し、それを制度として成立させる枠組みを提供しているのである。つまり、構成的ルールは人々の主観的経験に客観的な意味を付与するプロセス(Berger and Luckmann,1966:39; Scott:67; 藤田,2001:216)である。
この点を踏まえると、構成的ルールは、個々の行為に意味を与えるだけでなく、「どのような行為が前提とされ、どのような目的が正統なものとして想定されるのか」をも規定する。Scott(1994:61)の議論が示すように、経済学において「人間は自己利益を追求する存在である」と仮定されるのは、それが経済市場という制度を構成するルールによって支えられている場合に限られる。言い換えれば、人々の目的や行為様式は普遍的なものではなく、各制度に固有の構成的ルールによって定義されるのである。例えば、企業制度では利益追求が中心的な行為として位置づけられ、大学制度では教育や研究成果の公表が重視され、政党制度では票の獲得や政策立案が重要な行為とされる。このように、構成的ルールは、組織や人々に「どのような行為が前提であり、何が重要であるのか」を示し、制度ごとに異なる行為の方向性を形作っているのである(Jepperson, 1991:146; Meyer and Jepperson, 1991:220–223)。
3.2 スクリプト構成的ルールが制度において必要なカテゴリーや役割を定義し、その存在条件を整えるのに対して、スクリプトとは、そうしたルールに基づいて「どのように行為すればよいのか」を認知的・実践的に指し示す、行為の手順や相互作用のパターンを指す(Shank and Abelson, 1977:38; Lord and Kernan, 1987) 8)。言い換えれば、構成的ルールが制度の「舞台設定」や「役割カテゴリーの創出」に当たるならば、スクリプトは、その舞台で反復的に演じられる行為の進行や物語に相当する。
例えば、大学制度における構成的ルールは、「教員は研究成果の公表と教育を担う存在である」「学生は教育を受け、学習成果を提出する存在である」といった役割カテゴリーを規定する。しかし、大学制度はこれらのルールが存在するだけでは機能しない。授業の運営、レポートや試験の評価、研究活動といった日常的実践は、制度に固有のスクリプトが反復的に遂行されることによってはじめて可能となり、制度はその過程で再生産されている。
新制度派組織論は、このように「特定の状況下でどのような行為が意味を持つのか」という点を概念化することに関心を寄せてきた。ある行為が社会的に意味あるものとして理解されるためには、その行為を方向づける指針が必要であり、スクリプトはその役割を果たす(Scott, 1995:45; 2014:69)。スクリプトは、特定の文化や社会において「当然のこと」とみなされる思考様式や行為の順序を示し、有意味な行為の選択を方向づける。
企業組織の事例で言えば、多くの企業が事業部制を「当然の組織形態」として採用している状況が挙げられる。事業部制の導入自体は合理的な組織構造として説明されるが、それを「当然の選択」として正統化する認知的枠組みも存在する。このような認知的枠組みを支えているのがスクリプトである(藤田, 2001:217; Ocasio and Gai, 2020)。つまり、スクリプトは、構成的ルールに基づく行為の進行を方向づけると同時に、制度の認知的要素を体現し、組織行為の背後にある「当たり前のものの見方」を形作っている 9)。
組織や人々は制度に埋め込まれており、教育や訓練、日常的な実践を通じて、制度に固有のスクリプトを身につけていく。これらのスクリプトは行為のたびに意識的に参照されるわけではないが、反復的な実践を通じて再生産され、次世代の成員へと伝達されていく(Zucker, 1977)。
したがって、スクリプトは単なる「認知の枠組み」にとどまらず、反復的な実践を通じて再生産されることで、制度の存続を支える共有された行為―認知のレパートリーとして機能しているのである。
3.3 制度的アクター第三に、制度の構成要素として文化的要素を検討する。本稿では、この文化的要素を担う主体として「制度的アクター(institutional actors)」という概念を導入する。
