カレツキが,Kalecki (1933) において,ケインズに先がけて,初めて,マクロ経済学の「基本前提」を提示することができたのは,それが「方法論的集団主義」を分析方法として用いていたことよるものである。その意味で,カレツキが分析方法として用いている「方法論的集団主義」こそが,マクロ経済学に,「存在意義 (raison d'être)」を与えるうえで,きわめて重要な役割を果たしているものとして捉えることができる。その場合,「古典派」経済学が,「方法論的個人主義」にもとづいて,個別経済主体の行動を分析する際に用いている「効用」概念の使用から免れて,それに代わって「所得」概念を用いることにより,まさに,有効需要の論理にもとづいて国民所得が決定されることを示す,マクロ経済学の形成を可能にしている。カレツキのマクロ経済モデルでは,不完全競争市場が想定されており,経済を構成する主体は,資本家と労働者の2階級であるとされ,それぞれの基本的性格が「能動的経済主体」と「受動的経済主体」であることが明らかにされている。その場合,労働者の所得である賃金は,有効需要の論理にもとづいて,資本家の意思決定によって決まるものであるとされている。ただし,Kalecki (1939a) において指摘されているように,労働分配率に影響を与える1要因としての,労働組合の行動が,労働者に「能動的経済主体」としての可能性を与えるものとして取り上げられている。それはまた,労働供給の側面を,有効需要理論の中に組み込む役割を果たすものとして捉えられる。2階級それぞれを「集団」として捉えて,それらの所得をめぐる,観察可能な一般的な行動を考察しているカレツキは,いわば,行動経済学の先がけの1人であると見なすことができるかもしれない。