「制度的アクター」とは、特定の制度文脈において、構成的ルールやスクリプトに対して社会的承認や権威を付与し、それらを正統な制度的実践として位置づける主体を指す。制度的アクターは、日常的に制度に従って行為する一般的な行為者とは異なり、制度の意味体系に対して第三者的な立場から介入する存在である。彼らは、特定の行為や実践が「正しい」「望ましい」「正統である」と評価・承認することを通じて、構成的ルールやスクリプトを社会的に安定化させる役割を担う。
このような制度的アクターの概念は、新制度派組織論において重視されてきた文化―認知的側面のうち、とりわけ「文化的側面」を理論的に明示化するためのものである。新制度派組織論では、制度が人々や組織の思考や行動の前提として自明視される点が繰り返し強調されてきたが、その中心を担ってきたのがスクリプトである。スクリプトは、特定の制度下において「どのように振る舞うべきか」を示す認知的枠組みとして機能し、行為者の行為を「考えずともできるもの」へと導いてきた(Phillips and Malhotra, 2008:717)。
もっとも、この認知的側面だけでは、制度がどのように成立し、また変化しうるのかを十分に説明することはできない。Scott(2014)は、制度を理解するうえで決定的に重要なのは、「行為や行為者、そしてその意図をどのように定義するか」(79)であると指摘し、制度内部では常に状況のフレーミングやナラティヴをめぐる解釈の対立が存在すると論じている(66–67;79)。すなわち、制度の文化的側面とは、単に行為が自明化される過程ではなく、何が正統な行為であり、誰が正統な行為者であるのかを定義し、その判断基準を社会的に共有させるプロセスに関わるものである。このような定義や判断基準の形成と共有は、行為者個人の内面だけで完結するものではなく、しばしば特定の主体による評価や承認を通じて媒介される。Strang and Meyer(1993)が指摘するように、制度の形成と拡散には、文化的正統性を有する専門家コミュニティの存在が不可欠であり、涌田(2025:55)も、制度化の過程において新たな実践の価値を高める「補完的アクター」の役割を強調している。Khaire and Wadhwani(2010)の近代インド美術の分析が示すように、第三者による評価や可視化は、制度的カテゴリーの成立を支える重要な契機となる。
以上を踏まえると、制度が単なる慣習的行為や反復された相互行為にとどまらず、社会的秩序として成立するためには、構成的ルールやスクリプトに対して正統性を付与し、その意味体系を社会的に固定化・再編する制度的アクターの存在が決定的である。
近年の新制度派組織論の研究は、この第三者的視点の重要性を示している。例えば、Vaccaro and Palazzo(2015)は、イタリア・シチリア島において長年慣習として定着していたマフィアの「ピッツォ(みかじめ料)」制度に対し、市民団体や教育機関が「支払わないことが社会的に正しい」という新たな価値を提示し、既存の構成的ルールやスクリプトを再定義していく過程を分析している。この運動は、単なる反抗ではなく、制度的アクターが社会的承認を獲得することで制度の意味体系を書き換えていく文化的闘争であることが示されている。同様のメカニズムは、フランスの高級レストラン業界におけるヌーヴェル・キュイジーヌの成立過程においても確認されており、料理評論家やガイドブックといった第三者による評価と承認が、制度的スクリプトの再解釈と制度変容を媒介していたことが示されている(Rao, Monin and Durand, 2003)。
以上の議論を踏まえれば、制度の文化的要素とは、構成的ルールやスクリプトが社会的に正統なものとして承認され、維持・再編されるプロセスを支える次元であり、その中心には制度的アクターの存在があるといえる。制度的アクターは、制度という社会的秩序を維持するだけでなく、「何が正統か」「誰が正統な行為者か」という文化的定義を更新し続ける存在なのである。
図1は、新制度派組織論における制度を構成的ルール・スクリプト・制度的アクターという三つの構成要素の相互作用として整理したものである。構成的ルールは、特定の制度領域において行為や役割に社会的意味を付与し、「何が正統な行為であるのか」「誰が正統な行為者であるのか」を定義する枠組みを提供する。スクリプトは、こうした構成的ルールに基づいて形成される行為の手順や相互作用のパターンであり、制度が日常的実践として反復・再生産されることを可能にする。

出所:筆者作成
これら二つの要素を制度として安定化させる役割を果たすのが、制度的アクターによる社会的承認である。制度的アクターは、特定の構成的ルールやスクリプトを「正しいもの」「社会的に望ましいもの」として承認することで、それらを単なる慣行やローカルな実践から、社会的に共有された制度秩序へと転換する。この承認過程を通じて、構成的ルールとスクリプトは自明視され、制度としての正統性と持続性を獲得する。
以上のように、図1は、制度的アクターによる承認を媒介として、構成的ルールとスクリプトが相互に強化・再編され、制度秩序の維持や変容が生じる循環的関係を示している。
本稿では、新制度派組織論における「制度」概念を検討し、「新制度派組織論における制度概念の構成要素はなにか?」という問題に取り組んだ。新制度派経済学との比較を通じて、新制度派組織論が制度を理念型として捉え、文化―認知的側面に立脚していることを確認した。そのうえで、制度概念の捉え方に関する先行研究を整理し、①ルールとして捉える立場、②パターンとして捉える立場、③プロセスとして捉える立場という、3つの立場に整理した。そして、③に立脚したうえで、制度を「特定の文脈において常に生成しつつも、なおかつ持続する、集合的に自明視されている秩序」として定義した。そして、正統性や制度ロジックは制度概念の構成要素には含まれないことを確認したうえで、最終的に制度概念の構成要素として①構成的ルール、②スクリプト、③制度的アクターの三つを提示するとともに、理論モデルを提唱した。
本研究の意義は、次の三点である。第一に、制度が曖昧に用いられてきた結果、制度そのものと結果に関わる要素とを理論的に区別する視座を提示した点である。新制度派組織論では、制度が曖昧に用いられてきた結果、正統性の獲得や制度的同型化といった結果に関わる要素と、制度を構成する要素が理論的に混同されてきた。本稿では、制度を構成する要素を明示することで、制度そのものとその派生的効果とを理論的に区別する視座を提供する。
第二に、制度変革や制度維持といったプロセスを、構成要素水準で分析可能にした点である。制度変革や制度維持といったプロセス研究において、制度が「変わった/維持された」と記述される一方で、何がどのように変化したのか、あるいは維持されたのかが十分に特定されてこなかった。本稿における制度概念の構成要素は、構成的ルール、スクリプト、制度的アクターという要素水準で制度を捉えることにより、制度変革および制度維持を構成要素間の再編として分析することを可能にする。
第三に、制度概念の過度な拡張を抑制し、制度と制度でないものとを理論的に区別する基準を提示した点にある。本稿が提示した構成要素のうち、とりわけ制度的アクターの概念は、制度概念の適応範囲を明確にし、制度と制度でないものを理論的に区別できる可能性を有している。例えば、Jepperson(1991:144))が挙げる「握手」は二者間の行為として制度に類似した性質を有しているが、制度的アクターの存在が想定されない場合、それは二者間の慣習にとどまる。制度は、第三者からの視点から構成的ルールやスクリプトが承認・正統化されることによってはじめて成立するのである。本稿の理論モデルは、制度と制度でないものとを区別するための理論装置としての可能性を示している。
本研究にはいくつかの限界があることも指摘しなければならない。第一に、本稿の議論は理論的検討にとどまっており、実証的な裏付けが十分ではない点である。構成要素の妥当性や相互関係を確認するには、今後、定性研究などを積み重ねる必要がある。
第二に、制度的アクター概念のさらなる精緻化が課題として残る。本稿では制度的アクターを「構成的ルールやスクリプトを社会的に承認・権威づける主体」として定義したが、具体的にどのような主体がどの程度の権威を持つのかについては、さらなる理論的・経験的検討が必要である。例えば、持株会社制度の普及における証券取引所のように法的拘束力を持つ組織と、市民団体のように非制度的でありながら社会的影響力を有する主体(Vaccaro and Palazzo,2015)とでは、承認・正統化のメカニズムが大きく異なることが想定される。今後は、制度的アクターの多様な類型とそのメカニズムを明確化することが求められる。
本論文の作成にあたり,藤田誠教授(早稲田大学)・大月博司特任教授(中央学院大学)・菊澤研宗特任教授(城西大学)・高橋正泰先生(明治大学)・小沢和彦准教授(慶応義塾大学)から貴重なご意見を承りました。ここに記して御礼を申し上げます。
なお,本研究はJSPS科研費20K22137,22K01710と2024年度城西大学学長所管研究奨励金の助成を受けたものです。